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ニムル・イル・アルディヤ104『紺碧海の女王:カミス』と『一人の将軍と一つの国』の話

本文中に過去に説明している箇所が再度でてきていますが、ご容赦ください(一応確認のためです)。

 朝、藁の中でニムルが目を覚ますと、横にイスティが眠っていた。

 ファジーネスの家はベッドが2つしかないので、少女達は床に藁を敷いてそこに寝ているのだ。

「スー……スー……」

 穏やかな寝息を立てている顔を、ニムルがじっと見つめる。

(……綺麗な寝顔……)


「お姉ちゃん何じっと見つめてるの?」

「ひゃあっ!?」

『カムサ』に言われてニムルが飛び上がると、イスティが目を覚ました。

「ん……おはようございます。どうかしました?」

 眼を擦りながら尋ねるとニムルが慌てて手をぶんぶん振り回して、

「なななななんでもないよ! 別に見つめてたわけじゃ……」

「?」

「お姉ちゃん確か前『心に決めた人がいる~』とか言ってなかった? おやおや~? もしかして浮気かな~?」と『カムサ』。

「カムサは細かい事覚えてるなぁ」と『マーシス』。

「ち、違うもん! 浮気なんかじゃないもん! ちょっと見てただけで浮気になったら外歩けなくなるもん!」

「実際女の子は簡単には外歩けないよ」と『マーシス』


 虚空に向かって言い訳をするニムルを見てイスティは思った。

(……本当はもうここを出ようかと思ってましたけど、『魔王城』で私を守ろうとしてこうなったニムルちゃんを見てると出て行き辛い……)

 彼女はニムルを見るたびに胸がチクチクと痛んだ。



 全員が起きて朝ご飯を済ませた後、ファジーネスとアリメルが正装して出かける準備をした。

「あなた達も来る~? この前『バンドゥーラ』に和平交渉に出かけて行った夫の友人が今日には『アナーテスの外港』に到着するはずなの~。だから今から迎えに行くのよ~?」とアリメル。

「あ~! 行きます行きまーす!」とニムル。

「!? 船か!? 船なんて久々だぜテンション上がるな!」とハッシュ。

「言っておくけど略奪品は積んでないわよ?」とカムサ。

「おこぼれ期待してもありませんからね?」とイスティ。

「知っとるわ! ただ船でテンション上がったらダメなのかよ!?」とハッシュ。

(イスティとハッシュすっかり仲良くなってるな~)とニムル。


 というわけでニムル達も出かける準備をして(男装はせず貴重品を身に着けるだけだが)、家の外に出た。

「『アナーテス』は少し距離があるから馬車で行きましょうね~。先に知り合いの馬喰(馬を扱う商人。馬車を貸してくれる)の店に行って馬車を借りましょうか。全員揃ったわね~?」とアリメル。

「? カミスには公共の馬車もあるのでは?」とカムサ。

「あれはカミス市内しか回ってないのよ~市外に出る時は馬車を借りるの~」


 アリメルが全員の顔を確認して歩き出そうとするとニムルが言った。

「あ! 待って待って! まだカムサとマーシスが来てないよ!」

 ニムルが家の中を指して言う。ハッシュとイスティとカムサが顔を見合わせてどうしようかと考えていると、ファジーネスが言った。

「……弟と妹だったな。呼んできてくれたまえ」

「はーい!」

 ニムルが元気よく家の中に戻っていった。


 少女3人が頭を下げて、

「すみません、あの子に話を合わせてもらって……」とカムサ。

「気を遣わせてしまって申し訳ありません」とイスティ。

「ありがとうなファジーネスさん! 感謝するぜ!」とハッシュ。

 無表情の夫に代わってアリメルが笑って、

「いいのよ~。この町にも色々辛いことがあって心を病んでしまった人達は沢山いるわ。特に戦争帰りの兵士さんとかね~、亡くなった息子たちもそうだったわ~」

(アリメルさんまた気まずい話題を……)

 3人の少女達はなんと言っていいか分からなかった。

 しばらくするとニムルが戻ってきた。どうやら弟と妹の手を引っ張って連れて来ていたようだった。


『アナーテスの外港』は『カミス』の衛星都市で、『紺碧海』に開けた港町である。

 街中は自分の船を持っている交易商人の豪邸が立ち並び、金銀宝石を纏い絹の服を着て歩いている人が沢山いる。よく見ると奴隷の首輪がついている人も結構な数居た。

「うひゃあ……あの人達奴隷? すごい高級な服着てるけど」とニムル。

「ここは裕福な商人が多く住んでるの~。見栄を張って召使にも高い服を着せるのよ~?」とアリメル。

「ひゃ~、金持ちの発想って分かんねぇなぁ~。同じ奴隷でもあたしらと段違いじゃねーか」とハッシュ。

「上を見ると空しくなるからダメよ、鬼族の餌にされなかっただけマシだと思わなきゃ」とカムサ。

「比べる対象が下すぎるでしょ……」とイスティ。

「あら、皆、もう船が来てるみたいですよ~?」とアリメル。


 港には大小さまざまな木造船がひっきりなしに往来している。小さな舟から荷物を陸に揚げている商人と従業員たち、北方センマルクから奴隷を沢山載せて寄港した奴隷商人の船、拿捕された海賊船等々。

 その中に威風堂々と『カミス海軍』の旗を掲げた大型軍船が停泊していた。船に乗り降りするためのスロープの近くには沢山の人が集まっている。

 集まっているのは『穏健派』の人達だった。ファジーネスを見つけるとわらわらと近寄ってきて、

「ファジーネスさんちょうどいいタイミングですよ。今船が着いた所です」

「そうか」とファジーネス。


 しばらく皆で待っていると、スロープから『和平交渉』に臨んでいた小太りな男、クレクスが仲間達に伴われて降りてきた。

「……!? クレクス!? その怪我どうしたんだ!」

『穏健派』の人達が青ざめて駆け寄る。クレクスは全身包帯や縫った傷だらけだった。

「す、すまない……『バンドゥーラ王』と交渉をしようとしたら、いきなり『これが我らの答えだ』と……」

 クレクスは足も折られていて自分では立てず、仲間に両脇から支えられていた。片目も潰されていて革の眼帯をつけている。

 カムサが悲しい顔になって、

「……折角『ウーシュティオ遠征』で捕虜を無傷で帰したのに……」

「無駄ですよ。『戦士の国』はそんな配慮しませんよ」とイスティ。

「へ、同感だな。海賊に同じことやってみろよ? 舐められてまた襲われるぜ?」とハッシュ。

「……」とニムル。


 ファジーネスが険しい顔になって、

「……戦争は避けられそうにないか」

「む、無理です、すみません……私に知恵がないばかりに……」とクレクス。

「いや、お前は立派に仕事を果たした。ゆっくり休め」

「は、はい……」

 不安げなニムル達の横を涙目のクレクスが引きずられながら通り過ぎていった。

「……どうやら戦争が始まるみたいですね」とイスティ。

 冬が終われば春は実りの季節だ。北方センマルク行きの小麦輸送船が一斉に『アナーテス』を出発し、初夏の収穫期までにたどり着こうと海路を急ぎ始める時期だった。


『執政』クレクスの呼びかけで『市民広場』に瞬く間に市民達が集まってきていた。

 傷だらけでもクレクスは仲間に支えられながら壇上で声を張り上げた。

「市民諸君! 今回は皆に重大な知らせがある! まず一つ、私は『バンドゥーラ』との和平交渉に失敗した! 私は逃げも隠れもしない、神々と市民の裁判を甘んじて受けよう!」

 民衆が滅茶苦茶に野次や罵声を飛ばす。『穏健派』も『武闘派』も関係なくブーイングの嵐になった。

 だがそれも、壇の脇にある太鼓を一叩きされるとピタッと収まった。


 クレクスが続ける。

「そしてもう一つ! 私は『バンドゥーラ王』から直々に『宣戦布告』を受け取った! 現在連中は軍隊を編成して我が国を攻める準備をしている! 最後の一つは事態が既に私の能力を超えたレベルに発展してしまったので『執政』を辞任する! 市民諸君許可を!」

『肯定! 肯定!』

 群衆が一斉に手を挙げながら叫んだ。


 騒がしい雰囲気の中急遽、新しい『執政』を決める『選挙』が始まった。まずは『武闘派』の立候補者が登壇して演説を始める。

「我が国の和平の使者にあのような仕打ち! もはや戦って我らカミス市民の勇気をバンドゥーラの野蛮人どもにとくと見せつけてやるしかない!」

 今回の群衆の歓声は前回に倍するほどの大きさだった。『武闘派』の支持者だけでなく、『穏健派』の支持者もかなりの数が開戦を支持しているようである。


 またファジーネスの元に『穏健派』の貴族が慌ててやってきた。

「ファジーネス! また演説してくれ! お前なら民衆の頭を冷ますことができるはずだ!」

「……いや、無理ですな。『穏健派』の若者達まで開戦を支持している以上、私の言葉は届きません」

「そこをなんとか! 開戦されるとわしの商売に響くのだ!」

「……そこまで言うのでしたら」


『武闘派』の演説が終了すると今度はファジーネスが登壇して演説を始めた。

「『バンドゥーラ』との全面戦争は避けるべきだ。すでに我が国は『オラクス戦争』で国力を大幅に疲弊させている。これ以上戦えば我が国にとって不利益以外何も産まない」

 だが今回は誰も彼の演説に感動しなかった。激しいブーイングの嵐が巻き起こり、老人はため息を吐いて壇を降りた。


 それを広場の片隅で男装したニムル達四人が見ていた。

「あ、ファジーネスさん負けちゃった……」とニムル。

「仕方ありませんよ、あれは無理です」とイスティ。

「まあだろうな。あたしでも分かるぜ」とハッシュ。

「決まったようね……」とカムサ。


『穏健派』の老人たちが意気消沈し、『武闘派』が大盛り上がりを見せる。すぐに選挙が行われて『武闘派』の執政と執政補佐が就任した。

 ファジーネスはいつもと同じ険しい顔でそれを眺めていた。


 新たな執政に就任した『武闘派』貴族マイヤルスが演説を始めた。

「市民諸君! 早速だが『バンドゥーラ』と戦争するために一つはっきりさせておかなければならないことがある! それは『将軍』だ! 現在の将軍ファジーネスは残念ながら私とは考え方が正反対だ! なので新しい将軍を決めようと思う。市民諸君は賛同するか!?」


(あ、そっか、将軍が戦争反対だからそっちも変えなきゃいけないんだ)とニムル。

(ファジーネスさんってすげぇ戦争強いんだろ? 一体誰がその代わりになるんだ?)とハッシュ。


 マイヤルスの問いかけに民衆が一斉に叫んだ。

『否定! 否定!』

(……え?)とカムサ。

「ならばファジーネス殿に将軍を続投してもらうことになる! 市民諸君は賛同するか!?」とマイヤルス。

『肯定! 肯定!』

(えぇ!? さっきあんなこと言ってたのにまた『将軍』にしちゃうのぉ!?)とニムル。


 そこでマイヤルスがおもむろに壇上を降り、群衆を掻き分けて、まっすぐファジーネスの目の前まで来た。

 向かい合うほぼ同年代の男2人。ニムル達がぽかんと口を開けて眺めていた。


 マイヤルスが打って変わって丁寧な物腰で、

「ファジーネス殿。市民全員があなたの出陣を願っている。『紺碧海の女王』たる我が国と麗しき『ラクレミス神』のために『カミス市民軍』の指揮を執ってはいただけないだろうか?」


 ファジーネスは答えない。するマイヤルスがちらっと『武闘派』の者達に目配せして、

「……もちろんこの前の襲撃事件のことは謝罪させていただく。おい! 連れてこい!」

 ファジーネスの目の前に少し前の夜、『タンギラの宝鏡』でファジーネスを殺そうとしてニムルに返り討ちにあった若者達が連れて来られた。

 若者たちは不貞腐れた顔をしていたが、おずおずと跪いて謝罪した。

「申し訳ありませんでした……」

「……よせ。男がそのようにへりくだるな。己の信念を最期まで貫け」とファジーネス。


 するとマイヤルスも跪いて、

「どうかこの若者達を許してやってくれ。『将軍』として貴方に率いられて戦うことが我ら『武闘派』、いや『カミス市民』の総意だ。そしてそれが我らの『信念』でもあるのだよ。……どうか返事を聞かせて欲しい『常勝将軍』ファジーネス殿よ」


 しばらく、『市民広場』は静寂がうるさかった。

 ファジーネスは観念したようにため息を吐いて、

「……分かりました。全ては国のためだ。『将軍』の大任、改めてお引き受けさせていただく」

 群衆から一斉に『祝声』が湧きあがり、『武闘派』も『穏健派』も市民も貴族も関係なく大はしゃぎで喜びあった。

「やった! 『守護神』の出陣だ!」

「これでバンドゥーラの野蛮人なんて怖くないぞ!」

「母なるディレトーニス神! 父なるラクレミス神よ祝福あれ!」

『武闘派』は必ず勝てる戦争だと息巻き、『穏健派』は自分達のトップであるファジーネスが主導権を握ったことにほっと安堵した。


「素晴らしい! これだ! これこそが『カミス』だ!」

 ニムルの近くに居た男が興奮した声で告げた。


 市民と貴族、『武闘派』と『穏健派』、この国はあっちを向いてもこっちを向いても対立ばかりある。

 だがこの時、確実に『紺碧海の女王:カミス』は一つだった。


「すっげぇ……! 『守護神』の名の伊達じゃねーんだな!」とハッシュ。

「すごい、ファジーネスさんがこの国を一つにしてる……」とニムル。

 彼女身体を震わせながら思う。

(……多分、ファジーネスさんは『英雄』だ、ううん、もしかしたら、あの人こそ本物の『救世主』かもしれない……!)


『……』

 感動しているニムルとハッシュと違い、カムサとイスティはお互いに頷き合ってなんとも言えない顔をしていたのだった。


ニムル、ハッシュ、カムサ、イスティは全員性格も背景も思考も全然違うので、そんな4人がどうやって関係性を築き発展させていくかを考えるのが好きです(設定厨)。

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