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マストカ・タルクス54『一匹狼の冒険者』の話

マストカはノリと勢いで行動してしまったこと今更ながら少し後悔しています。

 この戦いは後に『第19次エリアステール戦役』としてアラトア帝国史に記録されることになる。

 だけど、僕がこの戦争の原因になったことにまだ実感が湧かない。



 さすがに無数の『光の矢』の中を爆走していたせいでバルビヌスは疲れ切っていた。

「ふぅ、さすがに今のは天国を身近に感じたぞ。少し休ませてくれ」

 するとシュナーヘルのローブの中から声が聞こえた。

『あら~? もしかして皆疲れてるのかしらん? 私を出してくれたら見張りをするからぐっすり眠れるわよ~ん♡』

「……喋っていいと許可した覚えはありませんわ」

『ひぃいい!? ごめんなさいごめんなさい許してえ~ん!』

 シュナが『風のタコ壺』を焚火で焙ったので中から悲鳴が聞こえた。

「僕達も少し休もう。さっき食べてた羊の肉の残りがあるんだけど食べる?」

 僕が聞くとバルビヌスが地面の土を掴んで、

「ふん、羊1頭でも俺には足りん。肉はお前達が食え、鬼族は土も食糧に出来るのだ。」

 そう言って地面を掘り返して土をモリモリ食べ始めた。

 便利だな鬼族……。

「いくら鬼でも土だけ食べてたら餓死してしまいますけどね……気を遣わせてすみませんわバルビヌス」

「余計なことを言うな魔術師よ! 少しは空気を読め鬼畜め!」

 バルビヌスはそう言ってこちらに背を向けて寝転がった。

 シュナがほほ笑んでから僕に言った。

「意外にもバルビヌスという心強い味方が出来て良かったですわ。これも全ては若殿の人徳ですわね?」

「人徳って……い、いやそんなことはないよ。大して強くもないの生意気なことを言っただけだよ……それより」

 僕は遥か遠くの帝都の方向を見た。地平線が光を放っている。

 帝都は地平線の向こうだから見えないけど、今テール人の神々が進軍しているはずだ。恐らくまたどこかで戦闘が発生していることだろう。

「……人間同士も戦ってるんだよね? 一体何人死ぬことになるだろう……」

「戦争ですからね。きっと沢山死にますわ。特に神々が出て来たのですから死体の山になるでしょうね。もしかしたらアラトア帝国が滅亡するかもしれません。悲しいですか若殿?」

「いや、今更そんなことは言わないよ。国を裏切ったんだし……ごめん、でもやっぱり少し気になる。悲しいというか、気になるんだ」

 シュナがほほ笑んで『使い魔』を召喚した。

「再度帝都に放ち情報収集をさせましょう。もし逆にエリアステールの神兵団が打撃を受ければ亡命した私達も安全とは言えなくなりますしね」

「そ、そうだね。頼むよ」

『使い魔』が飛び上がり高速で帝都の方角へと飛んでいった。


 パチパチと爆ぜる焚火を囲んで、僕とシュナは羊の肉を焙って食べた。

 バルビヌスは相変わらずこちらに背を向けている。何してるんだろうと思ったらデカいイビキが聞こえて来た。

「この状況でよく寝れるなぁ。僕は無理だよ」

「バルビヌスは英雄ですからね。若殿も体力を回復させるために少し寝た方が良いですわ。見張りは私がやっておきますから」

「うーん……いややっぱり緊張して眠れないよ」

「あらあら……でしたら私が眠れるように少しお相手しますか?」

 シュナが妖艶な目で僕に身体を寄せて来た。思わずごくりとつばを飲み込む。

 確かに、これは名案かもしれないいやいやバルビヌスが近くにいるのに……なんて思ってたら、キラキラと空気中に光る粉みたいなものが舞っているのに気づいた。

 なんだこれ……?

 するとバルビヌスが背を向けたまま言った。

「き、貴様ら……逃げ、ろ……はやく……!」

 ドサッ!

 シュナが地面に倒れたまま動けなくなった。喋ろうにも舌が痺れているらしく魔法も使えない。バルビヌスも全身が麻痺して起き上がれないようだった。

「な、なんだ!? 一体どうしたんだ2人とも!?」

 ザッ、ザッ、ザッ、

 足音がして僕が振り返ると、10メートルくらい離れた所に人影が立っていた。

「……『聖石』を粉にして撒かせてもらった。化け物にしか効かねぇ『毒ガス』だ。俺のようなプロの冒険者は強力な魔族や魔法使いを倒す方法もよく知っているぜ」

 人影が近づいてきて、焚火の明かりで顔が見えた。

 彼はいつも通りタバコを咥えて、片手には剣を持って立っていた。

「タルクス家はバランの街でお前らと戦える強力な冒険者を探していた。俺はお前らの顔をよく知ってるから間違えない、まあ適任ってこったな」

 僕は唖然として呟いた。

「カイバル……」

 バランの街で仲良くなった冒険者カイバルがそこに立っていた。


「驚いたかよマストカ? 別に珍しいことじゃねぇ。俺ら冒険者って生き物は仕事なら家族だって殺す。ビジネスに私情を挟む奴は三流以下だぜ」

 そう言ってカイバルが紫煙を吐いた。

 僕はとりあえず剣を構えた。

「……シャイザルやウルルムはどうしたんだ?」

「俺が知るわけねぇだろ? お前が帝都に帰った後あいつらもすぐに出発してたよ」

 それから僕の構えを見て、

「へぇ、『アラトア式宮廷剣術』だなその構えは。いいねぇ、さすがの俺もアラトアの貴族とは戦ったことはねぇぜ。しっかしお前の師匠はアルヘイムじゃねぇのか? なんでアラトア流なんだ?」


 僕の構えは剣道の基本的な構え(正眼の構え)だ。この世界では『アラトア式宮廷剣術』と呼ばれているらしい。アラトア貴族の剣術の基本だとアルヘイムに習った。


「アルヘイムは色々な民族の剣術に精通してたからね。アラトア貴族ならこの構えだと教えられたんだ」

「へぇ、あの禿のおっさんすげぇんだな。全然そんな感じには見えなかったけどな」

「まあ、ね。若い頃はクノムティオで1番だったってよく自慢してたよ。確かにそんな風には見えないけどね」

 カイバルがタバコを地面に捨てて足で火を消した。

「さて……そろそろ仕事の時間だ」

 カイバルが片手で剣を持ち上げた。『ビースラー』と呼ばれる片刃の反りのある剣だ。アラトアで最も多く作られているタイプの剣だった。


 真夜中の草原の中で、僕とカイバルの一騎打ちが始まった。

「はぁ!」

 いきなりカイバルが袋を投げて来た。彼の得意の『毒ガス』だ。

 僕は剣で斬らずに避ける。袋を壁にしてその影からカイバルが斬りかかってきた!

 ガキィインッ!

 だが僕は剣で受ける。剣は僕の方が長い、カイバルは僕の懐に飛び込んできた。

「ふん!」

 だけど僕は慌てず蹴りを放って突き放し、横なぎに剣を振る。カイバルは間一髪で避け、距離をとりざまに何かを自分の口に放り込んだ。

「かはー!」

 カイバルの口から(多分)毒ガスが放たれた。あたりが暗いせいでガスが見えない。僕はすぐに距離を取った。

「おらぁ!」

 さらに袋が投げられ、中から白い煙が噴き出した。

 まさかの煙幕だ。でも草原のど真ん中なのですぐに煙が晴れた。

 僕は辺りを見回したが、どこにもカイバルの姿が見えない。焚火と天の月の明かりだけでは遠くに離れられると全然見えない。

 ゴソッ……。

 背後から音がして僕が振り向くと、すぐそこにカイバルが立っていた。

「おっと待ちな。シュナーヘルがどうなっても知らねぇぜ?」

 カイバルはいつの間にか麻痺しているシュナを盾にしていた。シュナは虚ろな目で口を動かしているが、言葉になっていなかった。

「な!? 卑怯だぞカイバル!」

「おいおい『神聖試合』じゃねぇんだぜ? 殺し合いに卑怯も糞もあるかよ。シュナーヘルは首を斬ったくらいじゃ死なねぇだろうけど、身体の中に『聖石』を大量に埋め込まれたらかなり衰弱するはずだぜ。そんな状態で八つ裂きにしたら、さてどうなることやら……試すのはありだな」

 シュナの全身にはすでに『聖石』で出来た短剣が数本刺さっていた。

「く、どうすればシュナを開放するんだ……?」と僕。

「そうだなぁ、じゃあ自殺しろ。お前が死んだらシュナーヘルを開放してやる。お前の首を持って帰るだけでも金は貰えるだろうからな」

「……」

 当然そんな要求呑めるわけがない。もちろんカイバルもそのことは分かっているようだった。

 僕がちらっと彼の後ろに寝転がるバルビヌスを見ると、カイバルが笑った。

「期待しても無駄だぜ。この鬼も『聖石』の短剣を刺してある。シュナーヘルより魔力が弱いから全く動けないようだぜ」

 ……なんてこった、完全に八方ふさがりだ。

「さてと、仕事をそろそろ終わらせなきゃなんねぇ。武器を捨てな」

「く……!」

 僕は渋々武器を捨てた。するとカイバルが懐から投げナイフを取り出した。

「マストカ、お前と過ごした1カ月はなかなか楽しかったぜ? こんな別れになっちまうのは、まあ、あれだ。神々に逆らった自分を恨んでくれや。じゃあな」

 カイバルのナイフが僕の喉元に向かって飛び、払いのけようとした右手に突き刺さった。

「ぐっ!?」

 さらに何本もの投げナイフが飛んできて胴体や足や肩に突き刺さった。

 なんとか首から上だけは守ろうと頭を抱えて地面にうつぶせに倒れこむ。だがカイバルは笑って、

「残念だな。急所を外してもそのナイフには毒が塗ってある。お前は毒が回って直に死ぬ。とりあえず死亡を確認するまではゆっくり待たせてもらうぜ……」

 ぐ、なんてこった、隙が無さすぎる。

 身体の中に毒が回ってきたのが分かる。意識がぼやけ始め、起き上がろうとしても全く身体に力が入らない。

 カイバルがシュナを捨てて僕を覗き込んでいるのが分かった。だけど全く動けない。

 う、嘘だろ……? 僕はここで死ぬのか? これが本物の冒険者の実力なのか? 

 だめだ、頭が……くそ、なんとか、しない、と、いやだ、しに、たく、な、い……。


 か、かみさま……。


「ぐあああああああ!?」

 カイバルの悲鳴が聞こえた後に、急速に僕の意識が回復する。

「は!? な!?」

 なぜか体も動く。すぐに体内に前に一度だけ経験した感覚があった。

『使い魔』が僕の体内に潜り込んでる!

「うおおおおおあああああ!」

 僕は素早く自分の身体に刺さったナイフを抜き、カイバルの腹に突き刺した。

「がぁ!? ぐ、な、なぜ……なんで『使い魔』が……!? 『聖石』の粉で主人と同じく麻痺ってるはずじゃあ……!?」

 確かに、シュナの影の中に住んでいる『使い魔』達もバルビヌス同様麻痺って動けないはずだ。

 だけど、さっき1匹『使い魔』を帝都に放っていたのを忘れていた。恐らく主人のピンチに気づいて戻ってきたのだろう。カイバルの右腕は食いちぎられていた。


「ふぅ、さすがですわカイバル。完璧な奇襲に私も見事にやられました。でも、幸福の神からは嫌われていたようですわね?」

 復活したシュナが立ち上がる。後ろにはやはり回復したバルビヌスが怒りに燃える表情で斧を振り上げた。

「人間ぶぜいが……! 貴様は俺の夕飯だ!」

 カイバルは全てを悟って笑った。

「く、くく、今日が俺の冒険の終わりか……あの世で会おうぜマストカ」

 バルビヌスの斧でカイバルの頭は粉々に砕かれた。


 僕はカイバルを食べて欲しくなったが、バルビヌスは食わないと屈辱を晴らせないと主張してきて危うく『神聖試合』寸前になった。

 最終的にはシュナの提案で、カイバルの首だけ(原型を留めてないけど)を墓に埋めて身体はバルビヌスの食事になった。

「若殿、短い間話しただけで、しかも自分を殺しに来た男ですわよ? 分かっているのですか?」とシュナ。

「分かってるよ。でも悲しいんだ。冒険者がこれくらい覚悟してるのは分かってる。でも感情はそんな風に割り切れないよ……」

 自分の家族を捨て、大戦争の原因を作った癖に何を言ってるんだろう僕は。

 これじゃあ偽善者もいい所だ。でもどうしても割り切れなかった……。


バランで出会った3人の冒険者のうち、犬好きの町長を殺して冒険者になったカイバル再登場です。

あと鬼族は土を食っても栄養にはできません、食事は人間と『ほぼ』同じです。

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