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マストカ・タルクス④ 帝都の幽霊屋敷の話

 俺はこっちの世界地図という奴を見たことがない。父上に『世界地図ってないのですか?』と聞いたら、『なんでそんなものがいるんだ? アラトア国内の地図で十分だ』と言われた。

 だからアラトア帝国がどこにあるのかも分からない。



 初めてシュナーヘル(あとアルヘイムも)と出会ってから8年が経過した。

 つまり俺は15歳になった。もうこの世界に来てから15年経つのか……時間の流れって速い。

 ある日、中庭でいつも通り剣術の訓練に来たアルヘイムがこんなことを言い出した。

「マストカ様、今日は実戦訓練をしましょう」

「実戦訓練?」と俺。

「はい、実は帝都の西門の近くの廃墟に魔族が棲みついているという話がありまして、訓練がてら若殿に退治してもらおうと思ったのです」

 おおう! ついに魔族と実戦か! この8年間ひたすら基礎訓練と人間相手の模擬戦しかしてこなかったからなぁ。

 ……魔族と実戦かぁ……。

「あの、その魔族って弱い? 危険な目にとか合わない?」

 そこでシュナーヘルがやってきた。

「危険な目に合わなければ訓練にならないと思いますわ若殿。折角成人したのですからもっと男らしく振舞ってくださいな」

「う、うっさいなぁ……怖い物は怖いんです~!」と俺。

「胸を張って言うことじゃないですぞ……」とアルヘイム。

 ちなみにアラトアでは15歳で大人扱いだ。

 シュナがそこで一振りの剣を俺に渡した。

「私が持っている魔法剣をお貸ししましょう。『星空の剣』という名前で、鍛冶の神が流れ星を鍛えて造ったとされる、私が知るかぎり最強の魔法剣ですわ」

 うお、もしかして最強の武器か? 俺は恵まれてるねぇ。 でもなんか昔似たような話を聞いたような……まあいいや。

 アルヘイムが馬車を用意し、俺達3人でタルクス家を出てその魔族が巣食っているという廃墟に向かった。


 アラトア帝国首都:サンマルテール市の西側には『ライバン邸』という大きな廃墟がある。

 ここは昔ライバン公という大貴族の家だった。だが30年前にアラトアで魔族が引き起こした疫病が流行して、その時にライバン家は全滅してしまったのだそうだ。

「魔族が疫病をバラまくのは今に始まったことではありません。彼らは人間達を滅ぼすためならどんな手だって使いますからね……大きな屋敷ですので、中々取り壊すことが出来ないのだそうです」

 目の前の屋敷というかもはや城と呼べるほど立派な廃墟を指してシュナが説明する。

 アルヘイムが遠い目で、

「あの時の流行病は酷いものでした……アラトアだけで数千人が死んだと言われています。帝都のどこを歩いても死体の壁がありました……懐かしいですなぁ」

 すっげぇなそれ……ちょっと想像出来ない。

「帝都には皇帝陛下に仕える魔術師達がいまして、常に魔族の侵入を防いでいるのです。ですがこの『ライバン邸』には『瘴気』があるせいで魔族達を呼び寄せてしまっているらしいですわ。何度浄化してもすぐに新しい魔族が入り込んでしまうのです」

 アラトア語の『瘴気アマーシュ』は日本語の『穢れ』と大体同じ意味だと思っていいだろう。『瘴気』のある場所に魔族は集まってくるのだ。

 俺はそこでシュナに聞いた。

「君もその魔術師?」

「いいえ、私はあくまでオルバースの友人です。『食客』というべきですわね」

食客しょっかく』とは貴族の居候のことだ。衣食住を保障される代わりに貴族の仕事を手伝うのだ。


 アルヘイムがライバン邸の門を開けた。

「さぁ入りますぞ。マストカ様が先頭に立ってくだされ。これはあなたの訓練なのですから」

「へーい……」と俺。

「でしたらアルヘイム殿は最後尾でお願いしますわ、あなたの頭が眩しくて前が見えなくなりますので」とシュナーヘル。

「ハゲじゃないですー! これは自分で剃ってるだけですー!」

 アルヘイムが地団駄を踏み、俺の緊張がちょっと緩んだ。


 廃墟の中は暗い。全員が明かりを持って俺が先頭に、その後ろにシュナーヘル、そして最後尾にアルヘイムという順番で中に入った。

 中は殺風景だ。玄関を抜けると大広間だが、何も置かれていない。

 アラトアの貴族は家の中に柱をいっぱいつけるのが好きなのでここも柱だらけだ。

 シュナーヘルが耳をすませながら言った。

「魔族の気配が感じられませんね……若殿はそこの角の階段から2階を、アルヘイムは地下室を、私は1階を見回りますわ」

「えぇ!? 別々に行動するの!?」

 俺が思わず叫ぶと、シュナがこんな暗闇の中でも輝くような笑顔で、

「当然ですわ若殿、是非私にカッコイイ所を見せて欲しいですわ♪」

「いや俺はどちらかというと『守ってあげたいタイプ』を目指してて……」

「はいそれでは解散~」

 シュナは無視して隣の部屋に行き、アルヘイムもさっさと地下室に降りて行ってしまった。


「マジかよ……」

 右手に剣、左手に明かりを持って俺は1人で2階を歩く。大して歩いてないのに汗だくだし、手が震えて明かりが今にも消えそうだ。

 だ、大丈夫大丈夫……ほら俺には『星空の剣』があるからさ。最強の武器があれば怖くない……、

 ……、

 ああそうさ怖いさ! だって廃墟だし、なんか魔族がいるって話だし、ていうか暗いし! ホラー映画すらビビって見れない小心者だぞこっちは! 

 ふと近くの部屋から『ガタンガタン』という誰かが動く音と、『ザバー!』と水が勢いよく流れる音が聞こえてきた。

「? だ、誰か居るんですか……?」

 恐る恐る扉を開けると、裸の女の子が水浴びをしていた。

「きゃあああああ!?」

「うわわ! ごめんなしゃい!」

 慌てて扉を閉めて呼吸を落ち着け、すぐにおかしいことに気づいて再び扉を開けた。

 部屋は恐らく風呂だったのだろう。アラトア人の『風呂』はサウナみたいな場所だ。蒸気を出す暖炉はボロボロで、水を入れておく壺は空っぽ、床には黒いシミが広がっている。

 そのシミが一体何なのか想像するのも怖かった。

「さっきの女の人は一体……」

 突然後ろから『ククク……』という笑い声が聞こえて振り返ったが、誰もいない。廊下にも人影はなかった。

 俺は叫んだ。

「ダンジョンかと思ったら幽霊屋敷かよ!」

 思ってたのと違うんですけど!


 とりあえずさっきの風呂の件以外は特になにもなく、俺が1階の大広間に戻ると既にシュナーヘルとアルヘイムが居た。

「地下室には特に何も。魔物の気配もないですな」とアルヘイム。

「2階の風呂場で魔族(?)っぽいものを見たけど、逃げられたよ」と俺。

 シュナーヘルが1階の廊下の奥を指して、

「1階の奥に一つだけ扉が開かない部屋がありますわ。中から魔力を感じたので、恐らくその中に潜んでいると思われます。皆で行きましょう」

 俺達は開かずの扉の前に立った。シュナが俺の肩をつついて、

「さあ若殿開けてください。今日は若殿の訓練なのですから」

「わ、分かってるよ……」

『星空の剣』を構えて扉を開けようとするが、固くて開かない。力を入れて開けようとするがやっぱり無理。仕方なく強引に蹴り破った。

 中には先ほど風呂場で見た女の子が服を着て座っていた。

『ようこそライバン家へ。私はこの屋敷の女主人アマスですわ。以後お見知りおきを』

 アマス・ライバン嬢が右に首を傾けて挨拶する。貴族の女性の挨拶だ。

「アマス・ライバン殿は30年前の疫病で亡くなられている。汚らわしい魔族がアマス殿の名を騙るとはおこがましい! 覚悟しろ!」

 アルヘイムがそう叫んで剣で斬りかかった。

 すると突然、アマス(?)の顔が二つに割れた。アルヘイムがぎょっとして立ち止まると顔の割れ目から大量の血が飛び散ってアルヘイムを目潰しした。

「ぐぁ!?」

 さらにアマスの舌が何メートルも伸び、鞭のようにしなってアルヘイムを吹っ飛ばした。

「ぐぅぅ……」

 廊下の壁に激突してアルヘイムは気絶した。

『おほほ! 油断は禁物でしてよ!』とアマス。

 ……『紺碧海を統べる剣』じゃなかったっけ?

「若殿、私がアルヘイム殿の治療をします。さあその間にあの魔族を退治してください!」

「えぇ!? いやいや! アルヘイムが勝てないのに俺が勝てるわけ……」

「『星空の剣』なら一撃ですわ! さっさとやっちゃってください!」

 アマスが一歩前に踏み出してきて、俺は慌てて剣を構える。

『くっくっく、今度はひ弱そうな坊ちゃんがお相手ですかぁ? よろしいですわ、遊んで差し上げますよぉ……!』

 地面にまでつくほど長い舌でげらげら笑う。剣をもつ俺の手が震えてくる。

 アマスはそれを見透かして、

『くふふ……臆病な王子様ですわね……? じゃあもっと怖がらせてあげますねぇ?』

 アマスの顔が突然崩れ始めた。いきなり時間が加速したかのように老化していき、今度はどんどん腐り始めた。腐肉が地面に落ちて蠅が集り、眼球もなくなって酷い悪臭を放ちながらゆっくりとこっちに近づいてくる。

 完全にゾンビじゃないか!?

『ウボォア……』

「ひぃいいいい!?」

 俺は怖くなって滅茶苦茶に剣を振る。しかし顔が割れたゾンビは剣を力任せに奪い取って後方へ投げ飛ばした。

「うわわわあああああ!?」

 腰の力が抜けて尻餅をついてしまう。ゾンビがどんどん近づいてくる。


「……怖いですか? 若殿」


 ふと、背中に暖かな感触があった。シュナーヘルが後ろから俺を抱きしめている。

「こ、怖いよ! あんなの怖いに決まってるじゃないか! しかも剣捨てられちゃったし! 魔法でなんとかしてよ!」

「……確かに私の魔法なら簡単に勝てるでしょう。ですが、若殿の心に産まれた魔物は私にはどうすることも出来ません」

 俺が『え?』とシュナに振り返る。

「『恐怖』という魔物です。一度戦士の心にこれが産まれてしまうと、どれだけ強い武器を持っていても、もうどんなに弱い魔族でも退治すること出来なくなるのです。ですから、少しだけ、ほんの少しだけでいいんです……」

 シュナが俺の手を持ち上げて、落ちている剣の方向に向けさせた。

「……『勇気』を持ってください。そうすれば必ず、剣は応えてくれますわ」

 俺は自分を奮い立たせて念じた。

 

「来い!」


 途端に魔法剣が弾かれたように飛び上り、ゾンビの横をすり抜けて俺の手に戻る。

「うおおおおおおお!!」

『GUAAAAAAAA!』

 再度ゾンビが手を伸ばす。俺はフェイントをかけて足で腹を蹴り、態勢を崩したゾンビの首を斬り飛ばした。

「はぁ、はぁ……」

 ゾンビが倒れ、地面に溶けるように消えてしまった。俺の全身の力が抜けて座り込んだ。

 いつの間にかアルヘイムが立ち上がって大喜びした。

「素晴らしい! 成長なされましたなマストカ様! アルヘイムも嬉しく思いますぞ!」

 シュナが俺の手を掴んで起き上がらせ、周りを見回して、

「さて、初めての魔族退治も終わりましたし帰りましょうか。今日の事は早速オルバースに報告しなければなりませんね♪」

「その通りですぞマストカ様! 今日は祝宴を開かなければなりませんな!」とアルヘイム。

 俺はそこで、アルヘイムの背後に先ほど退治したはずのアマスが立っているのに気がついた。

「アルヘイム! 危ない!」

「お役目ご苦労でした『ニムリス』、もう戻っていいですわ」

 シュナの言葉に俺はぎょっとして止まった。

『勿体ないお言葉でございます。元々居た魔族は私が退治しておきました』とアマス。

「気が利きますね。あとで褒美を与えますわ」

 アマスは一礼し、巨大な蛇の姿に変身してからシュナの影の中に飛び込んで消えた。

 俺が茫然としているとシュナがウィンクして、

「この子の名前は『ニムリス』、私の使い魔ですわ。使い魔は魔術師と契約している間は主人が死なない限り絶対に死にません」

 アルヘイムがヘラヘラ笑って、

「いや~すみません、若殿を本気にさせたくて一芝居うたせてもらいましたぞ。どうですか? 私の演技は中々の物ではありませんでしたかな!?」

 俺はがっくりした。

 シュナとアルヘイムにまんまと騙されてしまったわけか、ちきしょー。

 俺は暫くこのことをシュナにからかわれまくった。


8年間の修行パートはさくっと飛ばしました。

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