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マストカ・タルクス①:救いの女神の話

 アラトア人が何者だって? 俺が知りたいくらいだよ。



 どうやら俺が産まれたのは異世界の『アラトア帝国』という国らしい。

 住んでいるのは『アラトア人』、話されているのは『アラトア語』、信じられている宗教は『アラトア神話』……、

 そのまんまだ。アラトア人の見た目は皆赤毛で、茶色の目をした肌の白い人達だ。

 僕の名は高橋大輔……じゃなかった、俺の名前はマストカ・タルクス。アラトア帝国の大貴族『タルクス家』の跡継ぎだ。


「マストカ。お前ももう7歳だ。明日から剣術の稽古と魔術の勉強を始めるぞ。父が知る限り最強の『剣豪』と最高の『魔術師』を雇ったからみっちり鍛えてもらいなさい」

 俺の父親、タルクス家の当主オルバースが言った。赤い髪の毛が逆立っているのでまるで松明みたいな人だ。身体はムキムキだけど。

「あの、父上……そのこととは全く関係ないんですけど、『ザーラの民』て何のことか分かりますか?」

「ザーラ? ……それがどうした?」

「いえ、なんだったっけなぁ? と……どうも思い出せなくて」

「どこで聞いたのだ?」

「い、いえ、なんていうか、どこでしたっけ? 思い出せないです……」

「……そうか……」

 この世界に転生する時に聞こえたあの女の人の声を思い出す。

 もう7年も経つんだ。なのにあの女性が誰なのか、そして彼女が言っていた言葉の意味すら俺には分からなかった。


『あなた様は救世主なのです! ザーラの民をお救い下さい!』

 最初は『ザーラ』というのはこの世界の名前かと思ったのだが、どうも違うらしい。それどころかアラトア語ですらないとは……う~ん。

 ええい! とにかく情報が少なすぎる! タルクス家の書斎を漁ったりして見たけど、難しい本ばかりで全然読めなかった。まだ俺はアラトア語が読めないから当たり前である。喋れるけど文字が読めないのだ。

 ん? 待てよ……?


『この世界を救う力は貴方様にしかないのです!』

 確かこんなこと言ってたな……てことはあれか?

「つまり俺にチート能力があるってことなんじゃないか……?」

「ん? なんか言ったかマストカ?」

「いぇえや!? あ、あははは! 大丈夫ですはい! 全然ダイジョーブです!」

 父が不思議そう顔で言ってきて俺は慌てて誤魔化した。

 

 いやしかしもし俺にチート能力があるとしたら一体どんな能力なのだろうか? すべての魔法を習得してるとか? 実は最強の剣士とか? あるいは不死身……? むぅ……、


「出現せよ! 炎の壁!」

 虚空に向かって叫んでみたが何も起こらなかった。

「お前はさっきから何をやっとるんだ?」と父。

「いやははは! 魔法ってカッコイイじゃないですか! 子供のおふざけですよ!」

「今の魔法か? 魔法とは技術だぞ。『炎の壁出ろ』と叫んだだけで本当に出るなら魔法使いなんて要らん」

「自分の子供に対して酷くないですか?」

 俺がいじけると父が豪快に笑った。


 むぅ、しかし出ないのか……ていうかこの世界の魔法ってどんな感じなのだろうか? 魔法使いという人種に会ったことないから分からないんだよなぁ。今度来るらしい魔法の先生にでも聞くか?

 俺が自分の手を眺めながら考え事をしていると、父がこんな話をし始めた。


「……まあそう機嫌を悪くするな息子よ。そういえばお前が好きそうな昔話があるから聞かせてやるぞ?」

「はぁ……」

 別に機嫌が悪いわけでは……まあ聞くとしようか。


「今から数百年も昔の話だ。このアラトア帝国のある田舎の村に一人の女の子が産まれた。この子は産まれながらに非常に頭が良くてな。しかも誰も聞いたことがない不思議な言葉を話すことが出来た。その女の子は日頃からこんなこと言っていたらしい」

『私は『ニーホーン』という別の世界から来た。私が話していたのはその世界の言葉だ』


 俺はびっくりして飛び上がりそうだった。

『ニーホーン』てもしかして『日本』のことか!? 数百年も前に俺と同じく日本人が転生してきていたのか!?

 父が話を続ける。


「この女の子はどこで学んだか分からないが、優れた知識を持っていたのだ。例えば……」

 当時、アラトアの農民は作物の種を畑に適当に撒いていた。少女はそれを見て、

『種を等間隔に撒いてください。畑の中で種の分布にばらつきがあるとそれだけ収穫量が減ってしまいます。また面倒でも雑草は丁寧に抜いて下さい』

 その忠告を聞きいれた農家は次の年の収穫が二倍になったという。


 また女の子はある時皇帝陛下に自分の発明品を献上した。

「これは歯車と言います。これを使うとからくり仕掛けを作ることができて、大変に便利です」

 当時アラトア人はカラクリ仕掛けを知らなかった。陛下は大喜びして彼女に山のような黄金を与えた。


 また、アラトア帝国の北部にはよく洪水を起こす川があった。少女はその川を見て皇帝陛下に言った。

『あの川は曲がりくねっています。曲がっている川は洪水を起こしやすのです。川をまっすぐに直すべきです』

 この工事は大変なお金がかかるので陛下は最初渋った。だが少女の説得で工事が行われ、アラトア北部の民達は洪水の恐怖から解放されたという。


 成程、知識チートというやつか。現代日本の知識を持ち込んで無双してたわけか……ちきしょー! 俺が無双出来なくなったじゃねーか!

 父がさらに話を続ける。

「……おかげで少女は民衆から『救いの女神』として崇拝されるようになったのだ。皇帝陛下から妃として迎えたいという申し出もあったが少女は断ったそうだ。『私はお妃になりたくてこんなことをしたんじゃないです』とな。だが悲しいかな、あまりに聖女過ぎて神々に愛されてしまったのだ。少女は20歳を迎える前に亡くなってしまった……」

 父はそこでいきなり部屋を出て行き、一冊の本を持って戻って来た。


「これはその少女が死ぬ直前に書き遺した本のレプリカだ。死ぬ直前に自分の持っている全ての知識をこの本に書いたらしいのだが、困ったことに『ニーホーン』という世界の言葉で書かれているらしいので誰も読めん。ふふふ、しかしなんとも不思議で面白い文字だと思わんか? 帝国中の学者や魔法使い達がずっとこの本を解読しようとしているが全く出来ていないのだ。なんとも心躍る話じゃないか! 『ニーホーン』という国がどんなところなのか子供の頃の父さんは毎晩妄想してたもんだ……」

 父さんは子供みたいに目を輝かせながら熱く語っている。でもその本のタイトルを見た俺の表情はこわばっていた。


『けいこく』

 分厚い本にそっけなくそれだけ書かれていた。このタイトルも丸々写しただけに違いない、俺は恐る恐る本を開いた。

 多分日本語を知らない人がひらがなや漢字を見よう見まねで写しただけなので、すごく字が下手だ。でもなんとか読むことは出来る。


『もしこの本を読める人がこの国にやって来た時のために遺す。これは警告だ。絶対にこの国の人間にあなたが持っている知識を披露してはならない』

 俺は生唾を呑み込んだ。


『私は最初、この国の人々を救いたいと思った。農民達は皆明日食べる物すら確保出来ていなかった。効率の悪い農業、重税、自然災害、魔族の襲撃、神々の気まぐれ。子供を10人産んでも1人しか大人になれない可哀そうな農民達を救いたかった』


 へたくそな字が、まるで手を震わせながら書いているように思えてきた。

『だがそれが間違いだった。農民達はある時私にとんでもないお願いをしてきたのだ。『あなたは女神様だ。どうか我々を苦しめる皇帝や貴族とそれを守るアラトアの神々を殺してくれ』と』

 俺はその場を想像して青くなった。


『勿論私は断った。第一私に戦争の知識はないのだ。それに神々を殺す方法なんて知らない。私は普通の日本人の女子高生なんだ。だから反乱なんて起こしたら沢山の人が死ぬぞと警告した。そしたら私は農民達に殺されそうになった。反乱を計画していたことを皇帝にチクると思ったからだった』

 俺は読み進める。


『私は命からがら城に逃げ込んだ。皇帝なら助けてくれると思ったからだ。だがことの顛末を報告したら皇帝が怖い顔になってこんなこと言ってきた。『お前は民衆から神と崇められている危険人物だ。よって処刑する』と』

 ……嘘だろ?


『今私は監獄の中でこの本を書いている。アラトア人達には私が持っている全ての知識を書いたと嘘を言ってある。彼らは大事にこの本を保管するだろう、どうかこの本を読めるのなら絶対に現代日本の知識をアラトア人に教えてはならない。あなたと同じ故郷から来た者より』


 最初の1ページに以上の文章が書かれていて、後のページは全て『あいうえお』が書かれているだけだった。

 それだけだった。


「どうしたマストカ? なんか顔が青いぞ? 具合でも悪いのか?」

 父さんに肩を叩かれて俺は思わず叫びそうになった。父さんがますます不思議そうな顔をして、

「なんなんだお前は一体……もしかして今の昔話が怖かったのか? 一体どこに怖がる要素があった?」

「い、いやそうじゃないんですはい! あはは……なんていうか、この本から魔力的な物を感じまして……」

「何言ってるんだお前は……魔法使い達は皆『なんの魔力もない普通の本』だと言っている。第一そいつはレプリカだぞ?」

「あははそ、そうですね……はい……」

 俺は父に本を返して、それから自分の部屋に戻ってベッドの上に座りながら考え事をした。

 俺はこの世界を救える力を持っているらしい。でもそれは一体なんだ?

 そもそもなんで俺が救世主なんだ……?


週1話投稿を目指していきます。よろしくお願いします。

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