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マストカ・タルクス㊸『ティルテン島』と謎の黒人の弓使いとの戦いの話

アカマール総督が飲んでいる『胃薬』はある植物の木の根っこを粉にしたものなので(漢方薬みたいな感じ)、現代日本の胃薬とは見た目が違います。

あと『ティルテン島』は貧乏な島なので奴隷が普及しておらず(高くて買えない)、総督の屋敷では島民を雇用しています(そもそもアラトアでは奴隷を買えるのは中流以上の貴族や大商人だけ)。

 帝都に居ると分からないことがこんなに多いのかと驚いた。



 水車小屋を破壊した後、俺はなんだか気分が落ち込んだのでアカマールの家で1泊することにした。

「いえいえくつろいで頂いて全然構いませんよ。文字通り何もない所ですが、温かさと景色だけが取り柄ですよここは」

 胃薬を飲みながらアカマールが言った。もしかして気を遣わせてるのか?

「なぁなぁ知ってるか? 一度熱した鉄の棒を北に向けて一気に冷ますだろ? そいつを水に浮かべると北を指すようになるんだぜ!」

「まあすごい……まるで魔法ですわね」

 イッシュがシュナに自分の発見を教えている。すると俺達がいる総督の屋敷の客間に農民達が駆け込んできた。

 農民達が入ってきて大丈夫? 警備かなり緩いんじゃない?

「大変ですぜ総督様! また『山男』ですぜ! 村の者が怪我しました!」

 農民達の話を聞いたアカマールが一層青い顔になってまた胃薬を飲んだ。

 飲み過ぎじゃないか?

「ま、またか……ああ! 一体どうすれば良いんだ、もう打てる手は全て打った! なのに、なのに……」

 自殺しそうな勢いの落ち込み方だった。俺がアカマールに聞いた。

「あの、『山男』って何の話ですか?」

「ああ! マストカ様が居たのを忘れておりました……。ここだけの秘密にしていただきたいのですがよろしいでしょうか?」とアカマール。

「大丈夫ですよ」

「ありがとございます。実は島の中央部にここで一番高い山があるのです。少し前からその山によそ者の黒人がすみつくようになったのです……」

「黒人? ドノトからですか?」とシュナ。

 この世界にも黒人がいる。彼らは『中つ海』の南にある『ドノト大陸』を故郷とする人達だ。

 ドノト大陸はティルテン島からだと船で三カ月ぐらいかな。


 アカマールは白い顔で頷いて、

「おそらくは。いつやってきたのかは分かりませんし、どのような目的かも不明なのですが、なぜかその山に入ってくる者を襲ってくるのです。しかも恐ろしいほどの弓矢の使い手でして……兵士や腕利きの冒険者を何人も派遣したのですが、全て返り討ちにあってしまいました……」

「すごいね……その黒人って何人いるの?」と俺。

「1人ですぜ」と農民。

 冒険者はともかくアラトアの正規軍相手に1人で戦って勝つなんてマジか?

 本当ならとんでもない化け物だ。シュナも興味を持ったようで、

「そんなに強いのですか? アルヘイムといい勝負ですわね……興味が湧きましたわ」

 彼女が振り返って俺に言った。

「帝都に居ては絶対に会えない戦士がここに居るようですわ。若殿、ちょっと修行がてら遊んでもらうのはいかがですか?」


 ティルテン島の森は木と木の間隔が広い『疎林そりん』というらしい。

 疎林は木が少ないから枝が太陽を遮らず明るい。雨が少ない土地だとこういう森が出来やすいらしい。木々の間には雑草が茂っていて緑のカーペットになっている。 日本ではあんまり見ない光景だからなんか良いなぁ……。

 ザッ、ザッ……。

 俺とシュナは黒人が住んでいるという山の中を歩いていた。

 ここは『疎林』なので見晴らしが効く。シュナが辺りを警戒しながら言った。

「若殿、ここに住んでいる黒人は弓矢を使うそうですわ。ではどういう風な戦い方をしてくると思いますか?」

 俺が空を見上げてから、

「そうだね……遠くから射てくるとか?」

 弓矢は遠距離武器なのでまあ狙撃してくるだろう。スナイパーだ。

「その通りですわ。弓使いと魔法使いは戦法が似ています、基本は相手に絶対に近づかないし近づかせない。そして理想的なのは自分の居場所を知られないことです。弓使いの天敵は魔法使いですので、彼らはいかに魔法使いに居場所を知られないかを考えます。あるいはいかに魔法を無効化するか……」

 シュナがそこで立ち止まって傍の木の幹を指した。幹には『聖石』が嵌めこまれている。魔族の侵入を防ぐ石だ。

 どうやら『聖石』はそこら中にあるようだった。

「『聖石』は魔族だけでなく魔法使いにも多少効果がありますわ。若殿、私は触りたくないので『聖石』を無効化しておいてください」

「どうやって無効化するの?」

「この薬をかけてください。それで無効化出来ますわ」

 シュナから渡された黒い水みたいな薬をふりかけると『聖石』がただの石ころに変わった。

「恐らく弓使いは頂上にいるはずですわ。そこが一番見晴らしがいいですかね。もちろん弓使いが既に狙っていることを考慮にいれまして……」

 シュナが無数の『使い魔』を召喚した。『使い魔』達は素早く四方に散っていく。

「『使い魔』達に周辺を捜索させますわ。隠れている場所さえ分かればこっちの勝ちですものね。敵がすでに山の全体に罠を仕掛けている可能性も考えられますので、ここで待機しましょう」

「……『使い魔』達が罠にかかるんじゃないの?」と俺。

「『使い魔』は主人が死なないか契約を解除しない限り死にません。あと怪我すれば私に分かるのです、ですから問題ありませんわ。さらに『結界』も張っておきましょう。『聖石』がまだ近くにあるので弱くはなりますけど」

 すげぇ、ていうか前から言ってるけど俺要らないよねマジで。

「……完璧だね。これなら絶対勝てるんじゃないか?」

「ふふ♪ 油断は禁物ですが、世界最高の魔術師が相手とは運がなかったとしか言いようがありませんわ。『使い魔』達が周囲の罠は無効化したようですし、さて若殿、座ってお菓子でも食べましょう」

 シュナがそう言って懐から砂糖菓子を出した。

 さすがにくつろぎすぎでは……? 

 まあ食べるけど。

「若殿、弓使いは居場所を知られたくないと言いましたよね? 矢を飛ばせば飛んできた方向が相手にも分かります。となると最初の一矢がとても重要になるのですわ」

 砂糖菓子は『キルネ』という落雁みたいなお菓子だ。なんか飲み物が欲しいなぁ。

「普通は矢に毒を塗っておくのです。そうすれば体のどこかに刺されば相手を倒せますし、そうでなくとも動きを制限出来ますわ。とにかく射る矢の数を減らして自分の位置を探られないようにするのが基本中のきほ……」


 突然シュナの言葉が止まった。砂糖菓子に集中していた俺がふと顔をあげると、シュナの頭に矢が貫通していた。

「!?」

 驚いて頭の中が真っ白になったが、身体は勝手に動いてしゃがんでいた。

 ドカカッ!

 さっきまで俺の頭があった位置を矢が通りすぎて地面に突き刺さった。

「シュナ!? シュナ聞こえるか!? 大丈夫か!?」

 俺が叫ぶが、シュナは倒れたまま返事がない。

 いや大丈夫だ、頭を割られたって死なないんだから命の心配はいらない。でもすぐに復活するはずなのに、いつまでたっても立ち上がろうとしなかった。

 ……もしかしてあの矢に何か細工があるのか? 矢じりが『聖石』で出来てるとか?

 ドカッ!

「ぐあ!? な、なんで!?」

 俺が矢を引き抜くために匍匐前進でシュナに近づこうとしたら右肩に矢が刺さった!

 嘘だろ? 草の影に隠れてるから見えないはず……もしかして俺がシュナの近づくのを予測して撃ってきたのか!?

 俺の近くにさらに数本矢が飛んできた。やっぱりそうだ、予測して撃ってきてるんだ。

 右肩の矢を引き抜くと、矢じりが光っている。さっきの黒い水をかけると石ころに変わった。

 やっぱり『聖石』か。シュナはあれが脳に打ち込まれてるせいで回復に時間がかかってるようだ。

 俺はシュナから距離をとり、暫く大人しくしていた。


 森の中は鳥や虫の声が聞こえ、あとは落ち葉がサラサラと落ちているだけだ。じっと辺りを見回すが、何も人影は見えない。

 シュナは『使い魔』を放ったが矢に反応出来なかった。つまり弓使いは『使い魔』の捜索範囲の外から狙撃してきたということだ。

「恐らく魔法の弓を使ってるだろうけど、それにしてもとんでもない腕だ……」

 アルヘイムに教わったのだけど、通常弓矢真っすぐではなく斜め上に向かって射る。そんな撃ち方で滅茶苦茶遠くから正確に狙ってくるなんてちょっと信じられない。人間技じゃない。

 しかもいくら疎林とはいえ森の中だ。障害物だらけの場所だぞここは。

「……多分人生で一番強い敵かもしんないな……。接近して攻撃出来る分鬼族の方が断然楽だ……」

 シュナをちらりと見るが、まだダメなようだ。俺は魔法の袋から弓矢を取り出した。

 こいつは普通の弓矢だ。射程距離では完全に負けているが、居場所さえ分かればなんとでもなる。

 姿勢を低くしながら俺は弓矢を構えて進み始めた。矢が飛んできたのは頂上の方角だ。


 ふと、遠くから黒い鳥が飛んできたのが見えた。なんだかデカい鳥だなぁと見ていたら、よく見ると鳥の下に人間が居て矢を構えていた。

「!?」

 矢が俺の右ふとももに刺さった。すぐに逃げようとしたが足に力が入らない。身体を捻って次の矢を避けてから俺も矢を放つ。

 だけど鳥人間はそのまま俺の頭上を抜けて明後日の方向へと飛びさってしまった。

「な、なんだ今の……!? パラグライダーか!?」

 頭上を飛んでいった時にはっきり見えた。鳥だと見えたのは滑空するパラグライダーだった。俺が草の蔭に隠れていたから空から狙ってきたのだ。

「く、なんてこった、大ピンチだ……」

 矢の刺さった右足は全然力が入らない。両腕と左足で這いつくばるようにその場を移動した。

 こっちだけ完全に居場所がばれてる! しかも動いてる途中は弓を構えられないじゃないか! そしてシュナはやっぱりまだ動けないようだ……。

 あれ? もしかしてこれ 詰んでる?


 俺はとにかく近くに偶然みつけた洞窟の中に入り込んだ。

 これで四方から狙われる可能性がなくなった。洞窟の入り口付近には木の根がぶら下がっているので、それに捕まって立ち上がり、内側の壁に背中をつけて弓を構える。

 洞窟から少しだけ顔を出して周囲を見まわしたが、やはり何も見えない。またパラグライダーが来るかと思って空も警戒する。でもやっぱり見えない。

 さっきはパラグライダーに驚いたけど、滑空してるだけだから高度は低かった。つまりこっちの矢でも十分届きそうだった。

 まあ外したけど。

 ……いくら超遠距離から狙えても、障害物で見えなければ意味ない。だから飛んで来たのか。

「ちきしょう……シュナ待っててくれ……どんな難しいゲームだって、ちゃんとエンディングは用意されてるんだからさぁ……」

 バグってなければだけど。

 

 ブォー……ブォー……!

 遠くから音が聞こえた。あれは確か農民が使うトランペットみたいな楽器だ。『牛追い笛』と言ってこの笛の音を聞くと牛や『山水牛ゴッゾ』という山の中で暮らす牛の仲間の家畜が『敵が来た』と思って走り出すのだ。

 ……そういえば『山水牛』は集団で山の中で暮らしてるんだったな。たまに集団で走り出すと地響きがして通り道にある山小屋が倒壊するとかなんとか……。

 ドドドドドドドド……!

 疎林の向こうから猛然と『山水牛』の群れが突進してくるのが見えた。

 しかもその『山水牛』の上に例のパラグライダーが飛んでいて弓矢を構えている!


 ……これバグだらけのゲームだわ。

 俺は洞窟の木の根を登った。山水牛の群れがやってきて俺の足元を通過し、次々と洞窟の中に入っていった。この洞窟は奥ですぐ行き止まりになっていたらしく、壁に激突して洞窟が崩れ始める。

 ゴゴゴゴゴゴ……!

「うら!」

 俺は崩れる前に木の根から1頭の山水牛の背に飛び乗った。すかさず矢が飛んきて腹に刺さり、背に乗られて怒った山水牛が俺を跳ね飛ばしたので次の矢を避けることが出来た。

「うおおおおおお!」

 吹っ飛ばされながら空中で矢を構えて射る。見たか曲芸撃ち! 

 だがパラグライダーは旋回して離れていき、俺はそのまま明後日の方向に飛んで行って……崖を落下した。

「うおおああああああああ!?」

 すぐに『星空の剣』を抜いて岩壁に突き刺す。魔法剣なので岩を貫通してなんとか途中で止まった。

 下を見ると割と地面が近かったので岩の突起を利用し、苦労して地面に降りた。


「はぁ、はぁ……」

 近くを見ると誤って落下した『山水牛』の死体が転がっていた。俺はその死骸に座って弓矢を構え直す。

 さっきパラグライダーは俺が飛ばされたのとは反対側に飛んでいった。ということはまず飛んでくるなら崖の上から来るはずだ。

 もはや一点読みしかない。右足がダメになってるのでもうそれしかないんだ。

「さっさと来やがれ……!」

 シャシャシャッ!

 崖の上から弧を描いて大量の矢が降り注ぐ。頭に刺さりそうになった矢をなんとか避けると、風と共にパラグライダーが現れた!

 俺がすぐに弓矢を構える。敵は既に構えて狙いをつけている。

 俺が狙いをつけた。敵が矢を放った!

 勝利を確信して飛び去ろうとするパラグライダー。俺は慌てずによく狙って『敵の矢』を射た。

 バシッ!

『!?』

 敵の矢と俺の矢が衝突して地面に落下する。

 敵が驚く。俺が矢を構える。

 敵が慌てて矢を構える。俺は敵に狙いをつける。

 敵が狙いをつける。俺が矢を放つ!

 ドカッ!

 矢が見事、弓使いの喉を貫いた。制御を失ったパラグライダーが落下する。

 俺はほっと一息ついて、崖を見上げた。

「……どうやって登ろう」

 


弓矢は『射る』ものですが、『撃つ』と表現している所もあります。基準は気分です。

あと『魔法の弓』というのは、『強化呪文がかかった弓』という意味もありますが、『魔族などの素材から作った弓』という意味もあります(むしろこっちの方が多い)。現実世界でも複合弓コンポジットボウは木の弓に動物の腱や金属の板を張りつけて威力を上げますが、マストカがいる異世界でも同様に魔族の腱や皮などを使って複合弓を作っています(当然高級品だが威力と射程は段違い)。

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