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ニムル・イル・アルディヤ⑪『地獄』の話

急展開です。

 町に侵入した兵士達は20人ごとに5つの部隊に分かれて散開した。

 第一部隊はまず門番の詰め所に行って、入り口の戸や窓に木の板を釘で打ちつけて塞いでしまう。

「ん? 何事だ!?」

 起きていた門番達が音に気づいて戸から出ようとするが開かない。詰所の中を歩き回ると一か所だけ空いている窓があったのでそこから1人が顔を出した。

 その首を外で待ち構えていた兵士が斬り落とした。そのまま身体を引っ張り出し、その後から続いてきた門番も切り殺す。

「敵だ! 敵が来たぞ!」

 門番達がヤバさに気づいて窓から離れて叫びだした。すぐさま第一部隊が窓から中に侵入して短剣で次々と刺殺していく。

 謎の黒ずくめ達にとってファーバスの門番は赤子同然だった。瞬く間に詰め所が静かになり、黒ずくめ全員が外に出て詰め所に火をつけた。

 外を見れば衛兵の詰め所からも火が上がっている。作戦の第一段階が完了した合図だ。

 第一部隊の所に他の部隊も集まりだした。

(予定通りに行動しろ……!)

 部隊長の合図で全員が弓を用意し足早に移動し始める。

 徐々に町の東側からも火の手が上がり始めた。この時期は夜東から西へ風が吹くのでどんどん燃え広がっていく。

 火に驚いた住民は自然、町の西や北に向かって逃げるだろう。ファーバスの町は城門が北側に1つしかなく、西側にあるのは港だ。

 黒ずくめ達は北門をわざと開けておき、彼らは外にでてバリケードを築いて門を囲い、弓矢を構えた。



「んにゅ……ん?」

 外の妙な騒がしさでニムルは目を覚ました。

 眼をこすりながら部屋を出ると、同じく寝ぼけ顔の父アルキアデスと出くわした。

「おおニムルか……なんだか妙に騒がしいな。お前はマーシスとカムサを起こしてきなさい」

「は~い……」

 マーシスの鼻を摘まむと変な鳴き声をだして起きた。

「ンゴッ!? 姉さん!? 一体何なのこんな夜中に……」

「おはよ~、分かんないけどなんか外が騒がしいからさ」

 今度はカムサの鼻を摘まむと、思いっきりビンタされた。

「痛ぁ!?」

「ん゛~! 何!? なんなの一体……ん? 今のお姉ちゃん? なに私に悪戯しにきたの? 私は安眠を妨害されるのが死ぬほど嫌いって知ってたよね? ぶん殴られたいの?」

「もう殴られてます……」

 指をぽきぽき鳴らす妹に見下ろされて姉は情けない声を出した。


 父が母メムサを起こしてきたので、家族全員で家の外に出た。

「なにこの匂い……焦げ臭い?」

 カムサが鼻をつまむ。確かに外は焦げ臭い臭いが充満していた。

 そこにいきなり隣のおじさんが走ってきて叫んだ。

「おい何してるんだ逃げろ! 火事だぞ!」

 アルディヤ家が彼が走ってきた方向を見ると、遠くに赤い光と煙が見えた。

 すぐに状況を理解した、確かにこれは火事だ。


「城門だ! 北の城門に逃げるぞ!」

 父が走り出そうとするが、カムサと母は少し躊躇ってから家の中に戻ろうとした。

「ちょちょ! ちょっと待って! せめて宝石類だけでも……」とカムサ。

「お金がないと大変よ! 取りに戻るから先に行ってて!」と母。

「馬鹿もん! すぐに来なさい!」と父。

 家の中に戻ろうとする2人を父が強引に引っ張って走り出した。こんな時に悠長なことをやってたら自殺するのと同じだ。

 細い道を抜けて大通りに出ると、沢山の住民達の流れが目の前にあった。

「うわ、すっごい渋滞……」とニムル。

 避難住民が一斉に大通りから北門を目指しているのだ。父がニムルの手を掴んで、

「皆で手を繋ぐんだ。離れ離れにならないように……行くぞ!」

 父の言葉で全員が手を繋いで流れに飛び込む。もみくちゃにされながらなんとか走ってると、大通りの先の方から悲鳴が聞こえた。

「な、なんだ……?」とマーシス。

 前方の住民達が何かに驚いて立ち止まったが、後方の住民達が止まれなかったので将棋倒しになる。しかもさらに流れに逆行しようとする人たちが大勢引き返してきて大通りが大混乱になった。

「なに!? 一体先で何が起こって……」


 ドン!

 いきなり大渋滞の前の方から派手な爆発が起こり、沢山に人達が吹っ飛ぶのをニムルは見た。

「……え? なん……」

「構えぇ! 撃てぇ!」

 さらに前方から大量の矢が飛んできた。『爆裂呪文を封じ込めた石』を矢じりに使った魔法の矢だ。地面や民家や人間に刺さると途端に爆発する。

 ドドドドドドドッ!

「きゃああああああ!」と思わず叫ぶカムサ。群衆が次々爆裂して血と人間と爆炎で何も見えなくなる。

「なんだ一体!? 何が起こってるんだ!?」

「ぎゃああああ熱い! あついぃ!?」

「うわあああ押すな! 押すな! ぐげっ!?」

 大通りは完全なパニック状態だ。渋滞で身動きが出来ず、家屋は次々倒壊し、炎が四方から迫ってきて視界を塞ぐ。耳を貫くような悲鳴と爆音でもはや自分の声すら聞こえない。

「構えぇ! 撃てぇ!」

 そこにさらに魔法の矢が無数に飛んできて内臓が辺り一帯に飛び散っていく。状況を把握するどころかいつの間にか押し流されて家族とはぐれたニムルがなんとかマーシスとカムサを捕まえる。

「姉さん!? 母さんと父さんが!」とマーシス。

「分かってる! どこ!? お父さんとお母さんはどこ!? 返事して!」

 そこでニムルは遠巻きに両親とその後ろで崩れかかっている建物を見つけて青ざめた。

「お父さん!? お母さん!? 危ないいいいいい!」

 ドゴオオンッ!

 木造の民家が2人を押しつぶした。


(何! 一体何が起こってるの……!?)

 妹と弟と一緒に走りながら大輔は、いやニムルの混乱は極に達していた。

 ニムル・イル・アルディヤとして産まれてから18年間、こんなことは一度も無かった。父が兵役で出かけることはあったが、街の城壁にまで敵兵が来たことは一度もない。毎回父はニコニコしながら元気な様子で帰ってくるし、おかげですっかり戦いから遠ざかっていた。

(なんなのこれは!? 一体ファーバスの町で何が起こってるの!?)

 長い年月、ニムルの中で錆びていなかった『マストカの記憶』を頼りに必死に安全地帯を探す。

(ただの火事じゃないの!? さっきの矢は何!? 敵軍に攻められてるの!?)

 頭の中は真っ白になっていても、身体は自動で動いて北門から遠ざかる。

(……きっとこれは夢だ、僕は夢を見てるんだ。そうだよ、そもそも夢に関するお呪いでこっちに来たんじゃないか。なんだそうか、これは最低な悪夢なんだ……)


 炎が踊る、建物の崩壊音はまるで太鼓のよう、なら人々の悲鳴はきっと笛だ。

 酔っぱらったアシムス神が見る夢の中のように、ニムルの頭はフワフワしていた。

『戦場で聞こえる全ての音は軍神が奏でる子守歌なのですぞ』

 眠れや眠れ、紅と黒の布団の中でぐっすり眠れ。

 この不合理な世界に、二度と目覚めてくることがないように。


「姉さん! 西の港に行きましょう! あそこには水があるから火事だって大丈夫です!」

 前を走るマーシスが叫び、カムサとニムルが同意して港を目指す。だが近道はすでに火で塞がれていたので、慌てて迂回路を走る。

 だが、3人は知らなかった。大火事の際は港に逃げてはいけないことを。

 3人が港にたどり着いた時、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 沢山の住民達が押し合いへし合いし、数少ない船を住民達は重量オーバーで全部沈めていた。

「どけぇ! せめて俺の子供だけでも乗せろ!」

「やめろ! これ以上は乗れねぇんだ!」

「うるせぇテメェが降りろ!」

 何人もの人間が同じ住民によって海に突き落とされる。マーシスが愕然として後ろを振り向くとすでに引き返す道は全て炎に塞がれていた。

「前に進め! 後ろがつっかえてんだよ!」

「うわぁ!?」

 さらに住民が押し寄せてきて3人がどんどん水際まで追い込まれる。離れ離れになってしまってニムルが叫ぶ。

「マーシス! カムサ! どこ!? お姉ちゃんはここだよ!」

 ふと、群衆の隙間から真っ青になっている男にカムサが突き飛ばされたのが見えた。

「邪魔だ! どけ!」

「きゃああああああ!?」

 カムサは真っ逆さまに海に落ちた。さらには彼女の上に何人もの大人達が落下してきてそのまま海の中に見えなくなる。

「カムサ!? カムサアアアアア!」

 ニムルが必死に近づこうとするが、人に遮られて横に移動することが出来ない。そのまま彼女も海に突き落とされた。

「!?」

 だがニムルは慌てない。深く息を吸い込んでから海に落ち、浮かんでいた船の残骸に掴まってから叫ぶ。

「カムサ! どこ!? マーシスも返事して!」

 だが人々の叫び声にかき消されてしまう。ついに火の手が港全体を包み込み、陸地に留まった住民全員が焼かれ始めた。

「ぎゃあああああああ!」

「ああああああ! 熱い! 熱いよおおおお!」

「ぐああああああああ! ママアアアアアア!?」

 火だるまの人間が次々海に落下し、パニックになって周りの人間をどんどん引きずり込んで水没していく。

 さらには人間の匂いを嗅ぎつけた『海獣』達も集まってきていることにニムルは気づいてゾッとした。

 バタバタ暴れている者からどんどん引き込まれていくではないか!

「く! えっしょ!」

 ニムルは船の残骸の上に載った。身体が小さいためギリギリ沈まずに済んだ。近くにいた女性がそれを見て、

「ああ! 私も! 私も載せてぇ!」

 そういってこっちに来ようとして『海獣』に引きずり込まれた。

「助けてぇ! 俺も載せてくれぇ!」

「いやだああ死にたくないよぉ! 助けてぇ! 助けてぇ!」

「うわああああ化け物! 来るな来るなぁ!」

 何人もの住民達がニムルに助けを求める。だが1人でも乗せれば重量オーバーだ。服の重さで徐々に皆が衰弱し、『海獣』の餌になっていく町の皆をニムルは直視できなかった。

 後にニムルの心に深い傷を残す絶望の地獄が、目の前に広がっていた。

「ごめんなさい…ごめんなさい……」

 耳と目を塞ぎ、ひたすらそう呟き続けたのだった。


 

 翌朝になって、ファーバスの城壁の前に黒装束の兵士達が集まり海に向かって何かを唱えた。

 途端に海の水が空に吸い込まれ、雨となってみるみる町の炎を消していった。

「よし! 雇い主から略奪を許可されてるから好きなだけ持って行け! と言っても燃やしてしまったからそんなに良い物はないかも知れんがな……いや金銀なら大丈夫だろう」

「は!」

 兵士達が嬉々として町に入り、民家の残骸を荒らし始める。部隊長は町の状況を確認するために街中をくまなく歩き回って調べ、港に立ち寄った。

「……む?」

 そこで彼は、港をふらふらと歩くニムルの姿を見つけた。

『海獣』は既に満腹になったらしくいなくなっている。部隊長が驚いて、

「あの火事を生き残ったのか? 運のいいガキだ。捕らえろ」

「は!」

 すぐに部下に命じてニムルを捕らえた。彼女はまるでガラス球みたいな目で生気を失っていた。

「ふん、まあ地獄を見れば誰でもそうなる。しかしどうするか……ガキをいたぶる趣味はないが、かといって奴隷にしても高値はつかんだろうしなぁ。こんな色気のない奴犯しても楽しくないしなぁ」

 部隊長が呑気に言って部下達が苦笑した。


 ニムルがそこでふと、港の近くに浮かんでいる水死体の中に見覚えのある顔を見つけた。

 弟のマーシスだった。顔に火傷の跡、右肩が『海獣』に食われた跡が見えた。

 ニムルがへなへなと地面に座り込んだ。思わず手を放し、肩をすくめる部下達。

 部隊長が鼻で笑って、

「完全に腑抜けだな。ほっといても自殺しそうだが……戦士の情けだ、一思いに冥府へ送ってやろうじゃないか……恨むなら己の運命を恨め」

 部隊長が腰の剣の柄に手を掛ける。

 ブチッと、ニムルの中で何かが切れた音がした。


 バンッ!

 いきなりニムルの身体が跳ねあがった!

 虚を突かれて反応出来ない部隊長。ニムルは彼の手に飛びついて小指をへし折り、さらには剣を奪い取った!

「ぐあ!? このガキ……」

 部隊長は喉を貫かれてそれ以上喋ることができなかった。動揺しつつも部下達も剣を抜こうとする。

 だがニムルは剣を投げてさらに1人殺し、別の1人に飛びついてまた剣を奪った。そのまま流れるように頸動脈を斬り、身体を盾にして他の部下の剣を防ぐ。

「なんだこのガキ!? くそ! 殺せ殺せ!」

 返り血を浴びて真っ赤になったニムルに他の兵士達が襲い掛かったが、全員急所を一撃されて絶命した。

 兵士達の剣は市街地での戦闘を考えて短くなっている。そのおかげでニムルの斬撃はまるで疾風のようんだった。

「うわああああやめて! 殺さないで!」

 恐怖の余り命乞いする兵士の首に、ニムルは無表情で剣を突き刺す。

 殺意。

 ニムルを動かしているのはただその一念だけだった。血みどろの剣の獲物を求めて、彼女はフラフラ歩きながら町の中を探検していく。

 何が起こったのか誰にも、もちろんニムルにも分からない。

 そしてこれから起こることも彼女には全く分からないのだった。


 町長の娘、カムサは恐る恐る家の庭の大きな倉庫から顔を出した。

 町長の家は庭が広いおかげで本家や蔵は炎を免れていた。

「……行きましたの?」

 昨日の夜、彼女の家では火事が起こる前から恐ろしい事件が起こっていた。

 いきなり顔を隠した黒装束の兵士が1人家に押し入ってきて、追い出そうとした奴隷達を殺したのだ。

 それから召使達を脅して町長の居場所を知り、彼の寝室に乱入した。

「来たか……」

 部屋ではすでに武装した町長のシルリスが待っていた。カムサはその様子を隣の部屋で知って、すぐさま逃げた。

 事前に父に倉庫の鍵を渡され、『中に隠し部屋がある。その中に隠れてなさい』と言われていたからだ。

 父が時間を稼いだおかげで彼女は隠し部屋に入ることが出来た。だが暫くしてから沢山の兵士達が入ってきて家の財産を全て持ち出してしまった。

「おい! シルリスの娘はどこだ! 奴にはカムサという娘がいたはずだ!」

「分かりません、逃げて焼け死んだのでは?」

 父を殺した兵士がしつこく倉庫の中を探し回ったが、結局見つけられずに諦めて出て行った。

 それから随分と長い時間隠し部屋の中で眠っていた。

「と、とにかく何が起こったか調べないと……」

 外から鳥の声がして朝だと知り、すぐに出て行くと危険だと思って暫く待ってからにした。

 そしてやっと家を出て外を見て彼女は愕然とした。

 ファーバスの町は死体と瓦礫の山の廃墟になっていたのだった。



 


一つの区切りになる話ですね。

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