マストカ・タルクス㊴『冒険者の町:バラン』と最期の裁判の話
ちょっと胸糞悪い展開です(注意喚起)
アラトア人が魔族を嫌うのは、太陽神が自分の垢から産まれた魔族を嫌っているからだ。
だけど『耳長族』の神話では理由が違うらしい。
『耳長族』は海の神から産まれたそうだ。だが一族の中に傲慢かつ暴力的な者がいて、あろうことか生みの親である海神に反逆したらしい。その者は罰として美を奪われて一族から追放された。
それが人間の始祖らしい。
俺が衛兵達を追い払って戻ってくると、シュナとバイカルス達が部屋を軽く掃除して明かりを灯して待っていた。
ちなみにエイルは落ち込んでいて部屋の隅でうずくまっている。
『幽霊を信じてないんじゃなかったでしたっけ? 信じてないなら普通真っ先に幻術を疑いますよね? なぜ疑わなかったんですか? なぜです? ねぇねぇなぜですか??』
さっきシュナに散々煽られて言い返せずいじけてしまったのだった。
容赦ねぇ……。
「それで? 俺はなにがなんだか分からないんですよ。説明してもらえますか?」と俺。
「はい、ご存知の通りカルマスの幽霊は我々がでっちあげた物です。これも全てはマストカ様達と秘密のお話がしたかったからなのです」
バイカルス達がそこで地面に膝をついた。これはアラトア式『土下座』だ。
「どうか、どうか我らバランの商人達をお助け下さい! カルマス前町長が死んでから1か月が経ちました、このままでは我々は全員アハーマのせいで首を吊らなければならなくなります!」
ちなみに『1か月』は新月の夜から次の新月までの間のことだ。
「く、首を吊る……? ど、どういう意味……?」
バイカルス達が立ち上がり、俯きながら言った。
「……私はアッス(東方)から乳香を輸入しています。乳香は神々のための儀式にも使われる大変重要な物です。ですが、最近アハーマが私を脅してきたのです……」
バイカルスは父親の代から東方から乳香を仕入れるルートを持っていた。乳香の原料が採れる土地は限られていて、その土地の支配者と仲良くないと売ってもらえないのだ。バイカルスはそういう人にコネを持っているのだった。
いつごろからかは彼は分からないらしいが、彼の1人息子がいつの間にか夜になると出かけて朝帰りするようになった。バイカルスはアハーマのご機嫌とりに忙しくてあまり気にしてなかったのだが、そのうち息子が家に帰ってこなくなったのだ。
するといきなりアハーマがこんなことを言ってきた。
「あなたの息子が私の所にいるわよん♡ 家は面倒だから帰りたくないそうよん、帰るように説得してもいいけど~ん、私欲しい物があるよね~ん……」
それが乳香の仕入れルートだった。だがそれを渡してしまえばバイカルスが失業してしまう。当然断ると、
「あっそ、じゃあ息子は永遠に帰らないでしょうね~ん、あ、それとぉ、最近奥さんにあんまり構ってないでしょ~ん? 今すぐ家に帰った方がいいかもよ~ん?」
急いで家に帰ると、妻が金庫を開けて中に入っていた金や商売の契約書を袋に詰め込んでいた。
「おい! お前何してるんだ!? それは大事な物だぞ!」
「うっさい! お金が足りないのよ! お金がないとルシン君に嫌われちゃうのよ! 離して! ええいクソ、離せえええええ!」
妻もすでに『耳長族』に魅了されていた。金と契約書は取り返したが、結局妻も家出してしまった。
バイカルスが涙を流していた。
「私の妻と息子が人質に取られているのです。私だけではありません、バランの大商人達は全員家族を人質に取られています。『宝石や香辛料や薬草のルートを寄越せ』と……このままでは我々全員失業して首吊りです!」
俺は動揺した。バイカルスが俺に掴みかかって訴えた。
「マストカ様! 確かにカルマスはよそ者や冒険者をいじめていました、それが良いことだと我々も思ってはいません。ですが! そんなカルマスだってここまでやってません! アハーマは町長の座を、『権力』を奪っただけでなく、この町の『経済』も全て自分達の物にしようとしているのです! このままでは我々バランの『人間族』が『耳長族』に支配されてしまいます! それを止められるのはタルクス家だけなのです! どうか我らをお助け下さい!」
「た、助けるって、どうやって……」
「アハーマを、『耳長族』を皆殺しにしてください! 帝都から兵士を呼んでバランを制圧するのです! もはやそうしなければ我々が全滅してしまいます!」
俺はシュナを見た。だけど彼女は目を閉じた。エイルを見るとまだいじけている。
もう一度バイカルス達を見る。全員泣いているが必死な顔をしていた。
嘘ではない、彼らは本当に今アハーマに脅されているのだ。
「……幽霊の噂を聞いた時から『何か企んでるじゃないか』と思ってたけどぉん、やっぱりって感じねぇ~ん♡」
俺とバイカルス達がビクッと反応した。シュナが眼を開けて声が聞こえた後ろの闇の中に言った。
「ずっと尾行してましたわねアハーマ」
「あら気づいてたの~ん? だったら挨拶くらいしてもいいんじゃのん? まあいいけどぉ……それより『人間族』の皆さんこんばんは~♪ アハーマよん♡」
今度はアハーマとルシンを始めとする『耳長族』達が現れた。バイカルス達が睨みつける。
「汚らわしい『魔族』め……! そんなに我々が憎いか!? そんなに我らを滅ぼしたいか!」
「んふふ♡ もちろん憎いわぁ。あなた達が私達をいじめたおかげでぇ、借金のかたに売り飛ばされたり、魔法薬の材料にされた同胞がいっぱい居るもの~ん。私の両親も肺炎の薬にされたわ~ん♪ あの時思ったのん、『殺さなければ殺される』ってぇ♡」
「魔法薬にしたのは我々ではない! 買い取った魔術師がやったことだ!」
「同じよ~ん、あなた達が私達に借金させなければ魔術師に買われることもなかったもの~ん、だから~あなた達も家族を失う痛みを味わって欲しかったの~ん♡」
「……やはりもう生きていないのか……そうだよな、人質を生かしておけば逃げられるリスクがある。殺してしまえば絶対に逃げられない……!」
「でも遺体は私が持ってるわよん? 返してほしいでしょ? 返して欲しかったら貿易ルートちょうだい♡」
柔和な笑みを浮かべるアハーマと、鬼のような形相のバイカルス。
怒り、憎しみ、悲しみ、悪意……主人の居ない屋敷の中はまるで地獄だった。俺はなんだか眩暈がしてきて足元がふらついた。
「若殿、しっかりしてください。これが『平民の世界』なんです」
シュナが後ろから俺を抱きとめてくれた。優しい声と凛とした瞳で俺に言う。
「そしてそれをなんとかするのが『貴族』なんですわ。若殿もいずれは人の上に立つ身分、貴族なら商人達と耳長族の争いを止めなければなりませんわ」
「で、でも、どうすればいいんだ? 俺にはどうすればいいのか分からないよ……共存は出来ないのか?」
『無理です』アハーマとバイカルスが即答した。
「穢れた魔族との共存なんぞ不可能です! それにこいつらに殺された私達の家族は帰ってこない!」とバイカルス。
「その通り、死んだ家族は二度と戻らないわん♡ だから私も全滅させるまで手を抜くつもりはないわよん♡」とアハーマ。
もう一度俺はシュナに向いて、
「そ、そうだ。こんな重要なこと俺には決められないよ。父上に決めてもら……」
「確かにその通りですわ。でもオルバースは若殿の父親なんですもの、似ているからきっと決められませんわ。それにこの2人は若殿を味方につけるためにこんな話をしているのです。若殿にオルバースを説得して欲しいのですよ……若殿はどっちの味方につくのですか?」
「うう……どうすればいいんだ、どうすれば……」
俺は頭を抱えた。悩み過ぎて爆発しそうだ。
そこにシュナが付け加えた。
「若殿、では私がもう一つの選択肢を提示しますわ」
彼女の影から無数の『使い魔』達が顔を出す。『最高の魔術師』は赤く光る眼で言った。
「……私が商人達も耳長族も全滅させるのです。そうすれば面倒な争い事は綺麗に無くなりますわ。さぁ若殿、どうします?」
シュナならきっとやってしまうだろう。凄まじい威圧感に全員が怯む。
バイカルスが呟いた。
「……マストカ様、『バラートアラトーア』はご存知ですね? 神々は邪悪な存在の魔族を憎んでおられる。もしアラトアの貴族ならやるべきことは1つのはずです。……私はこれで最後にいたします」
続いてアハーマが言った。
「……確かにアラトアでは私達邪悪な存在だわ。それは否定しない。だからこれだけ言わせて? 『一度味方したのなら筋は通して』、私もこれで最後にするわ」
まるで裁判だ。ならば俺は裁判長か? 俺の責任で判決を下さなければいけない。
……、
俺は、勇気を出すことにした。
「……確かにアハーマの言う通りだ。一度味方したなら筋を通さなきゃいけない。それに……」
俺はバイカルスの眼を見つめて言った。
「俺は魔族だからって理由で憎む気はないよ。アハーマがいつも自分を『女』じゃなくて『雌』て言ってるのもすごい引っかかってた。『耳長族の女』でいいんじゃないか? とにかく、俺はアハーマの味方をするよ」
アハーマがぽかんとした。全く予想してなかったのかも知れない。
バイカルスが深い深いため息を吐き、商人達全員が立ち上がった。
「……左様ですかマストカ様。ならば我々にはもはや打つ手は何もありません。これは我々からマストカ様へと遺す『呪い』です。永遠に後悔し苦しんで頂ければ我々の魂も少しは救われます、では失礼いたします!」
ザシュッ!
商人達がいっせいに剣を抜き、自分達の喉を切り裂いて倒れた。
カルマスの廃墟の中、自害した商人達の血がみるみる広がっていく。
これが『政治』か?
だったら俺は貴族になんて絶対にならない。そう心に誓った。
『中つ海』を中心とする地域は皆大陰暦(閏年のある太陽太陰暦)です(裏設定)




