ニムル・イル・アルディヤ⑦『穏やかなファーバス』と『謎の女』の話
ニムルが登場しません。
『カミス市』はクノムティオの諸都市国家の中で最も人口が多い国で、クノム文化の中心地とされている。
その『カミス』では『ラクレミス』という男神が崇拝されている。この神の神殿『エリメイス地方』にもあるそうだ。
この神は音楽、芸術、美の守護者であり、大きな銀の弓と矢筒をもち、人間に勇気を与え、また賢い人間を特に愛し、
『古の法』を破る者に病気を与え全身を腐らせて殺す恐ろしい法律と刑罰の神だった。
『ファーバス海賊団』の頭領の娘、ハッシュが剣を片手に城門から外に出た。
門番達が不思議そうな顔で、
「おいおい、女の子が1人で外に出るのは危険だぞ? 分かってるのか?」
ハッシュは不機嫌そうな顔で威嚇した。
「うっせぇな余計なお世話だ! ずっと海にいたから、四方を壁に囲まれてるのが気持ちわりぃんだよ。ちょっとブラブラするだけだ……それにあたしは海賊だぜ? もう5人は殺してるんだから今更怖いもんなんてねぇんだよ……」
ハッシュが迫真の表情で剣を舐めて見せた。
だが兵士達は心底馬鹿にして、
「ぶははは! おしゃぶりじゃねーんだぞ! そんなにひでー目に遭いてぇなら好きにしな! 泣きながら帰ってきたらその顔を絵に描いて市場で売ってやるぜ!」
ハッシュは城門を出ることが出来たが、怒りで顔を真っ赤にしていた。
「くそが! 女だからって馬鹿にしやがって! 親父に止められてなかったらあいつらぶった斬ってやれたのに!」
それから肩にかかる剣の重みに少し疲れを感じて、
「……まあ、本当は人なんて斬ったことねぇんだけど……」
彼女は割と格好つけたがりの見栄っ張りだった。
「ん?」
日中の草原は日光を遮るものが無いので暑い。ふとハッシュは遠目に一人の女が草原の真ん中にうずくまっていることに気づいた。
「……女だな。でもよそ者か……? よそ者なら助けるわけにはいかねーけど……」
町の法律でよそ者は助けないことに決まっていた。そんな余裕がないからだ。
だが親切心に負けてハッシュが女に近寄った。
「おい、お前そんなところで何してるんだ? こんな所に女1人は危険だぜ?」
自分で言って『ギャグかよ』と笑うと、女が顔を上げた。
「あーあ、本当この世の中はどうしようもないわね……ねぇ、あなたは『困ってる人が居たら親切にしてあげる』ことが善行だと思うかしら?」
女はなぜかアンニュイで妙な質問をしてきた。
ハッシュが困惑して、
「はぁ? いきなりなんだよ?」
「答えなさいよ。これは私が世の中に絶望するかしないかの重要な問いなのよ。善行だと思う? それとも愚行だと思う?」
『変な女に関わってしまった』と内心後悔しながら、
「……よくわかんねーけどよ、船乗りの親父は『海の上では困ってる奴は敵国の海軍でも助けるもんだ』て言ってたぜ? それが海の男達の美学なんだってよ」
といいつつハッシュは心の中で思った。
(まあ本当は海賊だから、相手が金持ちとか軍隊とかだったら恩売って、そうじゃなかったら略奪して海にポイだけどな)
大商人は恩を売った方が得な場合が多い。軍人や貴族も同様だった。
女が疲れ切った顔で、
「……ここは陸の上よ? 陸だったらルールも変わるんじゃないの?」
「は! 変わるわけねーだろ? 船の上でも土の上であたしらは2本足で立ってるんだぜ? なんもかわりゃしねーよ!」
ハッシュは思った。
(今のカッコイイな、後で海賊団の皆にも言おっと♪)
女は長い、長いため息を吐いてから、
「はぁ~、てことはあなたは私に親切をしたいってわけね。先に言っとくけど、あとで後悔しても知らないからね? 分かった?」
「あーはいはい言っとけ言っとけ! ほら来いよ、あたしの家で飯くらい食わせてやるよ」
ハッシュが女の手を引っ張る。女は天を仰ぎながら独り言ちた。
「親切がかくも悪徳とは……ああ、『ウルスアルマ神』よ、はやくこの世界を滅ぼしてください……」
「あん? なんか言ったか?」とハッシュ。
「……別に」
女は黙った。
「おーい! 開けてくれえ!」
ハッシュが女を連れて城門に戻って声を張り上げると、兵士達が門の上から頭を出した。
「なんだもう帰ってきたのか? その後ろの女は何者だ?」
兵士がハッシュを確認してから、降りてきて城門を少し開けて顔を出した。
ハッシュが女を指して、
「困ってる奴がいたから拾ったんだ。あたしの家で休ませてやろうと思ってさ」
兵士は困り顔で門から出てきて、腰に手を当てて言った。
「お前なぁ、町の法律を忘れたのか? よそ者は基本入れてはいけないって……」
すると女が突然ハッシュ達の頭上を越えるほどジャンプし、門の隙間から身体を滑り込ませて中に侵入した!
「な!? 大変だ!? 侵入者だ!」
途端に兵士達が大慌てで女を追いかけた。だが女は尋常でないジャンプ力で屋根を飛び移りながら逃げ回り、そのうち屋根から降りたのを最後に姿が見えなくなってしまった。
いや、確実に町の中にいるのだ。すぐに町長に報告が入って城門が閉ざされ、全市民に自宅謹慎が命じられた。
「必ず女を探せ! もし女を見つけた者がいたら3銀貨を与える!」
兵士達が狭い町の中をあっちこっちひっくり返しながら探したが、どこにも女はいなかった。
「これは魔法かもしれないぞ」
女が魔法使いの可能性が出てアシムス神殿の神官達が呼ばれた。
だが神官達は残念そうな顔をして町長に言った。
「実はこの前の浜辺に現れたコロコス人の件で、アシムス神は『ファーバスの子供達は私の忠告を無視した』と大変ご立腹なのです。あまり期待しないほうがよろしいかと……」
「そんな! アシムス神の子供達に危機が迫っているのかもしれないのですぞ!?」と町長。
「そうなのですが我らが守護神はいたくご機嫌斜めでしてなんとも……それにここだけの話ですが、なんだかアシムス神の様子が少しおかしい気がするのです。最近めっきり御降臨なされませんし。なにか良くない気配がします、どうか『ファーバス』の住民達に用心せよとお伝えくだされ」
「どう用心しろというのだ……? 死すべき定めの不完全な人間に何ができるというのだ?」
「いやまぁ確かに用心しようはないのですが……まあとにかく用心してくだされ。我々も今はそう言うことしかできないのです……」
結局、神官達もどうしようもなかったので、ファーバスの住民は自力で謎の女の捜索を続けることになった。
ハッシュが家に帰ると、父親のアンタルマスと部下達が出迎えた。
「お嬢! 剣なんて持ってどうしたんすか!? なんか家で大人しくしろとかいわれてましたぜ? 心配したんすよ?」
「何言ってんだてめーは! ここは船長の家であってお前の家じゃねーだろ!」
水割り葡萄酒を飲みながら爆笑する陽気な海賊達。だが父だけは娘の様子がいつもと違うのに気づいた。
「おいどうしたハッシュ? 随分と元気ねーじゃねぇか? 飲むか?」
「いやいいよ……あたしはもう寝るぜ」
そう言ってハッシュは自室にこもった。
その夜、彼女は自分がとんでもないことをやらかしてしまったんじゃないかと不安で全く眠れなかった。
女の子が町の外にでることは通常ありえません。ハッシュは女だという理由で馬鹿にされたり子ども扱いが嫌いなのでわざとそういうことをしているだけです。




