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ニムル・イル・アルディヤ⑫長い長い夜の話

 海賊の娘、ハッシュが騒動に気づいたのは隣の家が火事になってからだった。

「やべぇぞ逃げろ!」

 べろべろに酔って寝ていた海賊達が慌てて家に飛び出す。そのまま北の城門に向かった。

 彼らの船は実は町から少し離れた所にある秘密の港に隠してあった。

 だが城門の外には正体不明の兵士達がバリケードを構えていた。海賊達はなんとか突破しようと果敢に戦ったが、練度が違う上に海賊達は慌てて飛び出してきたから丸腰だった。

「ぐあああ!? 魔法の矢だ! デルクスがやられた!」

「ぎゃあああああ! くそくそ! いてぇぞこんちきしょう!」

「親分! お嬢! こっちはダメだ! 港へ行ってくだせぇ!」

 海賊が全滅し、ハッシュとアンタルマスだけが逃げた。だが炎や倒壊した建物に阻まれ、大パニックになった群衆の将棋倒しと炎によって殺戮の嵐が吹き荒れる。

「ハッシュ! ここに入れ!」

 アンタルマスがハッシュを強引に近くにあった死体の山の中に押し込んだ。

「親父も入れよ!」とハッシュ。

「そこはちょっと俺には狭ぇ、どっか他に場所を……」

 ドカン!

 魔法の矢が飛んできてアンタルマスが爆風で吹っ飛ばされた。

「親父!? 親じいぃ!?」

 ハッシュが叫ぶが、煙と音で何も分からなくなる。そのうち辺り一面が炎に包まれ、さらに多くの死体が積み重なってハッシュは全く周りが見えなくなった。

 沢山の死体が防火シェルターになって彼女を炎から守ったのだった。


 一体どれだけの時間彼女は死体の中にいたことだろう?

 しばらくするとざあざあと雨が降って炎が消え、城門の所でバリケードを作っていた黒装束たちがやってきて、辺りの瓦礫を物色し始めた。

「……さすがにこんな状態だと見るべきものは少ねぇな」

「元々別に裕福な街でもねぇしなぁ……お、金の首飾り発見~♪」

「死体はどうするんだ? このまま放置か?」

「わざわざ埋葬する義理はねぇし、『儀式』的にもそれでいいらしい」

 彼らが話している言葉はクノム語もあったが聞きなれない外国語もあった。出自はバラバラの集団らしい。

 最初もしかして自分が見つかるのではないかと心配したが、彼らは主に建物跡を漁るだけで死体にはあまり注意を払っていないことに気づいて少しホッとした。

 ハッシュはじっと彼らが居なくなるのを待っていた。ただただそのことだけを考えていた。他のことは考えてはいなかった。

 だが暫くすると1人の負傷した兵士が走ってきて叫んだ。

「おい! 敵だ! 援軍を頼む!」

 略奪中の兵士達が慌てて走り去った。


「……なんだ? 行ったのか?」

 死体から這い出してハッシュが様子をうかがう。周囲はすっかり静かで、ただ遠くから何か悲鳴のような声だけ聞こえた。

「に、逃げた方がいいかな……」

 彼女はとにかく、海賊団が所有する船まで行こうと思った。

 だが門の外に黒装束の兵士が張っているのが見えて諦めた。

「ど、どうしよう……」

 そこで、遠くから聞こえている悲鳴はあの黒装束達の物では? と思い至った。

「あの兵士達の悲鳴なら、戦ってるってことか? もしそうなら、味方が居るのかも……」

 ハッシュが慎重に歩いていくと、途中で見覚えのある金髪娘と出会った。

 町長の娘、カムサだった。

「あ、お前は町長の所のお嬢様……」

「……そういうあなたは海賊団の御令嬢ですわね?」

「……あたしはご令嬢なんてもんじゃねーよ止めろ、背筋が痒くなるぜ」

「『お嬢』て呼ばれてたじゃない、違うのかしら?」

『イル・シーファス(お嬢・ご令嬢)』は女性に対する敬称の一つだ。海賊達はアンタルマスがハッシュを溺愛して船に乗せて連れまわしていたのを茶化してそう呼んでたのだった。

 ハッシュは頭を掻いて、

「あー、いいやなんでも。説明面倒くせぇ」

「面倒くさいって……」

 ハッシュとカムサはお互いに苦手意識が芽生えた。

「……まあいいですわ。それより他に誰か見つけましたの? 御父上と海賊団員の方々は?」とカムサ。

 ハッシュは不機嫌になって、

「……多分死んだよ。よく分かんねぇ、黒い兵士に殺された。町長はどうした?」

 カムサはは悲しそうな顔で俯いて、

「そう、ごめんなさい、辛いことを聞いてしまいましたわ……私の父も死にましたわ。黒装束の男達に殺されましたわ……」

 二人は暫く俯いてから、

「で? 他に生き残りはいたか?」とハッシュ。

「知りませんわ……あなたが最初ですわよ」とカムサ。

「そっか……とにかく、向こうで兵士達の悲鳴が聞こえたと思うんだ。もしかしたら味方かも知れねぇ、とりあえず行ってみよう……」

 そこに3人の黒装束の兵士が走ってきた。

「あ!?」

 兵士達はなぜか真っ青でパニック状態だった。2人を見るなりいきなり持っていた鉄のハンマーを振り上げて襲い掛かって来た。

「うわあああああああああ!」

「きゃあああああああ!?」

 思わず目を瞑るカムサとハッシュ、だがいつまでたってもハンマーが振り下ろされない。

 恐る恐る目を開けると、3人の兵士全員が喉から血を吹き出して倒れた。

 吹き出した血がべったりと2人の顔につき、ハッシュが茫然とし、

「あ、血……」

 カムサは腰が抜けてしまった。


 ザリッ……。

 兵士達の向こう側には一人の『魔族』が立っていた。

 いや、ハッシュにはそう見えた。

 全身真っ赤で眼だけギラギラと光らせ、両手に兵士達と同じ短剣を2本持つ女の子。

 その『魔族』はそんな姿をしていた。

「死ねええええええええ!」

 背後から兵士が少女に襲い掛かる。だが少女は最小限の動きで避けてから振り向きざまに兵士の指を斬り飛ばした。

「ぎゃあああああ!?」

 武器を落とした兵士の喉元にすかさず剣を突き刺して絶命させる。顔は完全な無表情でなんの感情もない。

 今度は瓦礫の影から数人の弓兵が出て来た。矢を一斉に放つも、『魔族』は剣で全て撃ち落としてから短剣を一本投げた。

「ぐッ!?」

 剣が兵士1人の喉に刺さり、驚いた他の兵士も一気に距離を縮めた『魔族』に切り殺された。

 さらにまた兵士が1人奇襲をかけてきたが、これも『魔族』に迎撃されて地面に這いつくばって息絶える。

 最後まで立っていた兵士が尻餅をつき、武器を放り出して降参のポーズをした。

「待ってくれ! 降伏する! どっちにしろお前達はもう行く当てがないんだろ!? 俺が世話してやってもいい! だからお願いだ! 殺さないでくれ!」

 兵士が泣きながら命乞いした。

 だが『魔族』は人間の言葉が理解できないようだった。

「ああああああああああ!!」

 問答無用で喉を刺されて兵士が死んだ。


 カチャッ。

 ハッシュが動くと傍の食器のかけらが音を立てた。

「あ……」

『魔族』がハッシュ達を見つけ、一気に走って来た!

「きゃあああああああ!」とカムサ。

 ハッシュはハッとして、咄嗟に黒装束たちの持っていた武器を奪って『魔族』とカムサの間に割って入って叫んだ。

「カムサ! あたしが時間を稼ぐから逃げろ!」


 その時、『魔族』の動きが突然止まった。

「カムサ……?」

『魔族』が初めて言葉を発した。カムサが魔族の顔を間近で見て目をぱちぱちさせて、

「……あなたもしかして人間? どこかで見たことある顔ですわ……」

『魔族』は答えない。だが動きは石化したように止まったままだ。

 カムサがさらに近づいてもう一度訪ねた。

「……やっぱりあなたの顔、どこかで見たことありますわ。『ファーバス』の人でしょう? 私達会ったことあるはずですわ。お願い、名前はなんていいますの?」

『魔族』の目に光が戻り、『魔族』は、いや、少女は、剣を地面に落として名乗った。


「……ニムル、ニムル・イル・アルディヤ……」


 ニムルはやっと怒りから目が覚め、

 3人の少女を除いて、この街の中で生きているものは既にいなくなっていたのだっ……。


 平穏な日常の終わり、艱難辛苦の冒険の始まり、

 そして本当の平安と幸福を探す旅路の船出の時だった。

 薄幸な乙女たちが歩む道のりに平安あれ。




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