マストカ・タルクス㉞『冒険者の町:バラン』と水人形の話後編
父上はどうしてもバランの有力者達を犯人にしたくないらしい。
『バランの大商人は沢山の税金を納めているし、神官達は民衆から尊敬されている。彼らを敵に回せば反乱が起こる。もし反乱が起きれば管理官である私の責任だ。タルクス家は破滅することになる』
反乱が起これば、その地域を治めている貴族が一族郎党処刑されることになる。父上が悩むのは当然のことだった。
でも、だからって……う~ん、『政治』は俺には難しすぎるよ……。
俺もシュナも雨の中、血の海に沈んでいた。
水人形はじっと俺達を観察していた。いや、ただそこに立っているだけだ。俺達が攻撃してきたらすぐ対応出来るように構えてるだけだ。
ザリ、ザリ……。
暫くして足音がした。魔法で部外者が誰も入ってこれないようになっている道に1人の魔術師が現れた。
白髪に長いアゴヒゲを垂らしているいかにもな老魔術師だった。曲がった杖を突きながらゆっくりと近づいてくる。
「……ふむ、もしかして死んでしまったか? あんたなら治せますかな?」
老人が後ろを振り返ると、アラトアの神官のような服を着た男が立っていた。
「可能だ。それよりお前のその老人のようなふざけた変装はなんだ? それで私に正体を隠してるつもりか?」
一見アラトアの神官かと思ったが、よく見ると細部が違う。太陽神モンテールに仕える神官や巫女は頭に花の冠を被っているが、この神官は鷲の羽で作った飾りをつけていた。
この格好をする者を俺は昔母から教えられたことがある。
アラトア帝国の宿敵、エリアステール王国の神官だ。
「はて変装とは何のことですかな? 貴方こそ本来ここに居ないはずのテール人の神官、そして私は死んで存在しないはずの妖術師。変装どころか存在が矛盾しとるんじゃないか」
「くく、確かにお前はこの世にいないはずの妖術師だ。だが私については間違いだな。私はテール人の神官ではない……」
神官の眼が黄金の光を発した。
これは神官の身体に神が憑依してる証だ。テール人の神がなんでここに居るんだ!?
「しかし、なんで私に力を貸すなんて回りくどいことをするのですかな? 最初からあんたが出てくればいいだろうに」と妖術師。
「モンテールとの約束でな。双方の神々が直接戦わないことになっているのだ。だからこうやって影でお前たちの支援をしている。神々も色々と面倒なのだよ」
「ほう、神々もまるで人間と同じですなぁ」
「そりゃあ我々が人間どもに文明を教えたからな。弟子は師匠に似るさ」
2人は雨の中のんびり話をしていた。神官がこっちを見て、
「さて、それで? 復讐をするんじゃなかったのか?」
「復讐ではない、人質ですじゃ。マストカを人質にしてライクルを辞めさせるのですよじゃ。『魔女』の方は……興味ありませんな。欲しければあげますよ?」
「くく、必要ない。いずれ魔女の方から私のもとを目指すだろうさ……」
「?? 神が言うことはよく分からんですな。それでは魔女は殺してしまいますかねぇ!」
妖術師の声と同時に待機していた水人形が動き出す。シュナをバラバラに解体しようと近づいた時、足元にキラリと光る石があった。
その石を俺は知っている。シュナから貰って持っていた『清め石』だ。吹っ飛んだ時にこっそり転がしておいたんだ。水人形と戦っている時にどうやって勝つかずっと悩んでいた。
そして、動かないシュナが死んでないのも俺は知っている。死んだふりをしているだけだ。なぜそんなことを確信出来るか、そんなこと簡単だ。
シュナは自分の影に沢山の『使い魔』を飼っている。主人がピンチなのにそいつらは一体どこで何をしていると思う?
内臓破裂している俺の身体に入り込んで生命を維持してるんだ!
水人形が『清め石』を踏んだ。
途端に足から全身が沸騰し、熱水を飛び散らせて爆裂した。
パアンッ!
「!?」
完全に予想外だった妖術師の顔に熱水が浴びせられる。爆裂と俺が起き上がって『星空の剣』で斬りかかるのは同時だった!
ザシュッ!
どんな強力な魔法使いでも、呪文を唱える前に斬られてはどうしようもない。見事妖術師の首を斬り飛ばし、そのまま神官にも襲い掛かる。
「むん!」
だけど神官が手から魔力を放って斬撃を防いだ。シュナがすかさず上半身だけ起こして叫ぶ。
「テール神話の最高神『月の神アレクタール』よ! ここはお前の土地ではない! 早々に立ち去らねば『太陽神モンテール』の軍勢がやってくるぞ! 不戦の約束を忘れたか!?」
神官が、いや『アレクタール神』が舌打ちしてから、
「……さすがは魔女よ、1発で私の名前を当てるとは。だが言い訳しておくが、私はアラトアで何もしていない。奇跡を起こしてもいないし、何かを産み出してもいない。もちろん戦ってもいない。よってモンテールとの約束も破ってはいない」
「じゃあなぜ妖術師と一緒に居たのですか? さっき戦った水人形の強さは異常でしたわ、人間の魔術のレベルを超えていた……あなたが魔力を与えたからなのでしょう?」
アレクタールが笑いだした。
「はっはっは! おいおい私は神だぞ? 世界のどこを探しても『魔力』とかいう汚らわしい力を与える神など存在しない。だが私の力を恐れる魔族達が、『自主的』に魔力を与えたのかもしれない、でも私は知らない、魔族どもが何をしているか私は興味もない」
汚ねぇ……本当に神かよこいつ。
シュナが俺の剣を指して言った。
「若殿の剣には1度『太陽神の力』が宿っています。つまり神に近い武器になっているのですわ。あの剣を使えば私でも太陽神を呼ぶことが出来ますわよ?」
「は! お前が呼んだ所で来るわけがない。清浄な神々が魔女ごときの言葉を聞くわけがない。神を脅すとはよい度胸だ魔女よ」
アレクタールが手を挙げる。手に光が集まっていくではないか、俺は叫んだ。
「シュナが既に『使い魔』を放ってる! 『天地ひっくり返り亭』に居るエイルがもうすぐここに来るぞ!」
もちろん嘘だ。そんな余裕があるわけない。
でもこう言えばさすがに戸惑うだろう、どうだ?
アレクタールが手を降ろして、
「……ふむ、魔女よりかは脅しになっているなマストカよ。私は生意気な魔術師は嫌いだが、健気に足掻く人間は好きだ。お前に免じて今日は帰ってやろう」
しだいに神官の身体が光に包まれていく。アレクタールが消える直前にこんなことを言った。
『お前達に刺客を送ってくる連中の正体を教えてやろう、バランの神官達だ。あいつらはカルマスと組んで甘い汁を啜っていたからな。それではさらばだ』
光と共に神官は消え去った。
アレクタール神の力が無くなったのでシュナが身体をくっつけた。すぐに俺の身体を治療し、一旦『天地ひっくり返り亭』に寄って酔っぱらっていたエイルを拾った。
「あれぇ~? マストカが5人いる~? あんたいつから魔術師になったの~?」
べろんべろんじゃないか、こっちは死にかけてたってのに……。
「いいから帰るぞ! ていうか酒臭いなお前!」と俺。
「私は臭くない! 臭くなーい!」
「『光は鎖、撃てよ雷霆』」
暴れるエイルにシュナが『雷光の呪文』をかけて麻痺らせてから運んだ。
「……酔っ払いに魔法使うか普通?」とカイバル。
「酔った勢いで『神聖術』使われたらたまらないですから仕方ないですわ。さあ帰りましょう」
シュナが『使い魔』にエイルを咥えさせて家路についた。
心なしか扱いがぞんざいなのは俺の気のせいじゃないはず。




