マストカ・タルクス㊹『ティルテン島』と猿と戦利品と予知能力者の話
『契約魔術』とは魔族と契約を結んで魔力を得る魔術の体系のことだ。
だからどれだけ魔術の知識を持っていても、魔族と契約出来なければ魔法は使えない。
魔術の訓練を受けているが魔族と契約していない人を『魔学者』と言うらしい。
崖の周辺を足を引きずりながらうろうろしていた所、登れる場所を見つけたのでなんとかシュナの下に戻った。
シュナの頭の矢を抜くとすぐに起き上がった。
「大丈夫シュナ?」
シュナはすぐに黒い水を取り出して傷にふりかけると綺麗に傷が治った。
彼女はむくりと起き上がって、
「……ふわぁ、よく寝ましたわ」
シュナが欠伸をして俺はずっこけた。
「いやいやいや! 寝てたんじゃなくて動けなかったんでしょうが!」
「違います、寝てましたわ」
頬を膨らませてシュナがそっぽ向いた。
こんな顔もするんだな、初めて見た……。
「さて、私達に牙をむいた愚か者にとどめを刺しに行きますか」
殺意をみなぎらせるシュナと共に崖を降りて弓使いの傍にきた。
「シュナ、治療してやってくれないか?」
「……はいはい分かりましたわ。若殿のお優しいですこと」
矢が刺さった喉を見て、失血で失神しているがまだ生きていることを確認してから『使い魔』を体内に潜り込ませて治療した。
「ぐ、う!? き、貴様ら……!?」
「抵抗は無意味ですわ。あなたの体の中に私の『使い魔』を入れましたから」
息を吹き返した黒人の男が舌打ちして降伏のポーズをした。
山の頂上付近に山小屋があった。中に入るとベッドやかまどなどが置かれている。近くには畑や燃料の薪の山などがあった。
「入れ。それと部屋に上がる時は靴を脱げよ」
言われた通り靴を脱いで中に入った。ちなみにアラトア人は家の中でも靴を脱がない。
男と向かい合って俺達が座る。
「俺の名はバーシ。アルド人で『アルディアーナ』の者だ。といっても追放されてここに来たのだがな……」
黒人の射手、バーシが流暢なアラトア語で喋った。
目の前に油を含んだ布が入った皿が置かれ、火が灯された。
「あ、『アルディアーナ』って何?」と俺。
シュナが呆れて、
「若殿、世間の常識をもう少し勉強して欲しいですわ。『アルディアーナ』はドノト(南方)大陸北部にある都市国家ですわ」
ドノト大陸の大部分は砂漠だが、『中つ海』沿岸地域の一部には恵み豊かな農耕地帯がある。『アルディアーナ』はそこにある『アルド人』という民族の都市国家らしい。
「『アルディアーナ』はアルド語で『新しい土地』の意味だ。大昔、俺達の先祖はアッス(東方)に住んでいたが、戦乱を避けるためにドノト大陸に移住して建てた国だ」とバーシ。
太い眉毛にスキンヘッドの渋い感じの男だ。着ているのは動物の毛皮だ。
シュナが聞いた。
「さっき追放されたと言ってましたが、一体何をしたんですの?」
「そんなこと聞いて何になる? お前達に関係あるまい」
「折角戦ったんですし、戦利品くらい受け取れる権利があるのでは? 見た所ここには宝物は無さそうですからね。なのであなたの人生の一部を所望しますわ」
バーシが微かに笑って、
「ふ、『人生の一部』か……我らアルド人にはこんな言葉が伝わっている、『人の人生は1つの巻物』だと。良かろう話してやる。さて、では1つ聞くが、お前達は『超能力者』という存在を信じるか?」
「はいぃ? 超能力者?」
あまりに予想外の言葉に俺は変な声が出てしまった。
『アルディアーナ』はアラトアとは全然違う、王の居ないの国だそうだ。国家の最高機関は『貴族議会』で、貴族議員達が会議で話し合って政治を決めるらしい。
バーシはその貴族の1人だった。でも実は魔術師でさらに医者で、さらにさらに戦争になると将軍として戦場に行くこともあったらしい。
色々掛け持ちしすぎだろ。ていうか貴族が魔術師になれるの?? アラトアではなれないんだけど……。
「我々は馬鹿な田舎者のアラトア人と違って魔術を排除しないからな」とバーシ。
……まあとにかく、バーシは長年ある研究に熱中していた。
それが『超能力』だ。魔法だけじゃなくて超能力も存在するんだねこの世界……『超能力』の定義は『魔族との契約なしに魔術を使える』ことらしい。
バーシは何の魔族とも契約しておらず、しかも別に神官でも巫女でもないのに『予知能力』を持つ『ラダ』という女を研究していた。
ラダは産まれた時から『予知能力』を持っていて、よく周囲の人達の不幸を予言したため『悪魔』として恐れられていた。バーシと出会った時は『もう二度と予知はしない』と言っていたのだが、彼が説得してなんとか協力してもらったのだ。
ラダは協力する際に1つの条件を出してきた。
「私のこの忌まわしい能力を消して。その方法を見つけるためならあなたに協力する」
バーシは必ず見つけると誓い、研究を続けた。だが中々成果が出せずにお金ばかり費やし、数年後に大きな借金が出来てしまった。
研究資金どころか生活することすら困難になり、危うく借金取りに奴隷として売られそうになった時、『アルディアーナ』で最も力のある大貴族がこんなことを言ってきた。
「バーシ君、君の借金を私がチャラにしてもいい。その代わり私の息子の将来を予知してくれないか? 出来れば将来私の息子に敵対する者を全員教えてくれ。今のうちに消しておきたいのだ」
ラダは嫌がったが、このままでは2人揃って奴隷だと言ったら渋々予知してくれた。
だがその予知の内容がまずかった。
「3年後この国で疫病が流行り、その大貴族の一族は全員病死します」
大貴族は真っ青になり、回避方法は何だ!? と詰め寄って来た。
だがラダは『未来を変えられたらそれは予知ではない』と突っぱねた。
大貴族はそれでも諦めず、自分の家族を隔離し、さらにラダを拷問すると脅迫した。だが無理な物は無理だった。ラダは予知することしか出来ないからだ。
3年後、本当に疫病が流行した。大貴族はパニックになり、ラダとバーシを誘拐して拷問した。だがどうしようもない、過酷な拷問でラダは死んでしまった。
バーシはなんとか生き残ったが、逆恨みした大貴族が死ぬ前にバーシを裁判にかけて死刑にしようとした。だがバーシが貴族だったことことから温情で魔族との契約を強制的に切られて『魔学者』にされ、国外追放になったのだった。
「……ラダは拷問にかけられる直前に『私は自分の死期を知っている』と言っていた。もしかしたら俺が能力を消す方法を見つけられないことも知っていたのかもしれない。もうあいつはいないから確かめようもない話だがな……。そういうことがあって俺はこのティルテン島に島流しになったんだ」
明かりが1つだけの空間がしーんと静まりかえる。
「……この島には偶然流れ着いたの?」と俺。
「いや、意図的に俺はこの島に流された。アルディアーナでは昔から罪人はティルテン島に追放することになっているんだ」
「は? なんで? ティルテン島はアラトア帝国の領土なんだけど?」
「知っている。だがこの島は海軍基地を作るのに絶好の島なんだ。だから罪人をこの島に送っている」
それって侵略じゃねーか!
「……アルド人は海洋民族、海軍なら『海戦の雄』クノム人と肩を並べるほど優れていますわ。船の大きさと数、海軍の規模、航海技術に戦闘技術全てアラトア人は負けているのです」とシュナ。
「当然だ。寂れたド田舎のアルナイに住んでる猿どもに我々が遅れを取るはずがない。人口の多いアッス(東方)ならいざ知らず、劣ったエレブ(西方)人でマシなのはクノム人だけだ」とバーシ。
……さすがにちょっとカチンときた。
「あのさぁ、さっきからアラトアのこと田舎とか猿とかちょっと失礼じゃないの? ティルテン島は確かに田舎かも知れないけど帝都はずっと発展してるんだから……」
「はっ! お前は『アルディアーナ』に出たことがないからそう言えるのだ。せめて『カミス』や『アロス』にでも行ってみれば、いかに『サンマルテール』が田舎か分かるだろうさ」
シュナが横から、
「『カミス』や『アロス』はクノム人の大都市ですわ。アルディアーナやカミスに比べたらサンマルテールはしょっぱすぎて泣きたくなるレベルですわよ」
「え゛そんなに差があるの?」と俺。
「当然だ。そしてアッス(東方)にはもっと大きな都会がある。貴族ならもっと広い世界を知っておくことだな」とバーシ。
滅茶苦茶腹立つな。もう1回射てやろうか?
「……それはいいとして、なぜこの山に引き籠って入ってきた人間を襲っているんですか? むしろ島の人達と仲良くした方が何かと都合が良いのでは?」
バーシが鼻を鳴らして、
「そんなもん暇だからだ。それになぜ俺が猿どもと仲良くせにゃならんのだ。お前らもそろそろ帰れ、その赤髪を見てると全身痒くなってくる」
思わず殴ろうとした所をシュナに止められて俺達は下山した。
下山する直前にバーシがこんなこと言ってきた。
「俺を殺したくなったか!? もしそうならもう1回来い、また相手してやる!」
その時やっと俺は理解した。
死にたいんだなあんたは……。
「ほんっっっとう嫌な奴だった! こんなにイラつく奴に出会ったのは初めてだよ!」
道端の石を蹴飛ばしながら俺が歩く。シュナがほほ笑んで、
「自暴自棄な人間なんてあんなものですわ。もしあの男の仲間になりたくないと思うのでしたら、ティルテン島の人達も田舎者扱いしないであげてくださいね」
ギクッとして俺は振り返って、
「……確かにその通りだね。ごめん……」
「謝る必要はありません、そういう若殿だから私は好きになったんですよ?」
そう言って俺達はキスした。
ああ、最後に一応デートっぽことが出来てまあ、良かった……かな?
『アルディアーナ』はようは貴族共和制の都市国家ということです。




