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買収

姫君は、14歳。

名は、ヤナ。


間もなくの元服を控え、公務に追われる毎日らしい。

ここメイレンの領地を継ぐのは兄ながら、こんな辺境の貧乏領主の娘に、玉の輿は望めない。

いずれ高官の子弟と縁を結び、外戚として兄を支え続ける事となるだろう。

そのために、こうした視察をはじめとした雑務を一身に負って頑張っているらしい。

だが、口いっぱいにジャムやらパンケーキやらを頬張る姿からは、あまり健気さは感じられない。


それはそれとして、俺としては、朧な記憶の中での同年輩の女の子達以外に、この年代の少女と交流したことなんか皆無なので、当の相手が多少意地汚くても、なんか油臭い防具をゴテゴテ身にまとっていても、それなりに新鮮で喜ばしい体験だった。


「お前は魔法使いなの?」


「うん、なんか、そんなもんになっちゃったみたいでね」


この質問に他意はあるまい。

というか、俺が魔王ではないか、という疑いではなさそうだった。


実際、俺くらいの年代で旅をしている魔法使いは、多いのだ。

つまり、なりたて。

三十路初心者。

心ならずも条件を満たして、想定外の能力を得てしまった連中だ。

どこかの街に定着してその稀な才を活かすためにか、はたまた、そもそも魔法使いになってしまった原因のアレを克服するべく、良縁を求めて流離っているか、そんなところだ。


だが国境となると、そんな連中であっても、いやむしろ、そんな連中こそが、国外への流出を警戒される。


なにしろ、魔法使いは、この国にしか生まれないのだ。


こんな小国がそれなり維持できているのは、ひとえにこの、特異な神秘有っての行幸である。

故に国境は、侵入者の排除よりも魔法使い達の出国を阻むための役割が大きい。


国境の街の役人貴族が、新顔の魔法使いに過敏になるのは、やむを得ない事である。

さらには、そうしたものを見分ける鑑眼に優れた家系が選ばれて配属されている。

能力に個人差はあれど、この姫君もそうなのだろう。


俺とて、そもそも意図して魔法使いになった訳ではない。

才覚を見出だされ、成るべく定められてなった訳でもない。

モテない男が陥りがちな、やや寂しい事情の副産物に過ぎない部類だ。

そのわりに、得てしまった力は、大きすぎるほどに大きいが。

自己流でこれとか、もしも正しく師事して修できていたならば、どんなにか偉大になれていただろう?


これほどの力を得ればこそ、俺ならば、国境であれ何であれ、さほど苦にせず通り抜けられる。

だが普通に雑魚な魔法使いは、もはや、越境なんぞは夢のまた夢。

国外ならば稀少な能力を持つ者としてひと財産も築けようし、何かと夢や希望も抱けるかもしれないが、旅立ち自体がまず許されない。


つまり、せっかくモテるはずの外地に、嫁探しに赴く事ができないわけだ。

世知辛い。


ヤナ姫も、幼いとは言え国境の姫だ。

国益を担う者の眼で、いっちょまえに俺を値踏みしている。


「国を一巡りしているだけだし、出国はしないよ。2、3日ほど街を見たら、また内地に向かうから。」


「ふうん」


姫君は指先のジャムをしみじみ舐め尽くし、なお名残惜し気に指を見つめていた。

砂糖は元々からして貴重品だ。

ましてや辺境では、薬扱いされているほど高価でもある。

こんなに濃厚な甘味には、そうそう出会えはしないのだ。


「おまえ、何者?」


ちょっと失敗したかな。


「商人でもなさそうだけど、どうしてこんな高級品を持ってるの?」


「高級? これが?」


俺は、砂糖漬けのオレンジを、瓶ごと取り出した。

毒には毒。

もしくは、毒食わば皿まで、だ。


「手間賃を砂糖で頂いた事があるんですけど、そうか、随分と奮発して貰ってたんだな。」


そう言いつつ、ヤナ姫の手に瓶を押し付けた。

姫の目がびっくりするほど大きく見開かれ、瓶に釘付けとなった。


そうだろ、そうだろうとも。


もちろん賄賂だが、その意に気付こうが気付くまいが、明るい色彩が眩しいこの菓子は女の子にとって、突き返すにはあまりにも魅力的すぎるはずだ。

もちろん、この欲求に素直な少女を単純に喜ばせてやりたい、というのも本心だ。


「信じよう」


姫君は、もぎ取るように瓶を受け取って、言った。


「だが、街を出る際には届け出よ。」


なんか、同じような事ばっかりの説明になってしまう……

あかんやつや……

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