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ニムル・イル・アルディヤ⑰『神無き山の三人娘』と『酸っぱい蜂蜜』と『山の恵み』の話

ラベンダーて揮発性の油がでるせいで山火事の原因になるらしいですね。危ねぇ……。

ほふる』とは動物を解体して肉にすることです。あと『犠牲獣』とは生贄に捧げられた動物のことです(一応補足)。

 山での生活は昼間は食糧調達でほとんど時間を使い果たしてしまう。

 そして夜は疲労からくる眠気と戦いながら見張りをする。3人は文明のありがたみを痛感していたのだった。

 そしてサバイバル日数が増えれば増えるほど、近くにある食糧は全て食べ尽くしてしまう。そうなると拠点を移動したり、さらに広範囲に食糧を探し回らなければならない。

 そうなれば必然、『死神』との遭遇確率も増加するのだった。



 ニムルがカムサとハッシュと三人でいつも通り食糧を探していると、ハッシュが蜂の巣を見つけた。

「おい! 見ろ蜂蜜だ! あそこに蜂蜜があるぞ!」

「蜂蜜じゃなくて蜂の巣よ」とカムサ。

「つまり蜂蜜だろうが!? なんとしても蜂蜜を手に入れるぞ! お前ら木の枝を集めろ!」

 ハッシュが枯れ木を拾い始めた。ニムルとカムサが困惑して、

「枯れ木を集めてどうするの?」とニムル。

「んなもん火つけて蜂の巣燻すんだよ! おっし! こんだけあれば十分だろ、火つけるぞ!」

 ハッシュが摩擦熱で火を起こそうとし始めたのでカムサがストップをかけた。

「何やってるの!? 火なんかつけたら山火事になるわよ! 馬鹿なことは止めなさい!」

「ああん山火事だぁ!? だったら剣で落とせばいい! ニムル剣貸せ! 巣を落とすぞ!」

「待って待って待って! そんなことしたら蜂が襲ってくるから! 落ち着いてハッシュ!?」

「蜂蜜! 蜂蜜! はーちーみーつー!」

 剣を振り回して暴れるハッシュを2人でなんとか抑え込んだ。


 羽交い絞めにされたハッシュがわめいた。

「だったらどうすればいいんだよ!? 農家のおっさんはどうやって蜂蜜採ってるんだよ!?」

「さぁ……? 言われてみれば私も分かりませんわ。蜂に襲われずにどうやって採ってるのかしら……?」とカムサ。

(昔テレビで見たどこかの先住民族は刺されるのに構わず採ってた記憶が……)

 ニムル(大輔)もうろ覚えで自信がなかった。もしその方法しかないならとてもじゃないが蜂蜜を取るどころの話ではない。

 ハッシュは脱力して、

「くそったれ、折角蜂蜜が手に入ると思ったのに……ええい! そんなことはない! あの蜂蜜はきっと苦い! きっとそうに違いない! そういうことにする!」とハッシュ。

「苦い蜂蜜なんて……そういえば東方にそんな話があると聞いたことあるわね……」とカムサ。

「それただ腐ってるだけじゃない?」とニムル。

 結局3人は諦めてその場を去った。


 下落したテンションで山小屋に戻る途中、ニムルがふと血の匂いを嗅ぎつけた。

「なんか血の匂いがする……あっちだよ」

「血の匂いって、お前狼かよ」とハッシュ。

「よく分かったわね……」とカムサ。

 ニムルを先頭に木々を抜けると、木漏れ日の下に血を流して横たわる鹿を見つけた。

 その鹿のそばには小鹿が一匹いた。必死に倒れている大人の鹿を舐めたり噛んだり鳴いたりしている。

 だが大人の鹿は既に死んでいた。

「母子の鹿だわ……」とカムサ。

「みてぇだな。でもこの小鹿、あたしらが近づいても逃げねぇぜ」

 ハッシュがかなり近づいてみたが、小鹿は気にもとめず必死に母鹿を起こそうとしていた。乳首を噛んだりもしているので母乳が欲しいのかもしれない。

「きっと何が危険なのかよく分かってないのよ。まだ産まれて間もないみたいね」とカムサ。

「……かわいそう」

 ニムルはなんとも言えない気持ちで見ていた。きっと母鹿が肉食獣に襲われて、なんとか追い返したがその時の怪我が原因で死んだのだろう。小鹿はそれを理解できていないのだ。

 ハッシュが目を閉じて、

「そうだな可哀そうだ……だが森の掟だから仕方ねぇ。強い獣が弱い獣を食うのが動物たちの『古の法』だ。そして、人間の『古の法』では鹿肉は禁止されてねぇ、おいニムル」

「へ?」

 ニムルがなぜ呼ばれたか分からずぽかんとする。ハッシュが小鹿を指して、

「肉だ。しかも柔らかい小鹿の肉だぜ? さっさと殺して捌いちまおうぜ」

 ニムルが『信じられない』といいたげな顔で飛び上がった。

「な!? 何言ってんのハッシュ!? 今可哀そうって言ったじゃん!? なんで殺すの!?」

 必死に首を横に振る。だがハッシュが呆れて、

「あのなお前は馬鹿なのか? こんなチャンス早々ありつけねぇだぞ!? お前も肉食いたいっていってたよな!? さっさとやれ! 無理ならあたしがやってやるよ! 剣を貸せ!」

「やだ! その子を殺すなんてダメ! 連れてって飼おうよ!」

 カムサがニムルの肩に手を置いて、

「ニムル、お願い剣をハッシュに貸して。同情してたら私達が餓死するわ。可哀そうという気持ちは分かるけど、ここは殺して肉にしましょう」

「なんで!? なんで食べることしか考えないの!?」

「食べることすら満足にできてないからよ! それにどうせあの小鹿は長生きできないわ! だったら私達の命の糧にした方がずっとマシよ! 可哀そうでお腹は膨らまないのよ!」

「う、うぅ……」

 きっとこれはスーパーで加工された肉に慣れた現代日本人と、市場で生きた家畜を買ってきて家で解体するクノム人の違いなのだろう。

 

 ニムルは暫く抵抗したが、結局空腹には勝てなかった。

 渋々剣をハッシュに渡すと、彼女は神々に軽い祈りをささげた。

「狩猟の女神ウービース、偉大なる冥府の王ディムラス、それに父祖の守護者アシムスよ。どうかこの小鹿の魂を冥府の宮殿へお届けください……」

 横でカムサが『神々への賛歌』を歌った。


 法有る土地から神々の在る土地へ。

 正義を為す者、褒賞を与える者、至上の権力で昼夜を治める者、

 最も高き場所におわす者達の、祝福されよかし!

 人間と獣たちの創造者、命ある物と命無き物の各々の監視者、

 現世の善悪と功績と技量に応じての褒賞を与える者たちに、光栄あれ!

 天を延べし者、これを円めし者、これを煌めかせ給いし者、

 地を広げし者、緑の衣を四方に広げたまいし者、

 あらゆる麗しさをもってこれを飾りたまいし神々に、

 高貴なる犠牲獣の魂よ、讃えられよかし!

 

 リズムを付けて歌われる美しい詩と共に小鹿は首を斬られて屠られた。

 それから皮を剥ぎ、内臓を抜き、母子鹿に簡単な墓が作られた。

「これって神々への生贄の儀式……」とニムル。

「これなら少しはお前も納得するかと思ってな。親父の見よう見まねだったんだけどな。まさかカムサが『神々への賛歌』を歌うとは思わなかったぜ」とハッシュ。

「お父様が練習してたのを聞いてリズムを覚えたの。詩は即興よ。少しは気が晴れたかしらニムル?」とカムサ。

「……うん、ありがとう」

 するとカムサとハッシュがニコニコになって、

「さて、これで肉が手に入ったわね……」

「ああ、そしてすでに山小屋には香辛料が集められている。となればやることは一つ……今晩はご馳走だあああああああ!!」

 ハッシュが絶叫してやまびこが響き渡った。


 母を失って途方に暮れる小鹿に、ニムルは今の自分を重ねていた。

(楽しかった家族との時間が突然失われて、僕もあの小鹿と一緒だ……何をすればいいか分からない。どこにいけばいいかも……なのに僕はあの小鹿を救うことができず、それどころか殺してしまった。僕の仲間だったのに……)

 すっかり落ち込んで、とても鹿料理を食べる気になれなかったのだが、

「はい出来たわ。『小鹿の肋骨の肉の香草焼き』よ」

 山小屋の中にはここの持ち主の物と思われる鍋などが置かれていたので3人は勝手に使っていた。台所や囲炉裏のような設備はないが、材料さえそろえばそれなりにちゃんとした料理が可能だった。

「……ごくり」

 豊かな香りにニムルが喉を鳴らす。ハッシュが肋骨にかぶりついて、

「おお! うめぇ! さすが香辛料だぜ! くー! パンと葡萄酒が欲しくなるな!?」

 カムサはお上品に一口食べて、

「パンなら木の実のパンがあるわよ。葡萄酒は確かに欲しくなるわね……どこかに葡萄畑と搾木(葡萄の圧搾機)でも落ちてないかしら?」

「畑が落ちてるかよ!? へへ、お嬢様も冗談言うんだな」

「私をなんだと思ってたのかしら……ウィットに富んだ会話は上流市民の嗜みよ」

「お前の今までの会話が『ウィット』とやらに富んでたつもりなら、確かに冗談であって欲しいと思うぜ……」

 顔を引きつらせるハッシュと頬を染めて肉を食べるカムサの横で、ニムルが躊躇いがちに肋骨を一本掴み、ゆっくりと口に入れた。

「あ、おいしい……」

 じんわりと口の中に広がる旨味は、生命の味だった。

 神々への感謝と共に屠られた小鹿が、確かにニムルに自分が生きていることを教えてくれていた。

(僕は生きてる……マーシス、カムサ、お姉ちゃんは確かに生きてるよ……)

 人生は出会いと別れの連続だ。どれだけ気持ちが沈んでも、夜空の月が満ち欠けするように気持ちは変わる。

 いずれ前を向いて冒険に繰り出す朝はやってくるのだから。


この世界では人類や魔族だけでなく動物達にも『守護神』と『古の法』があります(動物の守護神は大抵の神話では狩猟の神です)。


追記:蜂蜜は水分が入らなければ腐らないです

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