サイマス・イル・アサクレス107『東方大遠征:レーム北部攻略編』と『大魔帝国と救世主が残したもの』と『タルキュア擾乱part365』の物語
『コロコス帝国歴史物語』……が始まる前にイスティがまたも『注釈』する。
「『カルシャーナ帝国』時代の『捕囚民共同体』についてさらに捕捉しましょう(必要ではないかもしれませんが)。これは既に述べてますが、『カルシャーナ帝国』は『捕囚』を行う際に『征服した共同体を丸ごと別の土地に移す』ということをしていました。理由は『捕囚民たちに移住先でも子供を産ませ教育させるため』です。つまり『奴隷の再生産』をねらってたわけですね。ちなみに『当初征服された人たちは奴隷扱いではなかった』と述べましたが、『強制移住』させられ移住先の土地からの移動を禁止されていたので『奴隷』と呼んでも差し支えないかもしれません。ただ経済的な制限は実は受けてなかったようです」
『夢の世界』の『奴隷』の定義はこれまでもちょくちょく書いてきたがかなりあいまいなようである。例えば『公有奴隷』は一応奴隷身分だが大抵は自由市民のままとして扱われるし、『書記奴隷』は主人の貴族から割合大事にされて大抵は老後の面倒まで見てもらえる(市民はそんなことありえない)。また『王の奴隷』は王以外には服従する義務がないのでむしろすごい偉い人だったりする。
また『自分の財産が持てない』といわれても主人からご褒美をもらえたり、なんだったら結婚させてもらい子供に教育まで受けさせてもらえたりまでする。『共同体の庇護がない者』が『奴隷』とされる一方で、『誰かに金で売買されると奴隷になる』ので、『共同体』の庇護がなくても誰かに売られてなければ法制上は『自由市民』のままだったりする(あくまで法制上の話だが)。またある国では『奴隷』として扱われる存在が別の国では『在留外国人』や『二等市民』と呼ばれることもある。本当に『奴隷』の定義は時代と地域によって様々なのだ。
そして『奴隷』と『自由市民』の違いの一つに『移動の自由の有無』もある。例えば農民であっても自由身分であれば『最近自分の畑の実りが少ないなぁ』とか『森が近いから動物が多い』とか『天災で畑がだめになった』、『この辺りは治安が悪い』などの様々な理由で簡単に別の土地に移動する。意外と農民は自分自身の土地に執着が薄い。口では『祖先伝来の土地』とかいいつつも何か不便があったらすぐに捨てるのである。
だが一方で『水争い』は川の上流に陣取る村が圧倒的に有利なので運よく『河の上流域』を占領できた農民たちは簡単には移動しない。つまりあくまで『移動するかしないか』は『経済的な動機』に左右されていた(しかし実は農民は信心深いので『最近不幸が連続で起こるから土地を変えよう』と移動することもある)。彼らが言う『祖先伝来の土地』は何が何でも所有権を維持しなければならない土地というわけではなく単に『大事な収入源』という意味であるというべきか。
だがもちろん『奴隷扱い』される『冒険者』たちにも『移動の自由』はもちろんある(社会から保証されているわけではないが)。なので『奴隷』と『自由市民』の違いの一つである『移動の自由の有無』もすべてに適応できる杓子定規とはならない。
だが一方で『アクニ人』だけは外国への移動を嫌がる傾向がある。そして『冒険者』や『奴隷』の定義の一つに『共同体から切り離された者』もあるのだが、『村や都市などの共同体丸ごとの移動』ならこれは当てはまらないので、そういう意味なら『カルシャーナ帝国』の『捕囚政策』は『奴隷化』ではなかったともいえるだろう……、
『……つまりカルシャーナ帝国の捕囚民さんたちが『奴隷だったかどうか』はどっちともいえるってこと?』とニムル。
「そうです。しかし『カルシャーナ帝国』側は一貫して『奴隷』とは呼んでいなかったので奴隷身分ではなかったのかしれません……ちなみに『新サルザリア』では『奴隷』扱いだったらしいですが……『コロコス帝国』では『カイバーン二世以前の捕囚民は全員奴隷だった』とするのが『公式見解』なので私はそれでいい気もしてますが」とイスティ。
「めんどうくせぇよなそういう話……だからあたし『学問』って嫌いなんだよなぁ。はっきり言ってほしいぜ」とハッシュ。
「そうですね。ただこれは『人間の営み』は『言葉』より先にあってその枠に収まらないものであるということだと私は前向きにとらえてます」とイスティ。
「いいわねその考え方。私たちの魂の本性が『自由』であるってことじゃない。『哲学』だわ……(うっとり)」とカムサ。
「あたしはひたすら煙に巻かれて誤魔化されてる気分だよ……(辟易)」とハッシュ。
『うーん、とにかく僕は言いたいことはわかるよ……(汗)』とニムル。
ここで一転してカムサが『理解不能』という顔で、
「それにしても『共同体丸ごと移動させる』なんて『驚異』だわ。別に奴隷に子供を産ませたいのなら別の土地に引きはがしてから適当な奴隷同士で結婚させるだけでいいんじゃない?」
「それは不可能でした。なぜなら『カルシャーナ帝国』は征服した土地の『全住民の半分以上』に対して『捕囚政策』を実行していたからです。『捕囚対象』が多すぎたので降伏させた『共同体』に『諸王の王の命令だ。お前たちは○○の土地へ行け』と命じて自分の足で移動させていたそうですよ。そうなると必然『捕囚民』たちは固まって動き移住先でも『共同体』を造ったというわけですね。数が多すぎていちいち一組ずつ男奴隷と女奴隷を選び出して結婚させるなんてできなかったわけですね」とイスティ。
ハッシュが目を丸くして、
「全住民の半分以上……?? 滅茶苦茶大規模じゃねーか。なんでそんな面倒なことしたんだ??」とハッシュ。
「これは以前にも少し触れましたが、そもそも『カルシャーナ帝国』の『捕囚政策』の目的は『被支配民族を分割して複数の土地に散らせることで反乱を難しくするため』のものでした」とイスティ。
ちなみに彼らが『奴隷』として虐げられるようになった理由は帝国が衰退し始め『被支配民族を抑圧しないといけなくなった』からである。つまり『捕囚民』と『被支配民族』に区別はなかったのだ。
だが一方『新サルザリア王国』では『捕囚民』は法的には『奴隷身分』とされていて、しかも『新たに獲得した土地の住民を奴隷に落としてから『首都圏に連行してくる』性質の政策だったため同じ『捕囚政策』でも『カルシャーナ帝国』のそれとは全然違った。
クノム人たちがもっている『捕囚民=奴隷身分』という偏見は『新サルザリア』と『カルシャーナ帝国』をごっちゃにしているためだった(補足)。(だが新サルザリアも捕囚民の中に『貴族』を作って同胞を管理させていたので同じと言えば同じ)。
次回へ続く。
『東方大遠征:レーム北部戦役』、『アラマン中央軍:タルキュア防衛隊』
前回の続き。ミュシアスの『アクロバティック弁明』に魔王フェルゾが少々言葉に慎重になりながら返す。
『……舐められて話も聞いてもらえないから残虐に振舞ったとふざけたことを抜かすのか!?(これでも慎重)』と魔王。
「言っておくが我らは最初から残虐に振舞ってはいないぞ! 最初『無血開城すれば信仰生命財産を保証する』と宣言し『バスタイ』ではそれを守ってる! 『エデュミン』の街がそれでも『抵抗』を選択したから宣言通りに行っただけだ! 蛮族は絶対に攻撃前にそんなことを言ってこない! なぜなら獲物に準備の時間を与えるだけだからだ! 『大魔王の支配からの解放』を叫ぶ我らに対して戦う意思を固めたのなら、それは『戦士』として答えることが礼儀! 当然そうなるだろうが! 東方では違うとは言わせんぞ! 我らだってすでに知っているんだからな!」
ちなみにだが、『夢の世界』ではクノム人世界に限らず東方でも『陥落させた街での略奪と虐殺』や『住民の奴隷化』、『町の破壊』は普通に行われている。『寛仁』を歌う『コロコス帝国』でも反逆した者にはたとえ同胞コロコス人であろうとも一切の容赦はなかった。
とはいえ実際に虐殺を受けた『エデュミン市民』たちがそれで『復讐心』を捨てるはずもない。魔王があざけった。
『間抜けどもめ! エデュミン市民の憎悪はそんな言葉では晴れんぞ! どうせなんだかんだ言って町を破壊するだけだろうが!』とフェルゾ王。
「……確かに町は破壊する! それは否定しない!」とミュシアス。
『若きオルトロス』は魔王を喋らせずさらに畳みかけた。
「すでに『エデュミン』に入城した際に行う『処置』は決まっているぞ! 二度貴族を粛清しても反乱がおこったのならもう庶民たちにまで罰を与えないといけなくなった! よって『罰』は『エデュミン』の町を破壊して住民は全員『タルキュア州』内に分散し『50戸以下』の農村を作ってそこで暮らすことを命じる! 『エデュミン』の街の跡地はわが軍の基地として利用する! これは貴族であっても同じ! また賠償金の支払いも命じる! 賠償が済むまでは一切の武装も禁止! これがすでに決定されているお前たちに課される『ペナルティ』だ!」
これはかつて『アラマン王国』が『第三次聖域戦争』に介入して打ち破った『ペイアルス連合』に対して行った『戦後処理』そのままである。確かに都市は破壊されるが住民たちは処刑も奴隷化も免れ、賠償金支払いまでは『アラマン王国』の駐屯軍団によって防衛もされる。『ベニーカ王』によって『タルル』の貴族抹殺、庶民が奴隷化され町も地上から完全に消滅したことを思えばとんでもない温情な措置だった。
そして『タルル』との扱いの差を『エダイラ人』達はほとんど知らないし、『クノムティオ』のことは興味もないので調べる者たちもほとんどいなかった(というか調べる方法がクノム人傭兵や奴隷から聞くしかないが大抵は教養がないので自分の街の歴史ししかよく知らない)。なのでフェルゾ王もこの『処置』を聞いたエダイラ人たちがどんな態度をとるか測りかねた。
だがもう一つ気になっていたので魔王が叫ぶ。
『は! そんな話を聞いたところで市民たちは信じない! それにこの町はすでに我ら『アンフィスバエナ』のものだ! 誰にも渡さん!』
「愚かな魔王め! 大人しく町を引き渡して魔界へと退去すればよし、そうでないのなら皆殺しにしてやる! さぁどっちか選べ! もうこれが最後の『降伏勧告』だぞ!」とミュシアス。
(……むぅ、そういうか。まだ我らが欲するものは得られそうにない……アピルの方ももう持たんだろうし、さてどうするべきか……)とフェルゾ王。
魔王はいったん自陣営に戻って『四天王』たちの話を聞くことにする。ミュシアス隊は特に邪魔しなかったので安全に戻ることが出来た。
『……あのミュシアスはああいっているが、あれは『過酷な処置』だと思うか? エデュミン市民たちはあれを聞いてどう思うとお前たちは考える?』と魔王。
とくに彼ら『アンフィスバエナ』はずっと『クーフィーン山脈』北側の湿地帯の中で泥の中を住居とし、水に浸った土地を利用して粗放な農業と狩猟をして暮らしていた者たちなので『都市市民』の気持ちがいまだによくわからずそのことをずっと気にしていたのだった。
『『エデュミン』が水没してから結構な市民が病気で死んでおります。『殺されない』と知ったら彼らは喜ぶのでは?』とニラト。
『そもそもあの『ミュシアス』が言ったことを守る保証がない! 守らない保証があるがな! 口約束ですぞ魔王様!』とガムル。
『……確かに友軍が来るまでの時間稼ぎの線もあるが……だがやつらはすでに二度『エデュミン』で虐殺を行っています。特に二度目は『絶滅』させてもよかったはずですが貴族たちの抹消だけでとどめてますから、『絶滅させるつもりはない』は事実かもしれません』とタバサ。
『……『タルキュア州』は『ハリスキーナ』から『レーム』への玄関口だ。この地域の人口を減らしすぎれば防衛力が下がるだけ。私がアラマン人だったらこの『口約束』は守るでしょう……『都市破壊』は今まで(東方大遠征)では行っていないですからインパクトがありますし』とニラト。
アラマン軍が『戦略』なく動いてるわけではないことくらい『アンフィスバエナ』達も理解している(アラマン軍の戦略は『いかにコロコス帝国に勝って東方の土地を得るか』なのでその目的のためなら手段を択ばないことが分かっている)。
魔王がうなって、
『……そんな条件を提示してきたとなるとエデュミン市民はいったいどうなる……? 彼らが先に降伏してしまったら我らは本当に大人しく魔界に退去するしかないのか? すでに多くの同胞を失っているのに?』
『アンフィスバエナ』たちも今更諦めるわけにもいかない。そこでガムルが近くで黙って魔王とミュシアスの会話を聞いていたサレアスの手(右手ではなく左手)を引っ張って告げた。
『……貴様は『偽装降伏』だとかどうとかいって我らのところにやってきた。殺されなかった恩を今こそ我らに返せ。どうすれば魔王様のお望みは達成されるのだ?』とガムル。
引っ張られたサレアスが告げる。
「……『エデュミン』の者たちが聞いて何と答えるか知りたいのなら、実際に彼らに聞いてみたらいいんじゃないですか? なんで聞かないんですか?」
『超』がつく『正論』である。だが『アンフィスバエナ』たちは物凄く嫌そうな顔で、
『……市民たちに聞かせてはならん。あれは市民たちから聞いてもアラマン人の『譲歩』だ。そのせいで市民たちの抵抗の意識がそがれても困るし、逆に『アラマン人は弱気だ』と盛り上がられても我々にとっては都合が悪い。市民たちは私の命令に従っていればいいからだ。やつらに『自由意思』を持たせるようなことは絶対にできん』
『四天王』たちも皆頷く。『アンフィスバエ』たちはやっぱり『エデュミン市民』たちを利用したいだけで信頼しているわけではないのだった。
「……そうですか。まあいいです……」
一旦一呼吸おいてからサレアスが答えた。
「……ミュシアスさんの話し合いは聞かせていただきました。あの条件が彼の独断かオルトロス候の指示なのかは私にはわかりませんが、一応は『譲歩』です。『譲歩ではない』という体裁を保ちつつの『譲歩』ですね」
『ということはやはりアラマン人もこれ以上の戦闘は望んでいないと?』とタバサ。
「それはそうです。最初からそうでしたから。ただあなた方『アンフィスバエナ』が出てきたことで話がこじれたんですよ(悪気無し)」とサレアス。
『そういうことではない! アラマン人は我らを重用する気があるということかと聞いてるんだ!?』とニラト。
「それはわかりませんが、もしその気ならミュシアス殿が提案してるはずです。『アンフィスバエナたちは同盟者にするが『エデュミン』の市民たちは罰する』という処置も我々の側がとる選択肢としては別におかしくありません。『アンフィスバエナ』はずっと敵でしたが、『エデュミン』は二回も裏切っているので。敵よりも厳しく処罰すべきは裏切り者ですから」とサレアス。
『ではどうすれば我らはアラマン軍に参加できるのだ?』とガムル。
話し合いは次回へ続く。




