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マストカ・タルクス㉜『冒険者の町:バラン』と全裸の変態男の話

ギャグ回(?)です。

『中つ海』を北へ北へとずっと行くと、『センマルク(氷に閉ざされた土地)』という場所がある。

 アラトア人の故郷らしい。1000年くらい前にそこから南下してアルナイ半島に住み始めたのだそうだ。『バラートアラトーア』に詳しいことが色々書かれている。



 知っての通り、『天地ひっくり返り亭』は冒険者が集まる店だ。

 冒険者達は基本耳が早いので、『妖術師アンタルサ復活』の話は既に皆が知っていた。

「おいマストカ! 妖術師をぶっ殺したらどれだけ金出す? 金貨100枚はどうだ?」

 シャイザルが言うとエイルが早速噛みついた。

「ふざけんじゃないわよ! 金貨100枚なんてボリすぎ! あんたらみたいな下賤な連中なんて銀貨1枚で十分よ!」

「はぁ? おいおいマストカさんよぉ、お前さんの従妹殿は箱入り娘だから交渉の『こ』の字も知らねぇみてぇだぜ? そんなガキのお小遣いじゃあ奴隷だって嫌がるぜ。まけて70枚だな」

「誰が箱入り娘だ!? 侮辱罪でブタ箱にぶち込んでやる!」

 エイルは誰に対しても喧嘩っ早かった。ウルルムが羽交い絞めにして、

「はいはい勇気は美徳だけど相手を選ぼうね~。冒険者を動かしたかったら金よ金。気前がいい奴ほどモテるわよ?」

「平民ぶぜいが私に触るなー! お前らなんかに好かれたくなーい!」

 じたばた暴れてるエイルを捨ておいて、シャイザルが俺に聞いた。

「しっかしまさか『龍骨騎士』を使う魔術師に襲われるとは災難だったな。あの魔法はマジで『神聖術』くらいでしか破れねぇからな。お前は運が良かったぜ」

「噂には聞いてたけど、結構やばかったよ……。『星空の剣』をひょいひょい避けるんだよね」

「ああ、だから魔術師本体を攻撃するしかねぇんだ。だけど大抵は隠れてたり、ガイコツ騎士を盾にするから、まあ、後は神々に祈るしかねぇなぁ」

「確かに神様に祈るしかないね、ははは」

「しっかしその妖術師ってやつは何者なんだろうな?」

「さぁ、今シュナが調べてるよ。でも十中八九バランの有力者で間違いないって言ってた。父上は認めたくないみたいだけど」

「は~、なるほど。タルクス候の気持ちわかるぜ? 下手すりゃ反乱がおこる。そうなったら一体何人処刑されることになるだろうなぁ? 町が死体の山になるぜ」

 確かに、そうなるのは嫌だなぁ。

 本当『政治』てやつは難しいなぁ。


「はいよ、マストカ様ご注文の水ね!」

 アリムがそう言って目の前に水を置いた。俺がシュナから貰った『清め石』を取り出すと慌てて止めた。

「待った待った。今日はちゃんと綺麗な水だって! 最近近くに新しい井戸が出来たからそこから汲んできたの!」

「嘘だろアリム……? 明日は太陽が西から登るぜ」とシャイザル。

「もしかして魔族がアリムに化けてるとか?」とウルルム。

「嘘ついても味で分かるんだけど……」と俺。

「本当だって! マストカ様のおかげで繁盛してるからお礼だよ! 確かにいっつも客騙して儲けてるけど私にだって人情はあるよ!」

 人情があるなら客を騙すなよ。

 横からエイルが俺の水を1口飲んでから悲鳴を上げた。

「まっず!? 何この泥水! 水を人に飲ませるなら『アピート(レモン)』か『カマート(薔薇)』の油を入れなさいよ! 臭くて飲めたもんじゃないじゃん!」

 ウルルムとシャイザルとアリムが呆れて言った。

「やっぱり箱入り娘……」

「また馬鹿にしたな! 太陽神召喚してやる!」

 エイルはこの1日ですっかり冒険者の間でいじられキャラ扱いになっていた。


 店でゆっくりした後、外に出ると珍しく雨が降っていた。

「うげぇ! ちょっと誰か使用人呼んでくんない? 馬車持ってきてほしいんだけど?」

 エイルが言ったが冒険者達は鼻で笑って無視した。また喧嘩になりそうになって俺がエイルを止めた。

「ちょっとくらい濡れても大丈夫だろ? 家帰って風呂入ればいいよ」

「はぁあ!? 雨でずぶ濡れで家入るとかちょー下品じゃん! マストカは私に下品なことさせたいわけぇ!?」

 その言い方はどうなのよ。

 とはいえ傘もないし馬車もないので歩くしかない。貴族は本来馬車で移動するのだが、バランの町の中では馬車は使えないルールになっている。人通りが多くて邪魔だからだ。

 ていうか市内馬車禁止ってエイルも知ってるよな?


 プルプリ怒っているエイルを連れて家までの道を歩く。やっぱり雨が降ると人通りも減るなぁ。

 ザー……。

 足早に歩いているから俺もエイルも無言になる。なんかすごい既視感があるぞ。

 静かで人通りのない道、見づらい視界、妙な緊張感。

 あれ? これはもしかして……。

 ビシャッ!

 水たまりに何かが落下したような音がした。

「……エイル、『神聖術』を頼む。また敵が来たみたいだ」

「はいはい……は~前吹っ飛ばした奴が妖術師本人だったら良かったのにな~」

「確かにそうだったら楽だったなぁ」

 バシャ、バシャ……。

 今度は誰かが歩く音が聞こえて来た。続いて近くの建物の影から男の顔がひょいっと出てきた

「あれ? カイバル?」

 顔はカイバルだった。でもいつもと違って涎を垂らして変な笑顔を浮かべている。

「えへへ、えへへ……」

 眼は焦点があっておらず、まるで酒に酔っているかのようだった。俺の声にも反応しない。エイルが詠唱を中断して、

「なに? マストカの知り合い? なんか賤しい身分に見えるけど?」

「お前は本当人を身分でしか見ないなぁ。彼はカイバルって言ってウルルム達と同じ冒険者だよ。いつもタバコ吹かしてて結構渋くてカッコイイ……」

 建物の影から出てきたカイバルは、全裸だった。


「……え? は?」

 いきなりの展開に俺の思考が止まる。エイルは完全に硬直してしまう。カイバルが興奮してきたらしく荒く呼吸し始めた。

「ハァ、ハァ、へへ、へへへ……」

 カイバルが1歩踏み出し、俺達が1歩後退する。

 しとしと降る雨の中、俺達は暫く睨みあった。


 突然カイバルがダッシュした!

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」

 エイルの魂の絶叫だった。恐怖の余り俺達も走り出す!

「たぶんカイバルは操られてるんだ! エイル治療してやってくれ!」

「無理無理無理無理無理ぃ! やだやだやだやだやだやだ!」

 14歳の従妹は半狂乱だった。まあ全裸のおっさんが追っかけてきたら怖いって。

 ていうか俺も怖いわ!

 俺は立ち止まり振り返って拳を構えた。

「カイバル! ごめん!」

 笑いながら突っ込んできたカイバルの顔に力いっぱいパンチを打ち込んだ。

「ヘバァハァッ!?」

 変な悲鳴を上げて吹っ飛ばされるカイバル。エイルが立ち止まって恐る恐る俺の背後にやってきた。

「き、気絶させたの……? だ、大丈夫……?」

 カイバルが倒れたまま、ニヤニヤ笑いだして呟いた。

「へへ、へへ……キモチいい……もっとぶって、もっと……」

 き、きもい……!

「もっとぉっ!」

 カイバルが勢いよく立ち上がって飛び掛かって来た!

『ぎゃああああああああああ!!!』

 ひぃいいい無理無理無理! やだやだやだ!

 もはやどこに向かって走ってるのかも分からない。市場を抜け、人通りの多い場所を離れ、平民の家が集まっている区画を抜け、町の城門を抜けてそれでもまだカイバルが追いかけてくる! 俺はエイルの腕を掴んで必死に走り続け……、


「若殿! 危ない!」

 いきなりエイルと反対側の手を誰かに掴まれた。すごい力で引っ張られて尻餅をつく。

 俺はそこで、自分がバランの城門から出て少し離れた所にある崖から落ちそうになっていたことに気が付いた。

 崖の遥か下には『中つ海』の大波が打ち寄せている。

「突然叫びながら若殿達が家の前を走っていったので、気になって追いかけてきたのですわ。私が止めなかったら危うく崖から転落していましたよ?」

 シュナが立っていた。エイルも俺も事情を呑み込めず目を白黒されている。

 シュナの手には小さな人間が握られていた。『小人族』だ。

「お2人に幻覚を見せていた『小人族』ですわ。恐らく妖術師が放ったのでしょう、幻術も魔術師の常套手段ですのでちゃんと注意しなければダメですよ? 特にエイル殿は巫女でありながらまだまだ修行が足りないようですわね」

 シュナがそう言って『小人族』を使い魔の餌にした。『ギャア!』と小さな悲鳴がした。

「ぐ、うう……」

 エイルは助かった喜びとシュナに助けられた悔しさと修行不足な自分への怒りで俯いてしまった。

 しかしあれが幻術だったとは……魔術師ってこんなやり方もするんだね。正直予想外だった。

 炎や雷を飛ばされるより怖かった……(泣) 


アラトアの庶民は雨を貯めた水や川の水や井戸水を飲みます。井戸水は淀んでいることが多くぶっちゃけ汚いです。

貴族はお金があるので薔薇水ローズウオーターやレモンを浮かべた水を飲みます。レモンはかなりの高級品で薔薇より遥かに高いです。

ちなみに『薔薇水ローズウオーター』は薔薇の花びらから取り出した油を水に混ぜた香水のことです、飲めます。


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