番外編⑥-36歴史学者イルブルスの『クノムティオ通史』の話39
『第二次オラクス戦争:『十人将軍デリオンのプロスペス地方遠征』と『濫訴請負人エスティメトス』の『壮大な陰謀』と『僭主ムンディパトス』の『呪詛』と『因縁のポロネイア攻囲戦』と『母殺しファルメオーン』の伝説』
さて、前回『オラクス戦争』の『第三年目』に冬に発生した『スコリオン大王のアラマン遠征』を歌ったわけだが、同じ冬にはもう一つ『軍事行動』が起こっていた。それは『十人将軍』の任期がまだ残っていたデリオンが再度『三段櫂船40隻』を率いて出撃したのである。彼は既に前回の戦いで喪った分の兵士達を本国から『補充』してもらっていたのでカミス人の『重装歩兵400人』と、さらに『パクトゥエスのシュバス人』たちからも同じく『重装歩兵100人』を『艦上戦闘員』として募兵して同乗させ、一路『プロスペス地方』を目指したのであった。
そんな『十人将軍デリオン』の軍勢が最初に上陸したのはかつて『ニポスの僭主ムンディパトス』が支配していた『アリスタコリオン』の都市国家である。なぜ彼がここにきて突然『アリスタコリオン』に軍勢を率いて上陸したかというと、実は以下に説明する少々複雑な理由があった。
まず話は前回の『オラクス同盟軍のラウロン島襲撃事件』の終了直後に戻る。この突如として起こった『奇怪な襲撃事件』に『カミス』の『市民集会』はひどく動揺しており、『オラクス同盟連合艦隊』が撤退した後すぐにまず『民衆裁判所』で『ハネイアイ区のソラシオネス』が志ある市民にの告発によって『弾劾裁判』にかけられたのである。
※注:『カミス』の裁判には『転生者』にはなじみのない様々な仕組みがある。まず『弾劾裁判』とは『不正を行った公職者に対する訴訟』と『売国行為を行った将軍や『利敵行為』を行った者や『民主制転覆』の陰謀をたくらんで徒党を組んだ者(『国事犯』と呼ぶ)に対する訴追』と『児童虐待に対する訴追』の三種類がありすべて『弾劾裁判』と呼ばれている。このうち『騎士級ソラシオネス』は『利敵行為』に引っかかって起訴されていた。
※:これらの『弾劾裁判』は『公訴』と呼ばれる制度の一種であり、『カミス市民』であればだれでも原告になって容疑者を告発することができた(といっても本当に誰でも告発できたかといわれればそうではないが。だが『児童虐待』以外の二種類の『弾劾裁判』は市民であれば誰でも訴訟が起こせた)。
この『弾劾裁判』の理由はもちろん『アナーテスの外港の守備兵を削減する法案を提出して敵軍の『ラウロン島上陸』を招いたから』であった。ソラシオネスと彼の友人たちはもちろん必死に『弁明』したのであるが結局敗訴して『死刑』になってしまったそうだ。
……結果を先に述べれば、彼は別に『オラクス同盟』に買収されるという『背信行為(裏切り)』をしていたわけではないのだが、結局『ラウロン襲撃』による混乱に驚き怒った民衆たちの『生贄』として処刑されてしまったというべきか。彼は自分の境遇を嘆きながら『十一人委員会』に引き渡され『毒人参』を飲んで自害したのであった。
※注:『十一人委員会』とは『公職』の一つで犯罪者の『投獄』と『処刑』、『夜盗』や『人攫い(市民や在留外国人を誘拐して身代金を要求したり奴隷商人に売り払ってしまうこと)』、『50銀貨』以上の窃盗犯(これを『アマイオスの法』の規定で『悪党』と呼ぶ)、『市民権を部分的に、あるいは完全に失った人物』と『国外亡命した犯罪者』の逮捕と訴追を行う11人の市民で構成される役職。『民衆法廷』から認められれば『逮捕状』を出す権限も有していた。『転生者』的に言い換えれば『処刑人』と『警察』を兼ねるような職業で『くじ引き』で選ばれた市民が就任していた。そして彼等には通常国家から『奴隷』が支給され、実際の逮捕や処刑などの業務はその奴隷たちに任せていた。
そして読者諸氏も気づいてることであろう、実はこのソラシオネスに対する裁判こそ歴史上初めて行われた『違法提案対抗訴訟』である。だがまだこの時代は『弾劾裁判』の一バリエーションとしか考えておらずあまり重要視されてはいなかった。この『公訴』が『カミスの民主制の番人』となるにはまだ長い時間がかかるのである。
※:『違法提案の公訴』の説明は後に譲ることとする。
だがこの『ソラシオネス』の『弾劾裁判』でも『ひと悶着』があったのだ。それは彼を『公訴』で訴えた市民側の『援助弁護人』の中に『プロスペス連邦』の『ケロンタ』の『名誉領事』を務めていた『アメイ・アイソニス区エスティメトス・イル・シオン』がいて、以下の情報を『法廷』で開示したのである。
※注:『ケロンタ』は『プロスペス地方』の内陸部にあるクノム人都市国家。位置はちょうど『イスマティオ』と『アリスタコリオン』の中間地点にある。『プロスペス連邦』ではそこまで重要というわけではないが弱小国というわけでもなく、中堅国ともいえる位置を占める。だが『アリスタコリオン』の『僭主ムンディパトス』が台頭すると『イスマティオ』との係争地となって人口が減少していた。しかし『ムンディパトス』死後は急速に復興していた。
※注:『援助弁護人』とは『民衆裁判所』で原告や被告を弁護する人のこと。『弁護士』も『検察』も存在しないため原告や被告を助太刀すべく家族や友人たちも演説することが出来、また『共同体』からできる限り多くの人間が助太刀することを期待されていた。だが『援助弁護人』は『無償』で行うことが鉄則で、もしお金を支払って『援助弁護人』を雇ったことが発覚すると『違法行為』で『市民権停止』になってしまう。だが実態は『援助弁護人』を雇う慣習が早くから横行していた。『法廷弁論家』とは建前は『無償』だが実態は雇われて『援助弁護人』を務める法廷での演説に長けた人たちであった。また直接法廷で発言しなくても、発言者のためにあらかじめ発言内容を考え指示する人も『援助弁護人』にカウントされる。この『法廷で喋る内容をあらかじめ考えた文章』を『法廷弁論』と呼ぶ。
『ケロンタ』の『権益代表者エスティメトス』が法廷で述べたことは以下の通りである。
『私は神々に誓って『ソラシオネス』が敵国に買収され『アナーテスの外港』の警備兵を削減させ、『カミス』が海からの攻撃に対して防御力を失わされていたことをここに宣言します。そしてなぜ彼がそのようなことをしていたかというと、実は彼の弟『テイロニモス』があの『僭主ムンディパトス』の娘を娶り『親族』となっていたからです!』とエスティメトス。
彼が述べた話を要約すると、まず『ソラシオネスの弟テイロニモス』は『カミス』と『僭主ムンディパトス』が対立するかなり以前にその『僭主ムンディパトス』の娘を娶って『婚姻同盟』を締結していたらしい。
ここからエスティメトスの話が長くなるがそうなった『発端』を語ろう。まず『第二次オラクス戦争』が起こる何年も前に『テイロニモス』が『ソラシオネス』が亡くなった父親の遺産を『分割相続』することになったのだが、父親は『無産市民級』の貧しい男だったらしく遺産といっても家くらいしかなかったらしい。そしてその家も狭かったので兄弟で分け合うことができず、結局話し合いの末『弟テイロニモス』が相続権を放棄し外国に移住することで決着したのだという。
※注:このソラシオネスとテイロニモスの話は『兄弟が父の遺産を相続した時』の『あるある』の話。『アマイオスの法』では父が亡くなった時子供に嫡出男子(正妻の子供)が複数人いた場合は彼らだけで遺産を均等に分け合う決まりになっているのだが(介護をしてる場合などで差がつくのは現代日本と同じ)、遺産が土地などで均等に分割することが物理的に難しい場合は兄弟の中で相続放棄者がでることで解決することがある。この場合大抵相続放棄者は海外の『計画植民市』に移住する。市民は望めば自由に『本国』と『計画植民市』の間で居住地を移すことが出来た。
※注:また他の場合だと『兄の娘と弟が結婚する』などで解決する場合もあり、『叔父と姪の結婚』は『近親婚』にはならない『古の法』になっている。だが大抵は弟側も既婚者であることが多いのでこの方法がとられる事例は意外と多くない。しかしこの方法をとっても社会的に後ろ指を指されることもないどころか、『家族の絆を守った』として称賛される。
だが『テイロニモス』の移住先はちょっと珍しく、彼自身が『交易商人』として頻繁に『プロスペス地方』に出入りしていたので『プロスペス連邦』を新たな居住地と定めたのである。そして『ソラシオネスとテイロニモス兄弟』はまだ当時生きていた『愛国者オルシモス』の『誓約団体』に参加していたので、オルシモスがテイロニモスに『プロスペス連邦との同盟関係をより強化してくれること』を期待し支援したのだ。
そうやって『プロスペス連邦』にほとんど『カミスの名誉領事』同然の立場でやってきたテイロニモスに直ぐに目をつけたのが『僭主ムンディパトス』だったわけである。彼は最初『イスマティオ』に留まっていたテイロニモスを『アリスタコリオン』に呼んで自分の娘を娶せたのであったというわけである。以後テイロニモスは『アリスタコリオン』における『カミス』の『名誉領事』として様々な『特権』を得て裕福になり、またそんな弟の『事業』に金を貸していた『ソラシオネス』も多額の利益を得て財産を築いたのであった。つまりこの兄弟は『僭主ムンディパトス』によって富裕の身にしてもらった『恩』があったのだ。
だが既に私が述べた通り『アリスタコリオン』は『カミス』と対立して戦争となり、最終的に『僭主ムンディパトス』は『サシボス島人』によって暗殺されてしまったのは既に語った通りである。だがムンディパトスが暗殺された『饗宴』には実はテイロニモスも同席していたらしく、死の間際のムンディパトスから以下の『遺言』を受け取ったのだ。
『テイロニモスよ……お前は私に大きな、それこそ一生かかっても返しきれない『恩』があるはずだ……だったら私の『願い』を聞いてくれ……たった一つ……たった一つの『願い』なのだ……』とムンディパトス。
『おお、岳父よ! 『サシボス島人』への『復讐』は必ず私が成し遂げると『復讐の女神』に誓いを立てましょう! ですから安心して『冥王ディムラスと姫神ミュリア』のもとへ!』とテイロニモス。
『『復讐』もそうだが……それよりも私は娘とお前の間に生まれた『孫』の将来が心配だ……必ず私の孫に……お前の息子に私と同じ『地位』を継承させてくれ……いや、私が成し遂げられなかった『プロスペス連邦』や『アリスコス湾』を……『紫紺海』を支配する『海上帝国』を……『オラクス同盟』と『カミス』の軍船が全く立ち寄ることのできない『平和の海』を……我が孫に与えてやってくれ……』とムンディパトス。
『おお私の敬愛する岳父よ……! あなた様は『カミス人』にあれだけの『屈辱』を味合わされながら、それでも『孫』のことを第一にお考えになられるのですか……!(号泣)』とテイロニモス。
『『カミス人』は恨んでおらん……結局私はこの程度の『ニポス』だったというだけ……同じ『ニポス』の国に引導を渡されたのならそれは『名誉』なことだ……ただ私の愛する孫を……この世で最も大切な孫に必ず我が『支配圏』を……』とムンディパトス。
『僭主ムンディパトス』はそう告げてから息を引き取り、『テイロニモス』は自分を殺そうとした『サシボス島人』から命からがら逃れたのである。そしてテイロニモスはこの『誓い』を守り、後日妻や息子や自分の奴隷や『庇護民』たち、そして兄の『ソラシオネス』まで呼び出して以下のことを要求したのであった。
『私は亡き『岳父』の遺志を継いで息子に祖父と同等かそれ以上の『支配権』を与えなければならない。それらの支配権の『正統な相続権』が我が息子にあるからだ。そのためにどんな手段も使うと『一族』総出でこれを成し遂げなければならないのだ。岳父の遺言を守るために皆も全面的に協力してくれ! そのためにみんなにこれから『呪詛』をかけるぞ!』とテイロニモス。
そういってテイロニモスは兄を含めた自分の一族全員の前に『エルディオス人』の『魔法使い』を呼び、『岳父の意志を実現しようとしなければ全身が腐ってもがき苦しみながら死ぬ』という恐ろしい『呪い』をその場の全員にかけたのであった。
※注:『エルディオス地方』は『クノム神話』では『聖山』を擁するだけでなく、『空に浮かぶ月を魔法で地上に引き下ろすことができる』という優秀な魔法使い(厳密には魔女)を多く輩出する地域として有名。
※注:『魔女』とは単に女性魔法使いを指す場合もあるが(そうでない場合もある)、一般的に女性魔法使いは男性魔法使いより『危険』と考えられている。これは『女には責任能力がない』という男尊女卑思想と直結していると思われる。また『女性魔法使い』ではなく『魔族』の中に『魔女』と呼ばれる種族がいる……とされているが、具体的にどの種族なのかは世界中の魔法使いたちもわかっていなかった。
※注:『夢の世界』では何か約束事をする際に『約束を破ると惨たらしく死ぬ呪詛』を自分や仲間にかける習慣があった。この『呪詛』は単に神々に『約束を破ったら神罰を下してください』と願掛けをするだけの場合(つまり単に口約束。これを『呪いのことば』と言ったりする)もあれば、魔法使いや神官をよんで『呪い』をかけてもらう本格的なものまである。大抵自由市民は魔法使いを忌み嫌うので『呪詛』は神官にかけてもらうことが多いが、神官は社会的地位が高いので『世間には内密』にしたい場合は魔法使いを頼るの通例である。
※注:『夢の世界』の神々は普通に人間を呪う。『神聖術』にも『呪詛』があるので『光魔法・闇魔法』みたいな区別はない。
この『呪詛』によってソラシオネスは『何としても』テイロニモスの息子を『アリスタコリオン』の『僭主』として復帰させなければならなくなった。ゆえに彼は『カミス』で『姦計』を巡らして『オラクス同盟』と内通し、前回『アナーテスの外港』の防御力が無くなるように手を回して『海軍提督ザキュントラトス』を陰から助けた……というのが『ケロンタ』の『名誉領事エスティメトス』の言である。
……だが読者諸氏は驚くべきだろう、これは『ソラシオネス』が死刑になってからさらにずっと後になって判明したことなのだが、実はこの話は全て『エスティメトス』が創作した『真っ赤な嘘』であったのである。『濫訴請負人』はよくこういう『嘘物語』を捏造するが、これは多くの『濫訴請負人』の中でも『一級品』の出来であろうと私は思う。
どうやら『濫訴請負人エスティメトス』の話のうち事実だったのは『ソラシオネスの弟テイロニモスが海外に移住した』ことだけであり、そもそも本当の移住先は『ラウロン島』にあった『計画植民市』で『プロスペス連邦』ですらなかったのである。
だがエスティメトスは実に『狡猾』なことに、テイロニモスが『交易商人』でほとんど本国におらず、ゆえに彼が住む『行政区』の『兄弟団』の者たちすらテイロニモスのことを良く知らなかったことを利用して以上の『真っ赤な嘘』をでっちあげ、さらには『カミス人の演劇女優』を銀で雇い『僭主ムンディパトスの娘役』として法廷で『偽証』までさせたのだ。なかなかの念の入れようで、『ソラシオネス』を破滅させんとする気概に満ち満ちているではないか。
なので『カミス市民』たちはまず最初に『いかにもありそうな兄弟間の相続話』によって『疑心』を解きほぐされ、さらには『驚異』に満ちた『物語』に少なからず興味を持ち、最終的には『偽の証言者』の優れた演技によってすっかりエスティメトスの話を信じ込んのである。もちろん法廷ではソラシオネスが弟テイロニモスまで召喚してエスティメトスの話を全否定したのであるが、結局はテイロニモスが『交易商人』であったことと、ソラシオネス自身の『アナーテスの外港の防御力削減法案』によって『市民陪審員』達はエスティメトスの方を信じてしまったというわけである。
※注:『カミス』ではすべての市民が必ず『カミス本国』に設定されている『139の行政区』のどこかに住んで居るわけだが、『行政区』にある『兄弟団』名簿に登録されている市民でも、実はその『行政区』に居住実態が無いという事例は割と多かった。
※:そうなる理由は『計画植民市』に植民した市民も戸籍上は『本国の行政区』に登録されているためである(これは『『計画植民市』の市民も本国人と全く同じ権利を持つ』とされているためどうしてもそうなる)。またあるいは外国との交易を担う『交易商人』たちも市民権を持って居ても常に船で諸国を巡っているのでほとんど本国にいないためであった。また『市民権』は父から子へ自動的に継承されるため『計画植民市』で生まれ一度も本国に足を踏み入れた経験のない『カミス市民』も時代を経るごとに増えていた。
※:その一方ですべての『行政区』の男性市民は全員『兄弟団』に所属し、また『兄弟団』には『同じ行政区のメンバーの市民権の資格を審査し保証する』仕事が残っていたため、本当は市民でない者が特定の『行政区』の『兄弟団』のメンバーを全員、ないしは発言力の大きな者だけでも『買収』すると『市民権を捏造』できるのである。
※:この話を聞くと『転生者』は『そんなの公文章の記録があるから捏造は簡単じゃないだろ』とおもわれそうだが、そもそも『クノム人』は『文字文化の無い異民族』を強く見下す一方で実は『文字記録』に対する『猜疑心』が社会全体で物凄く強く、『どんな文字記録も捏造の可能性が否定できないので決して信用できない』という『強迫観念』があった。そして『兄弟団』の構成員名簿は各地区の『行政長官』が管理していたがクノム人全体の倫理観も低いせいで『改ざん』に対して全く躊躇のない人間が多い。つまり『文字に対する猜疑心』は決して的外れな思想ではないのである(『夢の世界』の人間はこれが平常運転)。
※:そして『市民権捏造』が増える背景には、偽の市民権を保証する『兄弟団』側も『お金を持って居る新市民』が自分の『兄弟団』で増えると自分の『行政区』に対する『公共奉仕』が期待できるという『経済的メリット』があるので市民権は積極的に売買されていたのである。また外国人を『新市民』にすれば『恩』を売れるので、それで『政治』の世界での『仲間』を増やすことすらできる。『仲間』が増えれば『出世』できるのでメリットだらけなのだ。デメリットは『露見すると最悪死刑』だが、皆やってるので怖がってる人間は少ない。
※:だが一方で『無秩序な市民の増加』は『国家』にしてみると『財政支出』の増大を意味するので何としても食い止めたいことであり、なので不定期に『市民権一斉審査』と称して全市民の市民権が正当なものかどうかを調査していた。この時『調査委員会』は『市民を減らす』ことが目的になるので市民権を喪失する者は結構多い(地味な話。だがたいていは『民衆裁判所に訴えて認められれば市民権を回復できるという救済措置もある)。
※:最後に『カミス市民』たちがエスティメトスを信じた理由に『テイロニモスが『交易商人』だったから』とイルブルスは述べているが、『交易商人』の様な『行政区』に居住実態が無い者は『もうそれだけで人格が怪しい』とされており、『交易』が国家の存続に欠くことのできないものである一方で『根無し草は人間として全く信頼できない』と市民たちからは見なされていて『裁判』では『不利』になるのである。これはクノム人世界で『冒険者』が差別されているのと全く同じ理由であった(なので『交易商人と冒険者は同じものだ』と見なされていた)。この『根無し草への差別』は『カミス』に限らずどの地域にもある思想であり、結果それが『交易商人』にとっての見えない『リスク』となっていて、そのため『裁判』になるとどんな起訴内容でも関係なく国外逃亡する『交易商人』が多く、そのことが猶更各地での『交易商人』に対する不信感と差別を助長していたのである。
しかも実はこの『濫訴請負人エスティメトス』の背後の方にこそ実は『オラクス同盟』がいたというのだから全く『驚異』としか言いようがない。実は『プロスペス連邦』は『アリアディス』への敵意から『カミス』の同盟国となっていたわけだが、そんなプロスペス人の中に少なくない『寡頭制』の支持者が存在していて『民主制の自国への伝播』を恐れて居たわけである。つまり『いつものお決まりの理由』というわけだ。だが『濫訴請負人エスティメトス』は別に『僭主ムンディパトス』の『娘婿』などではない。上記の話は特に元ネタはないそうだ。
というか恐らくプロスペス人たちは他の『クノム人都市国家』と同じく『カミス』と『バンドゥーラ』を『両天秤』にかけてうまく立ち回り利益を引き出そうと……あるいは二大大国の『覇権闘争』に巻き込まれて滅ぼされないように自国を守ろうとしていたのであろう。そのために『エスティメトス』が勇敢にも『代表者』となって『カミス』に単身乗り込み自分の身一つ、それこそ『弁論術』だけで『紺碧海の女王』を見事出し抜いたのだ。
そう、以上のように実は『利敵行為』を行っていたのは『濫訴請負人エスティメトス』の方だったわけだが、この詐欺師は『しゃあしゃあ』となんの『恩讐』もない『ソラシオネス』を念には念を入れた『嘘物語』で『死刑』に追い込み──むしろソラシオネスとエスティメトスが知り合いでなかったことがなおさら陪審員たちを惑わしたことであろう──それが済むとそのまま『ケロンタ』の『名誉領事』の立場を用いて以下のことを『市民集会』に提案したのだ。
いや、恐らく今から紹介する『提案』の方が彼らの『作戦』の『本命』であり、『ソラシオネス』は恐らく彼が『市民集会』から『信用』を得るためにささげられた『哀れな生贄』だったと思われる。事実『エスティメトス』はこの時点で『カミス市民』達から『正義をなす者』と呼ばれていたからである。
『市民諸君、『オラクス同盟の走狗ソラシオネス』を無事処刑できたことにまず私は『感謝』を捧げたい。すべてのカミス市民が一致してあの恥ずべき裏切り者に対して『正統な報復』をなすことができたからだ。だが市民諸君、まだこの『大事件』は終了していない。なぜなら『ソラシオネス』の背後には『僭主ムンディパトス』の『一族(残党)』がいて、彼らは虎視眈々と『カミス人に報復しよう』と『プロスペス連邦』に潜伏し密かに力を蓄えているからだ! それらに対処するためにもすぐにでも『親カミス的な人物』の『帰国』を支援しようじゃないか! そうすることで『プロスペス連邦』に残っている『僭主ムンディパトス』の『残党』を『粛清』し後の憂いを完全に断つのだ市民たちよ!』とエスティメトス。
彼はそういって『僭主ムンディパトスがかつて『ケロンタ』の町から追放した有力貴族の息子』をカミス人たちに紹介し、『市民集会』の決議をもって彼の帰国が実行に移されたのである。
だがこれは『ややこしい話』なのだが、この『かつて僭主ムンディパトスが追放した人物の息子』は本当は『カミス人を恨む僭主ムンディパトスの親戚』だったのである。彼は以前の『十人将軍デリオン』の遠征で『プロスペス連邦』から密かに『アリアディス』に亡命していたのだが、今度は自分の身分を偽って『カミス軍』とともに『ケロンタ』に帰国したのである。この男の演技力もたいしたものだったのだろう。
そしてこの『帰国事業』に実際に従事したのは今回も『パクトゥエス』に駐屯していた『十人将軍デリオン』と彼指揮下の『40隻の艦隊』だったわけであるがもちろん彼らはその正体に気づくことはできなかった。そうやってまんまと『ムンディパトスの親戚』が『ケロンタ』に復帰したのであった。エスティメトスの『謀略』は見事なものと称賛せずにはいられない。
そんな『策略家エスティメトス』の『次なる作戦』はまず『ケロンタ』をはじめとする『プロスペス連邦』のいくつかの都市に『ムンディパトスの親戚』密かに復帰させて力を蓄えさせ、機会を見計らって『イスマティオ』に進軍して『プロスペス連邦』を支配して『オラクス同盟』に復帰させる予定だったそうだ。
……だが、結論を先に申せば『策士エスティメトス』のこの『陰謀』は失敗に終わった。なぜなら彼と『ムンディパトス』の親戚たちが『プロスペス連邦』に復帰して間もなく、この地域に『疫病』が流行したからである。
この『疫病』が『カミス』で流行していたものと同じであるのかは私には断定できない。なぜならこの当時『カミス』国内では『疫病』の被害がひと段落していたからである。この『疫病』が再度『紺碧海の女王』を苦しめるのは『五年目』の出来事なので私は無関係なのではないかと思っているのだが、『疫病』を司る『鼠王ラクレミス神』の神慮を私には推し量ることなどできるはずもない。
だが『策士エスティメトス』は『謀略家シミュアルデス』に匹敵する『知将』だったのかもしれないが、この『ニポスの英雄』とは違って致命的なほど『幸運』には愛されていなかった。エスティメトス自身も不幸なことに『疫病』にかかって数日間もがき苦しんだ後無念の死を遂げたのだそうだ。
『あああああ!! ちきしょおおおお!! これから、これからだったのに……あああああ!! ちきしょおおおおお!! 死にたくない! まだ死にたくない!! ああああああああ!!!』と『エスティメトス』
……とこんな『怨嗟』の声をあげながら死んでいったのかは分からない。だがこの男が『英雄』として『歴史』に名を残すことがなかったことが『カミス』にとっては至上の『福音』であろう。カミス人としては『何も出来ずに死んでくれてありがとう』との言葉を贈りたい。
また他の『ムンディパトスの親戚』たちも同じく『疫病』で死ぬか、あるいは各々が支配する『都市国家』の市民たちに『疫病が流行したのは暴君の暴虐に神々が怒っているからだ!』と『市民広場』で『撲殺』されたり、あるいは不満を持った家臣達に『暗殺』されたからだったそうだ。『僭主ムンディパトス』は当然ながら国内外に敵が多く、また『レバダイア島人』や『サシボス島人』たちが暗躍したのかもしれない。結局『僭主ムンディパトス』は優秀な人物であっても『プロスペス連邦』全域を支配するだけの『器』がなかったというだけなのかもしれない。その方がまだ『救い』か。
ちなみにその『策士エスティメトス』を復帰させた『十人将軍デリオン』の方はどうしていたかといえば、彼は復帰させた時点で足早に『パクトゥエス』に帰還して任期終了まで『アリアディス湾』の警備と私掠行為に専念していたらしい。恐らくこの時に『エスティメトスとムンディパトス一族』の『破滅』を知ったのだろうが、『プロスペス連邦』で『疫病』が流行していると聞いて遠征を躊躇い、さらにはエスティメトスたちを殺した『反ムンディパトス派』のプロスペス人たちが使者を遣わせて『カイル同盟に残留する』旨を通知したのでそれ以上の介入を避けたようであった。
『我らはあくまで邪悪な『僭主制』を打倒しただけです。『カミス人』に対する『友愛』に変わりはありません。ともに『バンドゥーラ』を打倒しましょう』とプロスペス人たち。
『その言葉を聞いて安心した。私はプロスペス人たちがその『暴君の一族』を私自身の手で復帰させたことを恨んでいるのかと思ったが、そうではないようですね』と『十人将軍デリオン』
『あなた方は『詐欺師エスティメトス』に騙されていただけです。詐欺の被害者に罪はありません』と『プロスペス連邦』
※注:『詐欺師が悪いのであって詐欺被害者に罪はない』という思想はちゃんとクノム人世界にもあるにはあるのだが、一方で『自力救済』が当たり前の世界なので『騙されるやつが悪い』という意識も根強い。つまり今回のプロスペス人たちはあくまで『政治的打算』でそういっているだけである。
もちろん『十人将軍デリオン』は一連の事件が終わり『エスティメトス』が死んだ時点で『真相』を知ったというわけである。これは間もなく『第三年目の冬』の終わりとともに『凱旋帰国』した『十人将軍デリオン』その人の口によって『市民集会』で報告されたのであった。
またこの『十人将軍デリオン』は『凱旋帰国』する前にもう一つ『仕事』を行っている。それは『プロスペス連邦』の中で最も『カミス』に敵対的だった『ポロネイア』に対する遠征である。
かつて『愛国者オルシモス』も『ポロネイア遠征』を行ったが失敗して無念の帰国を果たしたことは既に述べた。その後どうやら『パクトゥエス人』たちも独自にこの『ポロネイア』に遠征して包囲を行ったそうだが、この都市は運河の河口部に位置し、運河の水で街の周囲が『湿地』になっている上に街自体が高所で『要塞化』され『プロスペス連邦』で最も肥沃な『後背地』を持って居るために『パクトゥエス人』たちも早々に諦めて撤退したそうである。この都市は『カミス』にとって因縁の都市と言えよう。
※『ポロネイア』は『プロスペス連邦』と『エリメイス地方』の境界線を形成する『カタノコス河』の河口部にある都市。この『カタノコス河』は中流域が上記の二地方の国境になっているが、そこからは『プロスペス地方』を貫流してそのまま『紫玉海』に注いでいる。本来『ポロネイア島』は実は『島』ではなくプロスペス地方の陸地の都市なのだが、『カタノコス河』の水で街の周囲が『湿地』になっていて船で渡らないといけないので『島』と称されている。特に『湿地』の水かさが増して攻めずらくなるのは『冬季』だった。
※:そしてポロネイア人はこの『湿地』の一部を干拓して農地にしており、非常に地味がよく『プロスペス地方』で最も優秀な農地になっている。だがそのために周辺都市から『植民団』が何度も襲来するので街自体が厳重に要塞化されていた。また彼等は既に本編で触れられていた通り『オラクス同盟』と友好的で『カミス』と最も敵対的な都市である。それは『プロスペス連邦』が『カミス』と同盟関係になっても変化はなかった。以前にも述べた通り『転生者』には奇妙に思えるだろうが、ポロネイア人もその他のプロスペス人も『ポロネイア』が『プロスペス連邦』に加盟しつつも『カミス』に敵対的なことを『矛盾』だとは思っていなかった。
この『ポロネイア』は今回の『詐欺師エスティメトス及びムンディパトスの一族』とは特にかかわりはなかったのであるがためにずっと事態を静観していたのであるが、どうやら『十人将軍デリオン』は『本国に凱旋帰国する前にもう一つ武功が欲しい』と思って再度『パクトゥエス』から出撃して海と陸の両方から『ポロネイア』を攻撃したのである。
また『十人将軍デリオン』はこの作戦のために改めて『プロスペス連邦』に対して『義勇兵』の提供も求めていた。これは恐らく『反ムンディパトス派』の者たちが本心から『カミス』に味方するかどうかを確かめたかったのかもしれない。なので『十人将軍デリオン』は自分自身は『40隻の艦隊』を率いて『紫玉海』から、『プロスペス連邦』からの市民兵たちには『陸』から『ポロネイア』を攻囲させたのだ。
しかし季節がちょうど『冬』であったのが災いし──これは『十人将軍デリオン』が焦った故か、あるいは知らなかったのかは分からない──『海』に囲まれた『ポロネイア島』の『鉄壁の堅城』っぷりに『十人将軍デリオン』と『プロスペス連邦』の軍勢は結局諦めて撤兵したのであった。
そしてこれも後の話だが、恐らくこの事件が終わった後くらいから『プロスペス連邦』ではある『神話』がまことしやかに語られたのであった。それはあの『英雄ファルメオーン』にまつわるある『母殺しの伝説』についてである。
※注:『英雄ファルメオーン(ファルメオン)』は『クノム神話』に登場するある『英雄(『へロス』は実は神話時代の人間族全員を指す言葉なので『転生者』が考えている『英雄』とは定義が違う)』の一人。『ウーシュティオ』の伝説的預言者で『アリスカス人』の始祖でもある『アリスカイオス』の息子。父は『タルル攻めの七将』の一人だが、実は『預言』でこの七将全員が敗死することを知っていたので最初は参加を断ろうとした。だが妻の『エメエー』が他の将軍たちに買収されて夫をそそのかして参加し予言通りに戦死させてしまう。これを知って怒った『ファルメオーン』は母を殺害して父の報復を行ったという神話があった。ちなみに『カミス』の『四大貴族:ファルメオン家』とは何のかかわりもない。『ファルメオン家』の始祖『ファルメオン』は同名の別の人物である。
つまり『英雄ファルメオーン』は『実母エメエー』を殺したために祖国に居られなくなり諸国を放浪していた時、偶然『カタノコス河』に差し掛かったところで『予言神ラクレミス』から『この土地に住め』と命じられたという。
だが『ラクレミス神』はファルメオンへの『預言』の中で直接ではないが、暗にこのようにも告げたのだそうだ。
『お前の体は『母殺しの罪』で穢れてしまっている。残念ながらそのために私はお前に近づくこともできないわけだが、『贖罪』のためには今だ一度も太陽に見られたこともなく、また『陸地』でもない土地に住め。お前がその土地に安住するまで『追手(ファルメオンの家族。母殺しの下手人に報復するために追いかけてきている)』から逃れることはできないぞ』と『ラクレミス神』
だが当初この『神託』を受けた『ファルメオン』は意味が分からずに途方に暮れ、茫然と『カタノコス河』を眺めていたわけだが、そこで『ふと』河口部に『泥』が堆積し続けていることに気づき、その土地を干拓して『ポロネイア』の街を創建し支配したという。その後に彼の息子『プロスペス』が生まれると彼のためにこの『ポロネイア島』の街を遺したという。これが私が聞いた限りの『伝説』である。
……つまり『プロスペス人』達は何を言いたかったかといえば、『予言神ラクレミス』は『英雄ファルメオーン』に対して『ポロネイアの土地に住めば罪の穢れから逃れられる』とは言わずにただ『復讐者から逃れられる』と約束したに過ぎないというわけだ。結局『ポロネイア』の土地には『始祖ファルメオン』の『罪の穢れ』が残っており、そのために本来なら『ポロネイア』に『疫病』が発生するはずだったのだが、彼等に『正義(つまり懲罰戦争)』をなせなかったために『カミス』や『プロスペス連邦』で『疫病』が発生したというのである。
……もちろんこれらは『時系列がめちゃくちゃ』になっているわけだが、『母殺しのファルメオーン』が『ポロネイア』の始祖である『神話』自体は非常に古いもので間違いないそうだ。それに『予言神』であれば未来に冒される『罪』を予見して『過去』で『罰』を与えることも造作もないことであろう。まことに『神』の力は偉大である。
※:『神話』はあくまで『神話』、だが『夢の世界』ではしばしば『メディア』としても機能する。
さて、これで『第二次オラクス戦争』の『第三年目』の『冬』の出来事はすべて語り終えた。『十人将軍デリオン』は『春』になる前に『ポロネイア』に今度は『和平』の使者を送り、彼等に対して『双方が捕らえた捕虜を一対一で交換しよう』と提案したのであった。どうやら『ポロネイア包囲戦』で『カミス人』と『プロスペス連邦』の市民兵より『ポロネイア』側の守備兵の『捕虜』の方が多かったらしく、『十人将軍デリオン』はこれによって自軍側の捕虜をすべて取り返したという。『ポロネイア』側は確かに勝ったとはいえ、大多数の市民を失っていたのである。
だがこの『捕虜交換』は『ポロネイア人』にも受け入れられ、かくして双方の戦争捕虜は無事に祖国に帰還したのである。また『十人将軍デリオン』は拿捕したポロネイア人の艦船の方は返還せず、そのまま曳航して持ち帰ったそうだ。
その後彼は『40隻』の艦隊を『パクトゥエス』に残しつつ、『本国』から派遣されてきた将軍と『交代』してから『アナーテスの外港』に入り、そこから『凱旋式』を行って『五百人評議会』での『饗宴』という市民にとって最高の名誉に浴するのであった。
※注:実はこの後『十人将軍デリオン』は高齢のため政界から引退している。なのでこれが彼の生涯の最後の仕事だった。
『第二次オラクス戦争:『オラクス同盟軍の第三次ディレトス半島侵攻作戦』と『積み重なり渦巻く憎悪と復讐の連鎖』と『選抜者』。そして『トリアネ反乱事件勃発』と『メルノス島の内戦』。『僭主メイディオス』の『計略』と『密使ドラペイオス』の『知略』。そして『扇動政治家たちの百花繚乱』』
ここからは引き続き『第二次オラクス戦争』の『第四年目』に突入する。時期はちょうど麦が実り、『都市のアシムス大祭』が終わって『収穫期』に入ったばかりの季節であった。その『収穫物』を狙って『バンドゥーラ王ヘゲラメドス二世』の指揮する『オラクス同盟軍3万』が三度『デンデレッサ地峡』に終結後『クルシウス区』から『ディレトス半島』に侵攻してきたのである。
『できる限り『カミス人』に打撃を与えることに変わりはない! 彼奴らの畑に押し入って『黄金色に実る麦』をすべて我らの手で刈り取り、果樹園とオリーブ畑の木はすべて切り倒し、カミス人が各地に設けている『食料庫』をすべて焼き払い、『家畜』をすべてバラバラにして殺し、『街道』を寸断して『井戸』という『井戸』に毒を投げ込み、『城壁』をバラバラにして持ち去ってしまえ!』と『ヘゲラメドス二世』
彼は『第二次ディレトス半島侵攻』の際に『早く戦争を終わらせるためには『ディレトス半島全土』を、しかも『農繁期』に『劫掠』することで『カミス人』の心を折ることを企図していたわけだが、残念ながらその『浅はかな試み』は達成することが出来なかった。なので『ダメ押しにもう一度』と再度『農繁期』に兵を動かしたのである。
こうなると読者諸氏は『二年連続で農繁期に兵を動かしたら『オラクス半島』の収穫は誰が行っているのか?』と疑問に思うだろう。私も同じことを思ったので『オラクス半島』の知り合いに聞いたことがあるのだが、どうやら『多くの市民たちは仕方ないから収穫は諦めて農場は放置していた』とのことであった。
だがもちろんそうなると『オラクス半島』が『大凶作』に陥ったことと同じになり、来年の食料が尽きて『飢饉』が発生するはずである。だが『オラクス同盟』はそれを回避するために『アルディアーナ』や『ムンディ・アクナ』から『穀物』を『緊急輸入』する算段をつけていたそうである。似たようなことは『カミス人』もしていたので、当然彼らもしたであろう。
だがオラクス人たちはそれだけでなく、『今回も最悪ディレトス半島からの略奪で足りない分は補う』つもりでもいたそうである。すでに『カミス』は『アポフィス王国』から余分に輸入した穀物を『食料庫』に保存していたのでそれを『あて』にしたというわけだ。
※『カミス』の本土の各『行政区』にある『神殿』には昔から『食料庫』が設けられており、『初穂料』として作物が保存されている。これは『オラクス同盟軍』が『ディレトス半島』に侵攻してきた際に兵糧として使われていた。もちろん過去の侵攻時にも破壊されてそのたびに再建されている。
そしてどうやら当時の『カミス』は『ディレトス半島』全土で『騎兵隊』を素早く動かすために『長城』内側だけでなくあえて外側にもたくさんの『隠し食料庫』を作っていたらしい。さすがに『再建した神殿』に再度食料を保管しておいても奪われるだけなので別に『隠し倉庫』を作ったのだが、オラクス人どもは捕らえた騎兵を『拷問』するなどしてその場所を見つけ出し食事にありついていたようである。
だがそれでも『第二次ディレトス半島侵攻』の時よりは『現地調達』が難しかったはずである。しかし『オラクス同盟』の兵士達はそれに耐えることが出来たのだ。
なぜ耐えることが出来のたのか? その理由は簡単、彼等は皆目を血走らせて『憎悪』にたぎっていたからである。
『俺の友達はカミス人に殺された! しかも残酷にも生きたまま顔の皮を剥がれて殺されたんだ! 絶対にやつらも同じ目に合わせてやる!』
『カミス人が『アリアディス湾』を封鎖したせいで俺の父(交易商人だった)は『失業』し、『借金』で一家全員が首つり自殺した! あいつらを皆殺しにしないと『復讐』は達成できないぞ!』
『俺の妻を奴隷にして売り飛ばしやがって! 妻は子供を身ごもってたんだぞ!? 絶対に許さあああああんん!!』
すでに『ディレトス半島侵攻作戦』は『三度目』になっているというのに『カミス』が一向に『降伏』するそぶりを見せないことから『オラクス同盟加盟国』の『焦り』と『怒り』は募るばかりであり、また『アリアディス湾』と『ラウロン島』で『カミス海軍』が行っている『海上封鎖』がいよいよその『効力』を発揮し始めていたのである。
つまりすでに『アリアディス』は『ムロス島』の反乱で『ラクラス地方』にある『銀』と『鉛』をほとんど自国に『輸入』出来なくなったことで『戦争』と合わせて『市場の物価』が『暴騰』していたのである。これは『アリアディス』に限らず『オラクス同盟』のすべての都市が同じなのだが、これによってこれらの国でどれだけの市民が『貧困』に陥ってたかはあえて述べるまでもないであろう。『同じ市民同士が今日食べる食べ物を奪い合う』ことほどの『喜劇』はない。
※クノム人的に『人間の醜さ』を描くのはどちらかというと『喜劇』である。
だが、いやだからこそというべきか、おかげで『オラクス同盟軍』に参加する兵士達も増えていたそうである。『同じ国の市民同士で奪い合う』ことを避けるための方法は一つ、『外国人から奪う』ことだけだ。
また『アリアディス』はそれだけでなく『リュートゥス』や『アクレピーオス』と同じで『中つ海西部』との『交易』にもかかわれなくなっていた。それでも彼等は『冒険者』を雇って『カミス海軍』の哨戒にもめげずに『ラクラス地方』や『ティルテン島』に危険な航海を行わせていたそうだ。
この『危険な航海を行う冒険者』たちは『根無し草の冒険者』たちだけでなく、その実態は『カミスとの戦争で没落した元市民』たちも多く含まれていたそうだ。だが『オラクス同盟』は『完全な冒険者』と『元自由人』を区別せず、特にその中で実力と実績を示した優秀な男たちに『選抜者』という名前と『バンドゥーラ』と『アリアディス』の『名誉市民権』──ただしこの権利が機能するのは両国の『植民市』のみで『バンドゥーラ』と『アリアディス』本国への移住は禁止という条件付き──を授与したのであった。
※『名誉市民権』は以前にも述べたが『外国出身者』に与えられる場合は『その権利が完全には行使できないように本国には入れない者』に限定されたり、あるいは『名誉市民権が使えるのは自国の『植民市』だけで本国には入ったらその権利は失効する』という露骨なものまであった。クノム人はどの都市国家であっても極力外国人を市民にしたがらない。
そして、読者諸氏も知っている者は多いだろうが、この『選抜者』のうちそれなりの数の者たちが『民主制』でありながら『オラクス同盟』に加勢する『ラクソーラ』にも派遣されていたのである。
だがこれはあの有名な『あの僭主の伝説』にも語られる通り『バンドゥーラ』と『アリアディス』が『民主制打倒』の陰謀を巡らせていた……わけではなく、純粋に『中つ海西部』での『海上権力』の確立を狙う『カミス』に備えるために『ラクソーラ』の港湾を警備しつつ、『ラクソーラ人』たちが『カイル同盟』に寝返らないように監視するために派遣されていたらしい。
そしてこの『選抜者』の中にはある一人の『男』がおり、彼は『民主制ラクソーラ』で『名誉市民権』と『公職』を与えられて富裕の身となるのであるが、この男の『息子』こそが後に『ラクソーラ』の『民主制』を倒して再び『僭主制』を樹立した『アシモシス一世』である。
※注:『僭主アシモシス一世』は『第二次オラクス戦争』終了から間もなくして『ラクソーラ』の『将軍』に就任し、『アルディアーナ』に対して『勝利』したことで『市民集会』から『終身執政官』の地位を与えられ『独裁者』となった人物。軍事的才能に優れ生涯『無敗』だっただけでなく、文化人としても有名で『哲学者ハルブズ』や他にも様々な文化人を自国に招き『名君』と称賛された。だが彼の息子『アシモシス二世』は『クノムティオ三大悪人』の一人とされるほどの『暴君』である。
なのでこの『オラクス同盟』の動きは小さいながらも後の『歴史』に与えた影響は大きい。なので一応は補足させてもらった次第である。
さて、話がずれたので本題に戻ろう。既に述べたが『オラクス同盟軍』は『国王』が先に述べた通りの『略奪』を『ディレトス半島の139の行政区』全域で行い、ご丁寧に『レウカス銀山』にあった『坑道』もふさいでしまったという。そして『家畜』だけはカミス人たちは殺されてはたまらないので今回も『クマシオン島』に避難させていたそうだ。だが同じく再建に時間のかかるのに『果樹やオリーブ』は動かせないため泣く泣く諦めた市民が多かったのである。
また『怒り』と『焦り』にかられた『オラクス同盟軍』は数々の『蛮行』も行っている。それは『劫掠』の過程で手に入れた『捕虜』に対して色々と『残忍』な『処刑』を行い、その様を『長城』の上で警備していた守備兵たちに見せつけたことである。
この『残虐な処刑』は語ることも恐ろしいのだが……それでも私は『歴史家』であるのだから伝えなければなるまい。
まずある市民の一人は守備兵たちの見えるところで四肢を縛りつけられて地面に寝かせられ、そのまま股の下に『大きな木の杭』を打ち込まれるという処刑法で殺されたそうだ。この市民は哀れなことに喉が破れるのではないかと思われるほど『絶叫』し、『守備兵』たちはあまりのむごさに目を背けようとしたが、統率する『十人将軍』が『敵兵に向かって隙を見せるな!』と一喝したのである。もし敵に『弱気』を見せて目を閉じれば次の瞬間には『石弾』か『弓矢』が飛んでくるからだ。
※『バリスタ』はまだ発明されていない。
『目を背けるな市民たちよ! お前たちは『同胞』たちの『無念』をしっかりとその目に焼き付け、これから自分たちのなすべきことをしっかりと『記憶』しなければならない! 『オラクス半島の野蛮人』どもに必ず『復讐』を達成するという『使命』をな! 神々は必ずやあの『邪悪で残虐な野蛮人』どもに『正義の裁き』を下してくださるであろう! 神々に称えあれ! イエー! パイヤン!』と『十人将軍』
『い、イエー! パイヤン!』と守備兵たち。
また『オラクス同盟軍』の兵士達は『ディレトス半島』の各地に自生している『松』や『モミ』の木などを見つけるとは、それに処刑したカミス市民たちの死体を吊るして回ったそうである。どうやら兵士達は『果樹やオリーブが斬られて困っているのなら明日からこれを収穫すればいい!』と『ゲラゲラ』笑っていたそうだ。
『枝という枝に『果物』をつるしてやれ! あと死体と瓦礫を積み上げて『長城』にしてやってもいい! カミス人共は『城壁が増えたぞ!』と泣いて喜ぶだろうな!』と兵士達。
また『アリオン岬』や『マデイロン』、『アタランティオ』等に残っていた『平等者アリストキロス』、『僭主ヌメニアディス』、『理想的戦士イルトライデス』の『顕彰碑』も『汚物』で侮辱したのであった。なので『ヌメニアディス』以外の石碑は後に『山手』に移されることになる。これらの話は私もさすがに『義憤』を禁じ得ない。
※注:以前イルブルスは『アリストキロスの像は『アリオン岬』にあって『山手』にはない』と述べているが、実はある。しかし実はアリストキロスだけでなく歴代の『英雄』たちの顕彰碑や銅像は実は彼等の親族の『私有地』の中にあって公共の場にはおかれていない。だからそれを知っている人しか参詣できないので、恐らくイルブルスは知らなかったのではないかと思われる。
※……しかしイルブルスの言葉に反して実は『平等者アリストキロス』は『有能な政治家』として市民からの人気が高く、『コロコス戦争』時の『売国発言』があっても後世での人気は衰えていなかった。だがなぜかイルブルス、というか多くの『歴史作家』たちはアリストキロスを悪く自著で書いており……なぜアリストキロスが『歴史作家』たちから嫌われているのかは正直作者も分からない(汗)。
また『オラクス同盟軍』の兵士達は『投石機』を用いて『カミス人の死体』を城壁に投げ込んで『疫病』を再流行させようとしたり──この試みはもしかしたら成功していたのかもしれない。実際にのちに『第二波』が来るからだ──あるいは『オラクス同盟軍から命からがら逃げ出したカミス人捕虜』に化けた兵士を『城壁』の中に『潜入』させたりもしたそうだ。
この試みは結局のところ直ぐに露見して『内側から長城を開く』ことはできなかったのだが、『ヘゲラメドス二世』は途中から『潜入』させた兵士達に『城壁』を開かせるのではなく、ひたすら隠れて『噂』を流すように命じてたという。その『噂』とはこれまた様々なものであったが、代表的なものが以下のものであろう。
『『愛国者オルシモス』には隠し財産があった! あの男は戦利品の大部分を自分の懐にいれて市民たちに分配しなかったんだ!』
だがこんな『くだらない噂』を信じる市民はいなかったそうだ。しかしこれはもしかしたら『目くらまし』だったのかもしれない。『ヘゲラメドス二世』は同時に以下の『噂』も流していたのである。
『『四大貴族』の者たちは『バンドゥーラ』と『内通』しているぞ! 連中は『アナーテスの外港』から密かに小舟を出して『オラクス半島』にわたり、『同盟市』の反乱勃発に協力している! 『貴族派』の者たちは『カミス本国』で権力を握れないので、一度反抗的な同盟市に渡ってそこで兵を集めて『武装蜂起』する気だ!』
この『噂』には残念ながら信じる市民がそれなりに居たのである。なのでそういった『過激な民主派市民』たちが『貴族派』と目される政治家や支持者を襲撃したり、『民主派』であっても『富裕市民』をだという理由で『きっと裏では貴族派を支持している』と殺害する事件まで頻発したのだ。
するとこの件には、当時『カミス』で相変わらず大きな発言力を持っていた『ニポス』たちが集まって『市民集会』で以下の要求を出したという。
『市民はとにかく落ち着くべきだ! 『憎悪』と『復讐』に目が曇り冷静さを欠いていてはそれこそ『オラクス同盟軍』の思うつぼだぞ! 敵のこんなわかりやすい計略に乗せられて『内戦』なんて馬鹿馬鹿しいじゃないか! 『復讐』なんて『くだらないもの』だと市民たちは『思い出す』べきだ! 我ら『純血種』の目指すべきことは『敵にこれまで受けた屈辱を万倍にして返す』ことじゃない、『平和』を実現し『民主制』を守ることのはずだ!』と『ニポス』たち。
おお、いかにも『ニポス』らしい言葉と言わざるをえないだろう。これに対しては『扇動政治家オルネイトス・イル・アルギロス』が返した有名な言葉があるのでそれを歌おう。
『『オラクス同盟軍』に殺された市民の中で自ら望んで凌辱された者が一人としていただろうか!? 『オラクス同盟軍』に残虐な方法で処刑され、それを恨まずに死んだ者がいただろうか!? 殺された市民達は皆口をきけずとも同じく『必ずオラクス半島の蛮族どもにこの恨みを万倍にして返せ!』と『願った』に違いない! 彼らは何よりも純粋に『願った』のだ! その『死んだ者たちの願い』を無視するとは『薄情』にもほどがある! この『人でなし』どもめ! お前らに『家族や仲間への情愛』はないのか!? お前らのような『人間の屑』どもは『クノム人』ではない!』と『扇動政治家オルネイトス』。
『『人でなし』だって(絶叫)!? これ以上ひどいことにならないように『平和』を望んでいるだけなのに!? 『戦争』を叫ぶ方がよっぽど『人でなし』だ!』と『ニポス』たち。
『『同胞』に対する深い、海よりも深い『愛情』があればこそ、それを無惨に辱め殺した『敵』を憎むはずだ! 『憎悪』の感情を持たない者は『愛情』ももちえないんだよ『人でなし』どもめ!』と『扇動政治家オルネイトス』
※注:『クノ人世界』での『復讐』とは『被害者に対する親愛を示す行為』でもあるため、『復讐なんて無意味』と説くことは『被害者のことが憎い』と言っているのと同じになる。『正義とは仲間を助け敵を害すること』だ。
まだ『ニポス禁止法』は存在せず、『ニポス』たちにたいする市民の嫌悪も甚だしいものではなかったのだが、市民の中にはすでに『ニポス』を毛嫌いするものも増えつつあったのである。徐々に『紺碧海の女王』は今の時代へと近づきつつあるのだ。実際にある『ニポス』はこう嘆いてから、市民たちが集まる『市民集会』の最中に『焼身自殺』したのである。
『お前たち『クノム人』は皆『狂気の女神』に呪われている! 『正気』を完全に失っている! もう終わりだこの『地上』は! この世界を『奈落』にしてるのは『敵』でもなんでもない、お前たち自身だぁ!』と自殺したニポス。
自らこんな『不名誉な死』を選ぶ時点で本人も『正気』ではあるまい(冷静)。そういった『混乱』もあり、結果この時期には『濫訴請負人』が『八面六臂』の活躍を見せ、そのために『民衆裁判所』で『死刑』判決が乱発されることになり、処刑を担当する『十一人委員会』が特に忙しかった時期であるという。
だがこれから『十一人委員会』はもっと忙しくなるのだが……そのことはまた後に触れることになるので割愛しよう。だがこんな状況で『冷静』になれる人間などはいるはずがなく、先に『ニポス』たちが叫んだとおりにこれまでより『輪をかけて』『中心市』では『カミス市民』たちの『オラクス同盟軍』への『怨嗟』の声が巻き起こったのである。
また実はこのころから『カミス』と『オラクス同盟』の間では互いに『戦争の大義』を叫び相手側を『邪悪な国』であることを殊更に喧伝し始めていた。これまでの『戦争の大義』は『『寡頭制』と『民主制』のどちらがより優れているか』が主だったわけだが、『戦争の長期化』と両軍の疲弊が重なり双方とも出来る限り『神々の援助』を得たいと『正義』にことさら気を遣うようになったというべきか。そしてそれに比して互いの軍事行動も『残虐』さを増していったわけだ。
『オリーブの木が全部斬られた! オラクス人どもに死を! ラクレミス神よ我らに味方し『オラクス半島』に『遠矢』をお願いいたします!』
『我らも『バンドゥーラ』に侵攻してやつらの村をすべて焼き払い、女子供も家畜すらすべて殺してやるぞ!』
『我らに全力で味方しお救いください光栄ある『クノムティオ』の神々よ! 『ディレトス半島』に踏み込んだ『オラクス人』ども全員が『疫病』で全身を腐らせながら苦しんで苦しんで死にますように!』
……認めたくないことではあるが、今になって思えば『ニポス』たちの言葉もある程度は正しかったのかもしれない……ああ、もはや双方の『憎悪と復讐の連鎖』は当の昔に後戻りできない地点に到達していたのである! この当時『カミス』の市民たちや『オラクス同盟軍』の兵士達の中で『相手に対して個人的な恨み』の無いものなど一人も存在しなかっただろう。『カミス軍総兵力5~6万人』と『オラクス同盟軍総兵力4~5万人』全員が『報復』を果たそうとしたら……『守護神』の強力な加護が無ければ既に『ディレトス半島』は全域が『魔界』に沈んでいたことだろう。
※両軍の総兵力はあくまでイルブルスの推測。カミス側は疫病と戦死でかなりの数が減っていたと思もわれるが厳密な調査は実施されていない。もちろん『オラクス同盟軍』の方はカミス人であるイルブルスが知るすべなどなかった。
この『第三次ディレトス半島』でも『カミス』側は『愛国者オルシモス』の『遺訓』を守って『長城』に籠城して耐えつつ、『騎兵部隊』を派遣して『略奪』に勤しむ『オラクス同盟軍』への襲撃を繰り返したのである。だが『略奪』に専念しているとはいえさすがは『戦士の国』が率いているだけあって、彼等は『オルブス区』や『ポリュス区』などを『要塞化』して『長期戦』の構えを見せ『カミス』を焦らせたのである。この時点ですでに『短期間』ではあるが、『バンドゥーラ』は『オルブス要塞』を建設していたのである。
だが彼らはこの時点ではまだその『要塞』の有用性を理解していなかった。まあそれはとうの『カミス人』から『オルブス要塞がどれだけ恐ろしかったか』を聞いていないから仕方ないだろう。そもそも多くの『カミス人』たちも『オルブス要塞』の本当の恐ろしさをよくわかっていなかったわけなのだが。
しかし、実は『ヘゲラメドス二世』はただ『略奪』しに来ただけではなかったのである。彼は同時に『リュートゥスのニカイア』や『東港』から『海軍提督ザキュントラトス』に艦隊を率いらせて『カミス海軍』に勝負を挑んだのであった。
『今度は『海』からだ『カミス人』! 今度こそ私は勝つぞ!』と『海軍提督ザキュントラトス』
これには当然のことながら『カミス』も海軍を出動させて迎え撃ったわけである。だがこの戦いには実は『別の意図』があり、『海戦』の最中『オラクス同盟軍』の一部の船舶が『オルミュレス島』へと渡り、ここにかつての『カミス』の『計画植民市』の設置や拡大で追い出された島民たちを『帰国』させたのであった。
『ありがとうございます『英雄ザキュントラトス』殿! あなたへの感謝のしるしとしてあなた様を『英雄』としてわが国で祀らせてくださいませ! 『英雄ザキュントラトス神殿』の建設の許可を!』とオルミュレス島人。
この申し出はただ『オルミュレス島人』が『海軍提督ザキュントラトス』に感謝していたからというよりかは、度重なる『カミス人』の暴虐にすっかり『怒り心頭』だった『オルミュレス島人』たちが──思えば彼らは『カイル同盟同盟市』の中で最も虐げれている人たちといえるだろう──『カミス』に対する『嫌がらせ』として『バンドゥーラ人』を祀りたかったそうだ。
だがこの申し出はもちろんのこと『定命の者』を『不死なる神々』として祭り上げるという、『古の法』に反する『禁忌』である。そして『ザキュントラトス』自身はまた別の理由でこの申し出を断ったのだそうだ。
『私が外国で『半神の英雄』と称賛される『名誉』に浴してしまえば、それは『海軍提督』の身分でありながら我が『主君』である『ヘゲラメドス二世』陛下の『王権』に対する『挑戦』になってしまう。だから私を『英雄』とするのはやめてくれ。私の『命』にかかわるんだよ(焦り)』と『海軍提督ザキュントラトス』
『そうですか……わかりました。では代わりにわれわれの『贈り物』を受け取ってください。『家畜河馬』の牙で作った腕輪なんてどうです? 『花綱模様』でおしゃれでしょ?』とオルミュレス島人。
『贈り物なら『王権』には関係ないからもらおう(安堵)』と『海軍提督ザキュントラトス』
※注:イルブルス通史の『話1』で語られている『バンドゥーラの歴史』について、この国の最初期の『妖精族によって著しく秩序が乱れた時代』にバンドゥーラ人たちはその『処方箋』として選んだ方法は『国父アバリス』による『法律制定』だけでなく、『中央集権化によって二人の国王に独裁的な権力を持たせる』という方法だった。つまり『国王』に権力を集中させることで国家を一つにまとめつつ、その『国王』を二人置いて相互監視させることで『秩序』を実現していたのであった。なので『バンドゥーラ人』はことさらに『王権の弱体化』や『王の権威への挑戦』を恐れる。そしてこれは『バンドゥーラ人』だけでなく多くの『王政』や『寡頭制』の国のクノム人たちに共通する感覚だった(『国王』がいても『寡頭制』の国は多い)。
※注:だが『王』が独裁的な権力を持つ国を通常クノム人は『王政国家』と呼ぶ。しかし『バンドゥーラ』は『王』が『二人』いるので『寡頭制』と呼ばれていた。『王政』という言葉の本来の意味は『一人による支配』だからである。
※しかし実はこの時の『バンドゥーラ王』は『エラネイトス王』が追放後次の王がついておらず、そのため『ヘゲラメドス二世』単独なので実質的には『王政』になっていたのだが、『戦士の国』の自認はあくまで『寡頭制』のままだった。
すでに『オルミュレス島』はこれまでのたびかさなる『カミス』への反抗とそれに対する『カミス』の処置ですでにこの島の住人はオルミュレス島人よりもカミス人の植民者の方が多かったのだが、『海軍提督ザキュントラトス』は『偽の噂』を流すことで『計画植民市』の市民達を『分断』し見事に降伏させたのだ。
『カミス本国には『オラクス同盟軍』に密かに『内通』する『貴族派』の者たちがいる! 彼等は『カイル同盟』の同盟市たちとも連絡を取り合って『大反乱』を計画しているぞ! もちろん『戦争なんてくだらない』と叫ぶ『ニポス』どもも仲間だ! やつらは『紺碧海の女王』を『内部分裂』させようと企む『悪党』だ!』と『偽の噂』
※:『悪党』は『裏社会の人間』とか『ヤクザ』みたいな意味。また『アマイオスの法』では一定額の以上の窃盗犯のことを指す(こっちは法律用語)。
この『偽の噂』によって『オルミュレス島』の『計画植民市』はその内部の『富裕市民』と『下層市民』の間で激しい対立が起こり──いや、もともとあったから『再燃した』というべきか──『オラクス同盟軍』はそこに付け込んで彼等を討ったのである。
この時も『オルミュレス島』にいたカミス人たちは即刻全員『生け捕り』となり、その後上述した『カミス本国』での残虐な処刑に供されることとなったのであった。そうやって『足場』を確保した『オラクス同盟軍』はそのまま『紺碧海』を自由に航行し、まず当初は『アルマイアス半島』に向かおうとしたらしい。
だが『オルミュレス島』での動きを聞いていたある人物が『海軍総督ザキュントラトス』のもとへと訪れていたのである。
『私は『メルノス島』の『トリアネ』で『タルル』の『名誉領事を務める貴族『メイディオス・イル・ディオクレス』と申します。我らはかねてより『カイル同盟』からの離脱を望んでおり、今までなんどか『オラクス同盟』に対して『救援要請』も行ってきました。なのに貴国は一度として我らを『救って』はくださいませんでしたな? もはや過去のことですのでこれ以上はとやかく申しませんが、今度こそ『バンドゥーラ人』には我らの『救い主』となってもらいますよ』とメイディオス。
彼は自身で述べた通り『メルノス島』最大の都市国家『トリアネー』の貴族であり、『タルル王ヒルサニオス』の『友人』であり、この土地での『反カミス派』の筆頭ともいえる人物であった。年齢はまだ若く父の後を継いで『政治』にかかわるようになったのは『第二次オラクス戦争』が始まってからだったという。ゆえに彼は『第一回三十年休戦条約』の時期に『メルノス島』が一度離反後同盟に復帰した時にはまだ『政治参加』できていなかったのである。
読者諸氏も『メルノス島』と『フレーダス島』が『スタシル島』とともに一度同盟を離脱した後再度復帰したことは覚えているだろう。『スタシル島反乱』でも『カミス』は『メルノス島』と『フレーダス島』の援軍を当てにしていたのであるが、実はこの島は『アヨーディス人』の島であるので『タルル』の影響力が強く、ゆえに『反カミス派』の者も多数存在していたのである。
だが実はその『メルノス島』は実は決して『一枚板』ではなかった。この島には『トリアネー』以外にも複数のアヨーディス人の都市国家があり、代表的なものは『ボイオス』と『リンドス』である。『トリアネ』はずっと昔から実は『メルノス島』の自国主導の『統一』を目論んでおり、ゆえに『ボイオス』や『リンドス』は『トリアネ』に対して極めて敵対的だったのである。『カミス』はこの島を支配する際に『トリアネ』の力を抑えて『ボイオス』や『リンドス』の肩を持つことで『トリアネ』を抑圧し『メルノス島』を支配下に置くという政策を採用していたので、特に『ボイオス』は極めて『カミス』に対して好意的であったそうだ。
なのでその『リンドス人』や『ボイオス人』たち、そしてメイディオスと同じ『トリアネ人』でありながら『カミス』に対して友好的な者たちはこの『メイディオス』の動きを察知すると、すぐさま『カミス』に使節を派遣して『密告』したのであった。
この『密使』たちの『代表』を務めたのは『ドラペイオス・イル・テプロン』という『リンドス人』の貴族であったそうだ。彼は『リンドスの名誉領事』を務めるカミス市民とともに『五百人評議会(ブーレ―)』にやってくると以下のように告げたのであった。
『……かくかくしかじかで『トリアネ人』で『ヒルサニオス王の友人メイディオス』は『カイル同盟』であるはずのこの都市国家を『オラクス同盟』に売りわたそうと恥ずべき『売国行為』に精を出しているのであります! また『悪党メイディオス』は『トリアネ軍』を招集して『リンドス』や『ボイオス』などの『メルノス島』の都市国家を軍事力で併合しようと戦争準備を進めております! 『カミス』の市民の皆様にはぜひ『メルノス島』の『自由』を守っていただきたいのです! 『よき秩序』こそ神々が嘉される宝、『メイディオス』はその『秩序』を破壊する極悪人なのです! すぐにこの男を討つべきです! どうか『海軍の派遣』を要請したい!』とドラペイオス。
ドラペイオスは『カミス』に対して『メルノス島への軍事介入』を要請したわけだが、これに対する『カミス』側の反応は彼の予想に反して『薄かった』そうである。つまり最初は『援軍派遣』を『市民集会』で『否決』してしまったのである。
もちろんこれにはドラペイオスはひっくり返って驚き、以下のように叫んだそうだ。
『なぜですか!? すぐさま行動を起こさなければ『紺碧海の女王』は貴重な『海軍提供国』である『メルノス島』を失うのですよ!?』とドラペイオス。
これに対して答えたのは先の『扇動政治家オルネイトス』がここでも有名な返事をしたのであった。
『『メルノス島』は古い時代からの我が国の『友好国』であり、重要な『同盟市』の一つだ。きっとそれは『オラクス同盟』の『離間工作』で『根拠のない噂』であろう。我らカミス人は『メルノス島人』を信じて居るので』と『扇動政治家オルネイトス』
『いやいやいや!!! 何意味の分からないことをおっしゃられているのですか!? でしたら私の言葉も信じてください! 私だって立派な『メルノス島人』ですよ!?』と『密使ドラペイオス』
『……それに我が国はすでに『オラクス同盟軍のディレトス半島劫掠』の真っ最中であり、『疫病』の痛手もまだ回復していない。こんな状況で、しかも自国海軍を保持する『メルノス島』への進軍は『現実的』ではないではないですか。ですから我らは『メルノス島人』がそのような『悪人』に騙されるような人たちではないと信じているのです』と『扇動政治家オルネイトス』
『終始自分たちの都合だけじゃないですか!? あなた方は『他者』と戦争していることをお忘れですか!? 『機先を制し』なければ本当に『メルノス島』を失うんですって!!』とドラペイオス。
『『作戦』は『自国の都合』を抜きにしては立案しようがないでしょう? つまりそういうことですよ(詭弁)』とオルネイトス。
こうやって私が『歌う』といかにも『扇動政治家オルネイトス』は『おかしなこと』を言っているように聞こえるが、実態は彼の『援軍派遣は見送るべき』との提案を『市民集会』は『賛成多数』で『可決』したのである。
だがもちろんのことオルネイトスも『バカ』ではないので『トリアネに対して使節を送って噂を確かめよう』とオルネイトス自身も参加して『トリアネ』に外交特使が派遣された。
するとこの時『トリアネ』ですでに『僭主』としてふるまっていた『反カミス派メイディオス』は『カミス』の外交特使に対して以下のように『高圧的』に返事したのであった。
『『トリアネ』が『オラクス同盟』に寝返ったという『噂』は本当かだと? なぜそんなこと我らがいちいち『証明』する必要がある? 誰と手を組み誰と戦おうが我らの『自由』だろうが!』とメイディオス。
そう吐き捨てたので『外交特使』たちは顔を青くして帰国し、彼らの口から語られた内容に『市民集会』に集った市民たちは皆『驚愕』したのである。
『ほら! いったじゃないですか! なんで私を信じてくださらなかったんですか!? ええ!? 答えてくださいよ『オルネイトス』殿!?(オルネイトスを恨んでいる)』と『リンドス人ドラペイオス』
『……、わ、私はそれでも意見を変えない! 『メルノス島』に軍隊派遣は反対だ! 今は『オラクス半島』への攻撃を優先すべきだ!(自分の過ちを認めたら二度と選挙で勝てない!)』と『扇動政治家オルネイトス』
『こいつ……! 貴様はさては『オラクス同盟』の『スパイ』だな!? 市民諸君このスパイを処刑してください!』とドラペイオス。
まず『ドラペイオス』の『友人』の『濫訴請負人』によって『扇動政治家オルネイトス』は『売国行為』で『起訴』され、見事『勝訴』して彼を『処刑(毒殺刑)』したのであった。これに満足してドラペイオスと仲間の使節たちは一足先に帰国し、オルネイトスの血が兵士たちの『穢れ』を清めることになったのである。
※注:クノム人世界では『出陣』の際には家畜を引き裂いて『道』を血で真っ赤にし、その上を『行軍縦隊』の兵士達が進むという『清めの儀式』が存在する。『犠牲獣の血』は『穢れを清める』効果があると信じられていた。だが本来ならこの『清めの儀式』に人間の血を使うことは『古の法』で禁止されている(つまりイルブルスの言葉は皮肉)。
そしてこの時上記でも触れられている通り、実はすでに『市民集会』では『オラクス同盟軍を撤退させるために三度『オラクス半島』に『40隻の艦隊』を派遣して周回させよう』と『決議』されて海軍の準備が整っていたのである。『カミス人』たちはその海軍の舳先を慌てて『メルノス島』へと返させ、以前とは打って変わって『機先を制するため』に海軍を出撃させたのであった。
ちなみにこの時海軍を指揮していたのは『十人将軍イッピデス・イル・アラニス』と他二名の合計三名である。イッピデスは『メルノス島反乱鎮圧作戦』を遂行するにあたり、すでに『リンドス人ドラペイオス』から以下の情報を受けていたのである。
『メルノス島の『トリアネ』の市外には『林檎岬』という場所がありまして、その岬には『果実のラクレミス神』を祀る神殿があるのです。あの『英雄シルドリウス』の立ち寄った『ミルティオのテルネイア』に由緒を持つ『ラクレミス神殿』でございます……』とドラペイオス。
※注:『果実のラクレミス』とはクノム人の『聖典』であり神話の知将『シルドリウス』の冒険譚である『シードラム』に登場する『ミルティオ沿岸』のミールス人『テルネイオイ族』の都市『テルネイア』の『守護神』のこと(もちろん『シードラム』だけでなく実際に『テルネイア』の守護神は『ラクレミス神』である)。
※注:『シードラム』の物語では帰郷の旅の途中で『テルネイア』に立ち寄った『英雄シルドリウス』一行はこの街で暮らしていた『ミールス人テルネイアイ族』を襲撃して男を皆殺しにして財産と女を部下たちに公平に分配したのだが、『知将シルドリウス』の『すぐにこの街を立ち去るぞ!』との忠告を聞かずに部下たちが『饗宴』を開いたため、『テルネイアイ族』の生き残りが周囲のミールス人部族を集めて『復讐』にきたので応戦したが、結局部下を何人も失って海に逃げたのであった。
※注:ちなみに『なぜシルドリウス一行はいきなりテルネイアを襲ったか』というと、理由は帰国のための渡航費用の獲得と兵士達の士気の維持のためであった。『英雄がそんな理由でいきなり立ち寄った街を襲っていいのか?』と疑問に思うクノム人はいない。
※注:だが実はこの『テルネイアイ族』たちは近隣にあった『クノム人都市国家』から『ラクレミス神』の司祭(神官長)とその家族を誘拐しており、『知将シルドリウス』はこの司祭たちと一緒に逃げたのである。祖国に戻ることができた司祭は『英雄シルドリウス』に感謝して『美酒』を贈っており、『知将シルドリウス』はこの『得も言われぬ美酒』を後に出会った『単眼巨人』に飲ませて酔わせたところを討ち取っている。つまり日本神話における『ヤマタノオロチ退治』に使われた『やしおりの酒』みたいな赤葡萄酒である。『水で20倍に薄める』と人間でも飲めるくらい強い酒らしい。
※注:そしてこの事件の後に帰国した司祭は祖国の軍隊を引き連れて『テルネイア』征服して植民し、以後『テルネイア』はクノム人都市国家になっているという『神話』である。そしてこの『英雄シルドリウスの美酒』をたたえて『果実のラクレミス神殿』が建立され『守護神』となっていたのだった。
※注:ただ『果実のラクレミス神殿』建立の経緯は『実はミールス人都市だった時代からの守護神だった』との『異説』もあり『神話』が錯綜している。しかし『シードラム』の成立後に建設された神殿であることは確かだった。そしてクノム語の『果実』は通常『林檎』を意味している。そしてどうやらその『テルネイアのラクレミス神』が『トリアネ』に『勧請』されてここにも『果実のラクレミス神殿』が『守護神』となっているのであった。
ドラペイオスの『提案』はまだ続く。
『……実はその『果実のラクレミス神の聖域』では一年に一度『美酒』と『怪物に対する英雄の勝利』を祝って『メルノス島人』全員(男性市民限定)が集まって大規模な『例大祭』を開くのです! 今から『メルノス島』に向かえばちょうどその『例大祭』の期間とかなさるので『奇襲』になります! イッピデス将軍は難なく反乱を鎮圧できるでしょう!』とドラペイオス。
またこのドラペイオスの『提案』を受けて『市民集会』は『十人将軍イッピデス』たちに対して以下の『訓示』も与えていたのである。
『ドラペイオス殿の『提案』通りに運べばそれでよし、だがもし『奇襲』に失敗した場合はすぐに『トリアネ人』に対して『保有する全艦隊の引き渡しと城壁の撤去』を申し渡し、もしそれが受け入れられないのなら直ちに開戦せよ』と『市民集会』
もちろんこの時にはあの『扇動政治家アナキオーン』もちゃんと『市民集会』に参加していた。このことも忘れてはならないだろう。
かくして『作戦』は定まり『アナーテスの外港』から出撃した『十人将軍イッピデス』と他二名はまず一旦『クマシオン島』により、そこで『同盟規約』に従って集結してきた『メルノス島』と『フレーダス島』の海軍の中の『トリアネ』の海軍だけをいきなり『拘留』して乗員を全員『拘束』したのであった。
『な、なぜ!? 我らは『カミス海軍』を助けるために来たのに!?』とトリアネ人たち。
『そなたらはもしかしたら『親カミス派』の者たちなのかもしれない……だがもしかしたら『反カミス派』の暗殺者が混じってるかもしれない! だから全員拘束する、恨むなら『メイディオス』を恨め!』と『十人将軍イッピデス』
こうやって『十人将軍イッピデス』は安全に『メルノス島』を攻略しようとしていたわけであるが、この『慎重さ』が仇となった。実はこの時『トリアネ海軍』の乗員の一人がひそかに『脱出』して『クマシオン島』に逃げ込み、ここからクマシオン島人の商人が出していた『交易船』に乗り込んで『トリアネ』に帰国し、『カミス海軍』が到着する前にこのことを祖国に知らせたからだ。
『大変だ! どうやら『カミス』が我らの動きに感づいた! ドラペイオスの指示で『例大祭』を狙っているぞ!』と脱出者。
『なんだと!? ドラペイオスのやつが裏切ってたのか……! あいつだけでなく仲間とその一族郎党を全員拘束して処刑しろ! 『トリアネ』を裏切った者は皆殺しだ!』と『僭主メイディオス』
『ひぃいい!! 助けてくれ! 俺は本気でカミス人に媚を売ったわけじゃない! ただ家族をやつらに人質にとられてて……』と『密使ドラペイオス』
『嘘を付け! この男の全身の皮をはいでやれ!』と『僭主メイディオス』
結果『密使ドラペイオス』はその家族ごと『処刑』されてしまったそうだが、実はドラペイオスの娘の一人だけは『私はずっと父を止めていたのですが力及ばなかったのです。ですが死を覚悟してでも諌めなかったことを後悔しています』と申し開きをしたので、彼女だけは『僭主メイディオス』の慈悲で生かされたという。
というかメイディオスはどうやらこの娘を『交渉材料』として使おうともくろんで居たそうだ。その話は後にもすることになるだろう。
これらの作業を終えたあと『トリアネ人』たちは『例大祭』を急遽取りやめ、城壁に囲まれた『中心市』や『港湾』の守りを固め、さらにこれらの防御設備のうち『脆弱』と見なされた場所には『防柵』で補強して『籠城』を選択したのである。
そしてここに『十人将軍イッピデス』の率いる艦隊が到着したわけであるが……読者諸氏も気づいてる通り今語った次第こそがあの『トリアネ事件』の『発生経緯』である。『愛国者オルシモス』死後最も有名になった『扇動政治家アナキオーン』の『活躍』はここから始まるのであった。
ああ、『扇動政治家』たちの『百花繚乱』の時代の始まりを市民諸君は刮目せよ。




