マストカ・タルクス㊵『ティルテン島』と魔王と巨大イカの話
バランの町の商人達が自殺し、アハーマの支配は盤石になった。
「ねぇマストカちゃん♡ この前死んだ商人達の親族を奴隷にするんだけどぉ、欲しかったらタダであげるわよん?」
バランでタルクス家が借りている家に遊びに来ている上機嫌なアハーマが言った。今日は1人だ。
「……要らないよ」と俺。
「そんなに怒らないで~♡ あ、そうだ、東方産のお香あげるわよ? と~ても甘い匂いがするのよ~? ここで焚いていいかしらん?」
俺と父上が何か言う前に乳香を焚き始めた。シュナが言った。
「あなたのその面の皮の厚さには驚かされますわ」
「そうでなければ生きてけないもの~♪ マストカちゃんのおかげで何人もの『耳長族』が娼婦や男娼をやめて商人になれたわん♡ 今まで金持ちの愛人だった私達が今度は人間の愛人を持てるなんて嬉しい限りよね~ん♡」
「あなたはライクルの妻なのではないのですか?」
「アラトアの法律では魔族と人間は結婚出来ないから愛人よん。まあライクルが他の女と結婚するなんて許さないけどねん♡ 実質妻ねん」
父上が俺を見て、
「マストカよ、私はお前を責めない。むしろ良い経験になったと思っている。アハーマは冒険者達が『魔王』と呼ぶ存在になった。だがアラトアに敵対しているわけではないのだから討伐対象ではない。皇帝陛下も太陽神もお許しになっていることだから気にするな。お前は決して間違ったことはしていないぞ。これが『政治』だ」
『魔王』とは魔族の王という意味でしかない。複数の魔族を率いていれば誰でも魔王を名乗れるのだ。
「……ありがとうございます父上。ちょっと外を散歩してきます」
俺はなんと言っていいか分からず逃げるように家を出た。
バランの町をブラブラ歩いているとシュナが追っかけて来た。
「シュナ、ごめん、今日はちょっと1人で……」
「若殿、今日はエイル殿も落ち込んでいて部屋に籠ってますわ。良いチャンスですからちょっと遠出しませんか?」
「エイル部屋に籠ってるの? 道理で見ないなぁと思ったら……」
「ふふ、私に完敗したせいで顔も見たくないのですよ。さ、行きましょう!」
強引に手を引っ張られて連れていかれた先は、バランの町を出て少し行った所にある浜辺だった。前にアルヘイムと使い魔に襲われた近くの場所だ。
「今日は船に乗りましょう♪ 『舟遊び』という奴ですわ」
『舟遊び』は船に乗って魚を釣ったり景色を眺めながら詩を詠んだりする貴族の遊びだ。だけど俺は正直あんまり好きじゃない。
だって陽キャのパーティだもの。オタクにはきつすぎる。
それでも俺は力づくでシュナに船に乗せられ出発した。
「若殿、私が船を漕ぎますからゆっくりして頂いて問題ないですわ」
シュナがオールを漕ぎ始めるが、俺はすぐにいたたまれなくなってオールを奪った。
「……いいよ俺が漕ぐから。シュナはゆっくりしてて」
「ふふ、いつもの若殿で安心しましたわ♡」
艶っぽい笑顔だった。なんか落ち着くなぁ。
キラキラ輝く『中つ海』、水平線がどこか分からないほど青い空、ぽつぽつと島も見えた。海鳥の鳴き声を聞き、そよ風を感じながらぼんやりする。
「はぁ……綺麗だ……」
思わずつぶやくとシュナがほほ笑んだ。
「来てよかったでしょ?」
「うん……」
「嫌なことがあった時は、美しい物を見るに限りますわ。醜い物も確かに『この世界の一部』ですけど、それだけが世界じゃないって気づかせてくれますもの……」
今、俺の周りには美しい物しかなかった。昨日見た恐ろしいことも、この綺麗な空間も、全て一つの世界なんだ。
「……でも忘れるなんて卑怯だよ。俺は商人達を死に追いやったのに……」
「なら覚えておいてあげてください。言っていたでしょ? 『そうなら少しは魂が救われる』と。彼らが冥王の宮殿で暮らせるよう祈りましょう」
アラトア人の死生観は不思議だ。とりあえず俺は祈った。
「……ふふ、でもこんな素敵な雰囲気だと、アレをしたくなりますね?」
「あれ? あれって何……?」
ま、まさか今ここで? 大海原の中2人で裸になって……な、なんてエロイ発想をしてるんだシュナ!?
「船に乗って大海原に繰り出すだなんてまさに古代の冒険譚のようではありませんか!? 私の故郷にも伝説の島へ繰り出す冒険譚がいっぱい残ってましたわ♪」
俺はがっくり来て、
「あ、はは。そうだね。確かに冒険譚の雰囲気だね……」
期待して損した。でもここでそんな発想が出るってことは思ったほど落ち込んでないのかもしれないな俺は……。
「懐かしいですわ……私の故郷には大きな運河が流れていまして、河底には巨大な魚が棲んでいると伝えられてましたわ。とても大きくて真っ白な魚で、世界が大洪水で沈んだ時、人類の始祖を助けたと……」
ふとシュナの語りが止まった。海を見ると俺達の船の真下に巨大なイカが泳いでいるのが見えた。
「こ、これは『海獣』ですわ!? 若殿はやく港に戻……」
シュナが叫ぶのと船が傾くのが同時だった。下から巨大イカが船をひっくり返し、俺とシュナが海に投げ出される。
「……!?」
大王イカのような『海獣』の足がシュナに巻き付く。すぐさま『雷光の呪文』が放たれ、イカがびっくりして墨を吐いて逃げた。
そして墨とイカが泳ぐために吐いた水の噴射で俺達も吹っ飛ばされた。視界が0になり方向感覚も失い、息も出来ず俺の意識は遠のいていった……。
気が付くと、俺は浜辺でシュナに膝枕されていた。
「あ、シュナ!? ここは!? 一体どこだ!?」
起き上がって辺りを見回す。見慣れない場所だった。少なくとも俺達が船を出した浜辺ではない。
も、もしかして俺達どこか知らない島に流された? 直前に冒険譚の話をしてたけど、マジで俺とシュナの冒険譚が始まってしまった……!?
シュナが島の内陸の方を指さした。
「若殿。あれを見てください」
俺が少し視線を上げると、小さな丘があって、その上に城が立っていた。城壁にはアラトア帝国の旗がたなびいている。
「ここは『ティルテン島』ですわ。私達が船を出した浜辺のちょうど対岸にある島です」
ティルテン島とはアルナイ半島の南端から目と鼻の先にある島だ。普通にヒノイセン港から船を出せば半日もかからずに着く。
俺はまたがっくりした。
「なんだ、バランからすぐそこの島じゃん……これから新しい冒険が始まると思ったのに……」
「ふふ そんな簡単には行きませんわ。ですが今私達には船が無いので帰れませんわね。船を調達しに行きましょう。近くに村か町があるはずですわ」
シュナの使い魔で飛んでけるんじゃないかと思ったが、いくらなんでも野暮すぎるので俺は何も言わないことにした。
折角のデートだ。
浜辺から出て森に入ろうとしたら、子供が飛び出してきた。
「うわ!? なんだお前ら!? 見たことねぇ顔だな、さてはよそ者だな!」
10才くらいの男の子だ。ジロジロ俺を見てくる。
「俺はマストカ・タルクス。タルクス家の貴族だよ。近くの村まで案内してくれないかい?」
アラトアの大貴族タルクス家の名前を聞いて驚かない平民はいない。
「ああん? タルクスなんて名前知らねぇぞ? やっぱりよそ者じゃねぇか!? おーい親父ぃ! 変な奴らが浜にいるぞ!」
……あれ?
今度は髭面の中年男が斧を持って出てきた。
「あにぃ!? うわ本当だよそ者だ!? 抵抗すんじゃねぇ! どうせ流刑囚だろ! おらちょっと来いや!」
「いやだから俺はタルクス家の貴族……」
親子は怪訝な顔をして、
「タルクスなんて名前聞いたことねぇ! どうせ島外の奴だろ、さっさと来やがれ!」
「あれ~? なんで通じないの~??」
いきなり斬るわけにもいかず、俺とシュナは大人なしく縛られて連行された。
デートかと思ったら縛られて連行された。今日はがっくりすることが多いな……orz




