バルクス・イル・オルトロス&ノックス・イル・ダーマス107『東方大遠征:レーム北部攻略編』と『川船の会戦11』と『ダーイムレス王と慈悲と国家像』と『サレアスの恩人ファイユ』の物語
カムサが前回の話を聞いて言う。
「昔コロコス人は『グリフォン(シームルグ)』を崇拝していた……『夷荻』の国に『魔族崇拝』が残っている話はよく聞くけど、よくもまぁ人間に悪意を持つ魔族を崇拝なんてできるわね。ちょっと信じられない文化だわ」
ハッシュとニムルが自分を指さして、
「おいアホお嬢様。ここに魔法使いがいんの忘れんなや(怒)」とハッシュ。
『僕も一応魔族なんだけど……(汗)』とニムル。
(……ニムル先輩は魔族……だけど人間でもある……)とイスティ。
だがカムサは堂々とこう言った。
「別にニムルやデージャやゴブリンたちを敵視してるわけじゃないわよ? でも『魔族』全体で見た時、残念なことに魔族の大部分は『人間族』に対して敵意を持ってるじゃない? 実際クノムティオにいた時だって、あるいは東方に来たときだって『こっちが人間というだけで攻撃してくる魔族』に何度も遭遇しているじゃない? もし魔族が『自然現象』というのならまだ納得できるとしても、魔族は『意思をもつ生き物』なんだから、『私たちに最初から敵対してくる相手』を『崇拝』するって感覚が私には分からないって言ってるのよ。『魔族』じゃなくて『敵性民族(野蛮人)』ていった方がいいかしら? 二人とも自分たちを見下してくるコロコス人を崇拝したいと思う? って私は言ってるのよ」
この言説にイスティはこの上なく『渋い顔』をした。だがハッシュとニムルはちょっと考えてから、
「……なるほどな。確かにあたしも『蛮族を崇拝する』のは『気持ち悪い』と思うぜ」とハッシュ。
『……まあ、カムサやハッシュの言葉も理解できるよ……理解はね……(モゴモゴ)』とニムル。
ここでイスティがいった。
「……私もカムサ先輩の言いたいことは理解できます。ですがこれだけは言っておかないといけないと思います……『戦争』もまた『天災』の一つ、一つの国が他国から攻め込まれること自体が『神々の意思』によっておこる『天罰』なんです。『神々の女王クリアー』や『酒神アシムス』がよく人間を『発狂』させ殺人や自殺に追い込む様に、『戦争』もまた神々の意思によっておこることです。そもそも『タデカル戦争』だってそうじゃないですか?」
イスティの話は極めて『呪術的』な考え方である。人間が自分の意思で引き起こす『戦争』が避けようのない『自然災害』と同じものではないことは『転生者』には明快なわけだが、『夢の世界』の住人達には決して明快なことではない。
そして、イスティはこういった『呪術的思考』が決して『不合理なだけの思想ではなく、ちゃんと意味がある』ことも知っていた。『タデカル叙事詩環』を持ち出されてカムサは言葉に詰まり、
「……ま、まあ、たしかに『神話』ではそうされているけど……」とカムサ。
「『神話』を疑うなんて『冒涜罪』ですよ先輩。それに『戦争』でよく使われる手段の一つに『敵に融和的な態度をとることによって降伏させやすくする』という戦略が存在することもまた事実です。敵側はこちらが『降伏してきても認めない』という態度をとってくると死に物狂いで抵抗してきてこちら側にも甚大な被害がでるので、たとえ戦友を殺した相手に対しても憎しみを捨てて『和平』を選択するんです。もちろんこれは感情的には納得できないことでしょうが、これを実現できる将軍は『名将』、王なら『名君』と呼ばれるんですよ。『カイバーン二世』も『慈父』の姿勢を貫くことで『世界帝国』の礎を築けました……私が言えるのはこれだけです」
これを言われて、カムサがすぐに『降伏』した。彼女には『農民戦争』での苦い記憶があったからだ。
「……確かにイスティの言う通りだわ。私としたことが了見の狭いことを言ってしまったわね」とカムサ。
「いえ、カムサ先輩はこの言葉だけで理解していただけるので『素晴らしい』と思います。言葉を重ねてもわかってくれない人はいますからね……(暗い顔)」とイスティ。
(……なんかイスティの顔が疲れて見えるな……)とハッシュ。
(うーん、僕も反省しないと……)とニムル。
『コロコス帝国歴史物語』、『マルシル神官団エンマルカル』が『翼獅子』の『誘惑』に乗って自分を非難してきたことに『諸王の王』は額に青筋を浮かべて怒鳴った。
『なんのための『密約』だ? 秘密だから『密約』なのだ! 『民草にどう思われるか』など考える必要はない!』
『ミナワンダ様はあなた様に殺されることを懸念しているでしょう。彼女が何かの折に『密約』の情報を市井にこっそり流すだけでいいのです。もしその噂が流れてしまってからミナワンダ様を殺してしまうと民草たちに『約束をを結んでおいて都合が悪くなったら同盟者を簡単にきった』と見なされかねません。『約束を守らない主君』に忠誠を誓う民がいるでしょうか? 取り返しのつかないことになります。私はそのことを心配しているのです』とエンマルカル。
これは『夢の世界』と『現代日本』との『国家観』の違いの最たるものだろうと思われるが、『夢の世界』の『国家(都市国家から世界帝国まで様々)』とは『その国に住む市民を守る存在』ではなく、『むしろ市民が頑張って国家を維持発展させないといけない』という考え方である。
つまり『政府が市民を守る』のではなく、『市民が政府に忠義を誓い滅私奉公する』なのだ。そして民衆が奉公する『国家(王権)』側も自国を存続させるために最大限の努力が要求される。庶民は数少ないリソースをすべて国家のために使うことが求められ、王侯貴族も特権の代償に民衆よりもさらに大きな責務と負担を甘受させられていた。
これは『民主制』であっても同じで、『市民(主に男性市民)』は皆『市民集会』という『王』に仕える『家臣』という意識である(正確にはカミス市民は自分たちを『法に忠誠を誓う者たち』と自称している)。ゆえに『民衆』といえども自分たちの『支配者』を常に値踏みしており、『我々が命がけで忠誠を誓うに値する王じゃない』と思ったら反乱を起こしてしまうのである。『農民反乱』は起こっても鎮圧自体は可能だが、鎮圧作戦にも多大なコストがかり王朝支配を弛緩させてしまう。なので絶対に避けたかった。
次回へ続く。
『東方大遠征:レーム北部戦役』、『アラマン中央軍:タルキュア防衛隊』
『エデュミン』近郊で行われたミュシアス隊とニラト&ガムル隊の『川船の会戦』は互いが互いの左翼軍を潰走させたが、その後は両者決定打を得られずに一段落した。ミュシアス隊が戦場近くの『高所』に陣取って威嚇し、ガムルとニラトたちはその下の『湿地』の中に戦列を組んでにらみ合う。
そしてそこで『アンフィスバエナ』の『四天王』の一人『タバサ』がサレアスを連れて接近してきた。彼を確認するなりニラトが怒りをぶつける。
『タバサ貴様!? 魔王様は『ガムルと貴様はアピルのところによったらすぐにこっちにこい』と命じたはずだ! なのになぜガムルが合流してて貴様がこんなにも遅れた!?』とニラト。
タバサの後ろにいる『アンフィスバエナ』正規兵たちは戦列を組んでおらずただ集まっているだけである。彼らはアラマン軍とにらみ合って『密集方陣』になっている友軍たちを驚きの目で見ていた。
そしてタバサが自分のすぐ近くの小舟に乗っているサレアスを舌でさしながら言った
『うるさいなニラト、遅れた理由を知りたいなら俺に喋らせろ。ここに来る前にアラマン人に少しでも揺さぶりをかけようとこいつを利用したんだ。だがちょっと想定外の展開になっている……魔王様、よろしいですか?』
『待て! これは命令違反だぞタバサ!? もし貴様が参戦していたら我らが勝っていた可能性が高い! 何てことしてくれるんだ!?』とニラト。
『ニラト落ち着け! 今はそんな事どうでもいい! それよりタバサよ、俺に貴様の部隊の指揮権を渡せ! 疲れていない兵を率いて再攻撃をかける!』とガムル。
『ガムルは黙ってろ! それをいうのならタバサは今すぐアピルの方に支援に行くべき……』とニラト。
『待てガムル! 私は命令していないぞ! 勝手に攻撃しようとするな!』とフェルゾ王。
『魔王様! そんなことより私の話を聞いてくだされ! 今後にかかわる一大事です!』とタバサ。
魔王と四天王たちがごたごたしたのでサレアスがボソッと喋った。
「……『右腕』感謝します。驚くほど違和感なく動かせてますね」
そういう彼(彼女)の右肩から下にはちゃんとした人間の腕があった。実はアピルを裏切ってサレアスに協力した『使い魔』が化けているのである。
使い魔がサレアスの心に直接語り掛けた。
『恩を受けた以上は返さなければならん。これくらいは朝飯前だ』
「あなたの恩返しはすでに済んでいるのでは?」とサレアス。
『とんでもない。俺の命はまだ飢えたライオンの前にいるウサギだ。こうやってお前にくっついていないといつ殺されるかもわからん。お前さんが無事『アラマン軍』に合流するまでは生きた心地がしないんだ』
「そうですか……あ、そうだ。あなたの名前は何というのですか? それとも前の主人から名前はもらってないですか? あと種族は? 『妖精族』であることはわかるんですが……」
使い魔は不機嫌になって、
『俺を奴隷扱いするな(怒)。使い魔になる前の名前もちゃんとある。トゥルエデ語で『フェイユ』、種族は『針トンボ』、『蟲種』だ』
そういうと右腕からトンボの透明な翼が生えてきた。『針トンボ族』とはクノム人たちは『ヒースのトンボ』とよぶ蜻蛉ににた魔族で、体の大きさは自由自在で実は喋られるだけの知性を持っていた。階級は『中堅魔族』である。
サレアスがちょっと驚いた顔で、
「……昔『ニムル殿』があなたの同胞と戦ったといってました。首を切るだけで簡単に死んだと」
『蜻蛉の首が弱いから我らの弱点も同じと思ったのか? 安直な奴だなその『ニムル』とやらは。その程度で我々は死なない。恐らく『幻術』で死んだふりでもして逃げたんじゃないか? 俺の憶測だがな』と『フェイユ』
サレアスが言っているのは『第106部』でニムル達が盗賊のアジトとして使われていた古代遺跡の奥にあった『金の斧』を守っていた『ヒースの蜻蛉(針蜻蛉族)』のことである。
実はこの時『ニムルが倒した』『針蜻蛉』は事前に魔法使いによって『知性』を奪われていて『魔法』が使えないようにされていたので体の大きさを変えられず『遺跡』から出られなくなっていたのだ。魔法使いは死後も魔族を永遠に『使い魔』にしておくことはできないので、『知性を奪って』宝物庫の番人をさせることがよくあった。だが『知性剥奪』は高等種族ほど成功率が低くなる。
そして『針蜻蛉族』は特別首が取れやすいわけではないが、人間と同じで大事な器官なので剣を突き刺されてひねられたらさすがに致命傷だった(補足)。
フェイユが人間の腕に戻りサレアスが興味なさそうに言う。
「……そうですか。ということはニムルさんはあなたの同胞を本当に倒していたわけですね……『ポイユス』さんにお願いしたいことがあります。あの『高所』の上にいる友軍にこっそり連絡を取ってくれませんか?(小声)」
『まて、なんだその『ポイユス』ってのは? まさか俺の名前か?』とフェイユ。
「トゥルエデ語の発音は難しすぎます。私が名前をあげましょう、あなたは『ポイユス』です」とサレアス。
『だから奴隷扱いするなと言ってるだろ!(怒)。連絡は無理だ。俺たち『針蜻蛉族』は隠密行動が得意じゃない。こんな軍隊のど真ん中で無茶をいうな、『百目の怪物』ににらまれているようなものだぞ』
「なるほど『百目巨人』ですかいい得て妙ですね。そうなるとあなたに働いてもらうのはもうちょっと後になりそうです。そろそろアラマンに帰りましょう」
『ぜひそうして欲しいな。もちろんアラマン人の『都市神』にも話をつけておいてくれよ?』
「『運命』の心は決まっております。『守護神トレア』が万事あなたを守ってくれるはずですよ」
そしてサレアスとフェイユが話している横では魔王フェルゾが『四天王』たちのごたごたを収めていた。
『待て落ち着けお前たち! まずは報告だ! タバサよお前がなぜ遅参しのかの理由とお前がさっき伝えようとしたことを話せ!』とフェルゾ王。
ミュシアス隊からの視線も感じつつタバサが告げた。
『は! 魔王様。まず私が遅参した理由ですが、あの『サレアス』を使いアラマン人の足止めを画策したのです。具体的には『エダイラ人』を船で運んでいたやつらのもとにサレアスを連れ出して時間稼ぎのための『説得』をさせたのです』
タバサが話しているのは『2023/4/3投稿分』から始まる『舌の前哨戦』である。『第三次総攻撃』が発生する前にサイマス将軍とアルキオスがタルタラタたち『エダイラ人』を『埋め立て地』から『帯状地帯』に輸送し、そこで『川舟』を大量に作ってもらおうとしていたところにタバサがサレアスを前面に出して『足止め』にかかったのだ。
その時の会話の流れを詳しく、だが素早く説明しながらタバサが言う。
『……かくかくしかじかです。我々が足止めしようとした部隊の指揮官がどうやらサレアスの兄だったらしいのですが、その者との話し合いで『サレアスを仲介者にしてアラマン人と交渉する』めどが立ちそうなのです。ただまだ状況は流動的、予断を許さない状況にあることは変わりありませんが……』
その時のサレアスとサイマス将軍の話し合いは『サレアスが敗北の罪に問われてもサイマス将軍が庇るという誓い』なので『アンフィスバエナ』たちにとってどう評価すればいいか判断が難しかった。
だが魔王はほぼ考えずに即決した。
『……そうか。でかしたぞタバサ。今の状況はもう『運命の女神』の仕業としか思えん。この『停戦』を契機にまたあそこにいるアラマン人どもと『交渉』するぞ』
この言葉に驚いたのは、魔王と一緒にここにきてずっと黙っていた『ナラダ二世:ハピ・トゥドゥハリヤー』だった。
「な!? 『交渉』!? まさかここであの邪悪な野蛮人に対して『譲歩』するんですか!?」




