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マストカ・タルクス㊶『ティルテン島』と人の話を聞かない大人と発明少年の話

 アラトア帝国の身分は大まかに2つ、『貴族』と『平民』だ。

 でも実際はもっと細かい。『皇帝』『皇族』『大貴族』『下級貴族』『王宮で働く役人』『地方の町長』『地方の役人』『兵士』『農民』『商人』『職人』等。

 そして身分制の外にある『魔術師』や『奴隷』『外国人』『魔族』など。『身分制の外にある』というのは実際は『平民』以下の意味だ。



「いやだから本当に貴族なんだって! ほら俺の着てる服高級そうだろ!? 信じてくれよ!」

「嘘つけ! 貴族がそんな薄汚れてるかよ! どうせ盗んだ服だろ!」

「だから汚れてるのは海で溺れたからだって!」

 縄で縛られ連行されながら俺が何度も叫ぶ。だけどおっさんは全然信じてくれない。

 俺とシュナはそのまま小さな集落の中の小屋みたいな家に連れ込まれた。

「村長! 浜辺で怪しい2人組を捕まえてきました!」

 中には仙人みたいな村長を中心に目つきの悪い男達が座っていた。全員ボロボロの布切れみたいな服を着ていて部屋が埃っぽい。

「なんだザカル、会議中に騒がしい……よそ者か」

 村長がジロジロを俺達を見た。それからその場に座るように言った。

「ふむ、女は美人だな、男の方も……美形だし顔色が随分いいな。普段から良い物食ってそうな顔しておる。お前は名前は何というのだ?」

 俺は縄で縛られたままだが丁寧に挨拶した。

「俺はマストカ・タルクス。武門の名家タルクス家の跡継ぎです。隣の者が魔術師のシュナーヘルといいます。『舟遊び』中に船が転覆してここに流れ着きました」

 村長達は顔を見合わせて、

「おい貴族とか言ってるぞこいつ……お前『タルクス家』て知ってるか?」

「聞いたことねぇよ。ていうか貴族自体見たことねぇや」

「タルクス家なんて本当にそんな貴族居るのかよ? 俺らが知らねぇからって適当なこと言ってんじゃねぇだろうな?」

「なるほど、確かにそうかもな……ちきしょうなんかムカついてきた。あのガキの服ひん剥いて海に捨てようぜ!」

「そうだな。なんか怪しいしとりあえず持ち物奪って海に捨てるか!」

 話し合いがまとまった所で俺がストップをかけた。

「ちょちょちょ! ストップストップ! 俺が貴族である証拠も持ってるから! ほらこれが『貴族の輪』だよ! これで貴族って分かっただろ!?」

 俺が金の輪っかに鎖を通しただけの首飾りを見せた。貴族なら必ず持っている物だ。金の輪っかはハンコみたいな使い方をする。

 だけど村長達は首をひねって、

「その首飾りがどうした? それのどこに貴族の証拠があるんだ?」

「ええっと、あ、ほら輪っかに文字が彫られてるだろ読んでくれよ。『タルクス家』って書いてあるでしょ!」

「俺ら文字なんて読めねぇよ」

「……えっと、文字の横にタルクス家のシンボルであるクリーフ(ライオン)が……」

「ライオンってなんだ? 聞いた事ねぇぞ」

 い、田舎者め……。

「……………えっと、ほら、俺が喋ってる言葉は貴族が喋る、訛りのない綺麗なアラトア語だよ。この島の人達とは感じが違うで……」

「ああん!? てめぇ俺らが田舎者だからって馬鹿にしたな! 構わねぇボコボコにしてやれ!」

 頼むから人の話を聞いてくれ!

 男達が立ち上がって俺に飛び掛かろうとした所、シュナの『雷光の呪文』を足元に打ち込まれて怯んだ。

「ひぃいいい!? この女魔術師だ!? 俺ら全員食われちまうぞ!」

 男達が小屋の隅っこに集まって身を寄せ合っている。シュナが俺の方を向いて、

「若殿、何をしているのですか? 彼らは私の服装を見ても魔術師だと分からないレベルの田舎者ですわよ。そんな連中に話し合いなんてしても無駄です。そんな縄くらい切ってさっさと逃げましょう」

 俺はアルヘイムに教えられた関節を外す方法で難なく縄から脱した。

「いや、確かにそうなんだけど、でも極力暴力は使いたくなくて……」

「暴力……? 鬼族の商人を斬って戦争を起こし数千の兵士を死なせたのに何言ってるんですか?」

「うぅ……あの時はその、失敗だったと反省してます……」

 ド正論過ぎて俺は項垂れた。

 事情が呑み込めず村民達が目をぱちくりさせてる。シュナが呆れ顔で、

「……はぁ、若殿は極端ですわ。今まで躊躇いなく剣を抜いていましたのに、今度は誰も殺したくない傷つけたくないと言う。確かにバランの商人達の集団自決がショックだったのは理解出来ます。ですが、少し厳しい言い方になりますけど、時と場所を選んで欲しいですわ。今はそんなこと言ってられない状況であることが分かりませんか?」

 腰に手を当ててシュナが俺を説教し始めた。隅っこにいて男達がヒソヒソ話始める。

「おいおいあいつ本当に貴族かよ? 魔術師の、しかも女に説教されてるぞ。あんな情けねぇ貴族なんているかよ?」

「普通女が偉そうなこと言ったら殴るよな。ていうか魔術師が貴族に説教とか即死刑じゃねぇか?」

「へへ、やっぱりアラトアの男は情けねぇな。俺達だったら意見した瞬間バチーン! だぜ」

 シュナが怒った顔で、

「若殿! 私の話を聞いてますか!?」

「はい! もちろん聞いてます!」

 俺が正座しているとシュナが深呼吸してから、俺の頭を抱きしめた。

「……お願いですから、もっと素敵な若殿を見せてください。折角いい男に産まれたのに、それを自らの過ちで隠してしまうのはもったいないですわ」

 柔らかくていい匂いだ。ふと見ると男達がもとの場所に座っていた。

 その中の1人が言った。

「マストカとか言ったな? あんたが貴族ってのは信じらんねぇけど、魔術師がいるんじゃあどうしようもねぇ。ていうかなんで抵抗しなかったんだよ?」

「若殿が望んでおられなかったので」とシュナ。

「なんかよく分かんねぇけど、まあ島の外の奴は皆よく分かんねぇからどうでもいいか。本来なら許可なく島に上陸した奴は総督に突き出さなきゃなんねぇんだが、魔術師相手は無理だ。さっさと出て行きな」


 というわけであっさり解放された。小屋から出ると村の子供達が集まってきて、特に俺の腰の剣に興味があるようだった。

「かっけー! 本物の剣だ! これくれよ!」

「いやいや無理だから。欲しかったら大人になってから武器屋で買ってくれ」と俺。

「んだよケチー! 死んじまえー!」

 子供達を追い払ってから俺がシュナに聞いた。

「それで? 船がないんだけど、空でも飛んで帰る?」

「空を飛ぶですか……簡単に言ってくれますね若殿。アラトアの法律では許可なく空を飛ぶことは禁止されてますわ。しかも見つけた人間がいきなり撃ち落としても罪に問われないのです」

「え、じゃあどうするの? 船なんかないよ?」

「空を飛んで帰りますわ。人間に撃ち落とされる私ではありませんので」

「いやどっちだよ」

 どうやらシュナはドヤりたいだけだったらしい。可愛いなちきしょう。

「ですが、すぐに帰ってしまうのはもったいないですわ。ティルテン島は確かに何もないド田舎ですけど、海や山の風景はとても美しいですわよ? もうすこしのんびりしていきましょう」

 シュナが背伸びして、俺達は近くの高台の上に登った。ここからは海やさっきの集落がよく見えた。視線を上げると浜辺からも見えた山の上の城がある。ティルテン島総督が住んでいる宮殿だ。


 パンッ!

 ふと、近くの森の中から微かな破裂音が聞こえた。

「ん? なんだ?」

 なんだか気になって俺がなんとく音のする方向に向かった。木と木との間隔が広くて明るい森だ。背の低い雑草を踏み分けながら進むと小さな川の傍にやってきた。

 少し離れた川の傍には小屋があった。シュナと目を合わせ頷きあってから俺はその小屋の戸を開けた。

「うわ!? 誰だ!?」

 中には浜辺で最初に俺達を見つけたあの男の子が居た。突然の来客に驚いて飛び上がり、俺の顔を見て近くに置いてあった弓矢を構えた。

「てめぇさっきのエセ貴族じゃねぇか!? 何勝手に入ってきてんだよ! 殺されたくなかったらさっさと出てけ!」

 俺は少年の弓矢を見てから、

「その弓矢じゃ俺は殺せないよ。それより君の足元にある皿なんだけど……」

「舐めんな! 死ねや!」

 少年が矢を放ったが俺の右側の壁に突き刺さった。矢の向きを見れば当たるかどうか分かるので予想済みだ。俺が前に歩みだす。

「な!? ち、ちきしょう当たれぇ!」

 動揺した少年の矢はさらにぶれていて3本さらに壁に刺さった。

「はいそこまでね」

 俺が弓矢を奪ってさらに少年を足払いして転ばせる。シュナが後ろで感心した声で、

「まあカッコイイですわ若殿。相手が子供なのでただのイジメにしか見えませんけど」

 振り返ってキメ顔しようとしたら腰を折られてずっこけた。

 少年が仰向けになって叫んだ。

「ちきしょう痛ぇ……クソがさっさと殺せよ!」

「いや殺さないよ……ていうかこれはなに?」

 俺が目の前の皿を指した。黒い粉のような物が盛られていてる。近くにはモクモクと煙をあげる物体が載った皿もあった。

「あん? へへ、じゃあ今からおもしれぇもん見せてやるぜ……」

 少年が立ち上がって、火打ち石を持ってきた。皿の上の黒い粉に火を点けると、『シュシュシュシュ!』という音と共に火花と煙が吹きあがった。

「どうだびっくりしたか! 名付けて『バチバチ粉』だ! こいつは量が少ないからショボいけど、もっといっぱい作って火つけたら狼煙になるくらい煙が出るんだぜ? 俺が作ったんだよすげぇだろ? 炭の粉と近くの山から拾ってきて2種類の石の粉を混ぜると出来るんだぜ」

 俺はあまりの驚きにしばらく茫然としていた。

 こ、これって『黒色火薬』じゃないか! 木炭、硝石、硫黄を混ぜて作る最も初歩的な『火薬』だ!


マストカが『ストップ』と言ってますけど、当然アラトア語にそんな単語はありません。現代日本語の意訳です。

少年が使っている皿は陶器ではなく土器です。

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