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ニムル・イル・アルディヤ⑥『穏やかなファーバス』と『単眼の赤子』と『漂泊の魔術師』と『汚物を欲しがるコロコス人』と『喋る死体』の話

『コロコス人』とは、『ハリスキーナ』のさらに東にある『コロコス(コロクシア)』という土地から来た人達らしい。

 世界で最も馬と弓の扱いが上手で、東方アッス全域とドノト大陸の大部分を征服し、世界の3分の2を支配する強大な世界帝国を建設した。

 クノムティオは一部を除いてコロコス人の支配下には入っていない。だから彼らは度々軍隊を送ってはクノム人を屈服させようとするのだった。



「ただいま~」

 ある日の夕方、仕事を終えた父アルキアデスが帰宅してきた。

「おかえりなさいあなた」と母メムサ。

「おかえりお父さん~」とニムル。

「はぁ、最近色々と妙なことが多くてな。兵役が増えて困るよ本当」

 外行き用の毛織物の羽織を母に渡して父がぼやく。

「兵役? 戦争してるの?」とニムル。

「はは、違う違う。魔族討伐さ。最近ファーバス周辺に魔族がよく出没するんだ。まだ弱い魔獣だけだからそれほどのことでもないんだが、町の老人達は『不吉の前兆だ!』て大騒ぎしてるのさ」

 本来魔族は浄化されている人間界にはあまり現れることはない。だがファーバス周辺は最近『瘴気』の濃度が上がっていて下級の魔獣が現れるようになっていた。

 母が心配そうに、

「まあ、沢山死人が出ると瘴気が濃くなると聞きますけど……」

「そうだ。少し前に東の方でハルハン人の集団が南下してきて幾つかの町を略奪したらしくてな。その影響だろう。あの蛮族どもは残虐だからな」


『ハルハン人』はクノムティオの北方に広がる広大な草原地帯に住む遊牧民の総称(蔑称)だ。頻繁にクノムティオに侵入しては諸都市を襲って略奪を繰り返していた。


 父がベッドに寝そべって、母が出してきた葡萄酒を混酒器で割って飲み始めた。

「ふぅ、それにハルハン人だけじゃない。『コロコス人』も南からクノムティオを狙っているそうだ。連中は『アバーム』の『トーラティオ』の諸都市を従属させているから、次は『オラクス』なんじゃないかと噂だ」

 色々な地名が出てきてニムルが混乱し始めた。

「ねぇねぇ! 『アバーム』ってどこ!?」

「ん? アバームは東方アッスの地名だよ。『中つ海』に突き出した大きな半島さ。『クノムティオ』から東に船を出すとすぐそこにあるぞ。クノムティオとアバーム半島の間が海峡になっているんだ」

『海峡』とは陸と陸の間にある狭い海のことだ。

 クノムティオ半島の南端から東を見ると、水平線の辺りに陸地が見える。それが『アバーム半島』で、その沿岸部は『トーランティオ』と呼ばれ、トーラン系クノム人の故郷とされていた。


「ふーん……じゃあ『オラクス』てのは何?」とニムル。

「ああ、『オラクス半島』のことだよ。クノムティオも半島だけど、その南端にさらに『オラクス半島』という半島がくっついてるんだ。アバームからも近いからコロコス人が狙ってるって言われてるのさ」

 ニムルは地図がないので想像しようとしたが、すぐに諦めた。

「なんか地図ないの? 分かんないんだけど……」

「うちにはないなぁ、市民広場にいけば石碑に書かれてるがな。まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。それよりお前達も変な物を見たら父さんに教えなさい。町長に報告しなきゃいかんからな」

「変な物ですか?」と母。

「ああ、最近町の中でも魔族の目撃談があってな……」

 父が話し始めた。


 ファーバスの町には『長老』と呼ばれる老人達がいる。人生経験豊富なお爺さん達で、実質的にこの町を統治している人達だった。

 その長老の1人の家で、彼の孫娘が子供を産んだ。普通ならおめでたいことだったのだが、産まれた曾孫は単眼だった。

『げげげ、もうすぐファーバスに恐ろしい災厄が降りかかる……』 

 そう喋ってから曾孫は死んでしまった。孫娘はこれがトラウマになって今でも部屋に引き籠って家族とも会話しないらしかった。

 この話を聞いたある人は言った。

『我が子が命懸けで予言をしたのだ。喜びこそすれ、悲しんで何もしないのは曾孫が哀れだ』


 またこんなこともあった。

 今から一か月ほど前のこと、突然街に魔術師がやってきた。

「ずっと放浪していて行くあてがありません。この町で働かせてください」

 だが長老達は反対した。

「『アシムス神』が定めた『古の法』では『魔術師は町に入れてはならない』とされている。すまないがそれは無理だ。だが食糧くらいは分けてやろう」

 魔術師に食糧を沢山持たせると、彼は感謝して言った。

「それではお礼に、予言を一ついたしましょう。昨日の夜、この町に彗星が落ちる夢を見ました。これは戦争の予兆です。気を付けてください、それでは」

 そう言って魔術師は立ち去った。長老達は恐ろしくなって、

「もしや、逆恨みしたあの魔術師が我々を呪ったのではないか?」

「馬鹿な、それを避けるために食糧を与えたのだぞ?」

 などと話し合ったが、どうすることも出来ず、今の所は何も起こっていないので不安な日々を過ごすことになってしまった。

 この話を聞いてある人が言った。

『食糧だけを与えたから予言だけして去ったのだ。仕事と家を与えていたらきっと町のために戦ってくれただろう』


 またこんな話もあった。

『コロコス人』はいつも鳥の羽がついた帽子を被り、晴れの日でも傘を差しているので、見た目ですぐに分かるという。

 ある鍛冶師がファーバスの町が面している浜辺で釣りをしに歩いていた。

 すると1人のコロコス人が日傘の下に椅子を置いて座って海を眺めていた。

 鍛冶師がいぶかしんで近寄り声をかけた。

「おい、そこのコロコス人! こんな所で何してやがる!」

 彼はコロコス人が嫌いだったから変なこと言ったら殴ろうと思っていた。するとコロコス人が振り返って言った。

「おっさん、おっしこをくれよ。おっさん、うんこをくれよ……」

 ニヤニヤしながらそんなことを繰り返す。鍛冶師は気持ち悪くなって逃げた。

 それから暫くして、武器を持った街の若者達数人を連れて鍛冶師が浜辺に戻ってくると、コロコス人の姿は既になかった。

 ただ、日傘だけが浜辺に放置されていた。精緻な草木の模様が描かれた美しい傘だったが、触ると黒いネチョネチョする液体がついていたので海に捨てて帰った。

 このことを鍛冶師がアシムス神殿の神官に報告すると、

「コロコスの傘は芸術品だ、それを綺麗に洗って『カミス』の町にでも売りに行けば5銀貨ドラクマになるだろう。それで武器を買い、来るべき災厄に備えよと神託が下った」

 鍛冶師が即答した。

「あんな気持ち悪い傘、絶対に拾いたくありません」


 さらにこんな噂も流れていた。

 少し前、ファーバスの町に羊毛を売りに来た商人が居た。

 彼が町を囲う城壁の近くを歩いていると、いきなり声を掛けられた。

『おーいすんませーん! この町はファーバスって名前ですかぁ?』

 商人が声のした方向に振り向くと、そこには腐った死体が立っていた。

 恐らくどこかの戦場から拾ってきた戦死者の死体なのだろう。全身に無数の『小人族』が張り付いていて死体を動かしていた。

『おい、ちゃんと生きた人間に化けられてるか? 前は幻術が上手くかかってなくって失敗しただろ?』

『大丈夫大丈夫! 今回こそ上手くいってるって! 証拠にあの商人が叫んでないだろ? もし失敗してたら叫んでるって』

 小人族達がヒソヒソ話していた。商人は茫然としていたが、すぐに作り笑いを浮かべて、

「あ、へへへ、この町ですか? へぇ、ここがファーバスの町ですねぇ」

 すると死体が微振動して、

『いや~良かった良かった! 私はこの町の出身なんですが、長い事遠くに住んでましてね。今日が久しぶりの里帰りなんですよ』

 腐った汁が垂れる口の中で小人族がそう喋る。死体が商人の後ろにいる羊毛を載せた馬を指して、

『あなたは商人ですね? こうやって出会ったのもアシムス神の導きでしょう、一緒に行きませんか?』

 商人は全力で遠慮した。

「ととととんでもない! 私は町に入るのに色々手続きとかあって時間がかかるので、お先にどうぞ!」

 適当なことを言うと、簡単に死体は諦めた。

『そうですか。それではお先に失礼します。……ファーバスの町にはあまり長居しない方がよろしいですよ? それでは』

 そう言って死体はぎこちない歩き方で去って行った。

 その後商人が暫くしてから城門を潜って町の人達にこの話をしたが、商人以外今日はまだ外から人は来ていないと返されたのだった。


「……こういった不吉な話が山ほどあってな。重ねて言うが、何か変な体験をしたら父さんに言いなさい。ニムルは弟と妹にも言っておいてくれ」と父。

「はーい! それよりさぁ! まだ他にもあるんでしょ『不吉な話』! もっと聞かせて聞かせて!」

 ニムルが父の服を掴んで揺すると、母が不安な顔になって、

「まあ! 女の子なのになんてはしたない! それにそんな不吉な話なんて母さんは聞きたくないわ!」

 父も笑いながら、

「ニムルは本当に、昔から女の子らしくない奴だな。こういう話は男しか好まんものだ。まあだが聞きたいならいくらでも聞かせてやるさ。これは数日前のことなんだが……」

 父の酒の肴の不思議な話を目を輝かせながら聞くニムル。

 今日も平和な『ファーバス』の夜が過ぎていった。


男性市民は兵役の義務が課され、城壁の外にいる魔族討伐を行うこともあります。裕福な街なら冒険者を雇ったりもしますが、『ファーバス』は田舎町なので市民兵が行っています(冒険者を雇うと高い)。

ちなみに神官は上流階級なのでよほど強力な個体が現れない限り魔族討伐にはでかけません(こういうのは平民の仕事という価値観)

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