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マストカ・タルクス㊷『ティルテン島』と『千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず』の話

こちらの世界より技術水準の低い異世界に行った時、こちらの世界の技術を持ち込むことが難しくても、異世界の新発明を正当に評価することはできるよなぁと思って書いた話です。

 今更言うまでもないが、この世界の科学の水準はとても低い。

 当然自動車なんてなくて馬車だけ。医療も薬草を煎じて飲むくらい。アッス(東方)にはコンクリートがあると聞いたことあるけど、アラトアでは見たことない。基本家は木造だ。

 だけど魔法があるのでこの世界の人達はあまり科学に興味がないみたいだ。まあその魔法の水準も結構低いと思うんだけどね……あと魔術師は差別されてるし。



 俺は滅茶苦茶興奮した。

「これは『火の薬』だ! 君が発明したのか!? すごいよ君は天才だ!」

 アラトア語で『火薬』という言葉は無いのでとりあえず『火の薬』と呼ぶことにした。

 少年はびっくりした後照れて、

「んだよ調子いいエセ貴族だな……『火の薬』じゃなくて『バチバチ粉』なんだけどな……まあいいや、俺の名前はイッシュだ。あんたは何て言ったっけ?」

「マストカだよ。こっちがシュナーヘルだ」

「よろしくですわイッシュ」とシュナ。

「ああよろしくな。そんでシュナーヘルとか言ったな? あんた魔術師なら世界中の本読んでるだろ? 『バチバチ粉』を見たことあるかよ?」

 シュナが記憶を辿って、

「そうですわね……遥か東にあると言われる『パルーム(絹の国)』では『火を吹く粉』が採れる山があると聞いたことがありますけど、こちらの世界にはないですわね」

『パルーム』は『東方アッス』からさらに東の果てにあると言われる『霊界』だ。あくまで伝説でそこを目指して帰ってきた者はいないらしい。

 イッシュが途端に飛び跳ねて喜んだ。

「よっしゃ! じゃあ俺が発明者だ! へへ、なんか気分いいから他の発明も見せてやるぜエセ貴族! 魔術師もついて来な」

「は? 他にもなんか作ったのか?」と俺。

「めっちゃ作ったんだよ。色々発明するのが俺の趣味でね。森の奥に『秘密基地』があるからそっちに移動するぜ」

 まだ12歳の少年に案内されて俺とシュナは明るい森の奥へと進む。ある程度歩くと洞窟があった。

「ここは『古代マムール人』が作った遺跡らしんだけど、今はもう発掘され尽くして宝物は何も残ってねぇ。だから隠れ家としてはうってつけなわけだ」

 洞窟というよりも中は人工のトンネルだ。これも『古代マムール人』が作ったのか? 

 真っすぐの道を進んでいくと次第に下り坂になって、急に迷路みたいなった。そこを抜けると外に出る。

「ここは四方を山に囲まれた場所だ。あのトンネルを抜けないと来れない場所なんだぜ」


 目の前には大きな湖があった。周りは険しい岩の壁に囲まれていて、まるで天然の要塞だ。湖には周囲の山から川が注ぎ込んでいる。流れは結構早い。

 岩壁と湖の間の狭い平地を見ると、小屋があった。小屋は川の傍に建っていて、側面に大きな輪っかがくっついていて回っている。

 ああ!? あれは水車じゃないか!? この世界にも水車小屋があったのか!?

「へへ! さすが貴族を名乗るだけあって目の付け所が違うな! あれは俺が発明した中で最高傑作、『川輪っかの小屋』だ! 小屋の中に入るともっとすげぇもんが見れるぜ、ほら来いよ!」

 イッシュに導かれて小屋の中に入ると、水車の動力で石臼が動いていて、全自動で小麦をすり潰して粉にしていた。

 粉ひきだ。これで出来た粉をこねて焼けばコッチ(パン)になる!

「す、すごいな……こんな大きなカラクリを全部1人で作ったのか?」

 水車の歯車を見ながら俺が感心する。イッシュは笑って、

「へへ、いや、実は爺ちゃんと2人で作ったんだ。でも爺ちゃんが死んでからは俺が1人で修理してるんだぜ? でも今まで友達にも見せたんだけど、褒めてくれたのはあんたが初めてだぜ……」

 イッシュがそう言って近くにあった石臼の上に座った。

「え、友達はすごいって言わなかったのか?」

 俺の言葉に今までずっと黙っていたシュナが言った。

「『人間の手で出来ることを、なぜわざわざこんな大きなカラクリにさせる必要があるのか?』と言われましたか?」

 イッシュが苦笑いして、

「ああ。『こんなデカい物作るの大変だったろ? 石臼を手で回した方が楽じゃないか?』てね。まあ確かにそうなんだけどさ。俺は発明が楽しいからやってるってだけだぜ」

 俺は昔タルクス家で読んだ日本語の本を思い出した。

『絶対に現代日本の知識をアラトア人に教えてはならない』

 もしかして、イッシュはすごく危険なことをしてるんじゃないか?

 あ、そうか。だから『秘密基地』に作ったんだ。家の近くに作ったら確実にやばいと思ったから。


 シュナが言った。

「この場所が大人達にバレたら危険ではありませんの?」

「危険? 別に危険じゃねぇよ。ああさすがに『バチバチ粉』は誰にも話してねぇぜ? あれは火を噴くからな。でもこのカラクリは別に粉ひきに使えるってだけさ。爺ちゃんは『絶対に誰にも話すな』て言ってたけど心配しすぎだと思ったね。もう村の大人に話しちまったし、他にも色々発明したんだけど、だ~れも評価してくんねぇもんなぁ、あ、エセ貴族以外な」

 イッシュがそこでふと遠くを見て、

「……本当は、この粉ひきのカラクリを総督の屋敷に作りてぇんだよ」

「総督の? なぜです?」とシュナ。

「うちの母ちゃんが総督の屋敷で粉ひきの仕事をしてるんだ。ほら石臼って回すの結構大変じゃん? 母ちゃん身体が弱いんだけど、家が貧乏だから粉ひきの仕事しないといけねーんだ。本当辛そうで見てらんねぇんだよ。だから俺はこれで母ちゃんを楽にしてやりてぇ! でも、俺みたいな農民のガキの話なんて総督は取り合ってくれねぇだろうしなぁ……」


 イッシュが立ち上がって、

「はぁ、まあなんだ。俺の発明を褒めてくれてありがとよ。俺はそろそろ薪拾って帰らなきゃいけねーんだよ。へへ、さぼってたのは内緒だぜ? とりあえず外まで案内するよ」

 イッシュの背中を俺は茫然と眺めていた。

 今、1人の天才がその才能を埋もれせようとしている。

『私は10人子供が産まれても1人しか大人になれない、そんな可哀そうな農民達を救いたかった』

 俺は自分でも興奮しているのが分かった。シュナも俺の様子に気づいている。

「……若殿、いけません。馬鹿な考えは捨ててください」

 あの『転生者』は失敗した、でも俺は違う。

 俺はアラトア有数の大貴族だ。バランの町でアハーマを支配者に出来たんだ、イッシュとその母を守るくらい訳ないはずだ!

「イッシュ! 今すぐ総督の所へ行こう! 例えこの島の人達が君を理解出来なくても俺は出来る! タルクス家が全力で君の才能を守るよ!」

「え、えっと……お、おう?」

 俺に手を握られてイッシュが茫然として変な笑顔を浮かべた。

 後ろでシュナがため息を吐いた。

「……やれやれ、若殿の困った癖がまた出ましたわ」

 ああそうさ、俺はカッとなりやすい。それは認めるよ。

 でも目の前の才能をむざむざ見殺しにするくらいなら死んだ方がましだ!

 俺はすぐに3人で総督の屋敷へ向かった。


 山の上の屋敷に到着すると、総督が青ざめた顔で出迎えた。

「た、タルクス候がなぜこんな僻地に!? と、とにかく中へ! 急なのでなんの準備もございませんが……」

「いや、こっちもアポなしなんだし別に気にしなくていいですよ。それより連れの少年と魔法使いも一緒でよろしいですか?」

 ティルテン島総督のアカマールは神経質そうなヒョロヒョロのおじさんだった。今は脂汗を流しながら腹を押さえている。

「あ、は、はい。よろしいです。そ、それよりちょっと失礼します、まだ胃の薬を飲んでいないので……」

 そういって粉薬を飲んだ。どうやら胃が悪いらしい。多分ストレス性だろう(見た目から判断)

 総督の屋敷の客間はうちの実家より狭くて質素だった。まあ当然か。ティルテン島総督は一応貴族だけど下級貴族なのだ。

「それで、いつの間に上陸なされたのですか? それに今日は如何のご用で……」

「ああ、ちょっと手違いで上陸しまして……まあそれはいいんです。それより今日の用件は、このイッシュが作った発明を見てもらいたくて来たんです」

「はい? 発明? その農民の子供がですか?」

 イッシュがどや顔した。シュナが立ち上がり、

「実物はここから遠くにあるので時間がかかります。ですので私がこの場に再現いたしますわ」

 シュナが指を鳴らすと屋敷の客間が一瞬で岩壁に囲まれた湖のほとりに変わった。

『幻術』だ。アカマールのすぐそばに例の水車小屋が建っている。

「む、これは? 何か中から回転音が聞こえますが……?」

 扉を開けると水車動力で動く石臼がゴリゴリ小麦粉を作っている。アカマールが興味深そうに、

「こ、これはカラクリ……? 川の流れで動いているのか?」

「そうさ! これがあれば勝手に粉をひいてくれるんだ! すっげぇ便利だろ!?」とイッシュ。

 だが、アカマールの反応はあまりよくなかった。難しい顔になって、

「……これを見せて私にどうしろと言うのでしょうか……?」

「総督殿の家の近くに川はありませんか? とにかく家で食べる分の小麦粉をそこで作らせればいいんです。そうすれば島民も大変な粉ひきから解放されます」と俺。

「……はぁ、ですがそれだと今粉ひきに雇っている島民達の仕事がなくなってしまいます。彼女達をクビにしなければならなくなります。それでよろしいのですか?」


 あ、確かに……考えてなかった(まぬけ)

 なんの! 俺は頭を振って食い下がる。

「だったらイッシュがもう1つそのからくりを作ります、総督がそれにお金を払って借りるってのはどうですか!?」

「それだとイッシュの家にはお金が入りますが、他の粉ひき達はどうなるのですか? 粉ひきは複数居るのですわよ?」とシュナ。

 う、そ、それは……(大まぬけ)


「そ、そうだ! イッシュ! 俺と一緒に帝都へ行こう! そこで『川輪っか小屋』を作って売るんだ! そうすれば君は大金持ちだよ!」

 俺が言うが今度はイッシュも困惑した。シュナが言った。

「儲かりませんわ。それどころか粉ひきの仕事を失うことを恐れて、平民達が襲ってきます。イッシュの命も危険にさらされますわ。だから絶対にダメです」

「それは俺が守るから問題ないよ!」

「仮にそうだとしても、きっと帝都の人達が皆真似をして同じカラクリを作るでしょう。中の構造が分かれば誰でも作れますし。結局誰も買ってくれませんわ」

「そんなのと……」

 そこで俺の言葉が止まる。アラトア語に『特許』という言葉がないのだ。何て言えばいいんだ?

 ていうか、言葉がないってことは、その概念自体が存在しないってことじゃないか!?

 目の前のシュナやアカマールに説明しても理解してくれるのか? 

 俺は全く自信が持てなかった。


「……黙ってしまったということは、諦めたと考えてよろしいですか若殿?」

 シュナの言葉に俺は力なく頷くしかなかった。

 アカマールはいつの間にか召使いに命じてハンマーを持ってこさせ、それをイッシュに渡して言った。

「……君の発明は母親を救う所か、多くの人達を失業させる可能性のある危険な物だ。私はこの島を統治し平和を維持する責務がある。君の発明はその平和を脅かすものだと判断した……今からその小屋に案内したまえ。そして『君自身の手で』その発明を破壊するのだ」

 イッシュがぼんやりとハンマーを見てから、涙目で震えだした。

「そ、そんな……! あの発明は、爺ちゃんとの思い出で……つ、作るのに3年もかかったんだぜ……? 頑張って、ただ母ちゃんを楽させてやりたいって頑張って……」

「壊すのだ。そして私とアラトアの神々に誓いなさい、『二度とあんなものを作らない』と」

「うぅ……ううあああああああああ!」

 イッシュは泣きだした。しばらく泣いた後、涙を拭ってハンマーを手に取った。


 その後、アカマールの目の前でイッシュが水車にハンマーを打ち込み、その後はアカマールが連れて来た男奴隷達がカラクリを完全に破壊して火で燃やしてしまった。

 ごうごうと燃える瓦礫を見ながらシュナが言った。

「……若殿、気に病むことはありません。むしろこれで良かったのです」

 落ち込んでいた俺がシュナを見た。彼女の視線の先でアカマールがイッシュに契約書を渡していた。

「アカマールはイッシュの才能を買いましたわ。技術者として高給で雇う契約を結んだのです、若殿は確かに埋もれていた才能を発掘しましたわ」

「……慰めてくれてありがとうシュナ。でも今回はさすがに反省したよ……」

 亡き祖父との思い出のカラクリを破壊させてしまった。

 もう感情で動くのはやめよう、今度からは絶対に冷静になると心に誓った。

アラトア人やクノム人にとって『世界』とは『中つ海』周辺のことなので、そこから遠く離れると感覚的には『異世界』扱いです。『パルーム』は『東方アッス』からさらに東にあると言われているおとぎ話の土地で、クノム人は『理想郷(ユースティオ/ユースティオン)』と呼んでいます。

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