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番外編⑥-37歴史学者イルブルスの『クノムティオ通史』の話40

 イルブルスが自室で本を書いている。そこにずっと居座っていて、書き終えたばかりの原稿(パピルス。本来パピルスは『清書』なのでイルブルスは下書きせずいきなり清書していることになる)を窓からのぞきこんでいる市民たちに『朗読』をしていた友人がふと告げた。


『……そういえば『新兵訓練制度エペベイア』が『カミス』に導入されたのは『第二次オラクス戦争』の前夜くらいじゃなかったか? 確か昔亡くなった叔父から『新兵エペボイが『行政区デーモス』を巡察するようになったのは『愛国者パトリオテスオルシモス』の時代だった』と言っていた記憶があるが……』と友人。



 ※注:『新兵エペボイ』とは『成人してから二年間の訓練を受けている見習い兵士』のこと。『カミス』のすべての『男性自由市民』は『ディレトーニア大祭』での『成人式』を終えた後住んでいた家を離れ、『中心市街アステュ』の外れにある『体育場ギュムナシオン』に併設されている公共宿舎で『二年』の間『集団での軍隊生活』を行うことが定められている。『新兵エペボイ』たちはここで『24時間(『夢の世界』でも一日の時間は24分割されている)』同じ部隊に所属する『軍隊仲間』や『上官』と生活して『遠征中の生活』を体験して『慣れ』ておき、また一日中軍事訓練にいそしんで『実戦』で敵を殺しまた自分自身が生きて帰ってくるすべを身に着けるのである。


 ※:だがこの『新兵訓練制度エペベイア』は実は『志願制』であるので全市民の義務ではない。


 ※注:この『新成人を二年間集団軍隊生活させる制度』を『新兵訓練制度エペベイア』と呼ぶが、実は『市民権は兵役とセット』が『常識グノーメー』であるはずの『クノム人世界』でも割と新しい制度である。それまでは『男性市民』は主に男性親族から家庭内で『軍事訓練』を施されたり、『優秀な兵士』が開く『塾(とでもいえばいいだろうか?)』に通って教えを受けたり、あるいは『体育場ギュムナシオン』に家族や友人などと通って訓練するか……という風に『個人的』に鍛錬するしかなかった。ちなみに『マストカ・タルクス』も『父オルバース』や『師匠アルヘイム』などから個人的に訓練を施されており、家庭内で武器の扱いや殺人術、また武器の質を見極める眼力などを教えられたり、実際に山籠もりして『遠征生活』を体験したりしていたので、彼も『家庭内で訓練を受けた兵士(高級将校)』である。


 ※注:『クノム人世界』は『暗黒時代』から長い間『すべての新兵が個人的に家族や知り合いから軍事訓練を受ける』という『慣習』が主流だったが、実はこれは『軍隊が武装した民兵組織』であることを意味し、『プロの軍隊』とはとても呼べない代物だったのである。『武装した民兵組織』の最大の弱点はまず『同じ部隊の兵士たちがバラバラに訓練を受けているため全員まとまっての訓練を行えていない』ことであろう。


 ※注:『兵士たちがまとまって訓練を行えていない』ことはすなわち『集団行動』ができないことを意味し、例えば兵士たちが『素早く綺麗な方陣を形成』したり、『最初に組んでいた陣形から別の陣形に乱れずに変わる』という『精密な起動』ができないことを意味していた。それらができないと『将軍』も出来る『戦法や戦術』が大幅に少なくなってしまうのだ。


 ※注:なので実は『カミス市民軍』に『新兵訓練制度エペベイア』が実施されていなかった時代は『精密な動きができずほとんど突撃くらいしかできない(さすがに突撃しかできないわけではないが)』だったわけであるが、イルブルス通史の中では『カミス』でどう考えても『新兵訓練制度エペベイア』が実施される前でも『市民軍が精密な動きをして敵軍を倒した』という逸話が残っていたりする。なので『友人』も混乱していたと思われた。


 ※注:さらには『民兵組織』の弱点でもう一つあるのが『軍隊にとって最も重要な『同じ部隊の兵士同士』の信頼関係が密接にならない』である。つまり『多少陣形が乱れた』としても兵士同士の信頼関係が醸成されていれば兵士達は逃げ出さずに『踏ん張れる』が、もし『集団全体の信頼関係』が形成されていなければ例えば『挟撃』された瞬間逃亡可能な兵士から一気に逃げ出して『方陣』が崩れてしまうのである。


 ※注:だが『信頼関係の醸成』に関しては『クノム人世界』は少なくとも『暗黒時代』から『祝祭と饗宴』に出来る限り『多くの男性自由市民たち』が席を共にすることによって『信頼関係』の構築が図られていたりする。ゆえに『饗宴』には『女性の出席が厳禁』とされているという『裏事情』もあったりした。つまり『ある男性市民の女性家族』が『他の男性市民たち』と同席すると『浮気』や『父が認めない相手との結婚』という『クノム人的大問題』が発生して『兵士同士の信頼関係』が壊れる原因にもなるので『偏執的』に女性が『饗宴』から排除されていたのであった。その代り『遊女ヘタイラ』と呼ばれる娼婦が男性と同席して『花』を添える(クノム人的表現)が『普通』だった。


 ※注:そして『饗宴』からの『女性排除』の『古の法』は実は『新兵訓練制度エペベイア』が実施されても変わっていないのだが、一方『海上帝国タラッソクラティア』の成立後『女性市民も参加可能』や逆に『男性市民の出席禁止』の『祝祭と饗宴』も増えており、一応『女性の権利』も拡大しているといえた(これはクノム人的な価値観での『権利拡大』だが)。(余談)


 ※注:そしてまだ述べておかなければならないことがあるのだが、それは『新兵訓練制度エペベイア』は『海軍訓練』も行っていることである。なので『新兵エペボイ』たちは『櫂を呼吸を合わせて漕ぐ訓練』から『荒波でも櫂を持ち上げる訓練』、『衝角を突き刺す訓練』に『艦上戦闘員エピバテースの訓練』から『海上での遠征生活』など様々な訓練を叩きこまれる。『クノム人世界』には『陸軍と海軍』の区別が厳密には存在しないので市民兵はどっちもこなさなければならず大変忙しい。


 ※注:そして最後に実は『新兵エペボイ』には『ディレトス半島』の『中心市アステュ以外の行政区デーモス』を『行軍縦隊で巡回する』という『警備』の仕事もある。これは『田舎(『長城トートースの外側の地域)』の治安が悪いので(これはもともとクノム人の古い時代の『慣習(古の法)』である『城壁の外には法律が及ばない』という思想のためにどうしても長城トートースの外側で犯罪の心理的ハードルが下がっているため)、『新兵』達には『現行犯』に限り『犯罪者』を逮捕する権限も与えられていた(これも『遠征訓練』の一環とされていた)。この『新兵の警備』も『新兵訓練制度エペベイア』と呼ばれている。


 ※注:また『新兵エフォーボス』になった男性市民たちはまず真っ先に皆『守護神ポリウコスラクレミス』と『守護女神ポリアスディレトーニス』に『国家のために献身し命がけで祖国のために戦い祖国を繁栄させる』と誓いを立てなければならない。これを『壮丁エフォーボスの宣誓』と呼び、これを行っている男性市民は『愛国者』と見なされ尊敬を集めた。なので『志願制』であっても『新兵訓練制度エペベイア』はほとんどの男性市民が参加していたのである。



 閑話休題。


 友人の質問にイルブルスが一旦葦筆をおいて振り返り、


『『新兵訓練制度エペベイア』が施行されたのは『第二次オラクス戦争』の終戦後で『愛国者パトリオテスオルシモス』は関係ないぞ。どうやら『新兵訓練制度エペベイア』を『考案』したのは『バンドゥーラ人』だそうだ。それを『第二次オラクス戦争』の終戦後(敗戦とは絶対に言わない)に『名提督イラントロス』から『カミス』に伝えられたという『伝説』があるな』とイルブルス。


『なんだ『伝説ミュートス』か。それなら『史実ロゴス』はどうなんだ?』と友人。

『分からん。だが『第二次オラクス戦争』の終戦後なのは確かだ。そして誰が発明したのかも分からんな。だが今や『新兵訓練制度エペベイア』は『全クノムティオ』に広がっているぞ』とイルブルス。


新兵訓練制度エペベイア』は『バンドゥーラ』発の制度として今や『全クノムティオ』の『都市国家ポリス』で採用されているのである。なので『クノム人世界』の軍隊はすでに『民兵組織』から『プロの軍隊』へと変質を遂げているのであった(特にこのことが『クノム人兵士』の『蛮族』への優位につながっていた……とクノム人たちは考えていた)。





『第二次オラクス戦争:『トリアネ事件』と『トリアネ沖の海戦』と『第一次同盟市戦争の足音』と『救いたくない形をしている者』と『最も狡猾な男アシュポス王』と『死神タナトス』の『大秘宝』の伝説、そして『フズム・オアシスの神託所』』


 さて、前回私は『第二次オラクス戦争』の『四年目』に発生した『トリアネ事件』発生の経緯をうたったわけである。『暴君トゥランノスメイディオス』が支配する『トリアネ』の『都市国家ポリス』を『懲罰ティノー』すべく『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』がこの都市の港湾に到着したわけだが、彼等は事前の『市民集会エクレシア』から与えられていた『命令』に従って以下のことを『トリアネ』に通告ファシスしたのだった。


『トリアネ人はすぐに城壁を撤去し、保有する海軍をすべて破棄して『貢租国』となれ! この条件をのむのであれば我らの軍も撤退し『同盟』は保たれるであろう!』と『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』


 だがこう『通告ファシス』しつつも、イッピデス自身は残り二人の同僚将軍たちと以下のことを話し合っていたそうだ。


『『メルノス島』と『海戦』なんて『市民集会エクレシア』から命じられたがそんな話正気の沙汰じゃない。今『メルノス島』に侵攻すれば『紺碧海アイガイオン』の同盟市たちが一斉に『僭主トゥランノスメイディオス』に味方しかねないぞ』とイッピデス。


『実際にここに来るまで船員たちの中には『我々の海軍の近くを通行する他国のものと思しき少数の船団』を目撃しています。その船団はしばらくの間距離を取って我々の後ろをついてきていたそうですから、どう考えても周辺の『同盟市』の船ですよ。我々を監視していたんです』と同僚α。


『先ほど我が海軍の後ろをついてきていた商船団たちから『オルミュレス島』と『スタシル島』と『フレーダス島』が『傭兵』を募っているとの情報も得て居ます。もしかしたら『メイディオス』に加勢する気なのかもしれません』と同僚β。


『『フレーダス島』は分かるが『スタシル島』が? あの都市国家の『海軍』は全廃してるはずだが?』と同僚α。


『……そういえば『商船保護』をしていた前任の『十人将軍ストラテーゴス』から『引き継ぎ』をした際に『スタシル島が秘密裏に海軍を再建してる』との情報を得てます。どうも周辺の漁民(海賊)を雇い集めて『アラトス』や『アルバス島』などの港に集めてひそかに訓練を施していて、そこには軍船も隠してるとかなんとか……背後には『ビカルニア総督』がいるといううわさもありますね……あくまで噂ですが……』とイッピデス。


『そ、そうえいば『市民集会エクレシア』でもその話が出てましたね……(恐怖)』と同僚二人。


 この時『カミス』には真偽の曖昧な様々な『情報』が伝わってきていたわけであるが、『スタシル島』が海軍を再建しているという話は実は『真実』だったわけである。つまり『第一次同盟市戦争』の『足跡』も実は聞こえていたわけだ。


 そしてここであえて『カミス』への反乱を指導した『僭主メイディオス』が『トリアネ人』達に対して日ごろから述べていたらしい言葉を紹介しておきたい。


『カミス人はいまや『紺碧海の女王』と呼ばれ、『中つ海』では比類なき『強大国』であり、また『コロコス帝国』の都市でも『カミス』より巨大な都市は『サルザートゥス』の街だけだというではないか! だが『カミス』を『大都会』へと変貌させた『真の功労者』が誰であるか知っているか市民諸君!? それは我ら『トリアネ人』を含む『カイル同盟シュンマキア』の『貢租国』だ! 『カミス』は我ら『貢租国』から吸い上げた『銀(富)』で『大都会』を建設し、『全クノムティオ』で最も美しく富栄える都市国家ポリスとなったのだ! だがそのような事実がありながら『カミス人』たちは我ら『貢租国』を『奴隷』として見下し、あまつさえ過酷な搾取に対して我らが抱いた正当な『憎悪』に対しても『現実が全く見えていない頑迷で愚かな田舎者ども。豊かになりたいのなら『カミス』に移住すればいい』と侮辱ヒュブリスするのである! 結局『カミス』に移住しても『在留外国人税メトイキオン』を払わされるだけで『市民権イソポリテイア』ももらえないのに! だから我らは死に物狂いで『海上帝国タラッソクラティア』に対して戦うしかない、死んだって抵抗を続けて我らの子孫やほかの『貢租国』が『自由』を回復できるように『犠牲』になるしかないのである!!』と『僭主メイディオス』


 この言葉はすぐに他の『貢租国』にも知れ渡り『都市国家ポリス』によっては『僭主メイディオス』を『預言者』の一人として崇拝する者たちまで出てきていたという話であるが……それでも実際に『第一次同盟市戦争』が勃発するのはまだまだ先の話である。『貢租国』はやはりそろいもそろって女々しい『奴隷』なので、個別に『駄々をこねる』ことはあっても『ご主人様』に対して一致して『反乱』を起こす『男らしさ』はなかったのだろう(軽蔑)。



 ※:あくまでイルブルスは『カミス人』である。



 話を戻そう。『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』と他二名の合計三名の『十人将軍ストラテーゴス』たちが上記のように『おびえていた』のと同じころ、『トリアネ』では『預言者』とか言われて『有頂天』になっていた(とイルブルスは考えているが事実かは不明)『僭主メイディオス』が以下の計略を練っていたのである。


『……さすがに今の状態で『カミス海軍』相手に戦いたくはない。まずは何よりも『オラクス同盟シュンマキア軍』の援軍が我らには必要だ。一体いつになったら『海軍提督ナウアルコスザキュントラトス』殿は『メルノス島』に来てくれるんだ?』と『僭主メイディオス』


『わかりません。まだ『オルミュレス島』にとどまっているようですね』と部下。


 この時どうやら『海軍提督ナウアルコスザキュントラトス』の率いる『オラクス同盟シュンマキア連合会軍』はまだ『オルミュレス島』に滞在していたらしい。なぜそうなっていたかというと、『海軍提督ナウアルコスザキュントラトス』と『軍事委員ポレマルコスキュライノス』と『軍事委員ポレマルコスリュコフォン』の間で意見が割れていたからだそうだ。


『すぐに『トリアネ』に援軍するべきだ! なのになぜおまえたちは反対する!? 『国王カラノスヘゲラメドス二世』陛下から『海軍総督ナウアルコス』の職権を与えられているのは私の方だぞ!?』と『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』


『いいえ、我らはすぐにでも『アルマイアス連邦シュンポリテイア』に援軍すべきです。これは譲れません!』と『軍事委員ポレマルコスキュライノス』


『それもだめです! 我らはこのまま『オルミュレス島』に軍隊を駐屯させ続けるべきです! いつまた『カミス海軍』がこの島を攻撃するとも分からない状況なのですから、ここをカミス人に奪回させないことが先決でしょう!』と『軍事委員ポレマルコスリュコフォン』


 彼らは三者三様で意見が違っていたのでなかなかまとまらず、また『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』は確かに『ヘゲラメドス二世』から『海軍の全権』を与えられてるとはいえ、『オラクス同盟シュンマキア』の兵士達全員からその『権威』を完全に認められているというわけでもなく、またザキュントラトス自身にこれまでたいした『武功』がなかったので多くの部下や同盟国の者たちがザキュントラトスの方針に唯々諾々とは従わなかったのだった。



 ※:『夢の世界』の人間は多かれ『自分よりすごいと個人的に認めた人間』にしか従おうとしない傾向がある。そのため自分が仕えていた『王』の言うことは聞いてもその『息子』の命令は聞かずに反乱を起こす家臣がまことにおおい、そのために『王位を順当に継承させる』というのは結構難しいことなのである。そしてなぜそうなるかというと、『自分よりも弱そうなやつにも従わないといけない』のは『奴隷』だけだという『通念』があるからだった(だが神々は偉大な存在なので絶対服従である)。



 そのような事情で『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』は不本意にも『オルミュレス島』から動けなくなっていたわけであるが、『オルミュレス島人』は大歓迎していて出来る限り長く引き留めようとしていたらしい(余談)。そうなると困るのは『トリアネ』側だったので、『僭主メイディオス』は以下のように部下たちに命じたのだ。


『……動けないのか(困惑)。ならばそれまでの間『偽りの和議』を申し出て『カミス海軍』相手に『時間稼ぎ』を行い、その間に『オラクス同盟シュンマキア軍』をなんとかして『メルノス島』に呼ぶぞ!』と『僭主メイディオス』


 ここで彼が活用したのが、前回あえて生かしておいた『密使ドラペイオスの娘』である。この女に護衛をつけてさっそく『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』のもとに送り込んだのだ。


『ああ! どうか私に『カミス本国』へ渡る許可を! 私は『平和の使者』でございます!』とドラペイオスの娘。


『なに!? 『和平の使者』だと!? しかもおぬしはドラペイオスの娘か……女なら『市民集会エクレシア』も『和平』に傾くに違いない(期待)。よいでしょうお嬢さん、私どもが責任をもって『カミス』へと送り届けましょう!』と『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』


 そのようにして『カミス』へやってきた『ドラペイオスの娘』は以下のことを『市民集会エクレシア』で『演説』したのであった。


『ああ、カミス人の皆様、『トリアネ』の支配者『メイディオス』様は『カミス』との『和平』を切に望んでおられます。その証拠が『密使ドラペイオスの娘』である私なのです! どうか『トリアネ』と『和睦』を行い、海軍を『友邦メルノス島』から撤退させてください!』と『ドラペイオスの娘』


 奇しくもこの娘は『カクロス王』の時代から数えても初めて『市民集会エクレシア』で発言を許された『女』であると思われるわけだが……実の父を殺した男の命令を聞いてこんな『偽の和睦』を『カミス』人に話して聞かせた者にその『名誉』を与えることになるとは私は憤り感じずにはいられない。しかもこの女は『本当のこと』をこっそりカミス人に漏らすことすらしなかったそうだ。いくら『僭主メイディオス』の部下も同行していたからとはいえ、このような『惰弱さ』は『戦闘民族の女』にはふさわしくあるまい(軽蔑)。『バンドゥーラ王ライモン』の娘の故事を見習ってほしいものである。



 ※こんなこと言っている一方で『女は自分の意見を一切表に出さずに黙って座っていればいい』というのがクノム人である(矛盾)。



 そして『ドラペイオスの娘』の『演説』を受けた『市民集会エクレシア』もすぐに『和平』の方向に傾いたわけである。


『『オラクス同盟シュンマキア軍』はまだ『ディレトス半島』にとどまっているわけだからこちらの対応に集中する必要があるだろう、ただでさえ『軍使金』が枯渇して『同盟市』から『借金』している状態でこれ以上の『負担増大』は厳しすぎる。『トリアネ』と和睦すべきだ!』と『和平派市民』たち。


 そうやって『カミス』が『僭主メイディオス』に騙されかけていたころ、『トリアネ』からまた別の使者が『メルノス島』北部に駐屯している『カミス海軍』の目をすり抜けて秘密裏に『オルミュレス島』へと到着し、ここにいた『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』を説得したのだ。


『一体いつまで待たせるのですか『バンドゥーラ人』のお三方!? このままでは『カミス海軍』が『メルノス島』を『劫掠』しますよ!? いいんですか『カイル同盟シュンマキア』の『海軍提供国』を離反させるというまたとない好機を逃してしまって!? いい加減にしてくだされ! 『タルル王ヒルサニオス』も呆れていますよ!』とメイディオスの使者。


 またこの時どうやら一緒に『タルル王ヒルサニオス』の派遣した『使節』である『タルル人貴族メレニアクス』も『オルミュレス島』にやってきていて『はやく友邦を救ってくだされ!』と何度も要求したそうである。また同時に『第三次ディレトス半島侵攻作戦』に参加していた『タルル王ヒルサニオス』も宿営地を設けていた『ポリュス』の街で直接『ヘゲラメドス二世』に対して『トリアネ救援』を要求していたのだった。


『今すぐ『同盟会議シュネドリオン』の開催を! すぐにでも我らと『血統的紐帯シュンゲネイア』を結ぶ『トリアネ人』を救援してくださらないのでしたら『アヨーディス同盟シュンマキア』は『オラクス同盟シュンマキア』とたもとを分かつことになりますよ!』と『タルル王ヒルサニオス』


『海のことはザキュントラトスに一任しているのだが……私の方から命令を与えすぎると結局『軍事委員ポレマルコス』と同じになり、『海軍総督ナウアルコス』を創設した意味がなくなってしまう……しかし同盟国の要請とあれば仕方ない。ザキュントラトスに伝えよう(しぶしぶ)』と『ヘゲラメドス二世』


 結果『ヘゲラメドス二世』から『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』に『トリアネを救援せよ』との『訓示』が下ったわけであるが、これに対しては『オルミュレス島人』たちが『猛反対』してしまい、結局すぐには駆け付けられなかったそうである。


『ダメです! 『カミス海軍』がいつ襲ってくるかもわかりません! もし出ていくというのであれば『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』の船全部焼きますよ!』と『オルミュレス島人』


『無茶苦茶いうなお前たちは!? それは『戦士の国バンドゥーラ』に対する敵対行為と受け取るぞ!?』と『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』


『我らを助けてくれないのならあなた方も『敵』ですから当然ですよ! さぁか弱い我ら助けてくださいませ『バンドゥーラ』の皆様! 助けないと何をしでかすかわかりませんよ! 私たちは実は強いんですからね!』と『オルミュレス島人』


『言ってることが意味不明すぎる……』とバンドゥーラ人たち。


 昔『ニポス』は『本当に助けが必要な者たちは助けたくなる姿をしてない』という『金言』を述べていたらしいがその通りかもしれない。事実『僭主メイディオス』はそれを理解していたからこそ『密使ドラペイオスの娘』を使ったと私は思っている。


 だが『歴史』はその『金言』通りにはならなかったのである。まず『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』は『オルミュレス島人』の『陳情』を受け入れて『オラクス同盟シュンマキア連合会軍』の大部分をこの島に残すことを決定し、ただ一部の艦隊だけを『トリアネ』に送ることにしたのだ。


『『タルル王ヒルサニオス』の手前援軍を送らないわけにはいかないが、『オルミュレス島人』の『陳情』も聞かないわけにはいかん。なので『パラティオ人ダマデアス』と『タルル人メレニアクス』の二名に艦隊を与えて送り出すことにする』と『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』


『『は!』』とダマデアスとメレニアクス。



 ※注:『パラティオ人』について。『バンドゥーラ』の国制で『定められた量の兵糧』を用意できない『完全自由市民スパルティアトス』は市民権ポリテイアをはく奪されて『二等市民ペリオイコイ』に落とされるのだが、一方『二等市民ペリオイコイ』でも『完全自由市民スパルティアタイ』と同じだけの兵糧を自力で用意できれば『完全自由市民』に階級を上げることができる。だが実は『完全自由市民』は『定員』が決まっており、『定員』が満杯になってる状態で『二等市民ペリオイコイ』が『完全自由市民スパルティアトス』になるためには『欠員』が出るのを待つしかないのである。この『欠員待ちの完全自由市民有資格者』を『パラティオ人』と呼んでいた。ゆえに法的には『二等市民ペリオイコイ』である。なので本来なら『海軍指揮権』を一部でも与えらえるはずのないのだが、恐らくこのダマデアスは『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』の腹心だったので任命されたと思われた。



 またこれは『異説』であるのだが、実は『オルミュレス島人』が『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』たちを『引き留める』ためにある『作戦』を用いたという話も伝わっている。それは『オルミュレス島』にひそかに伝わっていたある『大秘宝』を特別にザキュントラトスとキュライノスとリュコフォンの三名に『見せた』という話である。


 はてさてその『大秘宝』とはなんであったかというと……それは一つの『土牢(土を掘って作った牢屋)』であったそうだ。


『?? 『大秘宝』を見せるとかなんとか言ってたがなんだこの『土牢』は!? なんの冗談だ!?』とザキュントラトス。

『いや、ザキュントラトス殿、これはもしかして……』とキュライノス。

『『クノム神話』で『土牢』といったら『あの王』しか……』とリュコフォン。


『その通りです『オラクス人』の皆様。実はこの『土牢』はもともと『アリアディス』にあったものを『女神の赤い糸(縁)』によって『オルミュレス島』に移築されたものなのです。この牢屋はあの『最も狡猾な男アシュポス王』が『死神タナトス』を閉じ込めた『土牢』なのです!』とオルミュレス島人たち。




 ※注:『最も高価な男アシュポス』とは『アリアディス』神話上の『建国者』であり、『神々の王テイロン』や『冥界の王ディムラス』などを欺き人間でありながら『死後の復活』を成し遂げたとされる『英雄ヘーロース』の一人。


 ※:この『アリアディス王アシュポス』はある時偶然『神々の王テイロン』が『三千娘オケアーニデス(世界中のすべての川や海に存在する女神)』の一人である『オルミュレイア女神(『オルミュレス川の女神』……というわけではなく『オルミュレス島の名前の由来になった女神』。島を神格化した女神も川や海の神の一部とされていた)を誘拐している現場を目撃したことがあった。


 ※:その後『オルミュレイア女神』の父である『エポス河神(『エポス川』は『カミス』と『アヨーディス地方』の境目になっている川だが、実は同名の川が『クノムティオ』各地に存在する)』が必死の形相で追いかけてきたところに遭遇し『オルミュレイア女神をみなかったか!?』と『アシュポス王』を問い詰めた。すると『アシュポス王』はここで『姦計』を思いつき、『アリアディス地峡に泉を湧き出させてくれたら教える』と要求した。


 ※:『エポス河神』は『必ず泉を一つ湧き出たせる』と約束したので『アシュポス王』は『テイロンが連れ去ってあっちに言った』と教え、おかげで『エポス河神』は今まさに『オルミュレイア女神』を手籠めにしようとしていた『テイロン神』の位置を知ることができたのである。だが『テイロン神』は間一髪のところで『大岩』に化けて『エポス川神』をやり過ごして無事思いを遂げ、だが後で『アシュポス王』が告げ口したことを知って怒り狂ったのであった。


 ※:結果『テイロン神』は『アシュポス王』に対して『死神タナトス』を送りこんだのであるが、『アシュポス王』は事前にそのことを『エポス河神』から教えられており──というか事前に『テイロン神』に『復讐ディケー』されることを見越して『エポス河神』に『何かあったら絶対に教るべき。オルミュレイア女神は犯されてしまったが自分はテイロン神に恨まれるリスクを冒して教えたんだから助けろ』と説得していたからであった──ゆえに『アシュポス王』は『死神タナトス』が来ることを事前に察知して『身代わり王(影武者)』を立てておき、自分は王宮の門番に変装して『死神タナトス』を出迎えたのである。


 ※:これに気づかない『死神タナトス』は『王宮』の門の前にいた『アシュポス王』に向かって『自分はテイロン神の命令でアシュポス王を『冥府』に連れ去りに来た。アリアディス王に会わせろ』と要求し、おとなしく従ったふりをして『アシュポス王』はまんまと『死神タナトス』を王宮にあった『土牢』に閉じ込めてしまったのである。これによって『世界中』で人間族も魔族も動物も全ての生命が突如『不死者アタナトイ』になってしまったのである。


 ※:このことに一番驚き怒ったのは『テイロン神』であった。なぜならこの『神々の王』は『冥界』に落ちてくる『死者』の数をいつも数えており、数が増えると大喜びしていたからである(テイロン神は『裁きの神』としての側面を持つ)。ゆえに今度は『聖山ディマティオ』に『偉大なる十二神』を招集して『神界会議』を開き、『死神を解放せなばなるまい!』と主張した。『十二神』は話し合いの結果『軍神レブレス』を『アシュポス王』の『王宮』に送り込んで『死神タナトス』を解放し、すぐさま『死神タナトス』は『アシュポス王』を『冥府』に連行したのである。


 ※:だが『抜け目ないアシュポス王』は事前に自分の妃に『私が死んでも葬式は出さず、もちろん火葬もせず、冥銭(冥界の入り口にある川を渡るための渡し賃。金額は『2小銀貨オボロス』)も私の目の上に置いてはいけない』といい含めていた。なので王妃は言いつけを守って死体を放置し、結果『冥府』で『アシュポス王』を出迎えた『冥王ディムラス』は『ちゃんと埋葬されていない死者は迎え入れられない』と立腹したのである。


 ※:ゆえに『冥王ディムラス』は『アシュポス王』と『死神タナトス』に『アシュポス王は一時的に地上に戻って王妃にちゃんとした葬式をだせるようにしろ』と命じたのである。クノム人世界では『死者が夢枕に立つ』という信仰はないため(夢は神々の託宣である)、『死神タナトス』は仕方なく『アシュポス王』を『復活』させ、『すぐに王妃に葬式を出すようにいえ』と命じたのである。


 ※:だが『アシュポス王』はその『死神タナトス』の要求を『適当に受け流し』ながら時間稼ぎを続け、『死神タナトス』の方も『土牢』に閉じ込められた期間『冥府』に送れなかった命を連れ去る仕事に忙殺されてしまい、結局平然と『アシュポス王』は『アリアディス王』に復帰して天寿を全うしたのである。ゆえに彼は『人間族で最も狡猾な男』と呼ばれいていた。


 ※:だが当然ながら天寿を全うした『アシュポス王』は死後『神々の王テイロン』と『冥王ディムラス』によって『奈落タルタロス』に落とされてしまい、ここで未来永劫斜面から転がり落ちてくる大岩を押し返し、また転がってくると押し返し……という刑罰を受けることになったのである。以後彼は『大岩王』と呼ばれるようになり、『アシュポス王の大岩』とは『無駄な努力』を意味する言葉になったのである。


 ※:……だが実は上記の『神話』は『トーラン人』や『アヨーディス人』の間で伝承されているバージョンであり、『オラクス人』のバージョンは『オチ』が異なる。こっちでは同じく『アシュポス王』は『奈落タルタロス』に落とされたが、実は自分以外の『奈落タルタロス』に落とされている『英雄ヘーロース』や『巨人族ギガンテス』達を騙して『大岩を押し返す作業』を代わりにやらせて自分は楽をしているとされているのである。『バンドゥーラ人』は『新兵にわざと盗みをさせ、それが露見すると『もっとうまくやれ!』としかりつける』文化があるように、『オラクス人』の間では『アシュポス王』を『知略の英雄』として普通に尊敬されていたのである(というかクノム人じたいが『嘘』を悪いことだと思っていない)。



『オルミュレス島人』は『オラクス人』たちが『アシュポス王』を普通に尊敬していることを知ってあえてこの『神与の宝物』をお披露目したのである。もちろん『三人のバンドゥーラ人』は大興奮し、


『おおこれがあの伝説の!? 素晴らしい! 本当に『死』の匂いしかしない『土牢』だな!』とザキュントラトス。


『『アリアディス』では地震で壊れたと聞いていたが、『オルミュレス島』に移っていたとは知らなかった!』とキュライノス。


『……本当にこれは本物の『死神タナトスの土牢』なのか?? どうやってそれを証明するんだ?』とリュコフォン。


『オルミュレス島人』たちは自信満々に言う。


『ふっふっふ、それは簡単です、皆さまが『新月の夜』にこの『土牢』の前に座って待って居れば『死神タナトス』が現れますよ。ただし必ず『新月祭』を内々で行って『穢れ』を祓っておくことを忘れずに。でないと『死神タナトス』は現れないようです』とオルミュレス島人』


『……その死神タナトスが現れると何が起こるんだ?』とキュライノス。

『誰かが確実に死にますね』と『オルミュレス島人』


 こんな言葉を聞いても『怯える者』など『戦士の国』には一人もいない。よって三人とも『新月祭』をしてから『死神タナトスの土牢』の前に座り込んで神の出現を待ったのである。



 ※注:『新月祭』は毎月新月の夜に『死んだ祖先』を祀るために一族の者だけで行われる祭り、つまり『祖霊祭祀』のこと。たいていは祖先の墓に『灌奠スポンデー(献酒儀礼)』を行い、また『供儀』も捧げて血で身を清め、一族の者たちで肉を分配しあって『饗宴シュンポシオン』を開く。これが『市民団デーモス』全員で行う場合はその『都市国家ポリス』の『建国者(植民市建設者オイキステス)』を祀る。ちなみに『アシュポス王』を祀るのは『アリアディス人』で『バンドゥーラ』の『建国者』は『英雄神エリュシオン』である(だが一応アシュポス王も『英雄神一族ヘラクレイダイ』なのでエリュシオン神の子孫)。



 すると夜が更けたころ、ザキュントラトスが思わず酔っぱらって『うとうと』し始めると、そこでふと『土牢』の影になっている部分に『人型の輪郭』がいつのまにか存在していることに気付いたという。これはキュライノスとリュコフォンもすぐに気づき声をかけたそうだ。


『あなた様はまさか本物の『死神タナトス』様でいらっしゃいますか!?』とキュライノス。


 その『人型の輪郭』について、『英雄キュライノス』は『うんうん』というかすかな『声』と『呼吸音』を聞いたと後に語り、『軍事委員ポレマルコスリュコフォン』は『身じろぎして衣擦れする音を聞いた』と述べていて、また『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』は『音や声などは聞こえなかったが頷いたのはかすかだが見えた』と伝えている。とりあえず三者は『肯定』を感じ取ったのでさらに質問を重ねたそうだ。


『では『死神タナトス様』、ここでこうやって『謁見』できたことも『運命モイライの女神』の御導きでしょう、どうか我らに『神託』を授けくださいませ。あなた様にまみえれば『必ず誰かが死ぬ』と『オルミュレス島人』は申しておりますが、一体だれが『死の運命』を迎える定めなのでありますか?』とリュコフォン。


 すると、ここで実に『奇怪』なことが起こったのである。まずリュコフォン自身は自分の後ろにいた『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』が以下の言葉を発したのを聞いたのだという。


『それはもしや『ヘゲラメドス二世』陛下ですか?』とザキュントラトス。


 だが……市民諸君は置いてけぼりにならずについてきてほしいのだが……このことを当の『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』は『否定』しているというのだ。彼曰く、この時自分ではなく自分の横にいた『英雄キュライノス』が以下のことを述べたというのだ。


『それはもしや『ヘゲラメドス二世』陛下ですか?』とキュライノス。


 だがまたも『奇怪極まりない』ことに、今度は『英雄キュライノス』本人も同じく『自分はそんなこと言ってない』と否定していて、彼曰く『リュコフォンが最初に『誰が死にますか?』と質問した後自分は耳を澄ませて『死神タナトス』のかすかな声を聞こうとしているとリュコフォンが以下のことを続けていった』と語っているそうだ。


『……それはもしや『ヘゲラメドス二世』陛下ですか?』とリュコフォン。


 つまり、『リュコフォンはザキュントラトスが言った』と主張し、『ザキュントラトスはキュライノスが言った』と宣い、『キュライノスはリュコフォンが続けて尋ねた』と言い張っているわけである。だが読者諸氏もきづいていることであろう、三人は全員『死神タナトス』の方に意識を集中させていたので、おのおのが言っている『発言者』が『実際に口を動かしているところ』は見えていないのだ。ただおのおのが『発言者』の『声』を聴いただけであったという。そうなると三名が聞いた声は本当に『発言者』のものであったのだろうか……? 実に『怪奇』な話である。


 ……だが私の友人などは『これはバンドゥーラ人の『嘘』だ。本当は三人が同時に発言してたのを全員が違うものの発言ということにしてしまい、結果『誰が発言したのか分からない』ようにしてしまった』と『驚異タウマゼイン』でも何でもない『評論』を述べている。まあ真相はそんなところだろうと私も思っているわけであるが、しかし『もしかしたら三人とも事実を述べているのでは?』と思わなくもない。というかその方が面白いからだ。


 ……だがそうはいっても『主君ヘゲラメドス二世の死の定め』を尋ねることは『バンドゥーラ人』にとっては『恐れ多いこと』であるわけだから、まあこの話はほぼほぼ『友人』の説が正しいと思われる。



『……お、私の説を採用してくれたのか(歓喜)』と友人。

『身もふたもない君の説も時としては『コリアンダー』くらいにはなるからな』とイルブルス。



 ※注:『クノム人世界』では『コリアンダー』を食後の口直しに食べる習慣がある(食べると口が『さっぱりする』とのこと)。言ってみれば『デザートや料理についてくるパセリ』みたいな扱い。またコリアンダーは『胃薬』でもあるので食後に食べれば『消化を助ける』と信じられてもいた(なので薬としても好まれた)。



 さて、このような『奇怪な出来事』がおこってザキュントラトスもリュコフォンもキュライノスも『何を言ってるんだ貴公は!?』と怒鳴りあい、三者同時に叫んだのでさらに『混乱』したという。そして気づけば『人型の輪郭』は見えなくなっており、『声』も『呼吸音』も『衣擦れの音』も聞こえなくなっていたそうだ。


 その後『三人のバンドゥーラ人』は『マストラン大神殿』に『ヘゲラメドス二世陛下が死ぬという『死神タナトス』の言葉は真実でしょうか?』と『神託』を伺おうとしたそうだが、ちょうどこの時の時節は『フズム・オアシス』で『ムンディ・アクナのテイロン神』の『神託』が下る時期である。『サルキオン』を通じて『クノムティオ』にもすぐさま『神託』が伝えられ、その『神託』の内容は以下の通りであったという。



 我こそ、地上を照らす真昼間の『太陽へーリオス』なれば、

 我が御手にて『三大世界』はその存立をえたれ。

 我が『君』を造らしめたる、そのまにまに、

 すなわち、我登りたれば『王』は生きづき、

 我没すれば、『君』もまた死に帰するのみ。

 汝が眼が暗闇を見たるなら、

 我没して『王』もた西へと沈む。

 


 ※注:『フズム・オアシス』とは『ムンディ・アクナ』の北部、『アルトラ河デルタ地帯西部』にある小さな『オアシス都市』に建っている『神殿』である。ここで祀られているのは『クノム人』が『神々の王テイロン』と同一視している『アクニ神話の太陽神ルッカー』である。この『神殿』は『よく当たる神託所』としても有名であり、毎年決まった時期になると(しかし『ムンディ・アクナ』と『クノムティオ』では『暦』が違う、かつどちらの『暦』も毎年ずれが生じているので毎年『神託の季節』が移動している。そしてこの年の神託はクノム人の暦の『夏』に下っている)この『ルッカー(テイロン)神殿』の『神託』がくだされ、この『神託』はアクニ人や近隣の『タンディラ人』だけでなく『クノム人世界』でも強い関心の的になっていた。『フズム・オアシスのテイロン神の神託所』での『託宣』は『マストラン大神殿』での『神託』と同じくらい影響力があり、一方で『マストラン大神殿』とは違って『クノム人世界の政治』とはかかわりのない内容なのでより一層内容が注目を集めやすかった。


 ※注:……つまりクノム人たちは『マストラン大神殿』その他の『クノムティオ』の神殿で下される『神託』に『神官の作為』が入っていることを疑っているということになる。だが一方で『もし神官たちが神託を捏造すれば神罰が下る』とも信じているので……この感覚はちょっと『転生者』には『矛盾した感情が同居している』と思われるかもしれない。一方『フズム・オアシス』の『神託』は『信頼度が高い』と見なされていた(といっても『ムンディ・アクナ』の神殿も作為が入っている疑惑は常にあるわけだが)。



 この『フズム・オアシス』から伝わってきた『神託』を『三人のバンドゥーラ人』は『きっと自分たちのことだ』と『解釈』し、以下のように話し合ったという。


『……今回の件は『ヘゲラメドス二世』陛下にはご報告しないでおくべきだ』とザキュントラトス。

『私も同意見です。何といっても戦争中なのですから』とキュライノス。

『いらぬ不安は取り除くべきだ。私も賛成する』とリュコフォン。

 


 そのようなことが『オルミュレス島』であった一方、『カミス』では『密使ドラペイオスの娘』の奮闘むなしく『市民集会エクレシア』では『僭主メイディオスとは交渉しない』という『決議』が採択されたのである。もちろんこれを主導したのはあの『扇動政治家デマゴゴスアナキオーン』……と同じ『誓約団体シュンモシア』に属するこれまた『扇動政治家デマゴゴスシリュアンテス・イル・エウゲノス』である。


『『僭主トゥランノスメイディオス』が『和平』を望んでいるだと!? それならメイディオス本人がここにやってくるべきだ! いいやかりに『独裁者トゥランノス』本人が来たとしても我らは絶対に邪悪な『暴君トゥランノス』には屈しない! 我ら『カミス』の『純血種アウトクトネス』はかつて一度して『暴君の言いなり』になったことはなく、我が国にあだなすすべての『暴君』には『正義の鉄槌』を下してきたからだ! かつて『専制君主デスポテースダーイムレス一世』と『その息子ゴイマルデス(ガミデイル)一世』とすら戦った『生え抜き(アウトクトネス)』たちが『僭主メイディオス』ごとき『小物』を見逃すはずないだろうが! この地上に存在するすべての『僭主トゥランノス』は我が国が滅ぼすことを『全クノムティオ』に知らしめる良い機会とすべきだ!』と『扇動政治家デマゴゴスシリュアンテス』


 彼の『演説』もまたどこか『愛国者パトリオテスオルシモス』を連想させると思うのは私だけだろうか? 結果『市民集会エクレシア』は一転して『熱狂』し、さらには『扇動政治家デマゴゴスシリュアンテス』が『密使ドラペイオスの娘』を『父を裏切った最低の悪女』と罵り始めたことで『市民集会エクレシア』は改めて『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』他二名に『トリアネを攻めて僭主メイディオスの死体を持ち帰れ』と『訓示』が下ったのであった。


 また『ドラペイオスの娘』はその『訓示』が下ったあともあきらめずに『アナーテスの外港』にとどまっていたらしいが、彼女は突如『悪党カクールゴス(暴漢)』に襲われてしまい、そのときに負った傷が原因で『病気』になって死んでしまったそうである。この『暴漢カクールゴス』が一体何者で、何の目的で、そしてもしかしたら誰かの『依頼』だったのかもしれないが……結局『犯人』は分からずじまいだった。



 ※:『ドラペイオスの娘』は『在留外国人メトイコイ』なので国家の庇護がない。だが通常『外国人』が被害を受けた犯罪は『前将軍執政職アルコーン・ポレマルコス』が代理で『訴訟ディケー』を行うのだが……『戦争中で忙しい』とこの時は訴訟を行わなかったそうである。実際に『訴訟』を起こすかどうかは『執政職アルコーン』の裁量にかかっていた。



 以下の経緯から『トリアネ』には『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』のうち『パラティオ人ダマデアス』と『タルル人メレニアクス』の二名が『若干の艦隊』だけを引き連れて向かい、また彼らが到着する前に『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』が『トリアネ』への攻撃を開始したのである。


『『トリアネ』を攻略し『暴君トゥランノスメイディオス』の首を取るぞ! アッラララーイ!』と『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』

『アッラララーイ!!』と『カミス市民兵』たち。


 さらには『カミス海軍』のもとには『メルノス島』の都市国家『ボイオス』からの少数の援軍と、さらには『イサコス島』と『プリュアンデス島』と『キュロス島』の『イルトライデスの航路』に属する各都市国家の住民と現地の『計画植民市クレルキア』から、そしてそれ以外にも『クマシオン島』などからも若干の艦隊が駆けつけ合流したのだった。


 だが『メルノス島』の都市国家ポリスのうち『ボイオス』とともに『トリアネ』と敵対していた『リンドス』は一転して『僭主メイディオス』の仲間になったのである。その理由は簡単、『僭主メイディオス』が『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』から送られてきた『援軍を送る』という手紙を『リンドス人』に見せて『説得』したからである。


『リンドス人たちは私とともに戦わないと『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』に滅ぼされるぞ! それに『カミス人』は諸君らの国の市民である『ドラペイオスの娘』を殺してるではないか! この哀れな娘のために『復讐ディケー』を達成すべきではないのか!? 国の女子供を守るのが男たちの義務であるはずだ! たとえ相手が『海上帝国タラッソクラティア』であったとしても、だ!』と『僭主メイディオス』


 どうやらこのメイディオスも『扇動政治家デマゴゴス』であったようだ。いや『哲学者』達に言わせればそもそも『僭主トゥランノス』とはそういうものだろう。この演説に『リンドス人』たちもまた『熱狂』し、またもともとこの国の『親カミス派』はすでに『ドラペイオス』とともに『僭主メイディオス』に『粛清』されており、当時『リンドス』で政権を握っていたのは『反カミス派』の者たちだったのでこうなるのは『必然アナンケー』であったらしい。そう思うとなかなか『グロテスク』である。



 ※:『カミスの哲学者』たちは『僭主トゥランノスとは民衆を扇動して独裁権力を握った者』と定義していたが、これは『哲学者ハルブズ』の弟子たちだけの定義で一般的なクノム人たちの間では『僭主トゥランノスは国家を一人で支配している人物』か『暴君』の意味で使っている。



 ゆえに『カミス』は『ボイオス』以外の『メルノス島』すべての都市と戦争を開始したのである。まず『僭主メイディオス』率いる『ボイオス以外のメルノス島人の連合艦隊』が『トリアネ』の港に集結後速やかに『林檎メーロン岬』に投錨していた『カミス海軍』を強襲して『海戦』を挑んだのである。そして対する『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』は『守りを固めて様子を見る』に徹していたそうだ。恐らく『リンドス人』がどちらに味方に付くのか直前までわからなかったので見守っていたのだろう。


『イッピデス将軍! どうやらリンドス人はトリアネ人側についたようです!』と市民兵。

『私が護送した『ドラペイオスの娘』の『説得』が失敗したと聞かされた時点で嫌な予感はしていたが……なんてことだ、これで俺の『出世』の道も断たれたぞ……(絶望)』とイッピデス。


 だがどうやら『僭主メイディオス』のこの攻撃は『あくまでオラクス同盟シュンマキア連合海軍』が来るまでの時間稼ぎくらいのつもりだったらしい。しかし一日『海戦』を戦ってみると『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』率いる『カミス海軍』の強さを思い知らされて動揺し、早々に『戦意』を喪失したそうである。


『うひ!? やっぱり『カミス海軍』は強い! しかも『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』はいつやってくるんだ!? くそ! 『トリアネ』に籠城するぞ!』と『僭主メイディオス』


『あ! 反乱軍が港に逃げ帰ってくぞ!? だが深追いするな! 『楊陸』時を狙って陸軍が伏せてあるかもしれんぞ!』とイッピデス。


 かくして『海戦』が行われたその日の夜には『僭主メイディオス』の指揮する反乱軍は『トリアネ』に逃げ込み、また『伏撃』を警戒して『カミス海軍』は『トリアネ』の港の出入り口まできて、そこより奥には入らずに様子を見したのである。


 だが以後数日たっても『反乱軍』側は完全な『静謐主義アプラグモシュネ』を貫き(つまり何の動きもなかった)、『カミス海軍』側が目の前で『訓練』を始めたり、『騒音』を出して脅かしたり、少数の『決死隊』を送り込んでみたり、『和平の使節』を派遣したりしたが『トリアネ』側は何の反応もなかった。そして『決死隊』は商人などに化けて入ろうとしたが露見して追い返され、夜にこっそり上陸しても厳しい監視のために結局撤退するしかなかったそうである。徹底した『防御』である。


 そして実はこの時になって『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』が派遣した『パラティオ人ダマデアス』と『タルル人メレニアクス』の二名の『小艦隊』が夜陰に紛れて『カミス海軍』に気づかれずに『トリアネ』の市内に入ったのである。だがもちろん『僭主メイディオス』は猛抗議した。


『来るのが遅すぎる!? 一体今まで何をしていたんだ!? ていうかなんか数少なくないか!? なんで『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』殿が来てないんだ!!』と『僭主メイディオス』


『『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』殿は今『オルミュレス島』を守ってます……』とダマデアス。

『『カミス軍』がいつ『オルミュレス島』にも派遣されるかわからなので……(汗)。『オルミュレス島』が落ちると『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』が『メルノス島』に向かう『航路』が封鎖されてしまうので仕方ないのです……』と『タルル人メレニアクス』


『『オルミュレス島人』のことなど知ったことか!? 昔は『カミス』相手に単独で戦ってたんだろ!? だったら今もそうしろよ! 同じ『同盟市』なのに足を引っ張りやがって! これだから『貢租国』は舐められるんだよ!(いら立ち)』と『僭主メイディオス』


 ……実は『メルノス島人』たちは『海軍提供国』なので『オルミュレス島』などの『貢租国』を内心見下していたらしい。恐らく『第一次同盟市戦争』がすぐに起こらなかった理由にはこういった事情も絡んでいたと思われる。


 そして『僭主メイディオス』がそうやって『籠城』していた間、『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』たちは『攻囲戦』に取り掛かり始めていた。


 その『攻囲』の方法は、まずすでに自分たちの『投錨地』にしていた『林檎メーロン岬』に『宿営地』を造り、ここにはさらに『市場』も設けて『カミス』や周辺同盟市の商人たちを出入りさせ始めたのである。これでまず『長期戦』の準備を整えたのだ。


 さらにはその後『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』は『メルノス島』の周辺を全艦隊で周回し、『トリアネ』の『市壁』の北と南の土地──この二つの土地の沿岸部には一つずつ『港』がある──に『上陸』してそこにもそれぞれ『宿営地』を一つずつ建設した。そして以上三つの『宿営地』を『防壁』で囲んで『要塞化』したのである。さらには『トリアネ』は北と南に二つの『港』も艦隊でもって『完全封鎖』してしまったのだ。



 ※注:『トリアネ』は『メルノス島』の北東にある半島(南東に向かって伸びている)の『付け根』にあり、この半島の北側と南側にそれぞれ一つずつ合計二つの『外港』をもっていた。『カミス海軍』はこの『南北の外港』のすぐ近くに一つずつ『要塞』を建設して兵士と軍艦を駐屯させ(つまり要塞も沿岸に建設されている)、『外港』自体も封鎖してしまったのである。



 これでとりあえずは『トリアネ攻囲』を完成させたわけではあるが、一方『ボイオス』の土地と『要塞』以外の陸地はすべて『僭主メイディオス』が指揮する反乱軍が支配しているままであり、結果『十人将軍ストラテーゴスイッピデス』たちが占領で来た陸地は『鳥かご』程度の広さしかなかったのだった。


 以上が『第二次オラクス戦争』の『トリアネ事件』のうち『第四年目』で起こった出来事である。




『第二次オラクス戦争:『デリオンの息子』による『プロスペス連邦シュンポリテイアへの遠征』と『戦士の国』が認めた『哲学者アンティパレス』と『二重の英雄的出生者ストラファネス』と『魔法真鍮オレイカルコス』』


 さて、この同じ『夏』のころ、『カミス』もしぶとく『第三次ディレトス半島侵攻作戦』を続ける『オラクス同盟シュンマキア軍』を三度撤退させるべく『三段櫂船30隻』を『オラクス半島』へと派遣することを『市民集会エクレシア』で『決議』されたのである。提案者は前回に引き続き『扇動政治家デマゴゴスシリュアンテス』だ。


『またも『オラクス同盟シュンマキア軍』が『ディレトス半島』に長期で居座る構えを見せ始めている。市民諸君! ここは我々も『オラクス半島』へと軍艦を派遣し、再度『オラクス人』どもの国土を海から襲撃して破壊してやろうではないか! もちろんやつらが尻に火がつき犬みたいに尻尾を巻いて逃げ帰るまで!』と『扇動政治家デマゴゴスシリュアンテス』


 その後さっそく『紫紺海』方面の『同盟市』に対して『カミス海軍』が向かうことを報せたのであるが、すると『プロスペス連邦シュンポリテイア』の主邑『イスマティオ』から以下の『要請』が返されたのであった。


『では『十人将軍ストラテーゴスデリオン』殿の派遣をお願いしたい。彼は我らにとって『英雄ヘーロース』、今回も彼なら『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』に邪魔されずに我らの国まで無事にたどり着いてくれるでしょうから』と『イスマティオ人』たち。


 この要請は『紺碧海の女王』にとっては『異例』のことである。本来なら『オラクス半島へ海軍派遣決定』が『決議』が為された後に『十人将軍ストラテーゴス』たちの中で誰を派遣するかを市民の『推薦』あるいは将軍本人の『立候補』で決め、もしそれですぐに決まらないのであれば『十人将軍ストラテーゴス』たちの中から『くじ引き』で決めるという、つまり『カミス(男性)市民』たちの『多数派の意見』か『神々のご意思』どちらかで決めるのが『慣例』であったのに、この時ばかりはいくら『同盟市』であるとはいえ『外国人』側に派遣将軍を決められたのである。


 だがやはりこの時期は『同盟市の離反』に市民たちは『不安』を抱いていたこともあり、『外国人の干渉など受けない』と『男らしくなく』感情を発露させることなく素直に『イスマティオ人』の要請を受け入れたのであった。



 ※注:クノム人世界における『男らしさ』とは『勇敢(怖気づいたり無責任な行動をとらないこと)』と『節制(欲望や恐怖、復讐心などの感情に流されて軽率な行動を起こさず常に冷静なこと)』の二点である。逆に『憶病』で『感情的』な振る舞いが『女々しい』となる。そして通常クノム人自由市民は外国人からの『内政干渉』をものすごく嫌う(厳密には『外国人の指図をそのまま受けること』をものすごく嫌う。なので『名誉領事プロクセノス』が友好国の意見を政治の場で代弁することはその範疇に含まれていなかった)。



 なのでこの時は実は『十人将軍ストラテーゴス』には『当選』していなかった『デリオンの息子ストラファネス』が『30隻の艦隊』を率いて『オラクス半島』を周回することになったそうだ。なので急遽『十人将軍ストラテーゴス』の選挙が実施され市民たちの投票で『ストラファネス』が『十人将軍ストラテーゴス』に当選するように、事前に『市民集会エクレシア』で大々的に呼びかけが行われたのである。



 ※注:これは『カミス』の歴史でも前代未聞。『転生者』の中には『だったら選挙なんて必要ないのでは?』という意見もあるかもしれないが、『カミス人』たちは『民主制デモクラティア』を非常に重んじているのでどんなことがあっても『民主制の手続き』だけは絶対に曲げない人たちだった。『民主制デモクラティア』に対する宗教的な情熱を持っているのである。


 ※注:だが一方で『英雄や優れた人物の子孫』や『尋常でない産まれや経歴を持っている者』は『英雄視』されやすいという『法則』が『夢の世界』には存在するため、両方の条件がそろった『ストラファネス』はすでに『市民集会エクレシア』で『投票』の呼びかけが行われ始めた時点で市民の間でものすごく注目されていたのである。『転生者』に『合法だが異例の手続きで突然権力の座に就いた人物といえば?』と聞けば『現実世界』の『共和制ローマの軍人政治家ポンペイウス』が想起されるだろうと思われる。『ストラファネス』もそんな感じの人物としてクノム人たちから見られていたようだ(作者の私見)。



 だがここで『余談』がある。実はこの時あの有名な『哲学者』の一人で『犬儒派』の創始者とされる『アンティパレス』はもちろんのこと『ストラファネスへの投票』に対して『反対運動』を起こし、『犬儒派』特有の『襤褸をまとい小さな袋をぶら下げた一本の杖だけ持った姿』で『山手アクロポリス』で『演説』をしてまわったそうだ。



 ※注:『犬儒派』とは『クノム哲学』の一派で『哲学者アンティパレス』は『徹底した清貧』を『カミス』で説いて回った人物。『哲学者ハイラーン』の同世代である。彼は『真理は財産のないところにある』との信条のもと『縮絨』すらしていない『ゴワゴワガシガシ』の羊毛の服を一枚だけ素肌にまとい、最低限の荷物(盗まれても痛くも痒くもない程度の持ち物)だけが入った小さな袋を曲がった木の杖の先にかけて路上生活していた。もっぱら『驕りや憎しみによる行動』を批判し『人倫』と説いて回った『哲学者』でもちろん『オラクス戦争』に終始一貫して『反対』していた。



『犬儒派アンティパレス』が述べていたのは以下の通りである。


『なぜ『デリオンの息子ストラファネス』を『十人将軍ストラテーゴス』に当選させようとするのか市民諸君!? だったら私を代わりに当選させてくれ市民諸君! それこそが正しい『民主制デモクラティア』であるはずだ!』とアンティパレス。


 彼の周りには多くの弟子(もちろん全員若い男)たちだけでなく多くの一般市民たちもいたわけであるが、日ごろから『犬儒派』の『オラクス同盟シュンマキアと即時講和すべきだ』という主張に『怒り心頭』になっていたために口々に以下のごとく罵ったそうだ。


『何を言うか『お花畑』どもめ! 自分の家族や友人、『兄弟団フラートリアー』の仲間たちがオラクス人どもに殺されたのになに『頭のおかしい』ことを言ってるんだ!?』


『それともお前は殺されてないのかアンティパレス!? そうりゃそうだろうな! お前みたいなやつは親から勘当されていて友達もおらず狂人の弟子達以外に仲間と呼べるものなどいないからな!』


『『戦争反対』なんていうのならまず外にいる『オラクス同盟シュンマキア軍』を撤退させてからいえボケ爺!(本当は爺ではないのだがアンティパレスはものすごく老けて見えた)』


 ひどい『悪罵』にアンティパレスの弟子たちは『激昂』してその場で『乱闘』になったわけであるが、一方『アンティパレス』本人だけは日ごろから『非暴力』を説くだけあって騒ぎには参加せず、そのまま単身『長城トートース』から出奔して本当に『後背地コーラ』を今まさに『劫掠』している最中の『オラクス同盟シュンマキア軍』の前に姿を現したのである。


 といっても私は『警備の市民兵』が今だ大量に常駐していた『長城トートース』からどうやって出たのか『謎』なのだが……いやはや『奇跡』というべきか、『哲学者アンティパレス』は当然すぐに『オラクス同盟シュンマキア軍』の兵士たちに見つかって包囲されたのである。だが彼は全く『怖気づいたりせず』に高らかに『演説』したのである。


『そなたらはどう思うかね『外国人クセノス』諸君!? 『十人将軍ストラテーゴスデリオンの息子ストラファネス』を最初から『当選』させるための『選挙』が『民主制デモクラティア』の理念に適合的だと思うかね!?』と『哲学者アンティパレス』


 もちろんことこんなこと聞かれても『オラクス人兵士』達は皆『困惑』し、彼らは『アンティパレス』の言葉を左耳から右耳に流して以下のように相談しあったという。


『こいつはカミス人だ!? 一体何の目的だ!? 講和の使者か!?』


『こんな『奴隷』みたいな『講和の使者』がいるか? ……我らを『挑発』するために来たのか!?』


『だったら我らを罵るはずじゃないのか? それを『選挙』がどうたら『デリオンの息子』がどうたら……『秘密の食料庫』がある場所を吐かせるか!? おい! カミス人なら『秘密の食料庫』があることを知ってるだろ!?』


 問われたが『アンティパレス』が『長城トートース』を指して、

『あそこにあるのなら知ってるぞ。私の話を聞いてくれたのなら道案内してやろうか?』とアンティパレス。


 彼のこの『皮肉』にすでに『空腹と憎悪』で『猛獣』となっている『オラクス人兵士』たちが目を『らんらん』と輝かせて、


『……だったら我々の分の食料を貴様がここに持ってくるか、そうでないのなら『長城トートース』の内側から門の『鍵』を開けろ。どっちもしないのなら死ぬまで『拷問』してやるぞ!』


 敵兵に囲まれてこんなことを言われたら『従軍経験』のある私ですら『恐怖』してしまうかもしれない。だが『哲学者アンティパレス』はちっとも動じずに『長城トートース』の方に叫んだ。


『……聞いてるか『守備兵』諸君!? 『オラクス人』たちは私に『食料を持ってくるか門を内側から開ければ『カミス』と講和する』と申しているぞ!? 『守備兵』諸君は再び私に『長城トートース』の内側に入ることを許可してくれるか!?』と『哲学者アンティパレス』


 どうやら彼は『長城トートース』からそう離れてない位置で敵兵に見つかっていたらしい。もちろん『守備兵』たちは呆れかえって罵ったのだった。


『アホ! そんなこと聞くか普通!? 通すわけないだろキ〇ガイが! さっさと死んじまえ!!』と『守備兵』

『だそうだ『外国人クセノス』諸君! どうだ『無料』で私の『弟子』になってみないか!? なに『授業料』なんて取らないさ私はね。ただ『全財産』を捨ててもらうがね!』とアンティパレス。


 そういって『犬儒派哲学者』は『カラカラ』笑うだけである。『オラクス人兵士』たちも呆れかえったが結局『拷問』とかはしなかったそうだ。なぜなら『哲学者アンティパレス』はすでに『がりがりにやせていて今にも死にそうな顔』をしている一方、『武器を持たずに顔は引き締まっており目は『ギラギラ』と光っていて態度は泰然自若そのもの』だったからである。


『……こいつただの『キ〇ガイ』だから『カミス人』から『棄民』されたのでは……? そんな奴『拷問』しても時間と労力の無駄だ。『ヘゲラメドス二世』陛下に『道化師』として献上しよう』とオラクス人兵士達。



 ※注:『夢の世界』の万国の兵士達は戦場でよく捕まえた捕虜を『奴隷』として『主君』に献上する。『美形』だったり逆に『不細工』だったり、あるいは『話が面白かった』り、『障害者』だったりするとその傾向が強かった(つまり『普通でない奴』を好んで献上する。『道化師』は『夢の世界』では『障碍者』が就きやすい傾向にある職業である)。(つまり障碍者差別)



 こうして『哲学者アンティパレス』は何とも『奇妙』なことにこの時『ポリュス』にとどまっていた『バンドゥーラ王:ヘゲラメドス二世』の元に引き出されたのである。もちろん『哲学者アンティパレス』はここでも同様の主張を繰り返したのだ。


『おお異国の王『ヘゲラメドス二世』よ! 『十人将軍ストラテーゴスデリオンの息子ストラファネス』を最初から『当選』させるための『選挙』が『民主制デモクラティア』の理念に適合的だと思いますかね!?』と『哲学者アンティパレス』


『……何を言ってるんだこの男は?? お前はそもそも『奴隷』じゃなくて本当に『自由市民』なのか??』と『ヘゲラメドス二世』


『教えてほしいですか? では私の質問に答えてくだされ。そして答えてくださったら私の弟子になり地位と全財産を捨ててくださると私が喜びます。あと戦争もやめてくれださると私はあなたを『友達』だと思うでしょうね(にへへ)』と『哲学者アンティパレス』


『なんで貴様を喜ばせないといけないんだ(拒否)。『戦争』は『カミス人』が『無条件降伏』するまでやめんぞ! そもそも先に手を出してきたのはそっちの方だ!』と『ヘゲラメドス二世』


『『戦士の国の王』よ。確かに『カミス人』は『バンドゥーラ人』より先に手を出したかもしれません、ですが今同じく先に手を出しているのもやはり『カミス人』である私の方なのですよ?』と『哲学者アンティパレス』


 そういいながら『犬儒派哲学者』は『背もたれのない折り畳み式の椅子』に座っていた『ヘゲラメドス二世』に対して立って近づき『手を差し出して』みせた。だがこれ言われた『ヘゲラメドス二世』は何も答えずもちろん手も握らず、


『……貴様はもしかしてあれか? 別に『講和』を提案しにきたとかじゃなくてただの『狂人』というだけだな?』と『ヘゲラメドス二世』


『哲学者アンティパレス』は面白そうに、

『確かあなたの部下たちは私を最初に『狂人』であると紹介していたのでは?』と『アンティパレス』

『うるさい(怒)。だがそんな『奴隷のような身なり』で武器すら持たず単身で私の元に『降伏勧告』しに来た『勇気』は認めてやる。さっさと立ち去るがいい!』と『ヘゲラメドス二世』


『おかしいですね? 私はずっと『デリオンの息子が選挙前から将軍就任が決まっているのがおかしいと思いませんか?』と聞きに来ていただけでなんですが?』と『アンティパレス』


『いやお前『戦争やめてくれ』といってきただろ(ツッコミ)』と『ヘゲラメドス二世』

『それは『そうしてくれたら友達だと思う』といっただけです。例え誰が何と言おうと『人間(自由人)』とは己の『生』を己の『決断』のみで選び取り、誰のせいでもなくあくまで『講和』を決断するのは『ヘゲラメドス二世』ご自身の責任と判断『だけ』ですのでね』と『哲学者アンティパレス』


『こ、こいつ……(殺意)! くそったれが! さっさと立ち去れといってるだろ! 『哲学者』なんて糞面白くもない! 死にたくなかったらどっかいけ!』と『ヘゲラメドス二世』


『どうぞ殺してかまいませんよ。私は『勇気』がありますからね、これもさっきあなた自身がおっしゃられたことですがね』と『哲学者アンティパレス』


 もはや『ヘゲラメドス二世』は『自分自身の器の大きさ』を誇示するためにも『哲学者アンティパレス』を絶対に殺すことができず、結果この『哲学者』は縛り上げられたうえ『長城トートース』のすぐ近くに置き去りにされたのであった。



 ※注:クノム人世界は『名誉ティメー』が、具体的には『男らしさ』と『気前の良さ』が特に地位の高い人物ほど求められるため『奴隷みたいな格好して口ばっかりうまいだけの奴』に『言いくるめられた挙句怒りに任せて殺してしまった』というのは大変『体面』が悪い(つまり『不名誉アティミア』である)。クノム人は不思議なことに『弁論術』をありがたがる一方で『ぺらぺら喋る以外に能のない奴』をひどく嫌っており、また『男らしさ』の根本にある『節制の美徳』で『感情的になるのは格好悪い』という価値観が強かった。だが一方で『競争アゴーン』の精神も強くてすぐに競い合い始めるし、また『復讐ディケー』の思想が強くてちょっとでも気に入らなかったらすぐ『復讐』しようとする。『自力救済』の価値観が強いのだが『私刑はダメ』という『倫理観』も強くて、結果一見矛盾する感情が同居しているのだった。



 なのでずっと師匠を心配していた弟子たちがすぐに『哲学者アンティパレス』を助けて『長城トートース』の中に引き込み縛を解いたのである。するとこの『哲学者』はあたかも何事もなかったかのようにその場で演説を始めたのであった。


『どうだ市民諸君! 私は『長城トートース』の外から生きて帰ってきたぞ!? これでも『十人将軍ストラテーゴス』に当選させる気はないか!?』と『哲学者アンティパレス』


 全く、『犬儒派哲学者』とはどうしようもない連中ばかりだ……(苦笑)。彼のこの態度に終始見守っていた『守備兵』や『一般市民』達も私と同意見だったらしく思わず『爆笑』してしまい、実際に彼も『十人将軍ストラテーゴス』の一人として『当選』したそうだ。



 ※注:えぇ……(作者コメント)



 だが同じく『十人将軍ストラテーゴス』には『デリオンの息子ストラファネス』も当選していたので『哲学者アンティパレス』の試みは『半分』しか達成していなかったわけだ(阻止できてないんかいby作者)。結果『プロスペス連邦シュンポリテイア』には予定通り『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』が『三段櫂船30隻』を率いて『アナーテスの外港』を出撃したのである。



 ※注:『哲学者アンティパレス』について。彼はその『奇矯な行動』と『節制の美徳を体現する生きざま』と『世相に対する鋭い批判』でたちまち若者の人気を集め、彼の周りには全く同じ格好で路上生活する弟子が集まっていた。だが『清貧』を掲げて『浮世離れ』なことをしていた一方で『積極的に政治運動』も展開していたので一部の人間に『カルト的な人気』が出た一方で『蛇蝎のごとく嫌う』人も多かった(悪い意味でもいい意味でも人の耳目を集める性格)。なので実は当時の『カミス』では彼を『預言者(新興宗教の教祖)』と呼ぶ人間もいたりする。


 ※注:ちなみに『哲学者ハイラーン』は後者だったらしく『アンティパレスは襤褸の下に傲慢(の神霊)が『ニヤニヤ』顔を出している』と批判していたと『哲学者ハルブズ』が伝えている一方で、ハルブズは同じ著書の中で『アンティパレスはハイラーン先生が毎日アナーテスの外港で弟子を集めて語り合っていると例え雨が降っていても聞きに足を運んだ』とも伝えている。だが『哲学者アンティパレス』が『哲学者ハイラーン』を尊敬していたのかそれとも論破しようとしていたのかは謎。そして『哲学者アンティパレス』の弟子の中で最も有名なのが『壺聖人アレデネス』である。



 この『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』の海軍は予定通り『バンドゥーラ』の本土『パラティオ地方』の沿岸の軍港を次々と『劫掠』していき、略奪や破壊を受けた『バンドゥーラ』の軍港は今まで最大の数に上ったという。どうやらこの時点で『オルミュレス島』にまだとどまっていた『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』や『英雄キュライノス』、そして『ポリュスデーモス』に宿営中の『ヘゲラメドス二世』を驚かせたのである。


『なんだと本国の港がそんなに!? じゃあ我々は一体どこに戻ればいいというんだ!?』と『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』


『俺が『本土』の警備をしていればあるいは……国王陛下カラノスに連絡を!』とキュライノス。


『待て待て二人とも! オルミュレス島人の前で動揺を見せるな!』とリュコフォン。


『そうか『カミス海軍』が次々と我が国の港を……あの『アンティパレス』とかいう『狂人』が現れたのも何かの『神慮』か(頭痛)。では陸軍と海軍をすべて撤退させろ! 『連合海軍』は『東港ケンクレアイ』に戻るように伝えよ! 私から『アリアディス人』に話をつけておく!』と『ヘゲラメドス二世』


 かくして『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』と同じく『十人将軍ストラテーゴスアンティパレス』両名の活躍によって『オラクス同盟シュンマキア軍の第三次ディレトス半島侵攻』は終了し、いつ通り陸軍は『追撃』を警戒しつつも『クルシウスデーモス』から『リュートゥス』、そして『アリアディス』へと撤退したのであった。


 またほぼ同時に『海軍総督ナウアルコスザキュントラトス』率いる『オラクス同盟シュンマキア連合海軍』も『デンデレッサ地峡』の『東港ケンクレアイ』へと撤退していったのである。この時点で『デリオンの息子ストラファネス』は『市民集会エクレシア』によって『武功』が認定されたのである。


 そしてその『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』のその後の動きであるが、彼は『パラティオ地方』の港をおおよそ『劫掠』し終えると、戦利品と捕虜を『18隻の軍船』に集めて積んで『カミス本国』へと帰国させ、自分自身は残り『三段櫂船12隻』を率いて『西リュキオス連邦シュンポリテイア』の『パクトゥエス』へと到着したそうだ。


『私は父デリオンの意思を継いで『オラクス同盟シュンマキア』どもと戦うために立ち上がった『ストラファネス』という。私はこれから父が、そしてあの『愛国者パトリオテスオルシモス』すらなしえなかったことを成し遂げに行く。『プロスペス人』にも連絡を取り、もう一度『ポロネイア』を攻めるぞ! 『パクトゥエス人』たちも協力してくれ!』と『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』


『アッラララーイ!(大歓喜)』とシュバス人たち。


十人将軍ストラテーゴスストラファネス』はどうやら『見栄っ張り』な性格だったらしく、そもそも『パラティオ地方の港』を『劫掠』した後過半数の軍船を帰国させたのも『自分の武功を出来る限り早くアピールしたいため』だったそうだ。


 だが実は『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』が『18隻の軍船』を早々に帰国させたのはただ彼が『見栄っ張り』だったからではないという『異説』も存在する。こちらの話では『ストラファネス』がなぜわざわざ自らの手持ちの軍勢を半分以下にしてから『ポロネイア』を攻撃しようしたかというと、実は『パラティオ地方の港』の一つを『攻略』した際にある『宝物』を発見したというのだ。


 それはある『シュバティオ地方』に近い『バンドゥーラ』の港に『夜襲』をかけた時だそうだ。この時『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』は陸上部隊を派遣して『港』の『後背地コーラ』を荒らさせたそうだが、夜だったということもあってある一部隊が『迷子』になってしまい、うっかりどこかの『山』の中に入り込んでしまったらしい。


『なんだここはー!? 一体ここはどこなんだぁー!?』と兵士達。


 だが彼らは実はそこが『メネライオン山』だと知らなかったのである。兵士達は気づかずに山の中を登ってしまい、ここの山頂付近にある『『人狼山リュカイオンのテイロン神殿』の『神殿領テメノス』へと気づかず足踏み入れたという。



 ※注:『メネライオン山』は『シュバティオ地方』と『ユーストラス地方』と『ラルディス地方(『ラルディス体育競技会オリンピア』が開かれる『ラルディスのテイロン神殿』がある地域)』の三つの『国境』近くにある『ユーストラス地方』に属する山。『オラクス半島』で最も高く、『山頂からこの半島全域を一望することができる』とクノム人たちの間では言われていた(本当はさすがに全域は見渡せれない)。そしてその山頂には古い時代『幼児犠牲』が捧げられていたとされる『テイロン神殿』がある。しかもこの神殿で捧げられた『子供の生贄』は儀式終了後参列者に『分配』されてから『饗宴シュンポシオン』で食されていたらしく、『伝承』ではこの『子供の肉』を食べたものは『人狼』に変化する力(魔力?)を与えられるとされていた。そのためここのテイロン神は『人狼山のテイロン神』と奇妙な名前で呼ばれているのである(あるいは『狼のテイロン神』とも呼ぶ)。なので『クノムティオ』の数ある『聖域』の中でも特に『おどろおどろしい』イメージが付きまとう場所だった。


 ※注:……だがもちろん『オラクス戦争』の時代には『幼児犠牲』の儀式は行われておらず、代わりに子ヤギや子牛などを捧げていた。そして『幼児犠牲』の伝説があるはずなのに人間の子供の骨を収めた墓が存在していない(もちろん他に移したなどの伝承もない、謎である)。



 これらの兵士達は『神殿領テメノス』の中をしばらくさまよい、『テイロン神』をかたどった『テラコッタ像』を見つけて初めてここが『神殿領テメノス』であると理解したのである。その後すぐに『狼のテイロン神』の聖域であることに気づいて、『真夜中』であったこともあり『震えあがった』そうだ。


『おお! お許しください『雷霆ケラウノス』で邪を打ち払う『神々の王』よ! 必ずお詫びに子牛の犠牲を捧げますから!』と兵士達。


 この時『山林』の奥からは地面ゲーが震えるような轟音とともに季節外れの冷たい風が吹きつけてきていたという。だが彼らは『神の怒り』を恐れてはやく『神殿領テメノス』から出ようとしても『道』が分からず、結果周囲の森の中を『グルグル』周りつづけてしまっていたらしい。


『ウゥゥウ~~……!』


『ウオオオオオオン……!』


 近くの真っ暗な森の中から『子供の声(恐らく子熊の声)』が響き、さらに声から遠くから『狼』の遠吠えが聞こえてきたのでさしもの兵士達も『死』を覚悟したそうだ。


 だがそのときだ、彼らは『人狼山のテイロン神殿』の中に『赤々と燃える炎』をみたのである。なので若い兵士たちが涙目になりながら口々に言いあったそうだ。


『あそこに炎がある! あっちに行けば人がいるぞ!』


 だが指揮官の老兵はしかりつけたそうだ。


『馬鹿者共が! あれは『神殿の祭火』だ! すぐに退去しようっていうのに神殿の奥に行ってどうする!? というか若造は知らないのか!? 『人狼山のテイロン神殿』は周囲を高い盛り土で囲まれているんだ! 『盛り土』の外側から内部の『祭火』が見えるはずないんだよ! あれは『魔物の火(タコの炎)』だ!』と指揮官。



 ※注:老兵の言う通り『人狼山のテイロン神殿』は実は人工的に作られた高い『盛り土』に囲まれている。だが『濠』はなく『防衛施設』としては『不十分』だ(そもそも高い山の中にあるでそれだけで十分だと思われる。そして実はこの神殿は人里離れた場所にあり神官の住居と『宝物庫』は麓にあるので襲う意味がない)。この『盛り土』はどうやら古い時代に『宗教的意味』があって造られたものらしかったが、この時代のクノム人たちはその意味を完全に忘れ去っていて『そんなもの』としか思っていなかった。



 指揮官の言葉に若い兵士達はまた『真っ青』になって泣きながら『タコの炎』と反対方向へ進もうとした。だがある一人の若い兵士だけは恐らく『恐怖』に耐えきれなかったのだろう、突如こんなことを言いだして『タコの炎』に向かって走り出したという。


『こんな聖域で『魔族』がでるか糞ジジイ! あれは『運命の主宰神テイロン』のお導きに違いない! 神々を信じ畏れる心もなくした耄碌め! 俺が真実を証明してやる!』とある兵士。


『あ! 待て! どう考えても罠だろ!!』と指揮官。


 しかし、指揮官の予想に反してその炎は『タコの炎』ではなかったのである。若い兵士ががむしゃらに走って『タコの炎』のすぐ近くまで来ると、その『炎』が『祭火』ではなく、森の中に落ちていた『自ら光を放つ金属』であることに気づいたのである。


『……なんだこれ? 夜なのにこんなにまぶしく光ってるぞ!?』と兵士。


 彼はこの『見るからに怪しげな金属』を拾い上げてから指揮官の元に持ち帰り、仲間たちに見せたらしい。


 指揮官はバツの悪そうな顔をしていたが、しかしその『光る金属』をみてこういったそうだ。


『……これはもしや、伝説に語られる『魔法真鍮オレイカルコス』では……?』と指揮官。




 ※注:『魔法真鍮オレイカルコス』は『転生者』には『オリハルコン』といった方が伝わりやすいだろう。『哲学者ハルブズ』は自著の中で『東方には二種類の金属を合わせて作る魔法のような金属がある』と述べており『オリシア人』や『ハルワー人』がその秘密の製法を知っているとされていた。言ってみれば『幻想的な架空の金属』のはずなのだが、しばしば『魔族』、『魔法使い』、『錬金術師』などが『製法を発見した』と主張する。そして一説によればこの不思議な金属は後述する『魔法金属アダマント』ととともに『神与の宝物』の材料ともされていた。


 ※注:『魔法金属アダマント』も『転生者』には『アダマンタイト』と呼んだ方が分かりやすいかもしれない。こちらは『決して壊れない金属』であり、また『クノム神話』に登場する武器のほとんどがこの金属でできているとされていた。だが『黄金』や『ダイヤモンド』、『真鍮に青銅』もなど『魔法金属アダマント』と呼ばれることもある。つまり『魔法金属』なるものは存在するのかしないのかもよくわからず、『神与の宝物』も人知を超えた道具であるということである。ちなみに『魔法真鍮オレイカルコス』も『魔法金属アダマント』の一種に分類される場合もあり、そもそも『通常の金属』の性質も『魔法』の原理も何も解明がなされていないので『定義』は全く一定していなかった(夢の世界の学問には往々にしてあることではあるのだが)。




 この『メネライオン山』の中で発見された『魔法金属アダマント』を兵士達は『瑞兆(神々の援助)』であると考え、また『魔法真鍮オレイカルコス』が強い光を放って周囲を照らすので元の港に戻ることができたという、そんな『逸話』だ。


 ……だが読者諸氏もすでにご指摘の通り、『パラティオ地方』のどの港からでも『メネライオン山』へ行くためには徒歩で数日はかかるほど遠い場所にある。それを『夜で道に迷った』くらいでたどり着けるようなところではないのだ。まあそれも含めて『奇跡』と解釈すればいいだけの話だろうが(不満)。


 おかげでこの部隊は無事に『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』の元に戻れ『劫掠』した港を船に乗って離れることが出来たわけであるが、どうやら『魔法真鍮オレイカルコス』の放つ光が昼間になるとさらに強まったらしい。私が知る限り『神話』の中で『魔法真鍮オレイカルコス』が『夜より昼の方が強い光を放つ』という話は聞いたことがないので私はこの話も疑っているわけだが、『十人将軍ストラテーゴスストラファネス』はこの『魔法真鍮オレイカルコス』のために自分たちの船に敵船が集結してくることを恐れ、『18隻の軍船』に『カミス』へ運ばせたという話だ。


 なので実はこの『魔法真鍮オレイカルコス』は今でも『処女宮パルテノンラクレミス神殿』に奉納されているのだが『秘蔵』されていて神官以外誰も見ることができないのが残念だ。といっても『ディレトーニス女神の財務官』や『巫女(女性市民がつく公職)』に就任すれば市民ならだれでも見れるのでその時見ればいいのだが。ちなみにあいにく私は神殿関係の公職には就任したことがないので見たことはない。これは本当に残念だ、なので来年こそは期待したい。



 ※注:『ディレトーニス女神の財務官』やその他『神殿』に関する公職は一年任期が基本。選出方法は『くじ引き』である(というか『公職アルカイ』は『十人将軍ストラテーゴス』以外はすべて『くじ引き』で決まっている)。

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