ニムル・イル・アルディヤ⑮『神無き山の三人娘』と『肉と魚と香辛料』の話
(……サバイバルなんて不可能なメンツだと思ってたけど、割となんとかなってるなぁ)
食糧が満足にない暮らしは戦場で慣れているのでニムルはまあなんとかなっていた。それに剣の腕には自信があるので野獣や魔族の襲撃にも対応することができる。まさに前世とった杵柄だ。そして現世で料理や縫製も学んでいるので、割と役に立っていた。
そしてハッシュも船上生活の経験で飢餓には慣れっ子だし、体力もあるのでニムル的には非常に助かっていた。少々怒りっぽいのが玉に瑕だが。
それに対してカムサは家庭的なので率先して料理などを担当してくれているので、うまく役割分担が出来ていた。こちらは性格がきついのが多少難点ではあるが。
(……あれ? 僕本当は日本人なのに現代日本の知識何も活かせてなくない? 『転生者』である必要なくない?)
なんのために呼ばれたのかニムルはますます分からなくなった。
「肉が食いてぇ……」
木の実とアザミを食べ終わってからハッシュがぼやいた。
カムサはまだ黙々と食べている。ニムルは寝不足なせいもあってウトウトしていた。
「肉が食いてぇ!」
ハッシュが今度は叫んだのにニムルが『ビクッ!?』と肩を震わせた。
「びっくりした……どうしたのハッシュ?」とニムル
「肉が食いてぇんだよ! 山に籠って肉も魚すらあたしら食ってねぇじゃねぇか!? 山には豚、鹿、『山水牛』、鳥、カモシカ、兎、なんでもいるんだぞ!? なのに全然肉が食えねぇ! いい加減木の実ばっかり飽きたから肉食わせろ!」
ハッシュが寝転がった状態で手足をばたばたさせる。カムサがパンを食べる手を止めて、
「……それ以外にも山には犬、リス、モルモット、狐、熊なんかもいるわね……久々に私も食べたくなってきたわ……」
「熊だけは怖くて食べたいとは思わないんだけど……」とニムル。
「肉もいいけどチーズも食べたいわ……」とカムサ。
「あー、チーズもあったなぁ、どっかにチーズ生えてねぇかなぁ?」とハッシュ。
「チーズに似た味のキノコなら知ってるわ。でも見た目が似てる毒キノコもあるからおすすめしないけど」とカムサ。
「まーた毒キノコかよ、あたしは本物のチーズが欲しいんだよ……」
ハッシュの毒吐きに力がなくなってきた。無力感に苛まれてため息を吐く。
カムサが食べ終わり、またニムルがウトウトしているとハッシュが勢いよく立ち上がった。
「うっし! 弓矢を作るぞ!」
「弓矢を? 狩猟のため?」とカムサ。
「当たりめーよ! 弓矢が無いのに狩猟ができるわけねぇんだよ! ニムル起きろ! 『イチイ』の木を探すぞ!」
弓になる木は種類が限られている。最も適した素材はイチイの木だ。
ニムルが目を覚まして、
「……イチイ? 弓でも作るの?」
「だからそうだって! イチイは実も食えるから食材も手に入って好都合だ! ほら起きろ! いくぞ!」
寝ぼけているニムルを強引に引っ張って連れてこうとするとカムサが止めた。
「待ちなさい。ハッシュ、あなたは他の木とイチイを見分けらるのかしら?」
ハッシュの脚が止まる。振り返って、
「……そんなもん近づけば分かるだろ、多分」
「多分って……はぁ、一つ大事なことを教えてあげるわ。イチイの木はクノムティオには生えてませんわよ」
「は? 生えてない……?」
ハッシュが驚く。カムサは『やれやれ』と頭を振って、
「イチイが自生しているのは東方や『アルナイ』よ。クノム人はそこから輸入して弓を作ってるの。だからどれだけ探しても見つかりっこないわ」
「マジか……あー、あと他に弓になる素材って誰か知ってるか」
「知らないわ」とカムサ。
「僕もイチイしか知らない……」とニムル。
「はぁ~~、萎えた」
ハッシュが不貞腐れて寝転がった。
その後3人はまた食糧探しに出かけた。
野草を眺めながらハッシュがぼやく。
「食うために探し回り、探し回るために食う。あたしら何のために生きてるんだ? これじゃあ動物と変わらねぇぞ」
「人間だって動物だよ。猿の仲間だしね」とニムル。
「嘘つけ~、どこの哲学者がいったんだぁ? 確かに赤ん坊は猿みてぇだけどよ。人間はウキウキ言わねぇぞ」
そのうちニムルが2人から少し離れた場所を捜索していると、何やら良い香りが漂ってきた。
「ん? この匂いは……」
匂いを辿っていくと、ローズマリーが群生してる場所を見つけた。
「うわ!? 『リプマンス(ローズマリー)』じゃん!? 食べられる草だ!」
ローズマリーは薬としてクノム人に愛好されている。ニムルは沢山千切って2人の元に戻った。
「見て見て2人とも~! ローズマリー見つけたよ~!」
声をかけると、何やら枝を持ったカムサが駆けつけてきた。
「あらニムルも何か見つけたの? 私も『ギンバイカ(ティルス)』を見つけたわ♪」
『ギンバイカ』は強い香りを放つ白い綺麗な花で、葉や実はスパイシーなため香辛料として使われていた。東方からもたらされる『胡椒』が高級品なのでギンバイカの実を代替にするのだ。
「お~! ギンバイカにローズマリーなんて料理に欠かせない香辛料じゃん♪ 木の実ばっかりで味気なかったから今日は久々に味のあるものが食べれるね~!」
「ふふ、そうね。私もそろそろ香りの強い物が恋しくなってた所よ」
カムサも上機嫌なので口調が自然と柔らかくなっていた。
ガサガサと音がして振り向くと、茂みを掻き分けてハッシュが現れた。
「あ、ハッシュも見てよ! ギンバイカにローズマリーを見つけたんだよ!」
「ん? へぇ、お前らも中々珍しいもの見つけたんだな……ふ、でもどうやらあたしが見つけた物には遠く及ばねぇな……」
ハッシュがどや顔する。ニムルとカムサは顔を見合わせて、
「何を見つけたの?」とカムサ。
「耳を綺麗に掃除して聞きやがれ! なんとあたしは世にも珍しい『エルハス(ラベンダー)』の花を見つけたんだぜ!」
ハッシュが背中に隠していたのはラベンダーだった。花は特に高級品で、『香辛料の女王』とクノム人が賞賛する植物である。栽培方法が分からず野生種を採集することしかできないが、野生でも中々見つけられないので『冒険者の花』とも呼ばれていた。
案の定2人はどよめいた。
「すっご!? それ高すぎてどこの市場にも売ってないやつじゃん!?」とニムル。
「『ラベンダーを持つ者は三つの理由で幸福になる。一つは万能の薬なので病気知らず、二つは高値で売れて金持ちに、三つは幸運の神を味方にできるから』! すごいじゃない!」
カムサも飛び跳ねて喜ぶ。だがすぐにあることに気づいて青ざめた。
「カムサ? どうした?」とハッシュ。
「……ローズマリーもラベンダーもギンバイカも全部肉や魚の臭み消しに使う香辛料よね……」
「あ……肉がねぇ」
全員が持っていた収穫物を落として意気消沈した。
「仕方ねぇ、肉がダメなら魚釣るか」
ハッシュは山小屋に帰った後、ニムルとカムサの前に動物の骨を置いた。
「これ鹿の骨!? ハッシュもしかして一人で鹿食べたの!?」とニムル。
「んなわけねーだろ。これは落ちてたのをラベンダーと一緒に拾ったんだよ。お前らこれで釣り具作るぞ」
そういってハッシュは骨を短剣で削り始めた。ニムルがしげしげ眺めて、
「もしかして骨を削って釣り針にする感じ?」
「その感じだよ。木の枝を竿にして、ツタとか釣り糸にして、骨で針作って、土掘ってミミズでも餌にするんだよ」とハッシュ。
カムサがハッシュの手元を見て、
「……それちゃんと削れてるかしら? 罅が入ってるように見えるけれど……?」
「うっせ! 海賊は生活が不安定だから、矢じりの鉄を節約するために動物の骨から作ることがあるんだよ! こういう工作は慣れてんだ、ていうかお前らもさっさと針作れ!」
「結構世知辛い職業だね海賊って……」とニムル。
ニムルとカムサも削り始めるとハッシュはこっそり作りかけの針を投げ捨てて新しい奴を作り始めた。
ニムルは動物の骨を見つめながら強烈な既視感に襲われた。
(動物の骨で作った釣り針、どっかで見たことあるような……)
そこで思い至ってハッとした。
(縄文時代だ! 動物の骨で作った矢じりや釣り針が歴史の教科書に載ってた『縄文人の暮らし』の項目に書いてあった! てことはハッシュの海賊団は縄文レベル! じゃなくて……)
ニムルは小石を使って骨を削り始める。
(今まで僕は現代日本の知識を一つも活かせなくてやるせなかったけど、ここになら活かせる! うおおおおおおお目覚めろ僕の中の縄文の血ぃいいい! 最近木の実ばっか食ってんだから先祖のDNAよ目覚めろおおおおおお!!)
ニムルは力を入れ過ぎて骨が砕けた。
「……下手だなお前。もうちょっと優しくやれよ」とハッシュ。
「……こっそり捨ててたハッシュに言われたくないもん」とニムル。
ニムルの言葉にカムサが吹き出した。
「げ!? み、見てたのかよ!? ていうかカムサは笑ってんじゃねぇ!? なにがおかしんだこのアマ!?」とハッシュ。
「ぷくくくく……! だって、あれだけ大口叩いておいて、くくく……! 普通に失敗して誤魔化してて……! くくく!」とカムサ。
「見てたんなら言えよ! 笑うんじゃねぇ! それ以上笑うと殴るぞ! おい聞いてんのかよ!? 笑うなって! だから笑うなって言ってんだろおおおおおおおおおお!」
笑うと少しは気分が軽くなることに少女達は気づいた。
そんな彼女達を静かに瘴気に包まれる廃墟が見守っていたのだった。
ギンバイカもヨーロッパではポピュラーなものだそうです。実は熟してないと渋くてスパイシーだけど、熟してるとそこそこ甘いとか(実物を見たことないので分かりませんが)




