ニムル・イル・アルディヤ④『穏やかなファーバス』と『海賊の娘:ハッシュ』と『風が吹き出す洞窟』の話
『海禁政策』とはようは鎖国です。といっても完全に外国との交易を禁止するのではないです。江戸幕府が長崎の出島でのみ交易を許したのに近いですね。アラトアではヒノイセンの港町を中心とする複数の町(バランを含む)でのみ外国人の出入りが許されていました。
クノム人の町は必ず城壁で囲まれている。いや、これはクノム人だけでなく、どの民族でも同じだ。
だけど、この『城壁』はクノム人にとって他の民族よりも大きな意味を持つのだ。
ある哲学者は言った。
『人間は城壁の外に出れば人間ではなくなる。服を着た獣になるのだ。ゆえに法律は城壁の外には及ばない。人間でない物を縛り守ることは出来ないからだ』
ファーバスの町は港町なので、西側は海に面している。
小さな町だが、それでも沢山の船が出入りしていた。『ファーバス』はアラトアのような海禁政策はとっていないので商船が出入りしているのだ。もちろん港を使うのは商船だけではない、
『海賊』もだった。
「お久しぶりです町長。今日も『大漁』でしたよ」
港に強面の男達が漕ぐ船団が入ってきて、そこから降りて来た強面の男達の中の1人が丁寧に挨拶した。
出迎えたのは町長のシルリスだ。白髪で腹の出た老人が挨拶を返す。
「おー! それは良かった。いつもすまんなアンタルマス。今回の『獲物』はなんだったのかな?」
アンタルマスと呼ばれた男、『ファーバス海賊団』首領のアンタルマス・イル・カスラースは部下達に略奪品を船から降ろすように指示してから、
「へぇ、ちょっくらアルナイの方まで行きまして。テール人の商船でしたね。鉄や銅や金や鉛などの鉱物を積んで『カラキス』の港に向かってたらしいです。船員の経験が浅かったみたいで簡単に奪えましたわ」
「はて、『カラキス』とはどこの港だ?」と町長。
「東方の『トーラティオ(トーラン人の土地)』ですよ。小さな都市国家なので知らないのも無理はないかと。捕虜もいるんですがどうします?」
「最近農奴(農業用奴隷)が不足してるから私が買い取ろう。君が海に出ている間にこっちでも色々あって……」
そこに女の子が1人、海賊船から降りて駆け寄ってきた。
「おい親父! あたしが捕まえた海鳥どこやった!? 飼うって言ったじゃん!」
町長が話を遮られて渋い顔をした。アンタルマスが怖い顔で、
「『ハッシュ(ユリの花)』! 大人の会話の邪魔をするな! 家に戻ってろ!」
女の子はアンタルマスの17歳の1人娘、ハッシュだ。
「あたしの質問に答えろよ糞親父! 鳥はどこだって言ってんだよ! 親父は若い娘よりジジイが良いのかよ!」
「おまえなぁ……!」
アンタルマスが怒鳴ろうとしたら町長が噴き出した。
「ふぁはははは! 相変わらずじゃじゃ馬だなお前の娘は! どうだハッシュ? 今回の航海でお前は活躍できたか?」
ハッシュが鼻の下を指で掻きながら得意げに言った。
「当然だぜ町長の爺さん、ボケてねぇならあたしの冒険譚を聞かせてやるぜ……もし面白かったらなんかくれよな?」
町長が自分の腹をパンパン叩いた。これは『面白い!』というクノム人のジェスチャーだ。
「いいだろうハッシュ。もし面白かったら銀貨3枚(3ドラクマ)やろう」
「へ、じゃあ話すぜ。これは今回の航海であたしが見たことだぜ……」
ある時、アンタルマスとハッシュの父娘を乗せた海賊船が『アニス島』という島に立ち寄った。
ここはアンタルマスの友人の大商人が住んでいる島だ。航海に必要な食料を補充する傍ら、2~3日休憩することになった。
アニス島は全域が『商業都市』になっているため、冒険者が沢山いる賑やかな島だ。むしろこういう場所でなかったら海賊が休憩することは出来ない。
実はこの島には『コロコス帝国』の海軍基地もあるのだが、『商人です』といって賄賂を渡せば問題なかった。
ハッシュが暇になって剣を背負って街中をブラブラしていると、島の子供達の会話をたまたま聞いた。
「おいマジかよ、本当に山の中にそんな物があるのかよ?」
「マジなんだって! 今から案内してやろうか!?」
ハッシュが気になった声をかけた。
「おい、何の話してんだ?」
子供達が振り返ってびっくりした。
「うわ、よそ者じゃねーか! 何の用だよ!?」
「いや、お前らの話が聞こえてきて気になってな。暇なんだよ、なんの話してんだ?」
子供達は暫くヒソヒソ話し合ってから、
「……まあよそ者って言ってもあんまり俺らと年齢変わらなさそうだし、お前にも変わった物見せてやるよ。ついてこい」
さすが、『商業都市』に住んでいる子供は剣を持っていてもビビらない。ハッシュは子供達に連れられて近くの小さな山に登った。
山の中を歩き回っていると。大きな洞窟の前にやってきた。
「この前、夜中に地震があったんだよ。でも俺の家族は寝ていて全然気づいてなかった。俺だけ飛び起きて、その時この山から音楽が聞こえたんだ。妙だと思って翌朝身に来たら、ここに洞窟が出来てたんだ」
そう言って、子供達の1人が洞窟の中に小石を投げた。
ビュウオオオオオオオンン!
洞窟の奥から突風が噴き出した。ハッシュが思わず目を瞑るほど強い風だった。
「俺が最初この洞窟を見つけた時、中に入ろうとしたらすげぇ風が吹いてきて奥までいけなかったんだ。叫んでみても声は返ってこないし、そんで石を投げると風が吹くんだ。な、不思議だろ?」
「確かに……」
子供達が石を投げ入れると、その度に突風が吹いてくる。ハッシュは暫く考え事をしてから、子供達と別れた。
その日の夜、ハッシュは父親の部下を数人連れて例の洞窟の前まで来た。
「お嬢、これがさっき言ってた洞窟ですか?」
「ああ、さっそく始めてくれ」
「ういっす!」
海賊達が近くの巨大な岩を持ってきて、洞窟の中に転がした。
すぐに洞窟の横に回ると、ものすごい音と共に森の木をなぎ倒すほどの強風が吹き出してきた。
しかもこの風はすぐには収まらず、かなり長い時間吹いているではないか。
ハッシュは八重歯をむき出しにして笑った。
「こいつは思ったより使えるじゃねーか……! 投げ込む石がデカいほど風も強く時間も伸びるのか! お前ら明日の朝からドンドン石を投げ込むぞ!」
「ういっす!」
翌朝から島の山から強烈な風が街や港に吹いてくるようになった。風が強すぎて畑の収穫が出来ず、船も港に入れない。町長は困り果て、すぐに風が吹いてくる山を調査させた。
するとすぐに例の洞窟から吹いていることが分かったが、風の止め方が分からない。しかも一旦止まったと思っても夜になるとまた吹き出す。中にも入れないので魔術師達も調べられずお手上げだった。
「仕方ない、洞窟の入り口を塞いでしまおう」と町長。
するとハッシュがすかさず町長の部屋に転がり込んできて言った。
「町長! あたしらの船には鉄や鉛がいっぱいあるぜ! 今すぐ必要なんだろ? ちっとばかし割高だけど売ってやってもいいぜ?」
ハッシュは事前に父親にも話していたので、町長は感謝しながら相場の2割増しの値段で鉛を買い、それで洞窟を塞いだのだった。
アンタルマスがドヤ顔のハッシュの頭を撫でながら、
「こいつ、女らしさは何1つ身に着けてない癖に、海賊らしいことは一人前なんですよね。まあでも、おかげで儲けさせてもらいましたよ。そういういきさつで今回の戦利品に鉛はありませんぜ」
「余計なお世話だクソ親父! あたしは十分女らしいじゃねーか!」
ツインテールになっている髪型を指してハッシュが言ったが、無視された。
町長が手を叩いて、
「ほう、ちゃんと活躍しとるじゃないか。なら約束の銀貨に色をつけて『四倍銀貨』をやろう。これでオシャレしなさい」
「しねーよ! 4銀貨あるなら剣を一振り買ってやるぜ!」
市場に行く途中、海賊父娘と町長の掛け合いを少し離れた所で見ていたマーシスがニムルに言った。
「……面白い話を聞けたね、姉さん。アニス島かぁ、一度行ってみたいなぁ」
「でも、鉛は相場の2割増しって、ちょっとしょぼいね」とニムル。
「はは、アニス島の人達もクノム人だからね。お金にはシビアだよ」
海賊父娘が町長と別れたので、ニムル達もその場を離れた。
クノムティオでは『海賊』は男の子が憧れる職業の一つです。伝説的な海賊の冒険譚も多数伝わっていたりします。




