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ニムル・イル・アルディヤ⑬『神無き山の三人娘』と『悪夢』と『夜の鳴き声』の話

今回から一転、山中でのサバイバル編になります。

 助けて……助けて……、

 誰かが呼んでいる。いや、誰かは知っている。

 血の海の底から無数の手が伸びる。

 無念のうちに死んだファーバスの人達。

 お姉ちゃん、苦しいよぉ……姉さん、痛いよぅ……

 自慢だった弟と、可愛かった妹が呼んでいる。

 ごめんなさい僕だけ生き残って、

 ごめんね助けてあげられなくて。

 お前は殺した、沢山の人達を殺した……! 

 黒装束の幽霊達が恨みの声を出す。僕に殺された兵士達。

 やめろ、僕だって本当は殺したくなかった……殺したくなかったんだ! やめろ! やめろおおおおおおおお!


「うわぁああ!? ……あ、夢……?」

 ニムルは飛び起きて外を見ると、山の森の合間から刃みたいな三日月が見えた。

 目の前には赤々と炎が燃えていて、沢山の羽虫が飛び回っていた。



 ファーバスの町が謎の黒装束の襲撃で廃墟となってから1カ月が経過していた。

 近くの山の中でニムルは木の枝を拾っていた。

「さってと……こんくらいでいいかなぁ」

 数えてからベルトで結び、背中に担いだ。

 もう随分洗濯をしていないので服は汚れとほつれで酷いありさまだ。家にいた時はふっくらしていた頬も今は見る影もない。

 彼女が向かったのは森の中に隠れるように建つ山小屋だった。

「あらおかえりなさいニムル。木の枝はちゃんと持ってきたの?」

 小屋の中ではカムサが石で木の実を砕いていた。

 油で固めていた髪の縦ロールは解けかかり、着ている絹の服もすっかり虫食いにさらされている。腰に3つも巻いていたベルトは色々な用途に利用されていた。

「たっだいま~カムサ! この通りちゃ~と持ってきたよ~!」

 ドンっとニムルが枝の束を置いた。カムサが確認しようとすると、枝の一本に毛虫がくっついていた。

「ひぃい!? 毛虫ぃい! はやくとっちゃって!」

「え~、そんなに嫌がることないじゃ~ん。結構可愛いよ~?」

 ニムルが細い枝を毛虫の前に出すと、毛虫が威嚇してきた。

「すごい鳴いてるじゃない!? 早く捨てなさい!」


「おーい帰ったぜ! 今日はたっぷりキノコ持ってきたぜ~!」

 今度はキノコを抱えたハッシュが小屋に入ってきた。

 お気に入りのツインテールは森の中で見つけた蔓で縛っていて、服はスカートの部分が動きやすさを重視して短くなっていた。出た布の切れ端はすでにボロボロに使い潰して捨てられている。

 枝の横にキノコを置くとニムルが目を輝かせる。

「おお~! ハッシュやるじゃん! これ全部食べられるキノコ?」

「さあ知らん。分かんねぇから地味めの奴だけ持ってきたんだ。カムサなら分かるんだろ? 食える奴あるか?」

 カムサがキノコを難しい顔で眺めて、

「……私も本で読んだ知識しかないから、実物を見せられても確実なことは言えないわ……食べない方がいいと思うわ」

「はぁ!? そりゃあねぇぜ! あたしが半日も歩き回って集めたんだぜ!? もっとちゃんと見ろよ!」

 カムサは顔に押し付けられたキノコを振り払った。

「だから分からない物は分からないの! もし毒があったら大変なことになるのよ!? 今後絶対にキノコは拾ってこないで!」

「じゃあ何喰えばいいってんだよくそったれ! こっちは腹減って死にそうなんだよ!」

 ずっと空腹でハッシュは気が立っていた。

「毒よりはましでしょ!? いい加減思慮の浅い行動はやめてと言ってるでしょ!? 食中毒が出たら全滅するのよ!?」

 ハッシュは怒りの余り鍋にキノコをぶち込んだ。

「あっそ、じゃあもういいぜ! あたしだけで食うからよ! 毒なんて火を通せば消えるってぇの!」

「だからダメって言ってるでしょ! 私の言うことを聞きなさい!」

「うっせぇぞ! いつまで町長の娘でいるつもりなんだ! 町はもうねぇんだぞ!」


 ハッシュがそう叫ぶと、途端にシーンとなった。

「……チッ、気に入らねぇなら勝手に捨てとけ」

 吐き捨ててハッシュは外に出て行った。

 カムサはため息を吐いてキノコと水が入った鍋を持ち上げて、

「はぁ、やっぱり嫌いだわハッシュのこと……乱暴だし馬鹿だし短気だし。ていうかこんな土くさい小屋でずっと暮らしてたら頭がおかしくなりそう! やっぱり町に戻りましょうよ!」

 ニムルが困り顔になって、

「ダメだよ……城門が壊れてるから外から入り放題だし、廃墟はいつ崩れるか分からないから危険だし。それにここはご飯があるから便利だよ? 町には何もないけど」

 住民が飼っていた家畜は全て脱走し、畑も兵士達が火を放っていたので使えなくなっていた。

 カムサが俯いて、

「はぁ、そうですわね、分かってますわそんなこと……」

 彼女は暗い顔で外にキノコを捨てに行った。


 ニムルが小屋を出て近くの川に来ると、ハッシュがいた。

「お、来たかニムル。どうだ? あたしと勝負しないか?」

 そう言ってハッシュが腰に佩いていた剣を抜いた。

 ニムルが兵士達から奪った2本の短剣の片方だ。

 ニムルは露骨に嫌そうな顔で、

「も~危ないよハッシュ~、せめて木の棒とかにしようよ~」

「ばっか、それじゃあ緊張感ねぇだろ。おら、そっちから来ないならこっちから行くぞ!」

 ハッシュが突進してくる。ニムルも剣を抜いて両手で持って受けた。

 ガキィンッ!

 派手に剣同士がぶつかり、ハッシュが体重をかけて力いっぱいニムルを突き飛ばした。ニムルは身体が小さいので吹っ飛ぶ。

 そのままハッシュは馬乗りになってニムルの喉元に剣をつきつけた。

 ニムルがヘラヘラ笑って、

「はい僕の負け~、これで満足した?」

「……おまえなぁ、なんで本気ださねぇんだよ! こんなんじゃあ訓練にもならねぇだろ!」

「僕はこれで本気だよ~、重いからどいてよ~」

「チッ、んだよ全く……」

 ブツブツ言った後、おもむろにハッシュが服を脱ぎ始めた。

 ニムルが滅茶苦茶動揺した。

「わああああ!? ハッシュ!? なんでいきなり脱ぐの!?」

「あん? そら水浴びのためだよ。ニムルも入るか?」

 ハッシュがそばを流れる清流を指す。ニムルが目を塞いでブルブル頭を振って、

「入らない! 僕は入らないよ!」

「? そうか。ならいいんだけどさ。変な奴だなぁお前。なんで女同士なのに恥ずかしがってるんだよ」

(そんなん本当は女じゃないからに決まってんだろ!)

 と言っても信じてもらえないだろうからニムルは無言で通した。

 実際ニムル(大輔)は水浴びする時も極力自分の身体は見ないようにしていた。

 恥ずかしかったのもあるが、

(なんていうか、二次元の女の子はやっぱり二次元なんだな……)

 彼女が出来る前から女体に軽く失望してしまっていた。


 その日の夜は、カムサがすり潰した木の実を焼いて作ったパン(せんべい)だった。

「え、これだけ?」とハッシュ。

「そりゃ魚も釣ってこないし、動物も獲ってこないんですから当然ですわ」とカムサ。

 ベッドがないので床に藁を敷いてその上に寝そべって食べた。

 モソモソ……。

「……味がないよぉ……」とニムル。

「侘しい……はぁ」とハッシュ。

 一気に疲れが出て、3人とも黙々とせんべいを食べる。

「……明日、町に行こうと思うんだ」

 ハッシュが呟くと、カムサが眉をひそめた。

「何をしに? あそこには何もないって言ったわよね?」

「家族の骨を拾って埋葬する」


 しばらく誰も何の声も発さなかった。

 ハッシュがパンを食べ終えて、

「……もう1か月だぜ? 月が新月から満月になって、そんで新月になった。それくらいあたしらはこここに居るんだぜ? もう死体は腐って骨になってるだろうさ。動物に荒されてるかもな……あんな廃墟の中に放置されるとか可哀そうだと思わねぇか?」

 小屋の中の明かりは月明りだけ。山の夜闇は小屋の中にまでしみ込んできていた。

 ニムルが顔に影を作りながら、

「……山の上からでも分かるくらいファーバスの町は『瘴気』で覆われてるよ。100人以上死んで、しかもお墓も作ってなくて、『浄化』もしてないから『魔界』になりかかってるよ……」

 山から見下ろすと遠くの平原の中にポツンと真っ黒な『瘴気』の霧に覆われた町が見える。

 それが現在の少女達の故郷の姿だった。


「それがどうした! なりかかってるだけでまだ魔界じゃねぇ! むしろそうなる前に骨を回収した方がいいじゃねぇか!?」

 ハッシュが身を乗り出す。だがカムサは猛反対した。

「ダメったらダメよ! 『瘴気』が見えてる状態でも十分危険だわ! 大人の龍族が出没する可能性があるのよ、私達なんか餌になるだけよ!」

「飛んできてるのを見てねぇから問題ねーだろ!」

 魔族は『瘴気』があると自然発生するわけではない。人間界の中にポツンと『魔界』があっても、別の魔界から飛んでこなければ問題はないのだ。

 だが人間界でも活動できる弱い魔族が『魔界』に入れば活発化するリスクはあった。

「いいえ! 危険すぎるから何度言われてもダメよ!」とカムサ。

「なんでだよ!? お前だって親父さんの墓くらい作ってやりてーだろ!? ニムルだって家族の埋葬してやりたくねぇのかよ!?」

「……」

 ニムルは何も言えなくなった。

 海に沈んでしまった弟妹、家に潰された両親。

 その光景が頭から離れず、彼女はまともに寝れていなかった。

(……一か月間、魔族に遭遇するリスクを嫌って近づかなかった僕を家族は許してくれるかな……?)


 ふと、そこでカムサが力なく座りこみ、膝を抱えて体育座りになった。

「……見たくないですわ……」

「はぁ?」とハッシュ。

 カムサは虚ろな目で月を見つめながら呟いた。

「お父様が死んだのは分かっていますわ、だけど、だけど……亡骸を見る勇気は私にはないですわ……」

 最期の時、武装して敵を迎え撃つ準備を済ませた父の慈しみの顔。

 カムサはそれの上に新しい顔を上書きしたくなかったのだった。


「……」

 ハッシュが何と言おうか悩んでいると、外から声が聞こえてきた。


 ウオオオォォン……ウオオオォォン……、


 それは動物の鳴き声のようにも、人の泣き声ようにも聞こえた。

「……チッ」

 ハッシュは頭を掻いてから舌打ちし座り込んだ。


 ウオオオォォン……ウオオオォォン……、


 夜風に紛れるようにして微かに、だが不思議とはっきりと聞こえてくる。途端に3人の胸に寂しさが募って来た。

(……これは多分『小人族』の悪戯……『瘴気』に引き寄せられて集まってきてるんだ……)

 ニムルは自分への罰だと思って目を閉じて聞き続けた。ハッシュは涙が溢れそうになって目を擦り、カムサは一筋の涙を流しながらじっと明かりを見つめていた。

 結局その晩は他に不思議なことは起こらず、ニムルが徹夜で見張りをしてカムサとハッシュは枯草のベッドの上で眠りについたのだった……。


水浴びは近くの川で頻繁にしてますが相当臭うと思います。

3人とも城壁に囲まれた町の中に住んでいたので、カムサは虫が苦手です。ハッシュは不潔な船上生活に慣れていて、ニムルは前世で従軍した経験があるのであまり気にしていません。

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