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ニムル・イル・アルディヤ㉑『神無き山の三人娘』と『虫』と『手招きする町長さん』の話

前に『下級の魔族は知性が動物並み』と書きましたが、下級なのにペラペラ喋る魔族が複数既に登場しているので『下級だけど人間並みか以上の知性をもつ魔族』を『妖魔』という新カテゴリーに分類します(汗)

 父親のシルリスと海賊の頭領アンタルマスが話している。

 幼いカムサはじっと彼らの会話を部屋のドアの隙間から覗き込んでいた。

「いや~カムサちゃんの『詩作コンテスト子供の部』優勝おめでとうございます! さすがは町長の娘だけはありますねぇ! これも親の教育が良かったからでしょうねぇ?」

 アンタルマスがゴマをすると町長がため息を吐いて、

「いやいや、あれは私は関係ない。カムサ自身の才能だ。あの子は昔からとんでもなく頭の回転が良いのだ。それに一度読んだだけで本の内容を暗記出来るしな……」

 カムサは誇らしくなってニコニコになった。だが父は心底残念そうに続けた。

「……あの子が男に産まれていればどれだけ良かったことか……」

 その時の父の顔を、カムサは今でも鮮明に覚えていた。



「ま~た木の実のクルチ(クノム語でパン)かよ~」

 昼ごはんのためにいつも通り木の実を石で潰していたカムサにハッシュが文句を垂れた。

「そんなこと言われましても、あなた達が肉も魚も持ってこないからじゃない? 何も成果を上げてない人間に食糧を恵むだけありがたと思いなさいな」

 この前の小鹿のようなことが頻繁にあるわけがない。現行3人の食事はほぼカムサが拾ってくる木の実と野草だけだった。

「んだよ、あたしとニムルは夜の警備やってんだぜ? グースカ寝むれる誰かさんと違ってさ~」とハッシュ。

「だから仕方なく食事を与えているのよ。番犬ならブーブー文句垂れないことね」

「あ? てめぇ好き放題言ってくれるじゃねぇか……?」

 2人が空腹の苛立ちで喧嘩しそうになった所に元気よくニムルが現れた。

「じゃっじゃじゃ~ん! 皆さんお待ちかね! 念願のお肉を持ってきました~!」

 途端にハッシュとカムサが目を輝かせた。

「肉!? マジかよマジの肉か!?」とハッシュ。

「なんのお肉ですの!? 兎? それとも川魚? あ、もしかして鳥とか……」

 カムサがニムルの持っていた葦のカゴを覗き込むと、中に昆虫が入っていた。

「いひぃいいい!? 虫ぃいい!」

「そう虫! 虫だって立派なお肉だよ! しかも動物よりずっと獲りやすい! 超お手頃食べ物!」

 カブトムシっぽい甲虫を取り出してニムルが見せる。ハッシュが自分の背中に隠れて怯えているカムサを見ながら、

「あ……マジで虫食うのか? うまいのか?」

 クノム人に昆虫食の文化はない。彼らにとって虫は『獣の食べ物』だった。

 だがニムルも抵抗は予想済みなので、

「香辛料とは合わないかもしれないけど……でも肉! 圧倒的肉感! 野菜や木の実では絶対に出ない食感! それだけで黄金と同等! 圧倒的価値! 大自然と神々に感謝!」

 ニムルの妙な言い回しに押されてハッシュが降参した。

「分かった、いいだろう……じゃあ昼飯はパンと虫だな」

「嫌よ絶対! 死んでも食べないわよ!」とカムサ。

「別に食べなくてもいいけど調理道具は借りるね~」とニムル。

「ちょ! 同じ道具使ったらダメ! ああ~! そんなご無体なぁ……しくしく」とカムサ。

「泣くほどかよ……これだからお嬢様は」とハッシュ。

「うう……虫を食べるなんてそれこそ犬そっくりだわ……」

 カムサの言葉にハッシュの額に青筋が走った。

「てめぇマジでいい度胸してんな……! もう我慢の限界だ!」

 指をパキパキ鳴らすハッシュにカムサも鉄鍋を持って立ち上がる。

「こっちこそ望むところだわ!」

「はいはい喧嘩はやめよ~ね~」

 つかみ合いの喧嘩に発展しそうになったが、ニムルがすかさず2人の鳩尾を殴って失神させた。


 ニムルが石を使って虫をすり潰していく。

「虫の形が分から無くなればカムサも食べれるんじゃない?」

「すり潰しているところ見ているので無理なのでは……?」

 口元を手で覆って覗き込んでいるカムサの言葉は無視された。ハッシュとニムルの2人がかりで虫がペースト状になった。

「意外と疲れたな……」とハッシュ。

「さて焼こっか」とニムル。

 虫ペーストは小屋の外で熱せられた平たい石の上に載せられた。

 虫ハンバーグだ。ただしつなぎがないのでボロボロ崩れて虫そぼろになった。

 それをちゃっちゃとパンの上に載せてから、

「はいじゃあ食べましょう~」

 カムサが最後まで嫌がっていたので無理やり口に詰め込んでから2人で同時に食べた。

「……苦い」とニムル。

「なんか食感が……あと臭ぇな」とハッシュ。

「……うむむっ!? ん~~~!」

 カムサはパンから落ちた虫の足を見て、口元を抑えながらダッシュで外に飛び出していった。


「ねぇねぇ、そういえば2人って何歳?」

 料理に使った石を捨てて別の石を拾って来てからニムルがふと聞いた。

 場所は小屋の前だ。近くに鳥が飛んできて『コロッコ!』と鳴いた。

「歳か? あたしは17歳だ」とハッシュ。

「え、年上なんですの……? 私は14歳ですわ。ニムルは12歳くらい?」とカムサ。

「違うよ! 僕は18歳! ていうか2人とも年下じゃん! てことは僕が皆のお姉ちゃんってわけだね!」

 ニムルがどや顔で立ち上がって座り込んでいる2人を見下ろす。

「へっへ~ん♪ 僕のことは今度から『ニムルお姉ちゃん♡』と呼びなよ~? 一番年上だし、一番強いしでバンバン頼っていいんだからね?」

 ドヤるニムル。ハッシュが立ち上がって頬を掴んで引っ張った。

「うっせぇぞちんちくりん。せめてあたしと目線を合わせられるようになってから言えってんだ。どっからどう見ても子供じゃねーか」

「ひょひょもひゃひゃふてほへーひゃん!」

 頬を伸ばされて変な喋り方になるニムルの頭をカムサが撫でた。

「うふふ~、無理してお姉ちゃんぶるの可愛いわね~♡ 自分の子供が産まれたらきっとこんな感じなのかしらね~?」

「なんか母性出された!?」

 ショックを受けてニムルが落ち込んだ。ハッシュが笑ってから、

「ははは! カムサが母親ならあたしが父親か? いいじゃねぇか、なんかあたしも子供欲しくなってきたぜ。自分が腹痛めて産むのは嫌だけどな」

「も~! だから僕は子供じゃない!」

 怒ったニムルが掴みかかろうとするが、腕の長さでハッシュに負けてるせいで腕を振り回すに終始した。


 そこでカムサがふと暗い顔になった。

「……いいえ、母親役はハッシュに譲りますわ。私が父親になった方がお父様も喜びますから……」

「はぁ? 何言ってんだお前?」

 ハッシュが聞いたがカムサは無視して外に出て行った。

 ニムルとハッシュが顔を見合わせて言った。

「なんだあいつ?」

「さぁ?」


 カムサはふらふらと崖の近くまで来ていた。

 ここからはファーバスの町が良く見えるのだ。斜め下に黒い煙のような『瘴気』に覆われた廃墟があった。

「……お父様、私は強くならなければいけません、男らしくならなければなりません……その方がお父様もきっと嬉しいのでしょうね……」

 ファーバスの町が破壊されてから彼女はずっと考えていた。

 尊敬する父は息子が欲しかった。でも子供は自分しかいなかった。


 ならば『養子』という手段もあったのだが、シルリスの親戚はほとんどが死に絶えていてその候補者もいなかった(通常養子は近親者からとる)。そして血縁でない家から養子をとるのは『自分が死んだあとカムサの立場が悪くなる』と慎重だった。そしてカムサの母だけを愛したので『庶子(妾の子)』もいない。


 だがクノム人の社会では『女は家を守る』が常識だ。女はどれだけ頑張っても町長にはなれない。

「私は女だからどれだけ優秀でも家を継げない……お父様はいつも残念がってましたわね……」


 頼れる人もいなくなり、少女3人で山の中で暮らしていると途端に気弱になってくる。彼女はその場に座り込んで、

「……私の人生ってなんなんでしょう……? 生まれたと同時にお父様をがっかりさせ、町の人達からは『気取ったお嬢様だ』と嫌味を言われ、お勉強で得た知識も今となっては何一つ役に立たない……」

 彼女の眼が潤みだした。

「……なんで私は生き残ってしまったの……? こんな思いするくらいなら死んだ方がましよ……」


 カムサ……。

 ハッとしてカムサが後ろを振り返った。だが森があるだけで誰も居ない。

『カムサ……』

 今度は前から聞こえて来た。振り向くと懐かしい実家がそこに建っていた。

「え、嘘……なんでここに家が……?」

 突然玄関が開かれ、中から父シルリスが出て来た。

「おおカムサ、何をしているのだ? はやく家に入りなさい。もうすぐ詩の先生がくるのだぞ?」

 あまりに懐かしい父の声だった。

 カムサははらはらと涙を流しながら、

「……お父様……残念ですが行けませんわ……私の帰る家はもうないのです……」

 すると父の顔から笑顔が消え、悲しそうな顔になった。

「……知ってるよ。知っているからこそお前に言ったのだ。カムサよ、お前の帰る家とはどこだ?」

「それは山の中の小屋……」

「それは家ではない。仮の、雨風を凌げる程度の場所でしかない。『家』と呼ばないのだ。お前の本当の家はファーバスにある、そうではないか?」

「……それは……」

 カムサが押し黙る。シルリスは優しく諭すように言う。

「カムサよ、帰りたいなら帰ればいいのだ。自分に嘘を吐く必要はない、合わない者達と無理して一緒にいる必要すらないのだ。町育ちのお前に山の暮らしは辛いだろう? 無理せず帰ってきなさい」

 カムサが叫んだ。

「わ、私だって帰りたいですわ! 出来ることなら帰りたい! でももう無いんです! 帰るべき家も、家族ももう無いんですわ! ファーバスは既に魔族が棲む廃墟になっているんですの……お父様だっていない……あなたはお父様なんかじゃないですわ……!」

 カムサが泣き崩れた。


 そこでシルリスが言った。

「……カムサよ、お前はなぜ生きるのだ?」

 カムサの涙が止まった。見開かれた目で父を見る。

「今の状態が続けば一年ともたず確実に死ぬ。お前だけでない、あの娘達も全滅だ。そして仮に生き残った所でお前達は何も出来ない。金もなければ、『市民権』もない、そんな娘たちを受けいれる国など存在しない。よくて奴隷、運が悪ければ鬼族の食糧として売られるだけだ。このまま生きていても待っているのは悲惨な結末だけ……なぜそれでもお前は生にしがみつくのだ?」

 カムサは答えられなかった。

 事実だからだ。

 もし男なら、兵士や農奴として需要があっただろう。だが女にはそんな需要は存在しない。娼婦のような職業は『耳長族』という強力なライバルがいるし、しかもやっぱり長生きできない。というか娼婦なんて自由人の仕事ではない。


 そもそも奴隷になるくらいなら死んだほうがマシだった。


 シルリスはあくまで優しい口調で続ける。

「お前は無理して生きようとする必要はないのだ。この山での暮らしで生きる大変さを実感しただろう? それでも生きる目的があればいいが、お前には無いのだ。だから無理をする必要はない。……私はお前の本当の父だ。『幽霊』となってお前を迎えに来たのだ。さあおいで、カムサ、おいで……」

 目に光が無くなったカムサがふらふらと立ち上がり、手招きする父のもとへゆっくり歩きだす。

 絶望的な現実に彼女は逆らえなかった。『ただただ楽になりたい』、ただそれだけの想いで父が立つ屋敷の方へと歩いていく。

(……確かに、私はどうして生きているんでしょう……? 虫を食べてまで生きる意味があるのかしら? 無い、無いわよね……もう楽になりましょう……)

 徐々に目の前が暗くなっていき、全身の力が抜けて重力に身を任せようとして、


 誰かがカムサの腕を力強く掴んだ。

「危ない!」

 手を掴んで引っ張ったのはニムルだった。カムサを引き寄せシルリスを睨んで叫ぶ。

「立ち去れ化け物! お前達がどんな手を使おうと僕達は絶対に屈したりしない!」

 シルリスが呆れ顔で、

「なぜだ……? なぜすぐに死ぬ定めなのにそんなに生きようとするのだ? 無意味な人生にしがみつく価値があるのか?」

「うるさい! そうやって僕達を自殺させたいだけだろ! 真面目に答える価値もない!」

「愚かな……! 娘を渡せ! カムサは私の娘だ! 私の大事な家族だから連れて行くぞ、さぁカムサ! お父様の所に来るんだ!」

 カムサがニムルと父を交互に見て混乱している。


 ニムルがふとそこで言った。

「……お前が本当に町長のシルリスさんなら答えられるはずだよ、カムサの本当の名前は何て言うの?」

「……」

 シルリスは答えなかった。カムサがみるみる青ざめる。

 ニムルが剣を抜くと同時にシルリス(?)が崖から飛び降りようとする。

「破ぁ!」

「ぎゃああ!?」

 だがあともう一歩と言う所でニムルに背中を斬られた。シルリスに化けていた妖魔は悲鳴を上げながら崖下へと見えなくなった。

 ニムルが妖魔を追い払えたことを確認してから、カムサの頬をビンタした。

「馬鹿! なんで騙されてると分かってて死のうとするの! お姉ちゃん普段は優しいけどさすがに今回のことは怒るよ!」

 だがカムサ赤くなった頬を手で押さえてから、疲れ切った顔になって、

「……結局あなたも答えられてなかったじゃない……事実だったのに……」

 そういってから立ち上がって小屋の方向へとフラフラ歩き出した。

 その背中を見ながら一緒に走って来たハッシュが呟いた。

「……あたしも親父の幻覚を見たら飛び降りない自信はねぇぜ……」

 その夜は誰一人何も話さなかった。


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