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ニムル・イル・アルディヤ⑳『神無き山の三人娘』と『冬至の祭り』の話

クノム人は葡萄酒を一番飲みますが、他にも蜂蜜酒と麦酒なども飲まれています。

 山小屋の近くの木の幹に小石で傷をつけてカムサが言った。

「もうしばらくするとそろそろ『冬至の祭り』の時期だわ。『そら豆 (イル・トルメシス)』は手に入らないかしら……」

 木の幹には少女達が山小屋にやってきてからの日数が刻まれていた。

 横で焚火に当たっていたハッシュが、

「もうすっかり寒くなってきたな……そら豆ってそこら辺に生えてるのか?」

 ハッシュと向かい合って座っていたニムルが答える。

「畑から種が飛んできて生えてるかも?」

「そんな都合よくはいかないでしょうね……『冬至の祭り』ができないのは残念だけど仕方ないわ」とカムサ。


『冬至の祭り』は麦と人間が寒い冬を乗り切れることを神々に祈るクノム人にとって非常に大事な祭りである。

 小麦の成長サイクルは秋に種まきをし、発芽した状態で冬を越し、春に一気に成長して実をつけ、夏には枯れる。『中つ海』沿岸地域は夏は雨がほとんど降らず植物にとっては厳しい季節なのでその前に種子を残すのだ。そのため収穫祭は春に行われ、秋には麦が無事に越冬できることを祈る。かつ葡萄酒を醸す季節なのでその出来栄えを祝して『冬至の祭り』を催すのが伝統だった。


 そしてなぜ『冬至の祭り』にそら豆が必要なのかというと、そら豆の花は黒点が多く『天然痘』を連想させるので古来からクノム人は『冥府の神:ディムラス』が地上に派遣した『使者』である考えていた。この使者を祀ることによって『冥府の主』のご機嫌を取ろうという発想である。そのためそら豆は葬式でも食べられたり、薬として用いられたりもしていた。


 ハッシュがため息を吐いて、

「ああ~そら豆と麦を混ぜて炒った奴食いてぇなぁ、あれ葡萄酒に合うんだよなぁ~」

「ハッシュおっさんくさい……」とニムル。

「私は葡萄酒より麦酒の方があうと思うわ。ああ、そんなこと言ってたらお酒飲みたくなってきたじゃない! なんで余計なこと言うの!?」とカムサ。

「最初にそら豆の話したのはそっちだろうが! 文句言いたいのはこっちだぜ!」

 カムサとハッシュが恒例の喧嘩を始める横で、ニムルが呟いた。


「……ねぇ、カムサはどうして『冬至のお祭り』をしたいの? だって神様を祀る祭りなんでしょ? どうして?」


 2人が喧嘩を止めて不思議そうな顔で、

「? どういう意味? 神様を祀らないお祭りなんて聞いたことないわよ?」とカムサ。

「いやそういう意味じゃなくて、だって僕達『アシムス神』に見捨てられたんだよ? 自分達を見捨てた神々をどうして祀りたいと思うの??」

「あ……」

 カムサがなんともいえない顔で黙った。代わりにハッシュが言う。

「そんなに変な事か? 祭りは楽しいじゃねーか?」

「確かに楽しいけど……でも僕達を見捨てた神様に祈ろうなんて気持ちは僕は全然起きないよ……」

 アラトア人も、クノム人も、全ての人間は神々に守られている。

 人々は神々の庇護を受ける代わりに神殿を立てて祀り、神々が定めた『古の法』を守るのだ。神々と人間はギブアンドテイクな関係だとニムルは捉えていた。


 だがクノム人達の考え方は違った。

「ニムル、お前、そんなこと言って怖くねぇのか?」とハッシュ。

「……怖い?」とニムル。

「ああ、お前は神々が怖くないのか? 神を畏れる心はねぇのか? 『神様が気に入らないからお祭りをしません』なんて言ったら神罰が下るぜ? お前怖くねぇのかよ?」

 ニムルは理解できず、

「怖い?? だって僕達を守らなかったんだよ? 守護神なのに『ファーバス』を見殺しにしたんだよ? 怒りが湧いてこないの? 『許せない!』て思わないの?」

 カムサとハッシュがブルっと震えて、

「まあ恐れ多いわニムル! 私達がアシムス神を『許す』『許さない』を決める権限なんてないわ! 死すべき定めの人間はただひたすら不死なる神々に赦しを乞うだけよ!」とカムサ。

「親父は言ってたぜ。『海で嵐にあったり海獣に襲われたりするのは神々に対する不敬の心があるからだ』て。航海の神様に嫌われたら海賊なんて商売あがったりだ! だからきっと『ファーバス』の人間には『アシムス神』を怒らせる原因があったんだよ、だからこれは仕方ねぇんだ」とハッシュ。

「確か町が滅びる少し前に、『アシムス神』が警鐘を鳴らすご神託を下してたって話、そういえばお父様が話してた記憶があるわ……」

「そんな話があったのか? じゃあきっとそれが原因だな……」

 普段気性の激しいハッシュも勝気なカムサもしゅんとしてしまった。


 逆にニムルは呆れを通り越して茫然としていた。

(り、理解できない……! なんでそんなに僕達を見捨てた神様を敬うの? なんで神様に守ってもらえなかったのにまだ信仰心を持ってるの? 僕には全然分からないよ!)

 クノム人は自分達を『この世の全ての民族の中で最も敬虔である』と誇るのは彼女もよく知っていた。

 だがこんな状態になってもその敬虔さを失わないことはさすがに予想できなかったし、当然理解も共感も出来なかった。


 その日はハッシュが野生のオリーブの実を採ってきて、それをそら豆代わりにして(全然似てないが)簡単な『冬至の祭り』を行ったのだった。

 簡易式のお祭りが終わった後、夜風に身を震わせながらハッシュが呟いた。

「……もうすぐ冬になる。正直な話、あたしらは無事に越冬できると思うか?」

 ニムル達には毛蒲団(羽毛の布団)すらない。寒い夜は火の近くでお互いに身を寄せ合って眠っていた。もちろんそれでも寒い。

 もし風邪でもひけばまず助からない、まず確実にこの環境では肺炎に悪化するからだ。勿論肺炎になれば抗生物質なんて存在しないので即『死』である。

『……』

 カムサもニムルも沈黙した。ハッシュが続ける。

「……せめて死ぬ前に親父達の墓を作ってやりてぇ、なあ? お前らもそう思うだろ? 『ファーバス』に行こうぜ?」

「……もうすでにあそこは『魔界』になってるわ。行っても魔族に襲われて死ぬだけよ……それに仮に墓を作ったとして、その後どうするの?」とカムサ。

「それは……」

 今度はハッシュが押し黙った。

 未来へのビジョンなんてあるわけがない。行き場もなければ、目的もない。かといって故郷の近くからも離れられない。

 ニムルがいれば魔族に襲われても勝てるかもしれない。でも魔法の武器がない時点で厳しいし、なんとか勝ったとしても負傷すれば治療できない。体力も大幅に消耗するだろうが、そこまでして得る物もない。

 結局この日も結論はでなかった。



(なぜ僕はこの世界に呼ばれたんだろう……?)

『救世主』と呼ばれたが、今は一年後も生きていられる保障すらない。

 そもそも何をすればいいのかすら分からない。何をすればこの世界を救えるのかも教わっていない。

『ザーラの民』の正体も謎なまま。誰に聞いても分からないと言われる。

 自分を呼んだあの『声』の主すらも見つからない。正体も分からない。

(前世の時の経験で敵は『古の法』と神々なのかと思った。でも神々には全然勝てなかったし、倒し方も分からない。それどころかこの世界の人達は神々を熱烈に崇拝してる。見捨てられても祀ろうとするのに、『一緒に神々を倒そう!』なんて言っても協力してくれるわけがない。前世だってそうだったじゃん、アラトアの神々に抵抗したのはアラトア人ではない者達だけだった……)


 終わりのない迷路を歩く悪夢を見るように、

 明かりのない真っ暗な海に船を出すように、

 温室育ちのお嬢様がいきなり一人旅に出されるように、

 自分の常識が何一つ通じない異世界で、1人の日本人はただひたすら途方に暮れていた。

 そんな状態で、さらに想い人が待つはずのアラトアに渡航するなんて夢のまた夢だった……。


毛蒲団は羽毛や動物の毛を入れた蒲団です。暖房器具なんて無い世界ですので、都市に住んでいても冬は毛蒲団でなんとかしのぎます(凍死者が毎年沢山でます)。魔術師なら魔法で暖をとれますが、基本迫害されているので一般人にはあまり身近ではありません。

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