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ニムル・イル・アルディヤ㉒『亡者の町』の話

やっと話が動き出します。

 山小屋で暮らすようになってから、ニムルは相変わらずほとんど寝ていない。

 夜の月に浮かぶのは、18年間一緒に暮らしたアルディヤ家の人達の顔ばかりだ。

「……僕が死んだ時、タルクス家の皆もこんな感じになったのかな……?」

『もう絶対に死んだりしない』とニムルは心に誓った。

 だけど、前世で自殺に近い死に方をした手前、『死にたい』というカムサやハッシュに強く言うことも出来なかった。



「……ファーバスに行く。今度ばかりは反対されても行くぜ」

 朝ご飯を食べた終えてからハッシュが宣言した。

 彼女の眼には隈が出来ている。いや、ここに居る全員がそうだった。

 ずっと栄養不足状態なのに加えて心労と栄養不良が重なっていたからだ。特にストレスの蓄積がひどい。偽シルリスの言葉は重すぎた。

 ニムルは魔族の本当の恐ろしさを痛感していた。恐ろしい爪や牙がなくてもここまで人間を追い詰めるのだ。


 ハッシュの宣言にいつも反対するカムサが、今回はこくりと頷いた。

「……私も行きますわ」

「あん? どうしたんだよ? 今まで『親父さんの死体は見たくない』とか言ってたのに」

「……あそこが私の家ですから、帰るべき家なんですもの……そこに帰るだけですわ……」

 焦点の定まらない瞳で呟く。明らかによろしくない状態だ。

 だがハッシュも寝不足なので気にせずにニムルに言った。

「だってよ。これで決まりだな? 当然ニムルも来るだろ?」

 ニムルは渋い顔をしていたが、無理だと判断して諦めた。

「分かったよ、お姉ちゃんも行くよ。ファーバス自体は『瘴気』が濃いけど、他の『魔界』と接してなくて孤立してるからまだマシだろうね」

「その理屈が分からねぇんだよな。『瘴気』が湧くところには魔族も湧いてででくるんじゃねーのか?」とハッシュ。


「違うよそれは(前世シュナーヘルに教わった)……まあそれはおいといて、必ず3人で固まって行動するって誓って? 僕はあそこに自殺旅行しに行くつもりはないんだからさ」

「ああ、分かった」とハッシュ。

 カムサも無言でうなずいた。

 3人の少女が小屋を出て、一カ月半ぶりに山を下りた。

 目の前には『瘴気』に覆われた廃墟、『ファーバスの町』が待ち構えている……。


『瘴気』濃度がの低い平原にぽつんと孤島のように浮かぶ『ファーバス』は実に不思議な町だった。

 遠目から見ると全体が黒い煙に覆われているように見える。

 だが近づくにつれて煙がどんどん見えなくなるのだ。それに反比例して空がどんどん暗くなる。

 3人が町の北にある城門の前に立った時、昼間のはずなのに辺りは完全に夜になっていた。

「……どうなってんだよこれ……今昼だよな?」

 頭上を照らす満月と星空を見ながらハッシュが言う。

「あれ多分太陽だと思うよ……光が遮られてるからそう見えるんじゃない?」

「いやいやあれが太陽ならなんで北に見えるんだよ。ていうか月も北にはでねぇよ」

 確かに月があるのは北だった。ニムルが剣を抜いて、

「……どうやら『瘴気』が濃すぎておかしくなってるみたいだね、色々と……」

 カムサは緊張で顔がこわばっていた。


 壊れた城門を潜って3人が街中に入った。

 中は想定通りとはいえ、酷い有様だった。

 崩れて焼けこげた民家の残骸、破壊された馬車、バラバラなった馬や牛の骨、他にも色々な物がそのまんま放置されている。

 だが一つだけ想定外の物があった。

「……死体が腐ってねぇ」とハッシュ。

 一カ月半も放置されていたはずの住民の死体が、全く腐ってない。

 全ての人間の死体だけが『あの夜』のままだったのだ。

 3人が青ざめた。

「……おいおい、これってやべぇんじゃねーのか? 死体が腐ってないっておかしいだろ、どう考えたって魔族の……」

 だがニムルは笑って、

「あはは、そう? こっちの方がどれがハッシュのお父さんか分かりやすくていいんじゃない?」

「いやいや、お前何言って……ぶぐ!?」

 ニムルがハッシュの顔を両手で挟んで強い口調で告げた。

「前向きに考えてハッシュ。『魔族』は僕達の恐怖心に付け込んでくるんだよ。無事に帰るためには絶対に怖がってる所を見せたらダメ……! 分かった?」

「……わ、分かったよ……」

 ニムルが手を離すとハッシュが彼女をしげしげ眺めて、

「……お前、普段はガキなのにたまに妙に心強いよな……」

 ニムルが歯を見せて笑った。

「そりゃあ僕が一番お姉ちゃんだからね」

 その時、カムサの視界の隅にふと何かが見えた。

「あら? なにかしら?」

 一瞬遠くの瓦礫の山の上に二本足で立つ狼のような姿が見えた。

 だがまばたきをしたら姿は見えなくなっていた。

 ニムルとハッシュも同じ方向を見て、

「? どうしたの?」とニムル。

「……なんだか魔族のような影が見えたような気がしましたけど、一瞬なので見間違いかも……」とカムサ。

「……そうか。とりあえず警戒しながら行こうぜ」

 瓦礫と死体だらけの道とも呼べない道を3人は再び歩き出した。


 ハッシュが言い出しっぺだったので最初に町の中心部辺りにあるハッシュの家を目指していると、少し離れた所から男達の声が聞こえて来た。

「!? 隠れて……!」

 すぐさま3人が近くに積み上げられていた死体の山の後ろに隠れた。しばらくすると武装した兵士らしき男達が5人ほどやってきた。

 5人は少女達には気づかず、

「うひぃ~、どこ見ても死体だらけですねぇ」

「でも全然腐って無くね? どうなってんの?」

「さあな。『魔界』で起こってることに一々驚いてたら一生を費やすぜ? それより黒装束を探せ」

「ここって『魔界』なんすか? その割には魔界植物が見えないですけど……」

「ぺちゃぺちゃ喋るな! 手を動かせ!」

 クノム語だけでなく、知らない外国の言葉も聞こえた。出身がバラバラの兵士達らしい。

 分かる範囲の兵士達の言葉にカムサがハッとする。

 彼らはファーバスを滅ぼしたあの兵士達の関係者なのだ。恐らく仲間の死体を回収しに来たのだろう。

 父を殺した男達のことが分かるかも知れないと耳を澄ませた。


「!? おい! 待てって!」

 小声でハッシュが叫ぶ。カムサが横を見るとニムルが剣を掴んで飛び出そうとしているのをハッシュが羽交い絞めにしていた。

「カムサも手伝え! ニムルがやばい!」

「ふぅ! ふぅ!」

 ニムルは無表情で眼だけギラギラ獣のように光っている。『あの夜』見た顔と同じだった。

 カムサも手伝ってなんとか剣を奪い取って押さえつけた。

「ふぅ……! ふぅ……!」

 異常に興奮しているニムル。ハッシュが声を落として諭す。

「余計なことをするな、あいつらが立ち去るまで待てばいいだろうが。何も殺す必要なんかないだろ……」

「……」

 ニムルが大人しくなった。

 兵士達が黒装束の死体を見つけたらしく、何かを回収してから魔法を使って死体を塵に変えた。

「よし、100人分全て回収しろ。『我々』が関わった証拠を徹底的に消せ」

「うへぇ、100人分を今日中とかきつくないすか? ちゃんと特別手当でるんでしょうね?」

「『イフアメス将軍』に言え。『タルル』のはちみつ酒が好みだから贈ったらくれるかも知れんな」

「なんでお金貰うためにお金を使わなきゃいけないんすか~」

(イフアメス将軍……?)

 3人娘が顔を見合わせる。皆聞き覚えのない名前だった。名前の響きはクノム人っぽいようにもぽくないようにも聞こえた。


 ふとその時、生ぬるい一陣の風がファーバスの町を通り抜けた。

 ゾクゾクゾク……!

 急に激しい悪寒がしてニムル達が震える。兵士達もぎょっとして剣を抜いた。

「なんだ!? 魔族か!?」

 次の瞬間、町中の死体が一斉に立ち上がった。

「!?」

 ぎょっとしたニムルが咄嗟に死体のふりをして立ち上がる。ハッシュとカムサも一拍遅れて死体達の真似をして棒立ちになった。

 兵士達は全員で固まって恐慌状態だった。

「うわぁああ!? なんだ!? なぜ立ち上がる!?」

 あっちこっちに剣を向けながら金切り声を上げると、近くにいた死体の一つがふらふらと兵士に近寄って来た。

「うわあああああ!?」

 兵士の1人が咄嗟に死体を斬った。胸を袈裟に斬られた死体は2、3歩後ろに下がった後、不意に噛みついてきた!

「うわあああああああ!!」

「ぎゃあああああ!? があああああ!」

「ヒギィイイ!? 助けて! 助けて!」

 最初に攻撃した兵士が死体達に噛みつかれ、それを引き剥がそうとした兵士も別の死体に襲われ、みるみる町中の死体が兵士達に近づいて八つ裂きにし始めた。

 カムサは怯えていたが、下手に生きた人間だと気づかれたら自分も食われると思って死体の真似をし続ける。だが足は震えていた。

(だめ、だめですわ……近寄っては……)

 後ろからくる死体達に押されて、彼女も兵士達の方向へと歩かされる。

 本当は見たくないのに、近づかなければいけない。兵士達がどんな状態になっているかなんて分かり切っているのに、見に行かなければいけない。

 血が地面を染め、肉が飛び散るさまが見える。

「痛いよぉおお! 痛いよぉおお!」

「ああああああああああがああああ!」

「うわあああああ! 母さん! 母さあああああん!」

(だめ……やめて……お願いやめて!)

「あぎゃあああああ!?」

 カムサの目に、兵士の1人の内臓を食っている父シルリスの顔が映った。

 彼女の意識が暗転した。


 夜空に響く『目覚めよ!』の声。

 黄金の月の下で死の海を泳ぐ。

 亡骸と絶望に囲まれて、

 冥府の園は果てることなく続く。

 しかし私は自らを励ます『心を落ち着けなさい!』

 どうして心ゆくまで眠ることができるのか。

 神々の愛が失われ、

 私がクノム人でなくなったこの時に、


(なぜ、私はこの期に及んで詩を作るのかしら……)

 落ちていく意識の中でカムサは不思議に思っていた。


廃墟はとっても危ないので中に入ってはいけません(注意喚起)

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