ハッシュ・イル・カスラース117『東方大遠征:サガサ族からの逃避行』と『バラタグが開催する『お話しゲーム』』の話
『東方大遠征:レーム北部戦役』、『彼女たちのサガサ族からの逃避行』
前回の続き、『逃れの町の管理者バラタグ』によってイスティたちは『アラマン王国』についての話を一回話すたびに『銀貨』を一枚もらえるという『ゲーム』を始めていた。そして早速『ベニーカ王』に『クノム人の血』が全く流れていないという話に東方人たちは皆驚いたのだった。
「……それでは『クノム人』どもが『アラマン王』を自分たちの『覇者』と認めている理由がわからなくなったな。『王者』にはそれに相応しい『生まれ(由緒)』というものが必ずある。それとも『西戎』どもにはそういった『天命』の文化がないのか?(嘲笑)」とマーレト族長。
族長に挑発されてハッシュが怒りだして言う。
「『双角王』は『神々の王テイロン』と『ウンディーナ王妃』の間に生まれた子供なんだよ! だから肌が他の『ギナフ族』と違ってちょっと『黒さが薄い』んだ! だから『クノム人』でもおかしくねー! あたしらクノム人も皆『系譜』を辿れば『神々の王テイロン』の子孫だからな!」とハッシュ。
その話は最終的に『ユート王暗殺』まで至ってしまった『アラマン王国』最大の『闇』である。だがすでにその『ユート王』も『イリーネス』も死に、『ウンド王妃』は固く口を閉ざしていて他の『貴族戦士』たちも『今は東方大遠征真っ最中だから』と半ば忘れ去られている話だった。
そしてカムサがこっそりイスティに小声で言う。
(……やっぱりこの話、『ベニーカ王』が『ユート王』の本当の息子じゃないって線しか考えられないわよね……ユート王は突然イリーネスさんに暗殺されてるから、たぶん彼が実の父親なんじゃないかしら……)とカムサ。
(……イリーネスさんの暗殺はカレネス候とイルギア候が『ベニーカ王子の肌の黒さが薄いのはおかしい。白人の血が入ってるんじゃないか』と『口論』になって『では検証しようじゃないか』って話になってからですからね……その件以外でイリーネスさんがユート王を暗殺する理由がないですからね……)とイスティ。
すべて終わった後なら当然成り立つ推理だった。そして実は『ベニーカ王』が即位した後に一応『イリーネスが外国勢力から買収されていたかどうか』の調査も行われていたが、これは王国全員の予想通り『白』との結果が出ている。そしてそれ以上の調査は『ベニーカ王』の意向もあってそれ以上は行われていないままになっていたのだった。
だが『父王暗殺事件の捜査禁止』を『双角王』が命じた理由はもちろん『自分の出征の秘密を守るため』とかではなく、単に『父上やイリーネスの悲しい事件をこれ以上掘り返すのはかわいそうだ』と思っていただけである(補足)。
(……そりゃあ『イリーネスさんがベニーカ王の実の父親』であることことが証明されたらやっぱり問題になるでしょうしね……いえ、ならないかしら??)とカムサ。
(……それは何とも。『ベニーカ王』』は実際『ユート王』の死後ほとんど間をおかずに『果敢で迅速な軍事行動と勝利』で『実力』を示しています。あの時点で『ベニーカ王』の手腕を疑える者は王国にはいませんでしたから……今はさらに『シェルファス湾の勝利』があるのでもう誰もそんなこと気にしませんよ。たとえ『イリーネスの息子ベニーカ』であったとしても今更『貴族戦士』たちの『忠誠心』が衰えることはないでしょうね……)とイスティ。
(そうなると、たぶん『ベニーカ王』はそんなつもりなくても『自分の正統性を疑えないように東方大遠征』を初めて皆の眼を逸らした』って見方もできなくはないよね……いえ絶対そんな『小賢しい』ことする人じゃないけど)とカムサ。
これらの問題は『ユート王暗殺直後の混乱』のごたごたで全部スルーされてしまっていることである。いや、カレネス候やンガイ候やその他の『貴族戦士』たちも別にスルーするつもりでいるわけではないのだが、やはり『双角王』の『カリスマ』の前にこの話は出せない雰囲気になっている。
そこでイスティは声には出さずにただ思った。
(……別にこのことは『双角王』の『覇業』には何ら関係ない……というわけでもないですか。彼の『王位継承』がうまくいかず『実力主義』がはびこったのも、もしかしたら『後継者』たちの間にこのことが頭にあったのかもしれませんね……)とイスティ。
そうやってカムサとイスティが話し合っている横ではハッシュが怒りの声に対してバラタグが嘲笑で返す。
「はぁ? そんな『不合理』な話をお前ら『西戎』どもは大まじめに信じているのか? 『神々』が『人間族』に近しかった時代ははるか『大洪水以前』となり、今や『人間族』から『神々』はどこまでも遠くなってしまっておられる。それが突然一人の人間族の女の前に現れて『子供』を残すなど……それはその『ベニーカ王の母親』が『淫売』だったというだけだ。下らん御為誤魔化しよ、つまり『諸王の王』は『淫売の息子』に負けなされたということだ! これほど恐ろしい『邪神マルマンサ』の計画もそうはあるまい!」とバラダグ。
「んだとごら『夷荻』が偉そうに! 『ウンディーナ王妃』はあたしらにもよくしてくれたいい人だったぞ糞野郎が! つーかその『大洪水』云々って『エルレイアー教』の教えじゃねーだろおい! 『ハリスコ神話』の話じゃねーか!(イスティの歴史物語が少し役に立った)」とハッシュ。
「は! 『聖なる知識』について半端な知識しか持っていないことがよくわかる! 『大洪水』は『邪神マルマンサ』が『光明神ウルスアルマ』様の戦士たち(コロコス人)を滅ぼすために太古の昔に引き起こしたことも知らないのか! それに『大洪水伝説』は『ハリスコ神話』だけの話ではない! 多くの神話で語られる出来事である故に本当にあったことなのだ!」とバラダグ。
彼の言う通り『エルレイアー教神話』には本当に『光明神ウルスアルマが人間族を創造すると邪神マルマンサが『大洪水』を創造して人類を滅ぼそうとした』という『伝説』が存在していた。だがこれは『聖典ハギータ(ハリータ)』の中では言及されていない、いわば『民間伝承』である(補足)。
「うるせぇ! 東夷の文化(伝承)なんてどうでもいいんだよ! とにかく『ウンディーナ王妃』を『淫売』なんて呼ぶんじゃねぇ! 『双角王』もあたしらを殺そうとしたらしいけど『食客』として世話になった『恩義』があるんだよあたしらには! だから『アラマン人』を悪く言う東夷はあたしが許さねぇ! わかったかこら!」とハッシュ。
こうやってバラタグに怒鳴ってみて初めてハッシュは自分の中の『複雑な感情』を自覚した。なので胸の中にいるデージャと会話する。
(……なんだろうな、今思ったけどよデージャ、あたしはどうやらアラマン人たちをそんなに敵視はしてねーみてーだな。まだ『仲間』だって思ってる節があるみてーだ……)とハッシュ。
『まあご主人様は直接『双角王』に殺されそうになったとき失神してたので無理ないでしょうね☆ もともと物分かりの悪い人ですし♡』と体内のデージャ。
ハッシュは『アラマン軍の陣営』から脱出した時はその前に『魔女シュナーヘル』に『身体を乗っ取られて』いた『疲労』で『大騒ぎ』していても全く起きていなかったので記憶がないのだった。次回へ続く。




