マストカ・タルクス㉝『冒険者の町:バラン』と水人形の話前編
シュナが父上に報告した。
「昨日若殿とエイル殿を襲った『小人族』の魂と『契約書』も調べましたわ。どうやらお金で雇われた魔術師に召喚されたようですわ。『龍骨騎士』を作った魔術師も同じ雇われの魔法使いだと分かっています。その前の猫の『使い魔』を放った魔術師も分かりました。今彼らに依頼した人間を調べてますわ。ですが恐らく神官達で間違いないと思いますわ」
父上は厳めしい顔のまま何も答えなかった。
「お、エイルお前また来たのかよ。賤しい身分が集まる場所は嫌いだったんじゃないのかよ?」
『天地ひっくり返り亭』にやってきたエイルをシャイザルがからかうと、睨み返された。
「うっさいな、イサルダ城浄化の仕事はほとんど終わったし、家にいると面倒くさいのが居るから嫌なの……」
『面倒くさいの』とはシュナのことだ。この前助けられてからエイルはシュナと同じ屋根の下に居るのも嫌になったようだった。
ひでぇなぁ助けてもらったのに。
まあ何かにつけてシュナがからかってくるからだけど、『言葉はキツイですけど悲鳴は可愛いかったですわよ?』とかね。
「仕事が終わったってことはもうすぐ帝都に戻るのかい?」とウルルム。
「そりゃあそうでしょ、私は太陽神の巫女なんだし。今はバランの役人連中がイサルダ城の中を調べてるはず。何かあったら報告してくるよ」
「『何か』って? 何があるんだい?」
「前町長が人を集めてたわけだし、何か魔力の籠った武器とかの置き土産があるかもしれないってこと。魔法剣とかって『瘴気』を吸収することがあるから、浄化した後に残しとくとまた場を穢れさせる場合があんの」
「それって危険じゃねぇのか? 役人どもにやらせていいのかよ」
シャイザルが言うとエイルが詰まらなそうに鼻で笑って、
「役人どもが死のうが発狂しようが知ったことじゃないわ。瓦礫の中から物探すなんて下品な仕事を貴族はしないの」
「やれやれこれだから貴族は……」
シャイザルが肩を竦めて見せるが、エイルは別に怒らなかった。
どうやら結構落ち込んでるらしい。
「おっすおはようさん。アリム、俺に麦酒をくれよ」
そこに入り口を潜ってカイバルが入ってきた。なんとなく彼を見たエイルが立ち上がって悲鳴を上げた。
「ヒィ!?」
「あん? 一体なんだ?」
怯えて俺の背後に隠れるエイル。カイバルが不思議そうに近づくと、エイルが震えながら言った。
「よ、よるな変態! 汚い全裸なんか見せてんじゃないわよ!」
店中がどよめいた。カイバルが慌てて、
「おい! 何適当なこと言ってやがる!? 俺がいつお前に裸を見せた!?」
「お前の気持ち悪い笑顔が頭から離れなくて眠れないじゃない! 毎晩追いかけられる夢を見るんだよ馬鹿!」
「だからなんの話だって言ってんだろ! おいウルルムなんだその顔は、ああ!? アリムまで! 違う誤解だ、誤解なんだあああああ!」
カイバルが店の中で絶叫した。
夕暮れ時になったので家に帰ろうとすると、ウルルムがエイルを引き留めた。
「あんたもうすぐ帝都に戻るんだったら今日くらい私の酒に付き合え! どうせもう二度と会えないんだしさ!」
「え~、私貴族だから安い麦の酒なんて飲まないんだけど~」
「我儘言うなら水でも飲んでな! そういうわけでマストカ、エイルをちょっと借りるね~」
「そうだ! てめぇには俺の酒に付き合う義務がある!」と酔ったカイバルが奥から叫んだ。
あ、一応誤解は解けてる。
「はぁ、まあいいけど」と俺。
「たすけて~」
無気力なエイルが店の中に再び吸い込まれていった。ウルルムが居るから大丈夫だろうし、後で迎えにくればいいだろうと思って俺は1人で家に帰ることにした。
今日も雨だ。
「やれやれ、帰り道に2回襲撃されてるけど、まさか3回目はないよね?」
思わず独り言が出た。口に出すと本当に起こりそうで嫌だなぁ。
パチャ、パチャ……。
傘を差して歩いていたら、後ろから俺以外の足音が聞こえてきた。
それだけなら別に怪しくないんだけど、俺が道を曲がってもついてくるし、なぜずっと一定の距離を保っている。試しに立ち止まったら足音も立ち止まり、歩き出すとやっぱり後をつけてくる。
(来たか……)
日本の『2度あることは3度ある』が異世界でも当てはまるとは思わなかった。ご先祖様すごいね。
俺は適当な角で曲がり、すぐに壁に身体をくっつけて『星空の剣』を抜く。
パチャ、パチャ!
足音が近づいてくる。俺は角から飛び出して傘を投げつけ、そのまま剣を足音の主に突き刺した。
パチャッ!
剣から伝わる感触は肉じゃなかった。水が跳ねる音と共に俺が慌てて距離を開けた。
「……な、なんだこれ?」
一瞬トコロテンの人形かと思ったが、違う。
なんとそこに立っていたのは水で出来た人型だった。魔法の力で水が液体のまま人間の形に固まってるのだ。
「ゴポ、ゴポポ……」
俺が剣を入れたせいで空気が入ったらしい。まるで鳴き声みたいだ。
水人形が拳を固めてパンチを放ってきた!
ゴシャッ!
後ろに下がって避けると地面が大きく陥没した。
なんだこのパワー!?
すぐさま魔法剣で(多分)首を斬り落とす。
だけど首が落ちて水たまりになっただけだった。人形は気にせず攻撃してくる。
あ、駄目だ、こいつを攻撃しても意味がない。
操ってる魔術師を探さないと!
ドゴォンッ!
水人形が傍の家の壁に穴を開ける。逃げるために距離を開けようとしたら人形の腕が伸びて俺を掴んだ。
「うわ!」
ものすごい力で右腕を握り絞められて思わず剣を落とす。そのまま空中に吊り上げられて近くの壁に勢いよく叩きつけられそうになり……、
「『唸れ焔よ! 燃やし貫け!』」
『火槍の呪文』が飛んできて水人形の腕と右半身を吹き飛ばした。
「若殿! 大丈夫ですか!? エイル殿はどこに行ったのですか!?」
恐らく近くに隠れていたんだろう、シュナが俺の目の前に降り立った。
「いや、皆が引き留めるから置いてきたんだけど……」
「もう! 1人で行動はしてはいけないと忠告したじゃないですか!?」
「……あはは、なんだかんだシュナが見守ってくれてると信じてたんだよね」
「そういうのは『信頼』ではなく『甘え』ですわ。……でも頼られるのも嫌いではないですわ!」
もう一度放たれる『火槍の呪文』、復活した水人形の上半身が吹き飛ぶ。でも意味がないことは百も承知だ。
「若殿私の後ろに! 封印しますわ!」
シュナのローブの下から大きな壺が出てきた。
蓋を開けるといきなり突風が吹き荒れ、崩れた瓦礫や道端のゴミや土などと一緒に水人形が吸い込まれる。あたかも不可視のタコの足に引きずり込まれるように物質が吸い込まれていくので、この魔法の壺は『風のタコ壺』と名付けられていた。
ガタン!
水人形を吸い込んだのでシュナが蓋をした。『ふぅ』と地面に壺を置いて、
「さて、この水人形にも魔術師の匂いが付いてますわ。使い魔に辿らせて捕まえましょう」
壺を椅子にしてシュナが使い魔を召喚する。俺は笑いながら、
「あはは、父上の希望が現実なるといいんだけどねぇ」
「まあ、とりあえず捕まえて口を割らせてみないことには分かりませんわ。今度こそ依頼人まで辿らせてもらい……」
『ジュルジュル』という音がしてシュナが立ち上がって壺を見る。雨が降り続ける中、道に広がっている水たちがドンドン壺の中に入り込んでいくではないか。
「こ、これは……! 『巍々たる高城、天険たる壁よ!』」
シュナが『結界の呪文』を発動させるのと、壺が内側から破壊されて水人形が飛び出してくるのは同時だった。
降っている雨を使って壺を容量オーバーにしたのだ。戦場が俺らに不利すぎる!
ガシュッ!
水人形の腕が『結界』を貫いてシュナの胸に突き刺さる! そのまま彼女の身体が横に真っ二つにされ、返す刀で俺に襲い掛かる!
「そ、そんな……!? 私の魔法が負けるなんて……!」
上半身だけのシュナが茫然と呟く 俺は水の腕を剣で受け止めようとしたが、水の腕が剣をすり抜けて俺の脇腹にめり込んだ。
「ゲハッ!?」
そのまま壁に激突し、起き上がろうとしたけど全く身体に力が入らなかった。
や、やばい……腹に激痛が走ってる。内臓が破裂してるかも……。
意識がぼやけて来た。視界の隅ではシュナが身体をくっつけようとしてるが、傷口を覆っている水のフィルターが邪魔して治せない。
「ぐぐ……! 若殿……! しっかりしてください若殿……!」
あり得ない、俺は最強の魔法剣を持ってるんだぞ? 全然効いてないじゃないか……しかもシュナより強力な魔法使いだって言うのか? アラトアで最高レベルの魔法使いが負けるなんて……一体何者……。
ぐ、くそ、い、意識が……。
持ちこたえるんだ、なんとか、もちこたえ、れば……。
な、なんとか…………、
でも、どうやってアレに勝つんだ?
この世界のメジャーな酒は麦酒、葡萄酒、蜂蜜酒の3種類です。麦酒は安酒というイメージで、葡萄酒が特に好まれています(他にもリンゴ酒とかもありますが、あんまり飲まないです)




