マストカ・タルクス⑧『サリバン族』と奴隷市場の話
『サリバーン族』と『サリバン族』の違いはただの表記揺れです(汗)
アラトア帝国があるのは『アルナイ半島』の南部らしい。アルナイ半島という半島がどういう地理なのかは分からない。ただ『中つ海』にあるのだけは分かった。
そのアルナイから中つ海を北に進むと、『クノムティオ(クノム人の国)』がある。船で10日程度の距離らしい。
そのクノムティオの内陸を北上していくと、あるのが『ハルハニア(ハルハン人の土地)』だそうだ。ハルハン人は草原に馬や羊を放牧して暮らしてるらしい。文字も持たず、船も作れず、魔法も使えず、とても野蛮なのだそうだ。
奴隷市場の営業は昼だけだが、日が暮れると客が注文した奴隷をその家に届ける作業が残っている。また売れ残った奴隷を馬車に詰める作業も行われていてかなり騒がしい。
「おらさっさと歩け! 今晩中に100人も届けなきゃいけねーんだぞ!」
「どいてくれ! 馬車が通れねーぜ!」
「うわこいつ病気してやがる! 城壁の外で斬ってこい!」
商人と部下達の怒号と、奴隷たちの叫び声に思わず俺は顔をしかめた。
さっきのお婆さんは『お金で買えない宝がある』て言ってたけど、ここにか? むしろお金で買える奴隷しかいないんだけど……。
「おい小僧どけ! 邪魔だ!」
後ろから声を掛けられて振り向いて叫びそうになった。
そこに居たのは3体の鬼族だった。
魔族にも色々な種族がいる。鬼族はその1つだ。
見た目は3メートルくらいの巨体で顔は牙が生えた豚みたい。だけど身体は筋肉の塊で、馬鹿そうな見た目に反して人間並みの知能がある。珍しいが中には魔法を使う個体もいるらしい。
皮膚も固いので普通の武器では傷つかない。基本部族単位で行動し、大抵鉱山に村を作って暮らしている。人間より怪力なので鉱山の採掘が得意なのだ。
ゆえに鬼族は大抵金鉱や銀鉱を握っていて人間より金持ちだ。彼らは採掘した金銀を持ってよく人間界にやってきて奴隷を買っていくらしい。
本で読んだ知識だけど、実際に鬼族を見たのは初めてだった。
「あ、す、すみません……」
「貴族のボンボンか? 見物なんてしてんじゃねーよ邪魔だ。ぼんやりしてっと食っちまうぞ!」
先頭の鬼が牙をむき出しにして、後ろの2匹がげらげら笑った。
3匹の後ろには鎖で繋がれた奴隷の女の子が1人居た。ボサボサの髪で垢だらけだが、顔は真っ青で全身震えている。
ああ、そうだ。鬼族の特徴を1つ忘れてた。
彼らは人間の肉が大好物なのだ、特に若い女の子の肉が。鬼族が奴隷を欲しがるのは食糧にするためだからだ。
女の子が俺の視線に気づき、いきなり俺の身体にすがりついてきた。
「た、助けてください! お願いします貴族様! 死にたくないです!」
鬼族の1匹が振り返り、女の子を殴り飛ばした。
「ぶがっ!?」
吹っ飛ばされ、鎖にぶら下がるようにぐったりしてしまった。鬼が唸り声をあげて女の子の胸倉を掴んで、
「てめぇは大事な祭りの御馳走だから骨を折らずにおいてやってたが、馬鹿なことしてっと手足斬り落とすぞ!」
すると他の1匹が言った。
「構わねぇ、暴れると面倒だから手足の骨を折っちまおう。そんくらいなら問題ねーだろ」
鬼達が失神している女の子の右手を掴んで折ろうとした。
「あ? てめぇなんだ!? やんのかあぁん!?」
一瞬、なんで鬼達が俺を睨んでいるのか分からなかった。
だがすぐに分かった。俺の左手が鬼達の腕を掴み、右手が『星空の剣』に手を掛けていたからだ。
あ、マジか……自分にこんな度胸があったなんて……。
鬼の一匹が斧を抜き、俺も咄嗟に魔法剣を抜き放った!
鬼の方が体がデカいので小回りが利きにくい。俺は懐に飛びこんで鬼の斧を持っていた指を斬った。
斧が落下して鬼の足にめり込む。
「GYAAA!?」
先頭の鬼が思わずうずくまった。俺はその目を斬って視界を奪い、後ろの2匹も斧を抜いたが先頭の鬼が邪魔で一瞬足踏みした。
『マストカ様、魔族と戦うなら連中の弱点を知っておく必要があります。剣技も実は頭を使うのです』
アルヘイムの助言が脳内再生される。
俺は頭を低くして突進し、女の子の鎖を持っていた鬼の足を斬った。
鬼の身体の構造は人間と変わらないらしい。つまり筋も同じ位置にあるのだ。足を斬られてバランスを崩す鬼。
「GUOOOOOO! 人間の分際でぇ!」
3匹目の鬼が雄叫びを上げて斧を振り下ろす。寸前の所で俺はかわし、1匹目の目を斬られた鬼を踏み台にして飛び上がった。
剣を一閃、3匹目も目を斬られて視界をロストする。
「ちきしょおおおおお! OOOOAAAAA!」
怒り狂った3匹目が滅茶苦茶に斧を振り回し、1匹目が頭に食らって即死した。2匹目は踏まれて『ギャッ!?』と悲鳴を上げて気絶した。
「危ない! 逃げるぞ!」
俺は茫然としていた奴隷の女の子を引っ張って走り出した。
と思ったらいつの間にか沢山の衛兵たちに囲まれていた。
「『光は鎖! 撃てよ雷霆!』」
数人の魔術師が『雷光の呪文』を放ち、暴れていた鬼が倒れた。
「今すぐ鬼族を治療しろ! 丁重に扱え! 国際問題になるぞ!」
それから衛兵たちに指示を飛ばしていた男、『都市監察官』のメルエル候が俺に近づいてきて告げた。
『都市監察官』は帝都の警視総監みたいな役職だ。彼は額に青筋を立てながら告げた。
「大変なことをしてくれましたなマストカ殿……彼らはアラトアと同盟を結んでいる『サリバン族』の鬼達ですよ。同盟国の関係者を斬ったとなればこれは大問題ですぞ……今すぐ逮捕します!」
え、逮捕、俺が? 貴族なのに?
ていうか国際問題とか言ってなかった……?
あれこれって、相当まずいんじゃないの?
どうやら、滅茶苦茶やらかしてしまったらしい。後で気づいた。
ていうか『金で買えない宝物』どころか大ピンチじゃねーか!
いや全部自業自得なんだけどね……とほほ。
不思議な話が好きです、怪談奇談系。