高橋大輔⑰クノム人の『夜会』とそこに並ぶご馳走の話
『高橋大輔』と銘打ちながら、前の話とこの話は現代日本の描写ないですね(汗)
「大輔~誕生日おめでとう♪」
誕生日、それは定期的にやってくるお祭りイベント。
母さんは自分の誕生日をあまり喜ばず『自分で自分にご馳走作るの馬鹿馬鹿しいし、また年とったと思い知らされて嫌』とのことだった。
父はご馳走がでるから誕生日を楽しみにするし、僕もプレゼントも貰えるから誕生日は好きだった。
あと思うんだけど、母さんの誕生日は外食にすべきだよなぁ、今度提案してみよう。
……まあいつ戻れるか分からんけど。
「カムサ、ニムル? 今日は『夜会』だからご馳走の準備を手伝ってちょうだい」
母に言われてニムルとカムサが台所に駆け付けた。
「ご馳走!? 今ご馳走って言ったよね!? 何を作るの!?」
眼を輝かせるニムルの耳を母が掴んで、
「『夜会』だって言ったでしょ。しかも今日は記念すべきマーシスの『夜会』デビューの日なの。お父さんが市長さんから豚を一頭貰ってきて潰すから調理を手伝ってちょうだい」
ニムルががっかりして、
「なんだぁ『夜会』かぁ……男の子ばっかりずるいな~」
『夜会』とは、クノムティオの伝統的な宗教行事だ。
一年のうち決まった日にホスト役の家に仲間が集まり酒宴を開催する、その時必ずミニチュアの神の像を用意して酒を捧げ、その前で詩を歌いながら酒宴を行うのだ。
割と楽しそうな宴会であるが大真面目な宗教儀礼で、参加できるのは原則成人男子だけだった。酒に酔いながら低い声で男達が朗々と詩を輪唱する様子はなんとも厳粛で神秘的な雰囲気になるのである。
そこに話を聞きつけたマーシスが浮かない顔で入ってきた。
「……姉さん達には分からないだろうけど、僕は今どんなご馳走も喉を通らない気分だよ……」
「なんで? ていうかなんか顔色悪いね? 大丈夫?」とニムル。
「お兄ちゃんは緊張してるんだよ。『夜会』で歌う詩はその場で考える即興詩なの。上手くできるか心配なわけ」とカムサ。
マーシスが頷いて、
「即興で詩を作らなきゃいけないし、変な声で歌うと神々に憎まれるから声にも意識を向けなきゃいけない。それに歌ってる最中は言葉に詰まるの禁止だからね。ぶっつけ本番の演劇だよ、僕には荷が重すぎる……」
即興詩はまず発表者が数節歌い、それを周りが暗記して繰り返し、また発表者が歌うというやり方である。楽器は当然なくアカペラだ。
ニムルが自分で想像して苦笑いした。
「ああ……確かにそれは嫌かも」
「同情してくれて弟として嬉しいよ……ご馳走は何ですか?」とマーシス。
母が指折り数えながら、
「豚の脳みそ、串焼き、肉と玉ねぎのスープ、他にもチーズを使った料理に、ニンニクを使った豚料理、生ひき肉をパンに塗ったり、香草と一緒に蒸したり、後は腸詰ね」
『腸詰!?』
カムサとニムルが一瞬目を輝かせ、すぐに物欲しそうな目で母を見た。
豚の腸詰、ようはソーセージだ。クノム人はお祝い事になると豚を丸々一頭解体して色々な料理を作る。その中でも豚の腸に豚肉と香草を詰めて燻製にする腸詰は一番人気の料理だった。
「僕も食べたい! ちょっとは僕らの分も残してよ!」とニムル。
「腸詰だけでいいから! 一個でいいから食べさせて!」とカムサ。
「ダメよ! 夜会の食事は食べきれないくらいの量にしないといけないの! 余ったら後で食べていいわよ」と母。
「ヤダヤダ! 絶対腸詰残らないもん! 先によけておいてよ~!」
姉の懇願にマーシスが、
「分かったよ姉さん。僕が姉さんとカムサの分をこっそり確保しておくよ」
姉と妹が大喜びで抱き着いた。
「やった! 自慢の弟だよマーシス! 頭撫でてあげる!」とニムル。
「お兄ちゃん大好き! 私がもってる髪飾り一つあげるね!」とカムサ。
「全然要らない物をありがとう……」
お礼を受け取ってマーシスが引き攣った顔をした。
「それで? 僕達の夕飯はなんなの?」
ニムルが聞くと母が呆れてため息を吐いてから、
「……まあそうね。夜会が始めると忙しくなるから先にすませちゃいましょうか。私達の夕飯はこれよ」
母はライ麦パンと壺に入ったヤギの固形チーズを取り出した。
そして竈の火でチーズを焙り、とろけてきた所をパンに塗ってニムルに渡した。
「おお……!」
ニムルが頬張ると酸味と塩味の効いたチーズの風味が口の中に広がり、しかもチーズが滅茶苦茶伸びた。カムサとマーシスが唾を呑み込む。
「ムグムグ……うっま! こんなシンプルなのにすごい美味しい、ホラホラ、カムサも食べてみなよ」
チーズでつり橋を作る姉に勧められてカムサも頬張った。
「どれどれ……ん~! 美味しい~!」
姉と妹が夢中で食べているのを見てマーシスが一言。
「……腸詰の確保の代価に1つちょうだい」
ほどなくマーシスも伸びるチーズの虜となった。
日が暮れて『夜会』が始めると、アルディヤ家の女達は食事や酒を運んだり食器を片付けたりと大忙しだった。
壁の向こうから聞こえてくる情熱的な『神々への賛歌』の詩は、前世であんな経験をしたとはいえニムルもなんだか神妙な気分で聞き入っていたのだった。
(……綺麗)
「ふう、やっと終わった。ほら2人とも、約束の腸詰だよ」
「わーい!」
マーシスが確保してくれた腸詰をニムルとカムサは火で焙ってから頬張った。
父と母は残った料理を一度神の像に捧げて祈ってから、それを肴に混酒器に葡萄酒と水を注いで飲み始めた。
父が酒杯と月を見比べながら、
「ふふ、『夜会』が来るたびにまた歳を1つ重ねたと憂鬱な気分になるよ。若い頃のように身体をハキハキと動かせないのは悲しいことだ」
「あら、まだまだ兵士として働けるじゃないですか。十分ですわそれだけ動ければ」
母も上機嫌で酒を飲んでいる。
ニムルも多めの水で割った葡萄酒を飲みながら、
「僕は自分が産まれた日が来るたびに思うな~また一つ大人に近づいたって」
カムサが笑って、
「そういえば前にも言ってたわねお姉ちゃん。東方に自分が産まれた日を祝う国があるって。私はそんな国聞いたことないけどね」
「ああ、そういえばそんな話したねぇ……」
ニムル(大輔)がこの世界に来て一番驚いたことの一つは、『誕生日』を祝うという文化がないことだった。
アラトア人もクノム人も毎年の収穫祭とか冬を越せるよう祈る祭とかを基準にして自分の年齢を数えているのだ。
(前世、父上から『自分の誕生日をなぜ覚えているのだ?』と聞かれた時は驚いたなぁ……アラトアだけじゃなくてこっちにも誕生日はなかったし)とニムル。
マーシスは顔を真っ赤にしながら、
「僕も聞いたことないねぇ。でもそれだと人によって記念日が変わるから友人の誕生日を全部覚えてなきゃいけなくて大変そうだよ」
「……まあ、確かにそうだね。大変だろうね」とニムル。
「東方の野蛮人が考えることは私達には分からないわよね~。わざわざ自分達で面倒事を増やすはめになってるのに馬鹿よね~」とカムサ。
「や、野蛮人って……まあいいんだけど……」
ニムルは(現代日本の方が遥かに水準高いんだけどなぁ)とモヤモヤしたが笑ってごまかした。
おおむね平常運転の、クノムティオのオリーブと潮風の満ちる夜がゆったりと更けていった。
『輪唱』は輪になって唱うというそのままの意味です。この異世界の詩は基本俳句などと違い、節をつけて歌うように詠みます(昔の俳句も歌ってたらしいですが)。
『風土はフード』がニムル編のテーマだと思ってます。




