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高橋大輔⑦夜這いと契約書とティッシュの話

 ある日の夜のこと、俺ことマストカはタルクス家の自分の部屋でグースカ寝ていた。

 すると真夜中の真っ暗な部屋の中に複数の人間が忍び足で入ってきたのに気づいて目が覚めた。

(……? 暗殺者? いやいやそんなわけないか……)

 すぐに話声が聞こえてきた。

「……うわ真っ暗……何にも見えないんだけど……」

「仕方ないじゃん、明かりなんか持ってきたらマストカ様にバレちゃうわよ。静かに静かに……」

「いたっ!? なんかに小指ぶつけた!」

「馬鹿……! 声がデカいわよ起きちゃうでしょうが!」

 ……声を聞いただけで誰かすぐに分かった。

 うちで働いている使用人の若い女の子達だ。だが一体こんな時間に何の用だ?

 俺はむくりと起き上がって電気をつけようとして苦笑した。そんなものここにあるわけないじゃないか。

「……若殿、暗いですし明かりをつけましょうか?」とシュナ。

「ん? ああ、お願い……て、え!?」

 目の前が明るくなり、部屋の片隅に魔法の明かりを掲げているシュナが立っていた。

「……いつのまに居たの?」と俺。

「なにやら若殿の部屋が騒がしかったのでちょっと様子を見に来たのです。ですがまさかこんなことになっているとは……」

 シュナの視線の先を追って、俺は思わず驚いて目を塞いだ。

 そこには使用人達が全員裸で立っていたからだ。

「なんでそんな恰好で俺の部屋に入ってきたんだ!?」

『え、あ、きゃあああ!?』

 女の子達が身体を抱きしめてしゃがみこんでしまった。

 シュナが明かりを消してから、

「なぜ全裸で若殿の部屋に忍び込んだのですか?」

 暗闇の中で女の子達が身じろぎして、

「……そんなのマストカ様に夜這いをかけるために決まってるじゃないですか!」

「……はい?」

 俺は間抜けな声を出した。使用人達は泣きだした。

「マストカ様があまりにも使用人に『お手つき』がないので、私達で夜這いすることにしたんです! 私の母は病気で、どうしてもお金が必要なんですよ!」

「私の家は男手がいなくて生活が苦しいんです! どうかお慈悲をマストカ様!」

「私は兄が借金を作ってしまって! マストカ様のお力を借りなければ一家心中です! 私の貞操でどうか我が家をお救い下さい!」

 俺は彼女達が言っている意味が分からずシュナに尋ねた。

「ごめん、どういう意味なの?」

「彼女達は若殿の愛人になって資金援助を受けたいのですわ。皆貧乏な家の生まれで使用人の給料だけでは暮らせないらしいですわ」

「えぇ……それで夜這いをかける意味が分からないよ……」

「何の見返りも無しに資金援助してくれる人なんていませんでしょ? だから若殿の子供を妊娠し寵愛を受けたいと考えたのですわ。子供ができれば若殿も情が湧いて色々助けたくなるでしょ?」

 言葉の意味は分かるけど、やっぱり理解できない……。

「……お金に困ってるなら相談してくれればいいよ。別に身体で払えなんて言わない、皆大事なうちの使用人なんだから、困ったら普通に相談してくれればいいよ」

 だが使用人達は泣いたままで、

「そんなんじゃあダメなんです……だってどうせ援助してくださるのは今回だけなのでしょう? 善意だけだと長続きしませんわ。でも子供ができれば例え私達がこの御屋敷を去ってもマストカ様は支援してくださるはずです。親子の情とはそれほど強いものなのです……」

「分かった分かった! 子供がいなくても君達の面倒は一生見るよ! 神々に誓って約束する! それでいいだろ!」

 使用人達はやっと泣き止んで、

「……契約書をお願いいたします」

『契約魔術』は契約を非常に重んじる。だからか知らないけど、この世界の人間も契約を重んじる文化が強かった。俺は紙 (パピルスみたいなやつだ)に一生面倒を見ると書いて名前のサインもし、使用人全員の父親の名前もサインした(彼女らは文字が書けないので)。


 翌朝、最後に立ち会い人として父上とアルヘイムの署名も貰った。アルヘイムが契約書を眺めて、

「……やれやれ、こんな物書いたら一生たかられますぞ? いいんですか?」

「……別に構わないよ。実際彼女達の生活は苦しいわけだしさ。それを見過ごすことはできないだろ?」

「ふふ、ちょっとやけになってるんじゃないですか若殿?」とシュナ。

 えーいちくしょう、そりゃあそうだろ! あのまま使用人達を抱くよりはるかにマシじゃないか!

 本当にシュナは意地悪だ。あのまま行けるわけがないのを分かって言ってるんだから。

 でもまぁ、たぶんこの意地悪は嫉妬の裏返しさ。可愛い所あるじゃないかシュナも、へっへっへ……。


「……それに比べて粟島はただ性格が悪いだけ。シュナの爪の垢を煎じて飲んで欲しいね……」

 学校の始業前の登校時間。僕はクラスに入って自分の机に座って友達と話している粟島を見て呟いた。

 話しているのはいつもの上島と里中だ。あの2人も気が強くてキツめなので苦手なタイプの女子だった。

「また粟島さんを呪ってるんですか?」と斎藤。

「別に……ちょっと思ったこと言っただけだよ」と僕。

「独り言は他人が見るとキモがるぜ?」と石田。

 うっせ。

 

 その後一時限目が終了し、僕は立ち上がってトイレに行った。

 すぐに用事を済ませてトイレを出てくると、ちょうど粟島達3人が会話しながらこちらに向かって歩いてきていた。

(トイレか? なんで女子って集団でトイレに行くんだろう……?)

 そんなこと考えながら粟島の横を通り過ぎようとすると、足がもつれて盛大にその場に転んでしまった。

「あ痛っ!」

 ビターンとかなり派手に転んで思いっきり顔面を打った。鼻に痛みと熱さを感じて起き上がると、目の前に粟島の顔があって呼吸が止まった。

「えっと、大丈夫? おもいっきり顔を打ってたみたいだけど?」

 粟島が笑顔で聞いてきた。

 気づいているのか?

 これが僕と粟島の約5年ぶりの会話だって気づいているのか?


「……だ、大丈夫、です……」

 緊張で口が回らない。思いっきり転んで恥ずかしくて顔が赤くなり、まるで粟島に照れてるように思われるんじゃないかと思って焦ってさらに赤くなり、加えて変な汗まで出て来た。

 あーやめてくれ! 意識するとさらに悪化するんだ! 頼むから放っておいてくれよ!

「だ、大丈夫ですから、それじゃあ……」

 立ち上がって去ろうとすると、鼻から赤い雫が滴っていることに気づいた。

 鼻血だ。うっわどうすんだよこれ……。

 すると粟島がティッシュをくれた。

「鼻血がでてるからこれを使えばいいわ。鼻に詰めてばすぐに止まるわよ」

「え、う、は、はい……ありがとう……」

「どういたしまして♪」

 粟島はそう言ってトイレへと消えていった。

 僕は暫くティッシュを眺めながら思った。 

 ……僕ってもしかしてすげぇ嫌な奴になってた?

 うぅ……また寝る前の自己嫌悪タイムだ。今日は一体何時に意識を失うかな……。


アラトア貴族の家では子供が産まれると、農家の若い娘を乳母として募集します。通常はその娘が貴族と交わって子供を産み、その子供と貴族の子供両方に乳をのませるという風習があります。マストカにも乳母とその子供がいたわけですが、乳母の子供ははやくに病死しています(裏設定)

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