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マストカ・タルクス⑥従妹が体験した幽霊の話

 アラトア人が信仰しているのは『アラトア神話』の神々だ。最高位の神が『太陽神モンテール』。他には戦争と勝利を司る『軍神マヨールス』、お金や商売を司る『商売神アンバシス』などがいるらしい。

 ちなみに魔法の神は存在しないそうだ。



「マストカ! 居る!?」

 俺が中庭で一人で剣の修行をしていると、聞き慣れた声が近づいてきた。

「エイルか。お前帝都に帰ってきてたのか」

 声の主は俺の従妹のエイル・タルクスだ。

 金色に染めた長くサラサラの髪に白くゆったりしたローブみたいな服を着ている。この衣装は太陽神の神殿の巫女のものだ。

 見た目が派手で性格はせっかちで短気で反抗的、頻繁に神殿を逃げ出しては先輩の巫女や神官から叱られている問題児である。

 最近はアラトア北部の国境地帯に滞在していたはずだが、どうやら帰って来たらしい。

 エイルがあたりをキョロキョロ見回して、

「あれ? シュナーヘルはいないの?」

「今日の魔法の授業は終わったから帰ったよ。ていうかおば様から『言葉遣いを直せ』て叱られてなかった?」

「だから何? マストカに関係ないっしょ?」

 俺が素振りを続けている横でエイルが地面にどっかりと座った。胡坐をかいているのでふとももが見えている。

 アラトア人は女性の足が見えることをとても嫌う。なんか足がいやらしいかららしい。自分は別になんとも……でもシュナには是非とも足を出して欲しいくらいで(ゲフンゲフン)


「マストカ、あんたって『幽霊フルム』とか信じるタイプ?」

『幽霊』はそのまま日本の幽霊と同じものだと考えていいと思う。死んだ人が魂だけになって彷徨うのだ。

「なんだよいきなり……魔族が居るんなら幽霊も居るんじゃないか?」

「はぁ? 魔族と幽霊じゃあ全然が違うじゃん。意味わかんないんだけど」

 む……そうか、現代日本では魔族は架空の存在だけど、この世界の人達にとっては動物と同じようなものか……。

 俺が素振りを中断して剣を地面に刺すと、エイルが自分の横の地面をバンバン叩いた。

『座れ』という合図だ。俺は大人しく座った。

「これは私が『マムール州』とかいう北のド田舎で体験したことなんだけどさ……」

 エイルが語り始めた。


 アラトア人の神話では、人が死ぬと肉体は消滅し魂は地中奥深くにある『冥界イサルル』に落ちるとされている。

 もしその魂が善人なら、冥界の王『バルマン』の宮殿に住み王様のような生活を送ることができる。

 だけどもし悪人なら冥王の部下の『妖精クンサー』達に奴隷にされて悲惨なことになる。

 全ての人間は死後必ず善悪で分別される、例外はない。

 だから地上を幽霊が彷徨うというのはあり得ないこととされているらしい。


 アラトア帝国のさらに北には『エリアステール王国』という国がある。『エリアステール』という名前はそのまま『テール人の国』という意味なのだが、このテール人という人達は実はアラトア人の親戚なのである。

 というか、話している言葉も文化もほとんど違いがない。ただ信じている神様が違うから別の民族を名乗っているらしい。

 当然アラトアとエリアステールは互いに憎みあい長年争い続けてきた。ちょうど10年前にも『第18次エリアステール戦役』が行われ両国で沢山の死者を出している。

 その戦役の舞台になったのがアラトア北部の『マムール州』だ。


 数カ月前、エイルは他の巫女や神官達と一緒に『マムール州』にやってきていた。

「マムール州は戦役から10年経ったが依然『瘴気』が強く残り地面を汚染している。『瘴気』は魔族を活発化させる大変危険な物だ! このまま捨ておけばテール人どもにつけいる隙を与えることになるだろう! 我々『モンテール神殿』の者達で浄化するのだ!」

 太陽神を祀る神殿のトップ、つまりアラトア帝国における宗教の頂点である神官長が皆を激励した。すぐに巫女と神官たちが土地の浄化に取り掛かる。

(はぁ、ダッル……)

 先輩達と一緒に浄化作業を始めたエイルは内心不満タラタラだった。浄化作業は地味なのだ。地面に『清めの酒』を振りまき『清めの言葉』を唱えながら歩く。それをマムール州全土でやるのである。それ以外にもやらなければならない儀式などが沢山あり、面倒なことこの上ない。

「マジ超だるいんですけど~」とエイル。

「あんましデカい声出してると神官長に聞かれるよ~、ていうかエイルあんた髪染めたん?」

 巫女の先輩に指摘されてエイルが興奮気味に、

「そうそう! クノム風のサラサラ金髪オシャレっしょ~!」

「巫女が染めたらヤバくね? 神官長に怒られるって」

「『神の奇跡が起きたんです!』てごり押しすればいけるっしょ!」

「あんたいっつもそれよねぇ……マジ羨ましいわ」

「うはは、ドヤァ」

「いや褒めてねーから」

 二人でケラケラ笑い神官長に怒られた。巫女とか言うけどノリが学校の女子だ。まあ年齢的には日本の中学生だしな。


 浄化作業も1か月過ぎたころには半分の土地が終了していた。

 エイルが巫女仲間達と『マムール州』総督の屋敷の一室でゴロゴロしていると、州総督のスナウ候が部屋にやってきた。

「突然の御無礼をお許しください。実は巫女様方に幽霊退治をしていただきたいのです……」

「はぁ? 幽霊退治ぃ?」

 エイルが思わず声を出して周りの巫女仲間に口を塞がれた。代わりに巫女たちのトップである『女祭司』のヌムミが挨拶した。

「こちらこそ部下が失礼いたしました。ですが我々太陽神のしもべに『幽霊退治』とはどういうことでしょうか? 幽霊なんてものは全て迷信でございますよ?」

 スナウ候も汗を掻きながら、

「はい、確かにその通り迷信でございますが、10年前からマムール人どもの間でこんな噂が流れているのであります。『先の戦役で死んだ若者達は皆殺人の罪を重ねたので冥界へ行けず現世を彷徨っている。だから巫女様方に彼らの罪を許す免罪符を出してほしい』と」

 ヌムミが眉をしかめて、

「伝承では死者は罪人だろうとそうでなかろうと皆冥界へ行きます。免罪符なんてものを作る必要はありませんわ」

「はい全くその通りでして……ですが免罪符を出さなければ民衆どもは中々納得しないようでして……はい」

「はぁ、分かりました。しばらくしてから作業に取り掛かりますわ」

「ありがとうございます」


 スナウ候が出て行った後巫女達の愚痴大会が始まった。

「免罪符だって! 巫女馬鹿にするのも大概にしろつーの! なんでそんなめんどい物作らねーといけねーんだよ!」

「あたしら浄化作業だけで忙しいんですけど~! そんなの役人が作ればいいと思うんですけど~!」

 エイルがヌムミに言った。

「これって絶対州の役人どもが民衆を騙してるんですよね? 私らにタダで免罪符作らせて、それを農民に売って金儲けする気ですよ!」

 ヌムミがエイルの鼻をつまみ上げた。

「うぐーっ!?」

「あんたはちょっとは言葉に気を付けなさい。でも確かに役人どもの悪知恵だと私も思ったわ。適当にはぐらかして作らずに帝都に帰りましょう」

「そーそー! さっさとこんな臭い田舎おさらばしましょー!」

「だから言葉に気おつけなさいと言ってるでしょ」

 またエイルが鼻を摘まみあげられて皆が笑った。


 巫女達は浄化作業を続け、その間何度もスナウ候から急かされた。だが色々と理由をつけては絶対に免罪符を作らなかった。

 そろそろ浄化作業も大詰めになったある晩の事、エイルと数人の巫女立ちで同じ部屋で寝ていたら外から誰かが壁を強く叩いた。

 ドンッ!

「!? なになに!?」

 巫女全員が起きて暫く黙っていると、外から複数人が壁をよじ登るような音が聞こえてきた。

「衛兵さん! ちょっと衛兵さん!」

 すぐさまエイルが部屋を飛び出し、衛兵達に外を確認してもらう。 

 だが外には誰もいなかったそうだ。

 次の日の夜も真夜中にまた壁を叩く音が聞こえた。

「『軍神マヨールスよ! 我に力を!』」

 窓から巫女の1人が顔を出して雷光を放った。対象を麻痺させる効果がある。

 だが当たった感触はなく、衛兵に確認してもらったがやっぱり誰もいなかった。

 その次の日も、その次の日も何者かが外から壁を叩いた。なぜか日を追うごとに叩く数が増えていき、出現する時間も長くなっていった。

 巫女達は寝不足になった。自分達の術が効かず、それどころか正体すら知れない。次第に『幽霊ではないか?』という噂が立った。

「幽霊なもんか! 今日は私が槍持って部屋の外で見張りしてる!」

 衛兵の槍を奪って怒り狂うエイルを先輩達が羽交い絞めにする。

 ヌムミは疲れ切った巫女達を見て、渋々言った。

「……認めたくないですが、我々では手の打ちようがありません。仕方ありません、免罪符を作りましょう。ちょうどもうすぐ浄化作業も終わりますし」

「ヌムミ様! そんなの役人どもの思うつぼですよ!」

 叫ぶエイルにヌムミがぴしゃりと言った。

「だまらっしゃい! 何者の仕業なのかも分からないのですからどうしようもないでしょ! まずは皆が安心して寝られるようにすべき、異論は認めません!」


 ヌムミの指示で急ピッチで免罪符が作られ民衆に配られた。

 するとその晩から壁を叩く音がぴたりと止んだそうだ。その後すぐに浄化作業も終わったのでエイル達は納得がいかないまま帝都に帰ったのだった。


「ほんっっっと思い出しただけムカつく! 私ら役人の汚職の共犯にされたんだよ! マジ死ね! もう二度とマムールなんて糞田舎に行かねーからな!」

 エイルがそう言って渾身の力で吐き捨てた。

 俺はエイルの話を聞いて少し驚いたあと、このギャルっぽい従妹の頭を撫でた。

「……ん、なにさ~、私のこと馬鹿にしてんの?」

「いや、お前って思ったよりいい奴だったんだなってさ」

「うっわ完全に馬鹿にしてんじゃん、サイテー」

 口ではそう言ったがエイルは嫌がらなかった。


色々設定を出さなければならなくなると、書き方に悩みますよね。

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