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マストカ・タルクス⑦『サリバン族』と『二つの宝』の話

 クノム人がどんな人たちかって? 『クノム語』を話し、『クノム神話』の神々を信じている民族だ。

 つまりアラトア人と同じ、そのまんまさ。違う点は金髪碧眼ってだけ。

 まあアルヘイムは髪ないけど。



 帝都サンマルテールの城門は昼間開いている。

 毎月4日になると、東西南北にある城門のうち西門で『奴隷市場』が開かれるのだ。『中つ海』沿岸の各地から集められた奴隷を求めて沢山の商人や貴族がショッピングに来る。

「うわすげぇ人だ……」

 俺とシュナがその奴隷市場にやってきていた。

「どうしてまた奴隷市場なんてものをご見物に?」とシュナ。

「いや一度見てみたくてさ」

「?? 奴隷なんて見ても面白くもなんともないですよ?」

 シュナが不思議そうに言う。まあ分かってもらおうとは思わない。

 だって異世界に来たら奴隷でしょ!!!


 奴隷市場は大きな檻に奴隷が入れられていて、それを外から指さして交渉するというやり方だ。

「さぁさ! こちらはアクニ人の奴隷だよ! 農業をやらせたら右に出る者なし!」

「ハルハン人奴隷はいかがですかなぁ? 馬術と弓術に優れてます! 兵士にするならやっぱり遊牧民!」

 なんかノリが軽いなぁ、もっと重い雰囲気の場所かと思ってたけど。

 俺がふと檻に入っているのが腰に布を巻いてるだけの男だらけなことに気づいた。

「なんで男ばっかり? 女はいないの?」

「奴隷のほとんどは戦争で負けた側の人間、あるいは戦争に巻き込まれた人達ですわ。女を捕まえればそれは戦利品です。運が良ければ兵士達が自分の妻か愛人にするでしょうね。もし悪ければ……まあ、つまり奴隷として売る分はほとんど残りません」

 平然と魔女は言う。俺の方が引き攣った顔で、

「そ、そっか、世知辛いね……」

「そうですか? 戦争なんてそんなものですよ……あ、ほら若殿が欲しがってた女奴隷ですわ」

「いや別に欲しがってたわけじゃ……ちなみにどこ?」

 奴隷市場の一角に女奴隷専用のスペースがあった。他の場所と同じく檻の中に数人の女の子が閉じ込められている。

 俺とシュナが檻の前に集まっている人だかりの後ろから眺めた。

 んー……確かに思ってたのとちょっと違うなぁ……。

 女の子達は人種は様々だけど、全員すごく汚れていて、目には生気がなく、まるで骨と皮みたいな身体をしている。座り込んで涎を垂らしてる子も居てなんか可哀そうというか、怖い。

「あの子達もお風呂で綺麗にしてちゃんとご飯を与えれば元気になるかな?」

 俺の言葉にシュナがクスクス笑って、

「それなら今から繁華街を歩いて道を歩いている平民の女の子に声をかければよろしいですよ。若殿は大貴族なのですよ? 『愛人にならないか?』と言われて断る女の子はいませんわ。平民の方が奴隷よりずっと綺麗ですよ」

 あ、そっか、盲点だった……俺この国の特権階級だから別に平民でもいいんだ。

「……分かってて案内した?」

「実際に汚い奴隷を見ないと若殿の目は覚めないと思いましたので」

 むぅ、さすがシュナ、全部お見通しとは……。

 すると近くに屋台を引っ張っている商人のおっさんがやってきて声を張り上げた。

「『フマーベル』はいかがですかなぁ!? 英雄達が好んだハルハニアの氷のお菓子ですよぉ!」

 氷のお菓子? 俺が振り返って屋台を覗くと、沢山の雪に冷やされたシャーベットみたいな物が並んでいた。

 おお! この世界は冷蔵庫なんてものは無いからアイスは食ったことないぞ!

 俺は早速財布を取り出して商人のおっさんに言った。

「すみません、それ2つください」

「はいはい、4サラン(銅貨4枚)になりま……うえ!? 貴族!?」

 おっさんが俺を見てぎょっとし、愛想笑いしながら言った。

「へへ、王子さま、その冗談は心臓に悪いですぜ。勘弁してくだせぇ」

「? 別に冗談じゃなくて俺はその氷菓子を買いたいって……」

「若殿!? 何してるんですか!」

 シュナーヘルが慌てて走ってきて俺の腕を引っ張って屋台から離そうとする。

「なんだよシュナまで、俺は氷菓子が食べたいだけだって! 別に何もしてないよ!」

「馬鹿なことを! ちょっとこっちに来てください!」


 屋台から数十メートル引き剥がされてしまった。さっきの氷菓子のおっさんはさっさと逃げ出してもう見えない。

 シュナが手を腰に当てて俺に説教した。

「若殿が世間知らずなのは私もよく知っています。ですが今回の事は笑い事では済まされませんよ! ハルハニアの氷菓子なんて食べている所を神々に見られれば大変なことになるんですよ!」

「はぁ? 氷菓子食べるだけじゃん! 神々に見られるってなんだよ!?」

 シュナが『やれやれ』と首を振って、

「はぁ、若殿、よーく聞いてください。若殿はアラトアの強き神々に守られる『文明人』、そして氷菓子とかいう汚らわしい食べ物はハルハニアの弱き神々に守られる『野蛮人』たるハルハン人の食べ物なのです。ですから食べてはいけません」

 俺は何度シュナの言葉を脳内でリピートしても意味が理解出来なかった。

 アラトア人は『文明人』、ハルハン人は『野蛮人』。

 文明人は野蛮人の食べ物を食べてはいけない、食べると穢れるから。

 いや、やっぱり意味わからん。何食おうが俺の勝手だろ。


「どうしました!? 一体何があったのですか!」

 振り向くと家の召使達とアルヘイムがこっちに走って来た。俺が外を出歩くときはかならず召使たちが遠くから護衛しているのだ。恐らくアルヘイムは彼らが呼んだのだろう。

 シュナがアルヘイムに事情を説明すると、

「マストカ様! 無知にもほどがありますぞ! 穢れた物を食べれば魂まで穢れるのですぞ! 高貴な身分であるあなたがそのような振る舞いをすれば神々の怒りを買うのが分かりませんか!」

「なんでだよ!? あの商人普通に売ってたじゃん!」

「あれは身分の低い平民や商人向けです、貴族は食べてはいけません! これは『古の法』で定められていることなのですぞ! 今からオルバースに説教してもらいますからね!」

 俺は召使たちに屋敷まで連行された。

『古の法』ってなんだよ! 初めて聞いたぞ!


 俺は家で父上と母上から滅茶苦茶説教された。

 内容を要約するとこうだ。

 貴族は野蛮人の食べ物を食べてはいけない。

 食べると魂が穢れて神々の怒りを買う。

 神々の怒りを買うとタルクス家が滅んでしまう。


「若殿、今日は『古の法』について勉強いたしましょう。魔法にも関わってきますので」

 半日も説教された後、俺はシュナーヘルから分厚い本を渡された。

「……『古の法』てなんだよ。全然聞いたことないんだけど」

「いいえ、聞いてるはずですわ若殿。ただ興味がないから覚えてなかっただけですわ。常識中の常識ですもの」

 納得いかない。とりあえず謝ったけど、やっぱり意味が分からない。

「いいですか若殿。アラトア神話では太陽神モンテールが人間を創造した時にある約束をしているのです」


 アラトア神話では人間は太陽神の髪の毛から産まれたとされている。

 最初の人間の10世代後の子孫がアラトア帝国の初代皇帝『英雄イヒルナス』だ。彼は太陽神の力を借りて地上を支配していた恐ろしい『マムール帝国』を滅ぼし、この土地にアラトア帝国を建設した。

 イヒルナスが太陽神に感謝すると、太陽神はこう言った。

『お前達は我々が定める法を守れ、さすれば永遠の繁栄を約束しよう』

 それが『古の法』である。法律といっても非常に内容はシンプルだ。


〇アラトアの皇帝は必ずイヒルナスの直系の子孫でなければならない。

〇皇帝の下には貴族と神官がついて補佐する。決して野心を抱いてはならない。

〇平民は皇帝、貴族、神官に従わなければならない。逆らうことは許されない。

〇奴隷は全ての身分に従わなければならない。家畜のような扱いを受けても不満に思ってはいけない。

〇皇帝、貴族、神官は異民族と結婚してはならない、彼らの食べ物を食べてはならない、異教の祭りに参加してはならない。

〇皇帝、貴族、神官は野蛮人に触れてはならない。


 以上の6点だ。俺の行動は4番目に抵触するからダメらしい。

「なんでだよ!? なんでダメなんだよ!」

「神々が禁じられているからです。人間は大人しく従うしかありません。逆らえば神罰が下りますわ」

 シュナーヘルがいつになく真剣な顔で言う。相当やばいということは俺でも分かった。

 だけどやっぱり理不尽だ、納得いかない! なんでアイス食べようとしただけで半日も説教されなきゃいけないんだ!

 シュナーヘルが俺の顔を両手で挟み、真正面から向き合って言った。

「お願いです若殿、もう二度とあんなことはしないと誓ってください。納得がいってないのは分かります。ですが絶対に『古の法』を破らないと誓ってくださいませ……」

 そこでシュナの目が潤み始めた。

「……そうでないと、若殿が神々に殺されてしまいます……お願いですから二度とそんなことをしないと誓ってください」

 魔女の涙に俺は動揺した。まるでアイスキャンディーを背中に突っ込まれたような気分だった。

「わ、分かったよ。もうしないって誓うよ。ごめん……」

「いえ、分かって頂けて嬉しいですわ」

 その後はいつも通りの魔法の授業に戻った。


「くそ、やっぱりイライラするな……」

 夜の帝都を俺は一人で散歩していた。

 シュナに説得されて暫くは大人しくしてたが、夕飯を終えた後なんかまたイライラが再発してきた。どう考えても理不尽過ぎて全然怒りが収まらない。

 ということで『星空の剣』を持ってこそっり屋敷を抜け出して夜の街を歩いている。人通りの多い歓楽街を歩いていると目立つので、人通りの少ない場所を散歩していた。

 ちなみにアラトアでは法律で夜は外出禁止になっている。防犯上の理由だけど、出歩いてると衛兵に見つかって逮捕されるのだ。

 だけど衛兵は貴族や神官を逮捕できないので、帝都の歓楽街の客も基本特権階級オンリーらしい。


 帝都の7つの丘の間にある平地には川が流れている。最も大きな川が『サラサ川』だ。俺はその川にかかっていた木の橋の真ん中で立ち止まり、ぼんやり月を眺めた。

 すると橋が繋がっている道の向こうから『おーい!』という声が聞こえた。

「……なんだ?」

 なんだか気になって橋を出て道を歩くと、Y字路に行き当たった。

 そのY字の分岐点に1人のお婆さんが座っていて俺を呼んでいた。

「あの、なんか用ですか?」

 俺が近づいて話しかけるとお婆さんが笑った。

「ほっほっほ、こんな寂しい場所に貴公子殿が何をしていらっしゃるのですかな?」

「別に……ただの散歩ですよ。お婆さんこそ何してるんです? 平民は外出禁止ですよ?」

 お婆さんはボロボロの服を着ていて、頭に帽子を目深に被っている。薄暗いので顔は良く見えない。

「ほっほっほ、それより貴公子殿、貴方にお宝の情報をお教えしましょうぞ」

 お、お宝? いきなりなんだ?

 お婆さんはY字路の右を指して言う。

 タルクス家の屋敷がある方向だ。

「この道の先には山のような金銀財宝、一生かかっても使い切れないほどのお金が手に入ります」

 今度は左側を指した。

 確かこの先には……帝都の西門があるはずだ。

「この道の先にはお金では決して買えないお宝がありますぞ、さぁ貴公子殿はどちらへ行かれますかな?」

 なんだろう、何かの暗号か? それとも謎かけ?

 でもなんか面白いな。乗ってみるか。

「そうだなぁ……じゃあ俺は左の道を行こうかな」

 するとお婆さんが肩を震わせながら笑った。

「ほっほっほっほ! 貴方は本当に変わったお方ですなぁ! まるでアラトア人ではないようだ、良いでしょ、さあお行きなさい」

 そう言うなり、いきなりお婆さんが煙のように消えてしまった。

 俺はびっくりして辺りをキョロキョロ見回したが、どこにも婆さんの姿は見えなかった。

 もしかして魔法使い? あるいは魔族、いや神だったのか……?

 何かの予言だったのかも知れない、俺は生唾を呑み込んでから左の道を歩き出した。

 しばらく歩くと道の先の方に明かりが見える。

 もう少し近づくと光源が奴隷市場なことに俺は気が付いた。


続き物って大変ですね。すごい体力使う

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