ニムル・イル・アルディヤ64『不落の迷宮の攻略者』の話
非常にしょうもない話です。
『数多くの屈強な男達が敗北したダンジョン』
どこかの国の兵隊たちを束ねる『サラシュス』という男の話にカムサは内心不安だった。ただでさえ3人の中で1人だけ戦えないのだ。足を引っ張らないかと心配でしかたなかった。
ハッシュも緊張していた。いくら魔術師とはいえ弱い魔族と契約しているだけで『使い魔』すらいないのだ。
ニムルは懊悩していた。
(……アラトアに行きたいけど2人と『ユースティオ』にいくとも約束してるし、ああ~! どうすればいいんだよ~!?)
王宮の中に入ると、いきなりすごい光で3人の視界が真っ白になった。
「うわ!? なんだ!?」
『あら~ん♡ いらっしゃ~い! ようこそ冒険者様☆ 私達『天の乙女』達が歓迎いたしますわ~ん♡』
視界が回復すると、目の前には絨毯が敷かれていて沢山の若い女達が居た。
全員は匂い立つような色気の美女ばかりだ。高級亜麻での出せる、向こう側が薄っすら見えるレベルのスケスケの服を着ていて、媚びるようなポージングでニムル達の周りに集まって来た。
「??」
予想外の光景に思考停止する3人。
『人間の冒険者様は久しぶりだわ~、さぞお疲れでしょう? ここでゆっくりしていきなさいな♡』
『あらもしかして子供なの? こんなところまで冒険なんて大変ねぇ、お姉さん達が癒してあ・げ・る♡』
美女達が盛んに身体を触ってスキンシップしてくる。ハッシュは頬にキスされて目を白黒させた。
部屋の中は甘ったるく微かに酒が混じったような香りで満たされている。お香にアルコールを混ぜた媚薬だ。欲求不満な若い男の冒険者達ならきっと夢心地で身を任せてしまうことだろう。
あくまで男だったらの話だが。
ハッシュが無表情で言った。
「……盛り上がってる所すまねぇけどさ、あたしら女なんだよ」
美女達が顔を見合わせてから、しげしげとハッシュの顔を見る。
「……? またまた~喋り方が男じゃない、本当は男なんでしょ?」
「いや、ていうかなんで男だと思って……」
1人がカムサの胸を触ってから、
「ほら胸がないわ。この子も男ね」
「余計なお世話ですわよ!」
ブチ切れたカムサに首を絞められて美女が悲鳴を上げた。
「いいですか!? 巨乳を喜ぶのは東方の文化なの、クノム人の娘は東方人と違って上品だから、胸も手のひらくらいの大きさがベストですのよ! 牛や豚みたいな乳は恥なのよ! 分かったら謝りなさい!」
キリキリ締め上げられた美女が、
「あなたはどちらかというとぺったんこ……」
「死ねぇええええ魔族があああああ!」
「ぎゃあああああ! ごめんなさいごめんなさい!」
カムサの絶叫でハッシュは初めて美女達が『耳長族』なことに気づいた。
「お前ら魔族かよ!? ダンジョン攻略を邪魔しにきたのか! ニムル! 戦うぞ剣を抜け!」
振り返るとニムルが自分の掌を見つめていて、
「……前に耳長族を見た時は、顔が赤くなったし心臓もバクバクいってた……でも今回は何も感じない……あ、そうか、僕は今女の子だから……体に引っ張られて魂まで女の子に……ち、違う……! 僕は男、男なんだ……! ……あああああああああ!!!」
頭を抱えて地面を転がりながらもだえ苦しみ始めた。
「ニムル!? この魔族があああ! ニムルに呪いをかけたな!? さっさと解除しやがれ!」
「えぇ!? 私達誘惑しただけで魔法なんか使ってないわよ~!?」
ハッシュに胸倉を掴まれて慌てる耳長族。
叫びながら地面を転がるニムルを他の耳長族達が囲んで、
「大丈夫? 頭痛いの? お姉さんが膝枕してあげようか?」
なぜか耳長族に心配されてしまった。
「えぇ!? 女だけのパーティ!? うっそ信じらんない!?」
耳長族達が驚く。カムサが不機嫌な顔で、
「信じられなくても事実ここにいますわ。残念ですけど私達を誘惑しても効き目なんかありませんわよ」
魔族達はすっかりやる気をなくして、
「はぁ~、さすがに女だけのパーティは想定外だわ。今まで散々猛者達をこの色香で篭絡させてきたってのに……」
部屋の隅には隠されているが、沢山の武具と白骨の山があった。耳長族の娘達に骨抜きにされ、忘我の内に殺されてしまった憐れな男達の残骸だった。
あほらしいダンジョンと思わせて結構恐ろしいところのようだ。
「なるほど、数々の冒険者が挑戦するも攻略できなかったってのはこういうことか」とハッシュ。
「なんてしょうもないダンジョン……こんなのに引っかかるなんて男が嫌いになるわ……」とカムサ。
「僕は男……女……男……女……」
ニムルは耳長族から貰った花の花びらを一枚づつ千切りながらブツブツ言っていた。
「誘惑が効かない以上どうしようもないわ。どうぞ先に言ってちょうだい。あ、この奥にもまだ仲間がいるからね」
耳長族達が別れ際に忠告してきた。ハッシュがげんなりした顔で、
「マジかよ……てことはまたあんなもの見せられるわけか」
奥に進むと、大きな扉があったので押し開いて中に入った。
「お!? これは……」
大きな部屋だ。床一面はふわふわの羽毛のような物で覆われていて、自由に寝転がることができる。
「うわ!? すげぇ!? めっちゃ気持ちいい!」
ハッシュが羽毛の中に勢いよく倒れこんだ。カムサとニムルも寝転がり、身体が溶けそうな感覚に恍惚とする。
じゃら~ん!
いきなり大きな金属音と共に、部屋の奥のカーテンが開いて『耳長族』達が現れた。
「ようこそいらっしゃいました~! 気持ちの良いベッドに寝転がりながらご馳走と美少女をご堪能くださいませ~!」
今度の耳長族は全員幼い少女の姿をしていた。彼女達は大きな皿を運んできて、皿の上には全裸でご飯を体の上に載せた女の子が載っていた。
ハッシュがドン引きして、
「キモ……食欲失せるわ……」
「こ、こんなのに喜ぶなんて……男は不潔……! 男は不浄……!」
カムサの男嫌いがさらに悪化した。
(……なんか恥ずかしくなってきた……)とニムル。
男の欲望を冷静に見せられるとかなりきついものがあった。
美幼女達が駆け寄ってきて、
「お兄ちゃん~♡ ほらこっちこっち! ゆっくりくつろいでお腹いっぱいなって、そしたら私達にも気持ちいいご褒美頂戴ね♡」
「……頭痛くなってきた……」とハッシュ。
「男は魔族……! 男は人類の敵……!」とカムサ。
(……なんかごめんなさい……)
ニムルは1人恥ずかしさで顔を隠していた。
再度ハッシュが女であることを告げると幼女達もがっかりして、
「女なの!? ……はー、ぶりっ子して損こいたわ。あほくさ~なんで女を誘惑しなきゃいけないわけ? ほら、もうあんたらに用はないからさっさと奥に行きなさいよ」
そう言ってタバコを吸い始めた。
「それが本性なんだ……」とニムル。
「ていうかどこからどう見てもあたしら女だろ? なんで見て分かんねぇんだよ」とハッシュ。
「はぁ? 人間の男女なんて見ても分からないわよ。あんたらだって股間見なかったら犬の性別分かんないでしょ? それと同じよ」
「身もふたもないわね……」とカムサ。
「人を犬扱いすんなよ(怒)」とハッシュ。
「えぇ……」とニムル。
とりあえず妨害されないので構わずさらに奥へ進んだ。
次の部屋に入ると、母性的な美女達が控えていた。
「おかえりなさい♡ 今日は疲れたでしょ? めいっぱい私に甘えてね?」
1人がカムサを抱きしめて優しい声で言った。
「一生ここで私達と暮らしましょ? ここには豊富な水と食料があって飢えないし、私達は永久に老けないし、魔法で何でも産み出せちゃうからあなた達は働かなくていいの。一生私達が養ってあげるからここでゴロゴロしながら優雅に暮らしましょうね? ね? ね?」
「養ってあげるって、あたしたちは何もしなくていいのか?」とハッシュ。
「もちろん! 私達は魔族よ? 人間よりずっと出来ることは多いわ。美人で色っぽくて包容力があって優ししく甘やかしてくれてしかも養ってくれる女性を嫌いな男っているの?」
ニムルは心の中で泣いた。
(そんな男いません……!)
ハッシュが美女達の誘いを振り切って、
「だー! だから何度も言わせるじゃねぇ! あたしらは全員女だ! 一番最初に対応した奴ちゃんと後ろの奴らにも伝えろよ! 誘惑されたって全然嬉しくねぇんだよ! あたしは魔族に甘やかされるくらいなら冒険の方断然がいい!」
「そうよ! こんな所に閉じ込められるくらいなら私も外に出たいわ!」とカムサ。
「……僕はここに居たいんでしょうか? それとも出たいんでしょうか?」
「いや知らないわよ」
ニムルの質問は『耳長族』に一蹴された。
この部屋の耳長族達も3人が女だと聞くと興味を失ったので、特に問題なく奥に進めた。
そんな感じであっさり最深部まで来ると、ひときわ大きな部屋に出た。
部屋の一番奥は一段高くなっていて、そこにはカーテンが掛かっていた。
どうやらここが最深部のようだ。
『……ようこそいらっしゃいましたわ私の王子様!』
カーテン越しに少女の影が立ち上がり叫んだ。
ふとハッシュが、カーテンの横に魔術師がしゃがんでいるのに気づいた。シワシワの老婆だ。
彼女が手を振るとカーテンが開いた。
中から出て来たのは若いお姫様だった。
「……まずは最初に謝らなければなりませんわ。実は今回の誘拐は私と信頼する魔術師が起こした狂言なのです! でもどうか怒らないでくださいまし私の王子様! これには深いわけがあるのです……」
お姫様が語り始めた。
「……私はあるクノムティオの王国の姫なのです。王家の女の生活といえば王子様もご存知の通り、自由という物はありませんわ。将来の夫は産まれる前から父によって決められ、嫁入りの日まで顔を見ることもありません。そして私はその日まで清い体のままでいなければならない、そんな灰色の青春ってありますか!?」
姫様が興奮する。魔術師がなぜか涙を流していた。
「ですから! 私はこっそり自由恋愛を楽しむことにしたのです! お城に勤める衛兵、王宮の庭師、宮廷料理人に楽隊、王国の大貴族の御曹司、私の前には沢山の男達がいました。私はその中で最も素敵だと思う殿方と秘密の青春を楽しんだのですわ!」
(なんでわざわざダンジョンの最深部まで来てリア充アピールを聞かなきゃいけないの……)とニムル。
「だけど男の人という生き物はどうしてあんなに浮気性なんでしょう! 私の恋人は悉く半年もすれば他の女の所に行ってしまう、私は絶望しましたわ! 挙句の果てには結婚したら夫まで浮気に走る始末! そこでは私はそこの魔術師ラーガに相談したのです! 『浮気しない素敵な男の人に出会いたい!』と!」
「婚約者が居るのに他に男作ってる時点でお前も浮気してるじゃん」
ハッシュの指摘は無視された。
「そして、ラーガが用意したのがこの古代遺跡ですわ! ご存知の通り沢山の『耳長族』を配置し、やってくる男達を試したのです! そして、嗚呼! 数多の誘惑に打ち勝ったあなた様こそ私の夫たる資格を持つお方、私の運命の王子様ですわ!」
そこで姫様が初めて3人を見て、唖然とした。
「……はいぃい!? 女の子ぉ!?」
横で魔女がさめざめと泣き始め、
「おいたわしや姫様……まさかやってきた冒険者が3人娘とは、『神々の王テイロン』に憎まれた憐れなお姫様!」
「いや、あなた知ってたなら事前に教えてあげなさいよ」
カムサのツッコミは涙の滝に遮られた。
「あたしらはこの遺跡の前に駐屯してた、あんたの国の軍隊から依頼を受けて来たんだ。半年も王宮に帰ってないんだろ? 皆心配してるから一緒に帰ろうぜ?」
ハッシュが言うと、姫様は力なく椅子に座った後、
「……嫌よ。こんなことまでした以上、絶対に運命の相手を見つけるまでは帰らないわ」
「あたしは確実なことは言えねぇけど、ここにいる限り一生目的の男には会えないと思うぜ?」
「耳長族の誘惑に勝てる男の人は、たぶんあなたにも興味ないと思うよ……」とニムル。
「あなた達がどう思っていようと私には関係ないわ。例え100年かかっても私は待つわ。いざとなれば私にはラーガがいるもの。老けない薬を使ってでも待つわよ」
魔術師がうやうやしく一礼した。
「ラーガ、手紙と筆を頂戴」と姫。
「かしこまりました姫様」
魔術師が取り出したパピルスの手紙に姫が何やら書いた。
「この手紙を軍隊長へ渡して頂戴。これを読めば私を連れて帰らなくてもあなた達は褒美をもらえるはずよ。もうさがりなさい」
カムサが手紙を受け取ると、さっとカーテンが閉められた。
ハッシュが『ケッ』と言って、
「言われなくても帰るってーの。さて、さっさとこんな所でようぜ」
3人は宮殿を後にした。
ニムル達が洞窟から出てくるとサラシュス軍隊長が駆け寄ってきた。
「おい! 姫様はどこだ!? なぜ居ないんだ!? まさか途中で引き返してきたのか!? 女なら問題なく姫様の所までいけるはずだぞ!?」
「ちょっと待てよ、姫様から手紙を預かってるんだよ」
ハッシュが手紙を渡すとサラシュスと兵士達が読み始めた。
「……はぁ、まあそんなことだろうとは思っていたが、本当に狂言だったのか……」
サラシュス隊長は頭痛がするらしくこめかみを押さえて天を仰いだ。
「もう隊長さんが攻略したら? どういう場所か分かってるなら問題なく奥まで行けるでしょ?」とニムル。
「……そんなことしたら俺が姫様と結婚することになるのだが……」とサラシュス。
「いいじゃん、王家に婿入りで大出世じゃん!」
隊長は心底嫌そうな顔で、
「君達はいくら姫とはいえ思い付きでこんな馬鹿なことを実行してしまう残念な頭の人間と結婚したいか? 私は絶対に嫌だね」
「……まあ、僕も嫌だね」
ニムル達は苦笑するしかなかった。
「はぁ、一応姫様の命令でお前達に褒美を与えよと書かれてるからな。連れ戻してはこなかったが褒美を与える」
隊長から渡されたのは150銀貨だった。結構な大金だ。
「やった! 楽してがっぽり儲けたぜ!」
飛び跳ねるハッシュ。カムサは不満タラタラで、
「こっちは不愉快な気分にさせられたのであと1百銀貨は欲しいくらいですわ……」
「まぁまぁ、連れ戻してはこれなかったわけだし」とニムル。
ニムル達が去り際、サラシュス隊長がぼやいた。
「はぁ、仕方ない、このまま帰れば斬首だ。私が攻略するしかないか……はぁ~完全に傷んだ魚を掴まされた……」
『傷んだ魚を掴まされる』は『貧乏くじを引かされる』の意味だ。『カミス』の魚屋は痛んだ魚に水をかけて新鮮そうに見せてから売ることにちなんだ都会っ子のちょっと洒落た言い回しだった。
恐らく彼らは『カミス』と文化的に近しい都市国家の人間なのだろう。
「あはは! お疲れさ~ん!」
ニムル達は馬車は走らせてその場を離れた。
高貴な人間にとって市井の人間や冒険者なんて家畜と同じようなものなのでどれだけ死んでもなんとも思いません(夫にしようとしているのに矛盾してるわけですが、お姫様にとって夫に相応しくない人間は死んでもいいという感覚です)。




