高橋大輔⑮『異世界でラーメンを作ろう!』の話前編
麺って小麦粉、水、塩だけで作れるから異世界に持ち込んだら大儲けできそうですよね(小麦粉がこちらの世界と同じものとして存在していないと無理ですけど)
ある日曜日の朝、2階の部屋から1階のリビングに降りてきた大輔は、台所に父親が立っているのを見つけた。
「おはよう。なにしてるの?」
「ん? おお大輔か。いやぁ、お父さんちょっとラーメンを作ろうと思ってね」
「はい? ラーメン?」
するとリビングのソファーの父の特等席を占めている母が、
「会社の同僚から教わったらしいわよ? 趣味がないから新しい趣味探しなんですって」
「趣味探し、ねぇ……」
大輔は存在し始めたその時からオタクなので、『趣味探し』という観念というものが理解できず馬鹿馬鹿しく聞こえた。
コンロの上では寸胴の鍋があって、グラグラと煮えている。横には木の棒で引き延ばされている生地。
「ラーメンを作ってるんだ。もちろんスープから完全自作さ」と父。
「ふーん……」
父に料理経験はないはずなので、大輔はあまり期待しないことにした。
(……ラーメン食べたくなってきた)
現代日本を思い出して、ニムルはふとそう思った。
『そう思った』という言葉は軽いが、彼女の欲望は計り知れないほど重い。すぐに猛烈に麺をすすりたくなり、家の中のネズミ捕りの罠を点検していた母メムサに直談判した。
「お母さん! ちょっと作りたいものがあるから台所使っていい!?」
「……? 何を作るの?」
ネズミを食べさせている猫を撫でながら母が訝しげにきいた。
ニムルが元気よく、
「未知の料理!」
「はぁ? ダメです」
即却下された。『ラーメン』に相当する単語がクノム語にないから仕方ない。
ていうか『麺』がないのだ。この世界には麺が存在していないので説明が不可能だった。ニムルが腕をぶんぶん振り回して、
「確かにまだ未知の料理だけど絶対美味しいから! しかも割と簡単だから! ねぇお願い台所使わせてよ~!」
「また訳の分からないことを……あんた本当に産まれた時から変な子ねぇ。まあいいわ、そんなに使いたいなら使いなさい。でも食材も燃料もタダじゃないってことを覚えておきなさい」
「は~い!」
許可を得て早速ニムルは『ラーメン』の再現を開始した。
(さて、ラーメンを作る上で用意しなければならないものがある。それは『麺』、『スープ』、『具』だ……)
至極当たり前のことをニムルは考えながらまずは『麺』の制作から取り掛かった。
「必要なのは小麦粉と水っと……」
家の庭にある小さな倉庫に入って食材を探る。小麦粉の袋を見つけたので持って行こうとするとマーシスが倉庫を覗いて言った。
「あ、姉さん、それ小麦粉だよね? 何を作るの?」
「うん。お姉ちゃんちょっと面白い物を作ろうと思ってね。絶対美味しいから楽しみにしててよ!」
マーシスが困り顔になって、
「供物用のパンを作るんじゃないのかい? 言っておくけどその小麦は高価な物だからできれば別の物を使って欲しいんだけど」
大麦やアワ、ヒエなどが入った袋を指して弟が言う。
「え、でも小麦じゃないと作れないよ……」とニムル。
「小麦じゃないとダメなの? 母さんと父さんにはちゃんと説明した?」
「う、それは……」
眼を逸らす姉にマーシスがため息を吐いて、
「一緒に説明に行こうか」
母と父に猛反対され、ニムルは仕方なく別の穀物を使うことにした。
(初っ端から挫折……いやいや! 蕎麦だってそば粉で作るんだから小麦に拘る必要はない!)
『小麦』という仮名なのに使えないとはこれいかに、とか思いながらニムルはアワの粉を取り出して水を混ぜて練り始めた。
ちなみに蕎麦は普通そば粉と小麦粉で作る。大抵小麦粉の方が割合が多い。
「?? あれれ? なんかうまくいかないなぁ」
頑張って練るが、なぜ思うように固まらない。彼女は知らなかったが、実は生地に塩を加える必要があるのだ。塩が麺を固めるグルテンの生成を促すのである。あと味も良くなる。
それでもなんとかこねて生地にし、寝かせてから伸ばそうと思って麺打ち棒がないことに気づいた。
(棒がない……木の枝かなぁ)
だがそれっぽいのがなく、父親が戦場に持って行っていた棍棒が目に留まった。
(……形が大分違うけどいけないこともないか、な?)
そう思いながら棍棒を持ち出すと、カムサが気づいて近づいてきた。
「お姉ちゃん? 棍棒で遊んじゃだめだよ」
「……遊ばないよ~、ただ生地を伸ばしたいだけだよ~」
ニムルが生地を伸ばしたい旨を伝えると、カムサが興味深そうにしながら、
「生地を伸ばして細いひも状にしたいの? 妙な物を作ってるわね……新しいパン?」
「焼かずに鍋でゆでるんだよ~。まあまあとにかく見てれば分かるからさ」
「……まあいいんだけど、その棍棒はお父さんが戦場で敵兵の鼻を潰してる奴だから、せめて綺麗に洗った方がいいわよ」
「oh……」
ニムルは石鹸と海綿で綺麗に洗ってから生地伸ばしに使った。
その伸ばした生地を折りたたんで、短剣で切り分けて麺状にしていく。マーシスとカムサが後ろから眺めていた。
麺が完成したので、今度は薪を竈にくべて鍋に入った水を火にかけた。沸騰した所を見計らって麺を投入した。
(あ、そういえば混ぜるための箸がないじゃん……!)
しまったと思い、仕方なく棍棒で混ぜることにした。さらには湯切りのためのカゴもないことに気づいてニムルは頭を抱えた。
(うっかりすぎる……あと手際も悪い……父さんのこと言えないじゃん僕も……)
大輔もろくに料理したことないのだから仕方ない。
マーシスが鍋を覗き込んで、
「姉さん、よく分からにけど、そのヒモがボロボロになってるよ」
「え、あ!?」
アワの粉にも混ざり物が多く、しかも塩すら使ってないのでバラバラに解けてしまった。これでは某テレビ番組で生み出された『ちねり』だった。
「これを作りたかったの? 確かに面白い見た目だけど」とカムサ。
「うぅ……」
ニムルはがっかりしながら鍋を傾けてお湯を切って、魚醤をかけて食べた。
マーシスは蜂蜜をかけ、カムサはチーズをかけた。
3人の味の感想は?
「……魚醤の味」とニムル。
「不思議な食感だね。また作ってよ姉さん」とマーシス。
「本当は小麦で作って紐みたいにするんでしょ? それに何をかけて食べるの?」とカムサ。
「あー、うん。本当なら紐にして豚の骨とか魚から作ったスープにつけて食べる……あ」
そういえばスープ作りの方が遥かに時間がかかるからそっちから先にすべきだったとニムルはまた後悔した。
一般的なクノム人の家庭料理は基本刻んでスープに入れるか塩振って焼くしかないので、現代日本の料理が非常に複雑で難しいことをニムルは痛感したのだった。
パスタはイタリアだとローマ時代には揚げたり焼いたりして食べられていて、10世紀頃から茹でてチーズをかけたりしていたそうです。クノムティオには麺は存在していません。




