マストカ・タルクス51『夜門出遊』の話
僕とシュナはアラトア帝国から脱出することにした。
逃亡先とか、どうやって脱出するかとかは全然考えてない。そんな余裕なかったし。
シュナは無鉄砲すぎると怒ってるけど、どうやら僕の性格は簡単には治りそうにないようだ。
はは、日本に居た頃だったら考えられないな本当に!
装備を整えて僕は静かに部屋のドアを開けた。
時刻は真夜中。無音の廊下を確認する。
「……さて、どうやって家の警備の人達の眼を誤魔化すか……シュナ、便利な魔法ない?」
シュナはずっとほっぺを膨らませていて、
「……ありませんわ。タルクス家には私が作った『魔力封じ』の仕掛けがあるので、今私は弱体化してますわ」
「えぇ……シュナが仕掛けたなら解除してよ……」
「解除するためにはオルバースの部屋にいかなければなりません。無理です」
なるほどそりゃ無理だ。でも『使い魔』は出せるそうなので、なんとかなりそうだ。
極力足音を立てずに進むと、真っ暗な廊下の片隅で座り込んでいる警備を見つけた。
「……! チッ!」
素早く剣を抜いて構える。が、すぐに真夜中なのに明かりも持たずに警備するなんてあり得ないことに気が付いて近づいてみた。
「ぐー……」
警備の人は寝ていた。近くにはやっぱり他の警備の人達も床に寝転がっている。
「?? これは一体?」
シュナが試しに1人をビンタしまくった。だが熟睡していて起きない。
不思議に思いながら進むと、食堂付近で使用人達も寝転がっていた。
恐らく夕飯後の片づけをしていたのだろう、全員ぶっ倒れて寝ていた。
「なんじゃこりゃ……魔法か? それとも魔族?」
シュナがキョロキョロして、
「私の『魔力封じ』の中で沢山の人間を眠らせられる魔術師なんていませんわ。強大な魔族なら召喚された時点で分かりますし……」
さらに進むと、リビングで爆睡しているフェリと母上も見つけた。傍には父上とアルヘイムも寝ている。
どうやら話し合いをしていたらしい。フェリが母上の横に居たので、なんだか打解けて来たのかも知れないと思った。
「……なんかよく分からないけど、こんな形のお別れになってごめんなさい」
僕は皆に別れの挨拶をしてから家を出た。
家の前の門番も寝ている。シュナがまたビンタしたがやっぱり起きない。
「家の中だけじゃない……? 一体これは……」
耳を澄ませてみるが、外も静かだ。真夜中なら普通だけど、動物の声すら聞こえてこないのはおかしかった。
僕は剣を抜いたまま帝都を歩く。シュナが衛兵を探していたが、見つけた兵士は全員道端で倒れて寝ていた。
衛兵の詰め所にも行ってみたが、暇つぶしのゲームの真っ最中にいきなり寝た感じだった。
「なんなんですかこれは……! 一体何が起こってるんですの……!」
シュナの手が震えた。皇帝が住む『カートラッド宮殿』の守備兵士達も全員寝ているのだ。これでは暗殺し放題だ。
『モンテール神殿』にも寄り道したが、神官達が儀式の真っ最中に大の字になって寝ていた。シュナが全力で神官の1人をボコボコにしたが起きなかった。
なんか個人的な恨みある?
「あり得ませんわ……神々に守護されている聖域なのに……太陽神は一体何をしているのですの……?」
シュナが神官を放り出して青ざめる。僕が笑って、
「まあ、なんか分からないけど都合がいいからいいんじゃないか? これなら簡単に逃げられるよ」
「何を言っているんですか!? やっぱり家に帰りましょう!」
僕は帰ろうとするシュナを慌てて引き留めた。
「何言ってるんだシュナ!? 一緒に逃げようって言ったじゃないか!?」
「若殿も分かるでしょう!? これは神々からの警告なんです! アラトアの帝都で私達以外の生き物が全て寝ているなんておかしいじゃないですか!? こんなこと出来るのは神々だけですわ!」
シュナは怯え切っていた。でも僕は正直ピンと来なかった。
シュナは色んなことを知ってるから怖いのだろう、でも僕は『世間知らず』だから。全然怖くないね。
「『古の法』を破ると決めた時点で覚悟は出来てただろ? 今更神がなんだ、空の上に引き籠ってふんぞり返ってるだけの奴に僕達の人生は決めさせない。ほら行こう」
「あぁ若殿……あなたが神様に見えてきましたわ。死神ですけど……」
ジョークを言える余裕が出てきたようで良かった。僕はシュナの手を引いて帝都の出入り口の城門に向かった。
一番近い所にある西門への道を向かっていると、ふいに月明かりがなくなった。
「なんだ?」
空を見上げると、みるみる月が細くなっていって完全な新月になってしまった。
「『禁よ破れよ! 戒めを解けよ!』」
シュナが『魔法解除の呪文』を放つが、なんの変化もない。
「そ、そんな幻術じゃない……!? 本当に新月になったの……?」
「みたいだね。シュナ、明かりはあるかい?」
いきなり風が吹いて持っていたランプも消えてしまっていた。
シュナが魔法で明かりを出したが、産み出した瞬間消えた。
「……妨害を受けていて無理ですわ、や、やっぱりこれも……」
『マストカ、シュナーヘル』
暗闇の中から父上の声がした。僕とシュナが思わず叫びそうになる。
「ち、父上!?」
『お前達どこへ行く気だ……? はやく屋敷に戻れ』
声だけで姿は見えなかった。
「……す、すみません父上。僕達は帰りません。もうこの国から出ようと思っています」
『愚かな……太陽神は決してお前達を許さないぞ。神罰を受ければそりゃあ悲惨な死に方をすることになる。全身が腐り、呼吸も出来ずにもがき苦しみ、体中を激痛に苛まれながら死ぬのだ。しかも死んだ後は永遠に冥界の宮殿で奴隷としてこき使われることになる。戻るなら今の内だぞ』
僕は『アラトア式宮廷剣術』の構えをとる。カチャリと音がした。
「僕はアラトア人ではありません。この国は僕の故郷じゃない」
『……貴族の身分を捨ててまで穢れた魔女を選ぶのか……! もうこうなったら仕方ない、お前達をこの場で斬らねばなるまい……』
父上の足音が聞こえてくる。なんか変だぞ? なんだか声がいつもと違うような……。
ザシュ!
いきなり腕を斬られた。馬鹿な、こんな真っ暗闇だぞ? なんで父上にだけ俺の姿が見えてるんだ?
ていうか本当に父上か!?
「ぐ!? シュナ! こいつは父上じゃない! 援護を頼む!」
「え、援護と言われましても、何も見えませんわ……」
ビュンッ!
「うわ!?」
その時誰かに後ろから腕を強く引っ張られた。首筋のすぐそばを父上(?)の剣が通り過ぎていくのが分かった。
そのまま後ろの地面に倒れこむ。シュナの『きゃっ!?』という声と倒れる音も聞こえた。
『ふふ、大ピンチだなマストカにシュナーヘルよ。私が特別に力を貸してやろうか?』
今度は別の、どこかで聞いたことのある声だったが姿は見えない。父上(?)が舌打ちするのが聞こえた。
「今度は誰だ!? 一体何者だ!?」と僕。
『私の声に聞き覚えがないのか? 折角水人形の時に助けてやったのに、恩知らずな奴だな』
僕とシュナが固まった。
そうか思い出した……! テール人の最高神、『月の神アレクタール』だ!
「あんたは別に助けてないだろ! 僕らの言葉にビビって逃げただけだろうが!」と僕。
『なんと無礼な。少しは神を敬え人間よ。私があんなしょうもない脅しに乗ってやったのも、全てはこの夜のためなのだ。私はお前達がアラトアを裏切ることを予知していたのだよ……ふふふ、さあ選べエセ冒険者よ……』
「おのれ! そうはさせんぞ!」
父上(?)が叫びながら、誰かと斬り合っている音が聞こえる。だがやっぱり何も見えない。
『お前達が自力でこの国を脱出することは不可能だ。帝都を出ることは出来るだろうが、それまでだな。野原で精霊族の集団に襲われて跡形もなく消滅するのが関の山だ。仮にそれを抜けても待っているのは『神々の軍勢』だ。シュナーヘルはどれだけ絶望的な状況か分かっているだろう?』
「……もとより分かってますわ。ですが若殿に負けた以上、最期までついて行きますわ」とシュナ。
『ふふ、健気な魔女だことだ。だから私が来たのだ。1つ条件さえ呑めば、お前達をエリアステールに亡命させてやろう』
父上(?)が叫ぶ。
『マストカ! 馬鹿なことを考えるな! エリアステールに亡命すれば、お前は反逆者だ! 太陽神は絶対にお前を許さないぞ!』
アレクタールが嘲笑した。
『馬鹿か、もうすでに死が確定しているに決まってるだろ。貴族としての責務を放棄した時点で神罰だ。マストカに選択肢はない』
『アレクタールを拒めば太陽神はお許しになられる! 本当だ! 今夜のことは不問にすると言っているぞ!』
『くく、聞いたかマストカよ? もはやあの偽オルバースは己の正体を隠す気もないようだ。それではマストカが家に戻ればシュナーヘルとの結婚を認めるのか? ああん? ほら太陽神はなんと言っている?』
答えはなかった。アレクタール神の声が大笑いした。
『ぐははは! そら見ろ! やっぱりマストカに選択肢はないのだよ。お前はエリアステールに来るしかないのだ。もちろん私の所に来れば貴族として迎えよう。そして特別にシュナーヘルとの結婚も認めよう。どうだ魅力的な提案ではないかな?』
シュナがごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。
「それは本当なのですか? エリアステールには『古の法』はないのですか?」
『いやあるぞ。ただお前達は私の産んだ子供ではないからな。だから特別に認めるだけだ。もちろんそのためには条件もある。お前達が知る限りのアラトアの国家機密を話すのだ。特にシュナーヘルはオルバースと共に仕事をしていたわけだから色々知っているだろう? 全部話せば後は私に任せるのだ』
父上(?)の獰猛な声が聞こえた。
『シュナーヘル! お前が裏切った瞬間、タルクス家全員が死ぬことになるぞ!』
シュナは無言になった。僕も、なんと言っていいか分からなかった。
ただ僕達は好きあっていただけだった。でも他の人達は色々なことを僕達に押しつけてくる。
いや、何を躊躇ってるんだ? 何を誤魔化してるんだ?
アラトアから脱出すると言った時にもう覚悟したことだろう!
「シュナ、行こう、エリアステールへ」
月明かりが差した。光の下でシュナは泣いていた。
「若殿、貴方は本当に『貴族』ではなくなったのですね……」
ごめんシュナ、本当にごめん。
そしてタルクス家の皆、最低な僕を赦してくれ。
辺りを見回すと、僕とシュナ以外誰も居なかった。
『偽オルバースが帰って行ったぞ。じきにアラトアの神々を連れて戻ってくる。その前になんとかエリアステールまで自力で渡ってくれ』
空からアレクタール神の声が聞こえてきた。
「そ、そんな……『マムール州』は近くないですよわ……」
『お前の魔法でなんとかしろ。私が加護を与えたからアラトアの神々の妨害は消えている。私も軍勢を率いて出来る限り時間稼ぎをしよう』
「え、エリアステール神話の軍勢が!? そんなことしたら大戦争になりますわよ!?」
月の神はしかし愉快そうに、
『くはは、そうだなぁ、そうなるなぁ、楽しみだなぁ……そういうことでよろしく』
声は聞こえなくなった。僕はシュナの手を引いて、
「さあ行こう。はやくしないとまずいんでしょ?」
「……はぁ、どうしてそんなに能天気なんですか……」
「シュナの言う通り、勇気を持った結果さ」
「勇気じゃなくて唯の馬鹿ですわ、いい加減頭に来たので説教ですわよ若殿!」
ブチ切れたシュナにその場で滅茶苦茶説教された。
その後は西門の門番達も寝ていたので、簡単に外に出ることが出来た。
アラトア人は太陽神を最高神として崇め、テール人は月の神を最高神として崇めています。もともと同じ民族だったのが『暦を太陽と月どちらを基準にして作るか』で揉めたことがあった。『太陽を基準にした方がより正確だ』とクノム人に指摘されて太陽暦に決まりかけたが、月の神が『トモロの花(夜発光する花)』を産み出したので女の気を引きたい軟弱な男達が月を基準にした暦(陰暦)を推し、結果2つの民族に分裂したと『バラートアラトーア』では語られています(裏設定)




