キノコのぼくと、お姫さま
ぼくは、キノコだ。
ベニテングタケという種類で、赤い傘に白いイボが水玉模様に見える。
ぼくはまだ子供だから丸い形の傘だけれど、大人になったらこの傘が開いて平らになる。
大人のキノコになる日を、ぼくは楽しみに待っていた。
だって、大人になったらきっと、今よりもお姫さまを助けることができるから。
お姫さまは、人間だ。
桃の花のようなピンク色の髪の毛に、緑青の目がキラキラしていて、とても綺麗だ。
お姫さまは不思議な力を持っていて、ぼく達キノコを呼び出すことができる。
ぼく達が生えると声をかけてくれたし、笑ってくれた。
その顔を見るだけで、とても幸せな気持ちになれた。
ぼくは、ピンク色の髪のお姫さまが大好きだった。
大好きなお姫さまに喜んでほしくて、ぼくは一生懸命に生える。
まだ大人のベニテングタケのようにピンと張った傘ではないけれど、一生懸命に傘を揺らす。
でも、ある時からお姫さまは、ぼく達が生えても困った顔をするようになった。
お姫さまをいじめる人間がいたから、こらしめてやろうと仲間のキノコと一緒に全身に生えてやったのに。
それを見たお姫さまは、とても悲しそうだった。
どうしてだろう。
お姫さまを助けたいだけなのに、どうして笑ってくれないんだろう。
もう、キノコなんて嫌だ。
ぼくは人間になりたい。
人間になって、お姫さまをいじめる奴から守ってあげたい。
「それは、お姫さまのためにしたことなのかな?」
同じベニテングタケのお兄さんが、ぼくに話しかけてきた。
お兄さんの傘はピンと張った平らな形で、とても格好良くて憧れの存在だ。
「それとも、自分がそうしたかっただけなのかな?」
「ぼくはキノコで、お姫さまは人間で。言葉は伝わらないから、生えるしかないんだ」
「でもね、相手のためと思っても、そうではないこともあるんだよ」
ぼくはお兄さんに言われたことを考えてみるけれど、よくわからない。
「だから、よく考えないといけない。好きだからといって、相手に気持ちを押し付けるのは良くないからね。……相手の立場で考えるんだ」
「難しいよ。できないよ。ぼく、キノコだもん」
お兄さんはぼくの隣で、立派な傘をゆらゆらと揺らしている。
「そうだね。でも、キノコと人間でも、お互いのことを考えれば、きっとできるよ」
「……でも、お姫さまはぼくのことを見てくれないよ」
どんなにぼくが頑張って生えても、傘を揺らしても、お姫さまにとってはただのキノコだ。
「きみはお姫さまが好きだろう?」
「うん」
すぐに答えると、お兄さんは優しく笑った。
「それは、お姫さまがきみのことを『好き』だと言わないと、消えてしまう気持ちなのかな? きみのしたことを喜ばないと、お姫さまのことを嫌いになるのかな?」
ぼくは必死に傘を振る。
「そんなことない。喜んでくれないと寂しいけれど、それはお姫さまを好きだからだもん」
好きだから、喜んでほしい。
好きだから、喜んでもらえないと寂しい。
結局、ぼくがお姫さまのことを好きだから、そう思うのだ。
お兄さんはそれをわかっているらしくて、ゆっくりと傘を揺らしてうなずく。
「何でも、見返りを欲しがっていたら、疲れてしまうよ。きみの大切な『好き』が、疲れてしまう」
「見返り……」
確かに、ぼくはお姫さまに喜んでほしくて、笑ってほしくて。
……自分のしたことを褒めてほしかった。
褒めてくれないから、悲しそうな顔をするから、ぼくが否定されたみたいで凄く寂しかった。
そんな自分が嫌いになって、自分じゃないものになれば……人間になれば何か変わると思ったんだ。
「お姫さまを好きなら、まずはきみ自身のことを好きになってあげて。自分が嫌いなキノコなんて、お姫さまも好きにはならないよ」
お兄さんはそう言って、ゆっくりと胞子を飛ばす。
「人間にならなくても、立派なキノコだって自信を持って傘を張っていたら……いつか、届く声もあるよ」
ぼくは、キノコだ。
ベニテングタケという種類で、赤い傘に白いイボが水玉模様に見える。
お姫さまは人間で、桃の花のようなピンク色の髪の毛だ。
人間達の中には髪の色について酷い言葉をかける人がいて、お姫さまは悲しい思いをしている。
でも、ぼくはとても綺麗な髪の毛だと思うから、それを伝えたい。
ぼくにできるのは生えることだけだから、お姫さまの力を借りて、少しだけ色を変えた。
桃の花のようなピンク色の傘に白いイボを持ったぼくを見たお姫さまは、とても驚いた顔をして、そしてにっこりと笑ってくれた。
「私の髪と同じ色ね。――ありがとう、キノコさん」
お姫さまのその言葉に、ぼくは嬉しくてピンク色の傘を小刻みに震わせた。
――ああ、ぼくはキノコで良かった。
人間になんて、なれなくてもいい。
ぼくは、ぼくのままで。
キノコのままでも――大好きなお姫さまを守るんだ。
「竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~」のスピンオフで書いた、キノコのお話です。
本編では当然無言ですが、あとがきでキノコ達が楽しそうにしています。