バルクス・イル・オルトロス&ノックス・イル・ダーマス104『東方大遠征:レーム北部攻略編』と『ダイモーヤ王の行き詰まり』と『タルキュア擾乱part306』の物語
『コロコス帝国歴史物語』、この場にいた少数のインディーン騎士たちも皆思わず舌打ちしたが、アラムの言うことは正しいので何も言わなかった。
ダイモーヤ王も不機嫌になって、
『雑種の女の分際で生意気な口をたたきおって……ではアラムよ、今回の『サーマーン候の和平』に関しては貴様はどうするのがいいと思うのだ?』
『戦う女神官』アラムが勝ち誇った顔で答えた。
『はい『諸王の王』よ。私は『マニーヤ・タルマカエ』という人物も知っているので、彼がこんな『和平』を仕掛けた理由をまず第一に考えます。恐らく狙いはシンプルに『我々の足を止めるため』でしょう。この間に彼は動いているにきまってますが、恐らく彼の矛先は『ダーマーン候とナークシュバンディーヤ候』だろうと思われます。『ハリスキーナ』では彼は恨みを買っていて手口もよく知られてますが、それ以外の地域では彼の手管は知られていないからです。マニーヤ候が『ファラーン』で戦闘した経験はありませんよね?』
ダイモーヤ王が答える。
『……そうだな。マニーヤのくそジジイは父上に付き従って『ムルディアナ王国』、『ビカルニア王国』と戦い『新サルザリア』で大功を上げてからは現地総督となり最前線には参加していない。確かにファラーン人は実際にその目でやつの戦いぶりを見ていないな……だったらマニーヤはまずそこで『征服』を行って兵士を集めてから私に挑んでくるはずだ。ならば猶更、我らができることはなんだ?』
そこで一人のインディーン騎士、『キルビーン・アルタクシャスラ』が提言した。『アルタクシャスラ氏族』は『カイバーン二世』即位以前から『カラミスヤ氏族(王朝)』に友好的な『伝統的同盟者』の氏族である。『ダイモーヤ一世』の時代には『不死軍団』に多くの兵士や将校を供給する重要な一族になっていた。
「……そしてですが、現在『アルタクシャスラ氏族』は『ムルディアナ騎士』になってます。これは後に語ることにするのでここでは割愛しましょう」とイスティ。
『……ダイモーヤ王よ、とりあえず密約を結んでいる『ミナワンダ女王』に連絡を取るのはありだと思います。ですが今のところ下手に動かない方がいいのではないかと私は思っています。逆に今下手に動こうとすると、ただでさえ『べレティア方面』で大敗を喫しているので『流れが悪い』です。負けが込んでいる時に下手に率先して動く自ら沼にはまり込んでしまうもの。それより『カルマン神官長殿』がいる『アニス島』に多くの兵士を送り込んでこっちに集中しましょう。そういう意味ではこの『和平』は『渡りに船』です。乗ることはしませんが、乗る振りだけして返事を遅らせて『時間稼ぎ』するのです』とキルビーン。
トゥルリク総督が苦言を呈する。
『そんな曖昧な話がありますか(呆れ)。それに結局そうなると『マニーヤ候』を自由にするだけなのでは?』
『まあそうなんですが、我々は背後に『ビカルニア王国』もいる以上、『最善手』はこれでしょう。確かにマニーヤ候に読まれてるかもしれません、ですがマニーヤ候の読みを裏切ることにばかり気をとられていてもだめでしょう? マニーヤ候の意思は関係なく、我らにとって最も『よい』手を選ぶべきです。それに我らには『アバランジ・クーン』という強力な『スパイ』もいるので『偽王』たちより『情報収集能力』では圧倒的に有利です。マニーヤ候の動きも素早く知ることが出来るので、それでいいと思います。そもそも『べレティア方面』で苦戦しているのに、どうやって『インディーン王国』に攻め込むと? 『ザラワシュト軍』もすでに『アニス島』に動かしてしまっているのに?』とキルビーン。
イスティがいう。
「かつてダイモーヤ王が『サアールク』の西にある『ゼイダーン山脈』の中を通って『サアールク』に進軍させていた『ザラワシュト・ヒムラーン』の軍勢3万が『アニス島』に転進しているのは既に述べた通りですね」
この当時『べレティア方面』では『不死軍団総帥アルマス卿』が軍団を再建しながら『べレティアの西端』に何とかとどまっているのすぎず、同地域のほとんどが『アルベラシム王とミナワンダ女王』の勢力下になっている。
そして『アニス島』方面にはカルマン率いるアクニ人軍団が『ビカルニア王国軍』とにらみ合っており、そこに『ザラワシュト軍』が救援に向っていた。そして『インディーン王国』の方も特に何か大きな事件が起こって国力が衰退しているとかでもないので何も状況が好転していないのである。この状況で『ダイモーヤ王』側から動いたとして、例えば『サアールクを奪える公算がある』とか『マニーヤを暗殺できそう』とかそういことは全くなかったのだった。
『諸王の王』が溜息を吐いて、
『……非常に嫌な予感がするのだ。我々の動きがすべて『マニーヤ』に読まれている気がしてならない……だが結局我らができることはない……ミナワンダに聞いたところでどうせたいした返事は返ってこないだろうな……不本意だがアバランジに『情報収集』を続けさせるのみとするか。あとはアルマスにいってミナワンダに連絡を取るか……』
ダイモーヤ王はとりあえずミナワンダ女王に手紙を書いてそれを送り付けたのだった。次回へ続く。
『東方大遠征:レーム北部戦役』、『アラマン中央軍:タルキュア防衛隊』
遠巻きに『瘴気』に煙る『エデュミン』の市壁を背後にガムルの『アンフィスバエナ』たちの部隊が陣取る。アラマン兵たちは『エデュミン』から市民や魔族たちの残存兵力の『視線』を感じていた。
そして彼らがそのまま『アンフィスバエナ』たちの『戦列』から視線を外して周囲を見回せば、『アンフィスバエナ』たちの左、つまりミュシアス隊からは向かって右に『高所』がみえた。水面から突き出した丘である。丘の上には恐らくエダイラ人のものと思われる神殿と鎮守の森の一部が残っていた。だがそこに観戦者の気配はない。それ以外に特に何か目立ったものは周りには見当たらない。
そして意気揚々と敵と相対しているガムルを『エデュミン』の城壁の上から見守っていた魔王にニラトが進言した。
『……魔王様。私にもあの軍団の指揮権をお与えくださいませんか? ガムルは恐らく何も考えておりません。この戦いはそうとう『変則的』になるので、やつの補佐役に私をつけてくださいませ』
これから起こる戦いは正直なところ彼らにも何が起こるか分からない。というか現状自分たちがどの程度不利なのか、あるいは有利なのかも彼らには判断がつかなかった。
一緒にいたエダイラ人も眼下の状況を見て理解し、途端に不安そうな顔になった。ハピが問う。
「私は『アンフィスバエナ』の皆様に従うだけです……魔法使いのあなたはどうですか? 見たことありませんか? どっちが勝ちそうですかね?」
やっぱりその場にいて問われたナンダムがあきれ顔で、
「……さぁね。『コロコス帝国』ならともかく相手は『アラマン軍』だ。あいつらの故郷は寒くて湿気の多い場所だから経験してるかもしれないね……私はアラマン人じゃないから知らないけどね」
「ああ、なるほど。西方人たちが経験してるかどうかもありますか……」と
魔王が頷いて、
『……分かった。お前が副官として後方の士気を取れ』
『は!』とニラト。
アラマン軍もよく総司令官である『双角王』が先陣を切って突撃するのでしばしば『王の友』が事実上の作戦指揮を執る。『アンフィスバエナ』たちも同じ手法を選択したのだった。
対するミュシアス隊は『アンフィスバエナ』たちの矢弾(厳密には魔法攻撃)の射程のギリギリ外で停止した。そのまま川船を操って同じく『戦列』を組む。
ミュシアスの部隊に所属していた『王の友アイアス』が自分たちの戦列を見回して思った。
(……敵は『会戦』でこっちは『海戦』か……さすがにこんなシチュエーションは初めてだ……)とアイアス。
ミュシアス隊は『海戦』仕様ということであまりはっきり『右翼・中央・左翼』を意識していない(クノム人世界の『海戦』では船団を『右翼・中央・左翼』を分けるとは限らないため)。だが一応すべての船が『三つの塊』に分かれていた。『川船』自体も横一列に全て並べるのではなく前後横三列になっているため、それぞれの塊の間に隙間が空いているのである。これらの三つの塊を一応右から『右翼・中央・左翼』と将校たちは呼称しようと思った。
だがこれらの川船のうち、『右翼』の一艘にいたミュシアスが自分の部下にいった。
「……このあたりの土地はどの程度の深さか調べ、可能であれば平地で『密集方陣』を組みます」
これには兵士隊たちが皆驚いた。
「えぇ!? 水底に足をつけてですか!? 溺れませんか!?」と将校A。
「溺れない! この辺りは腰までの深さだ。十分足をつけて戦うことができる!」とミュシアス。
「いやいや! 足元の確認ができないなのに……」とアイアス。
「船の上ではわれわれの強さは活かされない! 絶対に河の中を歩いたほうがいい! 別にこの湿地は流れが激しいわけでもないから問題ない!」
ミュシアスのこの提案はかなり思い切っていたが、実際に将校たちが足元を確認すると確かに『密集方陣』を組みのに十分な土地があるようだった。アイアスが『ふ~む?』とちょっと首をかしげながら、
「…………確かにこの湿地は『カハル川』が『鉄砲水』であふれたわけではなく、単に必要なインフラを整備しなかったからだ。だからたいした水の量じゃない……? いや『エデュミン』一帯が浸水してるんだから大した量なんだけど……そんなものなか……な?」
今冬の『カハル川』の増水量は『州都タルキュア』で調べた話だと『多くもなく少なくもない』という感じらしかった。ミュシアスは『陸戦が可能』と分かって嬉々として『戦友』達に命じた。
「皆船を降りろ! 湿地の中で『密集方陣』を組め!」とミュシアス。
『川舟』に乗る兵士たちは皆『縦隊』を組むときに縦一列になる仲間と同じ船に乗っている。そしてすべての船の位置取りもちゃんと『兵士たちがその場に降りるとすぐ縦隊になる』ようにきっちり決められて秩序だって航行していた(『船で縦隊の形を保って航行する』はかなりの高等スキルだが、アラマン軍は故郷に湿地が多かったので訓練済みだった)。
これはもともと『エデュミン』や『魔王城』に上陸した時にすぐに戦闘態勢にとれるようにするためだったのだが、兵士たちはその場で足場を確認してから『湿地』に降り立った。
そうやって『ミュシアス隊』は腰まで泥水に使って『密集方陣』になる。『川舟』はそのまま背後に残された。
そうやってから兵士たちの前に立ったミュシアスが『旗持ち』に軍紀を掲げさせ、自分も槍を突き上げて『名乗り』をあげた。
「私の名は『ミュシアス・イル・オルトロス』! 『双角王』の寵を受ける『王の友』である! わが前に立ちふさがる『アンフィスバエナ』の将は名乗りで答えよ!」
すぐに興奮したガムルが叫び返した。
『我は『魔王フェルゾ』様に寵愛される『四天王』が一人、『猛将ガムル』である! 以前貴様らの友軍を打ち破り『サレアス』を捕虜とした者だ! 貴様を打ち負かすものの名前をよく覚えておけ!』
「ほざくがいい魔族め! サレアス殿は今どこにいる!?」とミュシアス。
『私に捕まえればすぐに会わせてやるぞ!』とガムル。
「そうか! 貴様を拷問してゆっくり聞き出してやる!」
非常に勇ましい言葉の応酬になったが、反面ミュシアスはすぐに攻撃命令を出せなかった。
(……一応こうやって兵士を陸地に降ろしたが……だけど水につかって戦うなんて初めてだ。こんな変則的な戦い経験したことがない……一体どうやって戦えばいいんだ!?)とミュシアス。
これは彼の部下たち全員も同じだった。『埋め立て地』をめぐる攻防はまだ自分たちが慣れた『陸地』の上にいたので感覚的には『守城戦』の気分でいけた。
だが今の状況は言ってみれば『渡河中に会敵した』ようなものだ。もしそんな状況になったら急いで対岸に上陸するかいったん下がって元の川岸に戻るかの二択になるが、どっちも選択しないということになると思考がバグってしまいそうだ。
だからといって兵士たちを『川舟』に乗せたまま『海戦』を仕掛けるのはもっと無理だ。『第二次総攻撃』やそれ以前の戦いのように『埋め立て地』があればそこから反撃可能だが、『川舟』だけだ戦うといくら何でも不利すぎるとしか思えない。
(……今まで敵が『ヒット&アウェイ』をしてくるのなら『川舟』を強引に突っ込ませようと思ったが、『密集方陣』を作って体でブロックしてくるとなると、さすがに『川舟』で突破はきつそうだし……だからいっそのこと戦友たちを船から降ろしたわけだが……やっぱり船に乗せるか……? いやいや、まだ足が地面についてる方が『盾組』も使えるしこっちの方が兵士たちも戦いやすい……)
ミュシアスは自分の思い切った『判断』が怖くなってきていた。彼はすぐに頭を振る。
(い、いかんいかん! もっと早く気付け私! もうすでに『敵のペース』になってる! 驚いたからって『ぼーっ』とするな! この戦いは『素早い判断』が勝負だぞ! もう『割り切れ』!)とミュシアス。
次回へ続く。




