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マストカ・タルクス⑯牢屋に遊びに来る芋虫と膝枕の話

 こっちの世界に来てホームシックにはなってない。タルクス家での生活は色々ドン引きすることも多いけど、楽しい。

 逆にホームシックにならないことが日本に居る両親に申し訳なく思う。

 もし、帰ることがあったなら親孝行しようと思った。



「マストカ様、聞きましたか? 帝都の城壁が最近何者かの仕業によって穴が開けられてるそうですよ」

 なんだか眠れないので夜の庭をなんとなくぶらぶらしていたらアルヘイムやってきた。

 さっきまで父上と酒を飲んでいたらしい、赤ら顔になっている。

「城壁に穴? 穴ってそんな簡単に開くもの?」

「矢ですよ。鬼族が使う強弓なら分厚い城壁にも穴を開けられます」

 なんでも、最近帝都の衛兵たちが見回りをしていると地平線の向こうから矢が飛んできて城壁に穴を開けられているのだそうだ。

 遠すぎて犯人は見えないが、こんなことをするのは鬼族しか考えられない。

「でもなんでそんなこと……」と俺。

「我々との和平に不満を持つ者達がサリバン族の中に居るのでしょう。つまり嫌がらせですな」

 その時使用人の1人が走って来た。

「アルヘイム様、旦那様がお呼びです。秘蔵の酒があるのでそれを開けようと仰ってます」

「む、それは本当か。それではマストカ様私はこれで……あ、マストカ様も参加します?」

「いや、俺はいいよ」

 アルヘイムは使用人と一緒に鼻歌を歌いながら去った。


 アルヘイムが去った後、俺は庭に置かれていた石の上に座って空を眺めていた。

「あ、マストカこんな所でなにしてんの?」

 今度はエイルが現れた。

「エイル? なんでお前がうちに居るんだ?」

「うちの親父が飲みに来てるのよ、私は付き添い。『若い娘にお酌してもらうと酒が旨いから~』だってさ。まあウザいから逃げてきたんだけど。マジでこっちはゲロマズなんですけど~」

 そう言って舌を『げぇ~』と出して見せた。

 それから俺の隣に乱暴に座った。

「あ、そうだそうだ! マストカはこんな話知ってる?」

 そう言ってエイルがこんな話をし始めた。

「これはある冒険者の話らしいんだけどさ……」


 冒険者はファンタジーでよくあるあの『冒険者』をイメージすればいいと思う。

 ある冒険者の男がアラトア帝国で逮捕された。罪状は『脱税』だった。

 アラトアでは外国人が入国する時は『通行税』を払わなければならない。だが冒険者の中にお金に困って一発逆転を狙って冒険してる人も少なくない。

 だから通行税を払わずに密入国して捕まるのはよくあることだった。

 その男は牢屋に入れられ、2年間の強制労働を課せられた。

「ちきしょー、2年もなんて……固いベッドと臭い飯だけで2年もタダ働きなんて最悪じゃねぇーか……」

 男は仕方ないので働いた。毎日クタクタになって帰ってきて牢屋の中で泥のように眠る生活を繰り返して半年ほど経った頃のことだ。

 男がなぜか真夜中に目を覚ました。辺りを見回すと自分の牢の中に1匹の芋虫が這っていた。

「ああん? 芋虫じゃねーか」

 最初は潰そうかと思ったが、なんだか憐れな自分の境遇と重なって見えてきた。彼は疲れすぎて食べ残してしまったご飯を与えた。

「おめぇこんな所に居ても食い物はねーぜ? 代わりにこれ食え」

 すると芋虫はパンだろうが干し肉だろうがモリモリ食べて、牢屋の外に這っていった。

 次の日の夜も芋虫がやってきた。男はなんだか芋虫が昨日より一回り大きいことに気づいた。

「なんかデカくなってねーか? 別のやつか? まあいいや食え」

 その日も飯を与えた。次の夜もやってきたのでまた飯を与えた。

 芋虫は毎晩やってきたが、来るたびにドンドン大きくなっていった。男は最初はなんだか怖くなってきたが、すぐに考え直した。

「どうせ不幸のどん底みてぇな状態だ、もうどうでもいいぜ……おら食え食え」

 狼ほどの大きさになっている芋虫が飯をモリモリ食べ、男はその背中を撫でながらぼやいた。

「はぁ、でもおめぇにはこんだけ飯をやったんだ。少しは恩返しくらいしてくれてもいいんじゃねーか? なんてな……」

 その日も芋虫は帰って行った。

 次の日の夜、なぜか芋虫は来なかった。男が残飯を見ながら、

「あんなにデケェし見つかって退治されちまったか……?」

 ドガァン!

 いきなり男の牢屋の壁が破壊された。ひっくり返った男が起き上がると、外に象ほどの大きさなった例の芋虫が居た。

「な!? お、お前……!」

『なんだ!? 何の音だ!』

 騒音に気づいた兵士たちが走ってくる音が聞こえる。男は慌てて芋虫の背中に乗っかった。

「行け! 牢屋を壊しただけじゃあ恩返しにはなんねーぞ!」

 芋虫は空中に飛び上がった。まだ成虫になってないのに空を飛ぶとは不思議な奴だった。男はそのままアラトアの国外に脱出することが出来たのだそうだ。


「不思議な話だな。その芋虫は魔族?」

「まあそうなんじゃない? 違うかも知んないけど……これは知り合いから聞いた話よ。面白かった?」

 エイルが眼をキラキラさせながら見てくる。俺は素直な感想を言った。

「面白かったよ。そういう不思議な話、俺結構好きなんだよね」

「マジで? 私まだまだ不思議な話知ってるよ~? 聞きたい? 聞きたい?」

 するとまた使用人がやってきてエイルを呼んだ。

「エイル様、御父上がお呼びです。お酌をせよと……」

「はぁ!? チッ、あの糞親父酔い潰したと思ったのにまだ生きてやがったか……ちょっとエロジジイども絞めてくるから、じゃあね」

「あ、ああ、ほどほどにね……」

 エイルはドカドカとわざとデカい足音を出しながら去っていった。


 エイルが居なくなってから暫くすると、今度はシュナーヘルが現れた。

「若殿? こんな真夜中に起きてたら明日に支障が出ますよ?」

「シュナか……別にいいさ。どうせ勉強と訓練だからね」

「あらあらまあまあ、私達は教師としてちょっと優し過すぎたみたいですわね」

 シュナが俺の顔に手を添え、優しく膝枕した。

「……これだと逆に眠れなくなるんだけど」

「そうなんですか? 噂と随分違いますね……もうちょっと様子見します?」

「…………そうする」

 膝枕したままの俺とシュナは暫く月を眺めていた。

「ねぇ、若殿は聞かないんですか?」

「? 何を?」

「……バルビヌスと戦った時、斧に頭を割られても私が生きていた理由を」

「ああ……いや、聞かないよ」

「なぜです?」

「……言っただろ? 『きっと複雑な過去があったからに違いない』とか言うと、なんだか今のシュナが不幸な人だと言ってるみたいになるし、かと言って望んでそうなったようにも思えないし。だから聞かない」

 魔女は、夜空の月に負けないくらい美しく微笑んだ。

「……若殿は私が今まで出会った人の中で、一番素敵な方ですわ」

 俺はいつの間にか眠っていた。これが膝枕の効果か……すごいね。


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