アルキオス・イル・ムカリオン&モストルス・イル・シシュマス102『東方大遠征:レーム北部攻略編』と『ダイモーヤ王とアラムの『正論』』と『タルキュア擾乱part305』の物語
序盤のカムサが言っている『君主制』と『寡頭制』と『民主制』の違いはよく『支配者の数の違い』と表現されます。クノム人世界での『政治学』の主要なテーマが『君主制と寡頭制と民主制のどれが一番優れているか』です。
前回ニムルたちが『寡頭制こそがクノム人の理想』といっていますが、必ずしも全ての地域に適応される話ではありません(すくなくともエリメイス地方やアリアディスではその通りです)。(つまりいつもの『例外あり』です)
前回のイスティの話を聞きながらカムサはちょっと考えていた。
(……『ダーイムレス一世』の『世界帝国の君主は一人』って話、『歴史の父』が書いてた『コロコス人の理想的な国制』の話に似てるわ……もしかしてこの話が元ネタ? そういえば『マナユス』と『サルマノス』も参加してるし……でもだったら『民主制』の話はどういう文脈で出てきたのかしら……?)
カムサは昔読んだ『クノム人の散文作家』達の作品を思い出す。『国家の支配者は一人であるべき』という言説はクノム人世界でも『君主制支持者』がよく使う方便であり既視感があった(ニュアンスは全然違うが)。
(……『支配者は一人がいいか(『君主制』)、貴顕の者たち少数だけで統治すべきか(『寡頭制』)、それとも主権をすべての市民に与えるべきか(『民主制』)……そういえばイスティはどの『国制』の支持者なのかしら……? ニムルとハッシュはどうせ分からないでしょ(高飛車)。ちょっと政治の議論をしたくなってきたわね……)
彼女はちょっと『お堅い議論』をイスティとしたくなったが、盛大に脱線するのでまた次の機会に取っておくことにしたのだった。
そんなことは知るはずもなく、『コロコス帝国歴史物語』、前回のダーイムレス一世とトゥルリク総督の会話についてイスティが補足した。
「つまり『ダイモーヤ一世』には『諸王の王を名乗りつつ他の僭称王たちの王権も承認して共存を図る』という方策もあったわけですが、トゥルリク総督がそれをさせないようにくぎを刺したわけですね。ギルミーナ人にとって『諸王の王』の称号はそれだけ重く、伝統を棄損させられることを極端に嫌っていたそうです」とイスティ。
ハッシュとニムルが顔を見合わせて、
「……あたしらも『専制君主(諸王の王)』は単独支配者のことだと思ってたけど、実はそうじゃなかったってことか?」
『そんな感じだね……でも『諸王の王』って名乗りながら対等な王様がいるってなんか締まらないね』とニムル。
「まあ、『ダーイムレス一世』が『諸王の王』という概念に『新たな解釈』を導入して意味を変えることもできたわけだけど、ギルミーナ人がそれをさせなかったということね。でもかりに『和平』を結ぶ方向になってたとしても、『時間稼ぎしてその間に対策を練る』って具体的な『対策』は思いついていたのかしら?」とカムサ。
「……それもダイモーヤ王に直接聞いてみないとわかりませんが、当時の『謁見殿』の雰囲気では『今は思いつかないけど皆で議論したら出てくるかも』という雰囲気だったそうです」とイスティ。
「それは『何も思いついていない』と同じじゃない(呆れ)」とカムサ。
「だな」とハッシュ。
『はは……』とニムル。
ダイモーヤ王がふくれっ面で言う。
『……とりあえず、『サーマーン候の和平』には乗らないことにした。だがそうなると、他の『偽王』達が全員手を組んでしまい我々を攻撃してくる可能性が出てくる。今までは『マニーヤとミナワンダ、ダーマーンとムシャン』の二者が争って勝手に国力を消耗していたが、『サーマーン候』がよけいなことをしてくれたせいで流れが変わりそうだ。お前たちは何か良い作戦はないか?』
そこで今度は『マルル神官団長アラム』が発言した。
『すこし確認したいことがあります『諸王の王』よ。今までミナワンダ『王妃』とマニーヤ候はダイモーヤ王を『大魔王』と称しておりましたが、『サーマーン候とダーマーン王とナークシュバンディーヤ候』がどう思っていたのかは不明ですね。ダイモーヤ王はこのお三方と面識があるのでは? 彼らはあなた様を『個人的に』どう思っていたかご存じですか? あとこの三者が支配する地域の諸民族たちも『諸王の王』の称号にどのような感情を抱いているのですか?』
「戦争の際に『指導者の個人的な感情と人間関係』についての情報は結構重要です。それで相手側の今後の作戦が読めますからね」とイスティ。
聞かれたダイモーヤ王が苦々しげに答えた。
『……サーマーン候やグシュナスプ候をはじめとする老騎士たちが私の即位を承認することは天地がひっくり返ってもありえん。ムシャンのやつにいたっては論外だ。あいつは野心の塊で兄上の即位にすら不満を持ってたくらいだからな。だが『カルシャーナ帝国』の王号『諸王の王』は『ファラーン』の向こう側の地域ではほとんどなじみがないはずだ。『カルシャーナ帝国』の攻撃にさらされたことが一度もない。だから『諸王の王』の話を聞いても『ピン』とは来ていないだろうと思われる』
「『カルシャーナ帝国』はクノム人の伝説では『エルディーナまで遠征した』とされていますが、史実は『フェイダーン』と『ムルディアナ』までしか進出しておらず、しかもこれらの地域も短期間しか支配していないのは以前にも述べた通りですね」とイスティ。
「以前ならともかく、『ファラーン諸民族』も『カイバーン二世』に征服されてからは『カルシャーナ帝国は大魔王国』って認識になってたんじゃないの?」とカムサ。
「インディーン騎士たちの前ではそう言ってたかもしれませんが、本心は分からないということです。その本心がどういう形で表に出てくるかも予想できませんので」とイスティ。
アラムが言う
『なるほど、『ファラーン諸民族』が『諸王の王』に必ずしも悪いイメージを持っていないことは良いことです。結局ファラーンのものたちにしてみれば今回の戦いは『ダイモーヤ王』が勝とうが『偽王』の誰かが勝とうが自分たちが『インディーン人』に支配されることに変わりはないので、被支配民族の裏切りを期待できそうですね』
『あのな……そういうこと私に対して堂々と言うか普通?』とダイモーヤ王。
『我々の裏切りでマニーヤに勝てたあなた様だからこそ堂々言っているのですよ(笑顔)』とアラム。
次回へ続く。
『東方大遠征:レーム北部戦役』、『アラマン中央軍:タルキュア防衛隊』
ミュシアスがオルトロス候から『川船に兵士を載せて『エデュミン』に近づき降伏を促せ』との命令を受けて『エデュミン攻撃隊』を編成、すぐに『埋め立て地』を出発して『エデュミン』の街へと迫っていた。
だが道中『湿地の魔界』の『瘴気』に阻まれて方角を見失ってしまい、従軍神官の『神聖術』で方角を再確認した。これによって彼らの接近が『アンフィスバエナ』たちに知られることを分かっていながらあえて、である。
方や『エデュミン』に『念のために』駐屯し軍団も置いていた『魔王フェルゾ』はこれを察知するとすぐに重臣の『宰相ニラト』と『猛将ガムル』に命じて出撃させた。
『すぐにアラマン軍(ミュシアス隊)を迎え討て。やつらは確実に『エデュミン市民』に自分たちの到来を知らせて『降伏』を促そうとするはずだ。事前に市民たちを落ち着かせはしたが、恐らくアラマン人が近くに来たと聞いて動揺しないということはないだろう』とフェルゾ。
するとニラトが『作戦』を進言した。
『魔王様、今回は今まで戦法を変えるべきかと存じます。これまでの『ヒット&アウェイ戦法』ではアラマン人の兵士を減らせはしますがやつらの『前身する意思』をくじくことはできません。なんでしたら『体でブロック』するべきでしょう』
彼らの懸念は当然『第二次総攻撃』を受けてのものだ。今までは『埋め立て地』に張り付いてそこを守ろうとするアラマン軍を攻撃する体裁だったので、『エデュミン市民』たちにとってすれば『離れたところで起こっている戦争』に過ぎなかった。周辺が水没しているのでほとんど市民たちも観戦に向かうことができず、結果『アンフィスバエナ』たちが自分たちの『雄姿』を見せるべき者たちはいなかった。
これはすべての人間族や他の魔族でも同じことだが、通常の平原での戦闘、特に『正規戦闘』とされる『会戦』と『攻囲戦』は必ず周辺住民が観戦しにくるのでそれ自体が一種の『宣伝』でとしての側面も持つ(正規戦闘とは観戦しやすい戦いともいえるだろう)。ここで『絵になる』勝利をすれば観戦者たちがすぐに『噂』を広めてくれるからだ。そうなれば相手が恐怖して降伏し無駄な戦闘も避けられる可能性も出てくる。だから皆が『華々しい正規戦闘での活躍』にこだわり『非正規戦闘は冒険者や傭兵に任せる』というのは実は実際的な理由があるのだった(補足)。
だが逆を言えば、『雄姿』を見せられないからこそ多少情けない負け方をしても問題なかったといえる(ただ兵士たちの士気にも影響するのでやはり負け方も考えないといけない)。しかし戦場が『エデュミン』の近くになれば話が変わってくる。
その事情を理解してガムルが叫んだ。
『……なるほど。今回の戦いは『エデュミン市民』たちに我らの『雄姿』を見せるための戦い……ならばお任せくだされ魔王様、このガムルが唯一得意とするのは『勇猛に戦う』ことのみでございます。その特技を存分にお見せいたしましょう!』
『FOOOOOOOOO!!』
彼の指揮下にある『アンフィスバエナ』の正規兵たちと使い魔たちが鬨の声で同調する。魔王が頷いて命じた。
『その意気やよし! 私とニラトは少数の守備隊で『エデュミン』の街に籠城する! ガムルには残りのすべての兵士を指揮する権限を与えるぞ! 必ずアラマン人たちの『エデュミン奪取』の野望をくじき、なんならその分遣隊も捕縛してしまえ!』
『ははー!』と正規兵たち。
かくしてガムル隊とミュシアス隊が向かい合った場面に戻る。今回ガムルが率いている戦力は『魔王フェルゾ』のもとに集結していた兵力の九分九厘である。残りのごく少数の正規兵と使い魔たちが『警備兵』として『エデュミン』に残り、魔王と宰相ニラトが指揮を執っていた。
ガムル隊は『密集方陣』を組んでいるのでしっかり『右翼・中央・左翼』に三つに分かれて戦列を組んでいる。『クノム式』なのでガムルは右翼の最前列の右端にいた。
兵士が皆左手に盾を持ち盾で自分だけでなく左側の仲間も守るため、自分を守る右側の兵士がいない右端は最も強い兵士が立つと相場が決まっている。そして右翼の右端は全軍でも端なので敵の側面攻撃にも真っ先にさらされることになる……ということで全軍で最も優れた兵士が配置される場所だった。そこに指揮官であるガムルが収まったのだ(本来指揮官は最後列にいる)。
彼の軍団の構成は右翼・中央・左翼すべてが『アンフィスバエナ』正規兵たちで構成されていた。実は『アンフィスバエナ』たちの軍隊には『兵科』の概念が存在せず、全員が『魔法攻撃』に遠隔攻撃と『槌矛』での近接攻撃を用いる歩兵だ。彼らを補助する使い魔たちはそれぞれ主人である正規兵たちの体内に潜んでいた。
そして余談だが、クノム人にとって『軍団に兵科の概念がない』ことは『野蛮』の象徴だと考えらえていた。
ガムルが以下のように兵士たち布陣させたのは魔王フェルゾの命令だったが、その時実は宰相ニラトがこんなことを言っていた。
『魔王様、使い魔どもはすべて影(体内)から出るように命じ、正規兵たちの後ろに戦列を組ませて配置するのはいかがでしょうか? その方がアラマン人に『突破』されづらくなるかもしれません』とニラト。
使い魔たちを正規兵の後ろに並べれば『縦深』が厚くなって威圧感が増す。だがガムル自ら却下した。
『そんな小細工無駄だ! それにその方法だと使い魔どもが戦闘に参加しづらくなる! なにより俺が気持ちよくなれない!』
『気持ちよくなれないって……お前の好みの話はしていない(怒)』とニラト。
『使い魔たちに体を強化させて戦う『全能感』がわからんのかニラトは!? あれに一度はまったらもう強化なしでは戦えんぞ!(ジャンキー)』
『依存症になってるぞ貴様は!』
ガムルは使い魔に自分を強化させて戦うのが大好きだった(補足)。
魔王がスルーして言う。
『私は使い魔たちは兵士の強化に専念させるべきだと考えている。縦深を分厚くすることはあまり意味がないと思っている。アラマン人は『シェルファス湾』で地表を埋め尽くすほどの『不死軍団』を目の前にしても勇敢に戦っていたそうではないか。それに兵士たちも疲労が蓄積して万全とはいいがたい。縦深が薄くなることより兵士たち一人ひとりの強化を優先すべきだろうな』
この魔王の決定にニラトは逆らわなかった。
『……確かにアラマン人は『シェルファス湾』の一件で『脅し』は意味がないでしょう。私が浅はかでございました。申し訳ございません魔王様』
『いや、お前も間違っていないぞニラトよ。アラマン人の得意戦法である『中央突破』を考えれば縦深を分厚くすることの利点も大きい。私はただ兵士たちの負担の増大を一番に考えただけだ』とニラト。
『格別のお心配りに感謝申し上げます……』
『そうだニラトよ! 頭を使って小言を言うのが貴様の仕事だ! これからも仕事に励むがいい!』とガムル。
『……頭がいいのは認めるが『小言』とはなんだ『小言』とは(怒)』とニラト。
かくしてガムル隊の戦列は以上の通りになっていた。この戦いはすでに『エデュミン市民』たちにも布告されており、おかげで市壁の上に市民たちが集まってきて観戦もしていた。胸壁の上からでもぎりぎりだが見える距離である(補足)。
次回へ続く。
作者の歴史趣味話です。『ヒッポス』は古典ギリシャ語で『馬』を意味する言葉ですが、この言葉が名前に入っている人は『高貴な出自』が多いそうです。『ヒポクラテス』とか『フィリッポス』とか有名な人もたくさん出てきます。ですが一方で『遊牧民』であるスキタイ人とかペルシャ人は『野蛮人』と見下してたらしく、なんか面白いなぁと思います(まあ見下してた理由は『遊牧民だから』ではないだけですが)。
マストカ「あんまり関係ないけど、現代ギリシャ語で『牝馬』と『雄馬』が別の単語になってるの、馬がいかに身近だったかって思うよね(身近なものほど細分化して単語も増える)」
シュナーヘル「テッサリア人などは完全に遊牧民だったらしいですからね。逆にイオニアのギリシャ人は『フリギア語』の借用語を使用してたらしくて、古典期ギリシャ人の多様性面白いですわね」




