マストカ・タルクス㉙『冒険者の町:バラン』と浜辺で出会った猫女の話
『中つ海』を船に乗って南に行くと、『ドノト大陸』という場所に着くらしい。
とても実り豊かな土地で、『アルド人』や『イノータイ人』といった肌の黒い人達が住んでいるらしい。でもちょっと内陸に行くとすぐ砂漠が広がっているとか。その砂漠の果てには何があるのか、アルド人もイノータイ人も知らないらしい。
アラトア神話では太陽神モンテールが『全ての魔族の母』を封じ込めた大陸とされている。
カルマスの死体が回収され、葬式はせずに海にそのまま流された。
「なんで葬式しないんだ?」と俺。
「罪人だからですぞマストカ様。咎人の名を墓標に刻んで地上に遺すことは許されないのです」とアルヘイム。
「そんな……墓がぐらい作ってあげてもいいだろうに……」
アルヘイムが眩しそうに俺を見て言った。
「お優しいですなマストカ様は……ですがここだけの話にしなされ。何を言われるか分かったものではありませんからね……」
俺がそこでふと思い出した。
「……ていうかアルヘイムなにやってたの!? 俺らが陽動してる間に裏から潜入して妖術師を倒す手はずじゃあなかったのか!?」
アルヘイムは足を骨折していて杖を突いていた。笑いながら、
「いや~はっはっは、裏側の崖を登ってたら滑り落ちてしまいまして……歳は取りたくないものですなぁ」
俺達が戦ってる間、アルヘイムは崖から滑り落ちて足を骨折し、冒険者達に運ばれて家で手術していたらしい。
まあすぐに手術出来たから回復も順調らしいけどさ……。
『紺碧海を統べる剣』ってなんだっけ?
海に沈んだカルマスの遺体を見届けた後、俺らが屋敷の居間でのんびりしてると父上が入ってきた。
「おはようお前達。今日は例の店に行かんのか?」
「あ、父上おはようございます。もうすぐ行こうかと……」と俺。
「ふふ、今日はアルヘイムが足を折って留守番だから、若殿はデートだと張り切ってますわ」とシュナ。
「い、いやそんなつもりは……」
「デート? マストカとシュナーヘルがってこと?」
聞き覚えのある声と共に、父上の後ろから見知った顔が出てきた。
エイルだった。
「エイル!? なんでお前がここに居るんだ?」と俺。
「そんなの、『魔界』になりかけてるイサルダ城を浄化するために決まってんじゃん。そんなことより、今の話はちょっとスルー出来ないんだけど? どういうことか説明してくれる『魔女』?」
エイルがシュナを睨みつける。シュナは静かに頭を下げて、
「申し訳ございません、ただの冗談ですわ。現に若殿も否定しようとしていたでしょう?」
妙な緊張感があった。父上は困った顔をしているし、アルヘイムは庭を眺めている。エイルは不機嫌な顔で『ふん!』と鼻を鳴らして、
「……ちゃんと身分を弁えてるならそれでいいわ。それより『浄化』作業中に護衛をさせる魔術師を探したの。シュナーヘル、あんたに手伝ってもらうから」
「私のような汚らわしい魔術師にですか?」
「人手が足りないの。素性の怪しい冒険者を雇うよりかはずっとマシだわ。勿論私に触るの禁止ね。あんたも神罰は食らいたくないでしょ? ほら行くよ」
「かしこまりました。若殿? 私はそういうことですのでこれで」
そう言ってシュナはエイルと父上と共に出かけていった。
「なんでエイルはあんなにシュナにきついんだろう」
バランの城門から出るとすぐの所に海がある。近くに漁師町があるので沢山の漁船が岸に浮かんでいた。
「そりゃあエイル殿は巫女ですからねぇ。神殿に仕える乙女が魔術師を毛嫌いするのは普通ですぞ。後は恐らく……嫉妬でしょうなぁ」
俺とアルヘイムがこの岸で椅子に座って釣りをしていた。釣り竿と針は最高級のクノム製らしい(よく分からないけどアルヘイムが用意してくれた)。
「嫉妬? なんでエイルが嫉妬するんだ?」と俺。
「そりゃあマストカ殿と良い雰囲気だからに決まってるじゃないですか、わざわざ言わなくても分かるでしょう?」とアルヘイム。
「いやいや、エイルが俺のこと好きなわけないだろ? 従兄だぞ?」
少なくとも俺にとっては妹みたいなものだ。
昔はよく喧嘩したので遠慮がなくて楽ってのはあるけどね。
アルヘイムがやれやれと肩を竦めて、
「嗚呼、可哀そうなエイル殿。異性として見られていないとはまさにこれですな。少しは憐れんであげてくだされマストカ様」
「えぇ……何を根拠にエイルが俺のこと好きなんて言えるんだよ……」
「そりゃあ、私は剣と同じくらい女性のこともよく知ってますからな。下半身の剣で何人の女を倒してきたか……な~んちってうっはっはっは!」
エロ親父め。
「……そういえばアルヘイムって結婚してるの? 聞いたことないけど」
「結婚は4回してますぞ。今は独身ですがな。経験豊富なのでよろしければそっちの方もマストカ様の師匠になってもよろしいですぞ」
4回も離婚してるとか駄目じゃねぇか。
しばらく釣り糸を垂らしていると、5匹ほど魚が釣れた。この辺りでよく釣れるらしい『モサス』という魚だった(見た目はアジっぽい?)。
「さて、そろそろお昼時ですし焼いて食べますか」
アルヘイムが持ってきた木の枝の束を地面におき、『清め石』で火をつけた。木の串に魚を突き刺して焼き始める。
周りに人の影はない。漁師達は皆海に出ていてるんだろう、バランの町から少し離れてることもあって静かなものだ。
俺が陽の光でキラキラ光る海を眺めていたら、ふと太陽が沈み始めてることに気づいた。
「……え? あれ?」
まるで早回しの映像のように太陽がどんどん地平線に落ちていく。あっという間に日が暮れて、辺り一帯が夜になった。
頭上には月と星が光り、足元を照らすのは小さな焚火だけ。俺は茫然としてしまった。
「……む、おや? 剣はどこに行きましたかな……?」
アルヘイムが傍に置いていた剣を探し始めるが、暗くて分からない。俺の剣も探したけどどこにも見当たらなかった。
ザク……ザク……。
海とは反対方向の漁村の方から足音が聞こえてきた。俺とアルヘイムが身構える。
足音の主は平民階級の女だった。漁村の住民だろうか? 妙に顔色が悪い。
「あの、す、すみません貴族様……ど、どうかそのお魚を分けてもらえませんしょうか? 6日間ずっと迷子になっておりまして、何も食べてないのでございます……」
女は俺達が身構えてるので少し離れた所で立ち止まった。
「……6日間迷子? 近くの村の人じゃないの?」と俺。
「いいえ、私は『コラン』の町の者でございます。誰かの魔法なのか、魔族の悪戯なのか分かりませんが、ずっと迷子になっているのです……」
『コラン』はアラトア帝国東部にある小さな町だ。タルクス家の親戚が町長をやってるから俺も知っていた。ここからだと馬で2日はかかる距離だ。
アルヘイムが疑いの目で、
「コランから? ずっと歩いてここまで来たというのか?」
「恐らくは……いつもどおり井戸の水を汲みに家を出ましたら、知っている道のはずなのに迷子になったのです。家に戻るどころか村の位置すら分からなくなりまして、フラフラ彷徨っていたらバランの町につきまして……うう」
シュナから聞いたことがる。『小人族』はよくこういう不思議な悪戯をする。悪戯と言っても迷子にして餓死させたり海で溺れさせたりするらしいけど……。
女はその場にうずくまって泣き出した。よっぽど疲れてるんだろう、俺は焼けた魚を1つ持って立ち上がった。
「それは大変だったね、とりあえずこれでも食べて……」
女に近づこうとしたらアルヘイムに止められた。
「!? 一体どうして……」
俺が抗議しようとしたが、アルヘイムの真剣な目が『ダメですぞ!』と告げていた。
それから俺の魚の串を奪ってから女の方に投げた。
「ほら食え」
泣いていた女がすかさず串を掴んでムシャムシャ食べ始めた。俺がぞんざいな扱いに怒るがアルヘイムが俺の耳元で小声で言った。
(いけませんマストカ様、あの女は魔物ですぞ! 武器もない状態で近寄ってはいけませんぞ!)
(魔物!? え、マジで……?)
魔族なら倒せばいい……とまで考えて俺は真っ青になった。
いつの間にか『星空の剣』が見当たらないし、アルヘイムは足が折れてるじゃないか! 素手でしかもお荷物が居る状態じゃ戦えるわけがない!
「あの、もう1匹貰えませんか?」
女がひもじそうに言う。
俺とアルヘイムが顔を見合わせてから、もう1本串を投げた。
結局女はそれでも満足せず5匹全部食べた。それでもまだ欲しいらしく、
「あの、申し訳ございません、まだ魚はありませんか?」
アルヘイムがそこで言った。
「ふむ、まだ無いことはない。我らはさっきまで船で釣りをしていたからな。向こうの船にまだ魚があるから、ちょっと持ってきますぞ」
もちろん嘘だ。アルヘイムが杖を突いて立ち上がる。
「だ、大丈夫? 足骨折してるのに……」と俺。
「カゴに入ってる奴を持ってくるだけですぞ。問題ありません、こんなことを貴族にはさせられませんぞ」
アルヘイムがそこら辺に浮かんでいた適当な船の1つに乗り込んで何やら作業を始めたように見えた。
俺は焚火の傍でじっと女を見る。『監視』だ。女もじっとこちらを見ている。
今になって気づいたんだけど、火に照らされた女の目に白目が無いのだ。
俺は湧き上がる恐怖心をなんとか抑え込んだ。
「あの、魚はまだでしょうか? 私お腹が空いて空いて……」
暫くして待ちきれなくなったのか、女が聞いてきた。
俺は頭を掻く演技をしながら、
「あれ~? おかしいなぁ、アルヘイム! まだなのか!?」
アルヘイムはこちらに背を向けて答えない。俺は怒ったふりをして、
「一体いつまで待たせるんだ!? 全くさっきから何をして……」
ブツブツ言いながらゆっくりとアルヘイムの方に近づく。後ろを横目で見ると女も俺の後を追って来ている。
走ってはいけない。魔族より早く走れる人間なんていないんだ。だけどあんまり女を船に近づけすぎてもダメだ。
距離はおおよそ10メートルくらい。まだ遠い。
8メートルに縮んだ。まだちょっと不安だ。女が少し距離を詰めて来てる。
6メートル、焦るな。女とはまだ距離もある、もう少し、もう少し……。
5メートル、俺は全速力で走った!
「アルヘイム! 船を出せ!」
既にアルヘイムが船を漕ぎだして岸から離れていく。俺は力いっぱい地面を蹴った。
「うおおおおおりゃああああああ!」
普段鍛えてた自分にこれだけ感謝したことはない。ギリギリ船に飛び乗ることが出来た。すぐにアルヘイムと一緒にオールを持って船を漕ぎまくる。
あっという間に岸から離れることが出来た。例の女は岸辺でこちらを見ていたが、悔しそうに地団駄を踏んだ。
「おのれ! あと少しだったものを!」
焚火を背にして女が叫ぶ。アルヘイムがそれを見て懐から小さな袋を出した、
袋を開けると、中から入るはずがない大きな弓と矢が出てきた。魔法の袋だ。俺が弓矢を構えてすかさず射た。
「ギャッ!?」
額に矢を食らって女が倒れた。船を岸に寄せて上陸し、死体を確認しようとすると女が牛ほどの大きさの黒い猫に変わっていた。
「ふむ、『使い魔』ですな。魔獣は知能が低いので使役している魔法使いが知性を与えることがあるのですぞ。喋る魔獣はほぼ使い魔と見て間違いないかと」とアルヘイム。
ということは、こいつは誰かが俺達を殺そうとして送って来たってことか?
「……シュナーヘルとオルバースに相談しましょう。もしかしたら前町長の残党かも知れませんな」とアルヘイム。
そこで俺はふと、辺りが昼間に戻っていることに気づいた。
アルヘイムの扱いがめっちゃ雑ですね、すみません。
アルヘイムが四回結婚して現在独身と聞いてマストカ(大輔)は離婚を4回したんだと考えてますが、医療水準が低い世界ですので家庭内不和による離婚より出産時の病気などで亡くなるパターンの方が多いです。大輔の感覚が現代日本なので勘違いしています。




