マストカ・タルクス⑭『サリバン族』と『血と肉の儀式』の話
グロがあります(注意)
鬼族は人間を食うけど、人間と友達になったり、結婚したりすることもあるらしい、珍しい話らしいけど。
シュナから『人間だって馬とか飼うじゃないですか、そんな感じです』と言われた。
いやさすがに馬と結婚する人はいないでしょ……。
え、居たの?
サリバン族との戦争は終結した。
だけど大きな仕事がまだ残っていた。一番大事な仕事と言ってもいいかも知れない。
それは『戦後処理』だ。
「今回の戦いは『一応』我々の勝利だ。だが和平交渉は非常に難しくなる。お前も覚悟しておけ」
俺と父上とシュナとアルヘイムの4人で再びサリバン族の村に向かって歩いていた。今回はフェリは留守番だ。
「え、でも勝ったんですよね? なんで難しいんですか?」
俺の質問に父上が厳しい顔のまま、
「鬼側の死者は48、こちら側の死者は3000人に登る。損害は我々の方が大きいのだ。それに連中は我々より金持ちだし、鬼は身体が強すぎる、持久戦になったら負けるのはこっちだ」
「そ、そうなんですね……」
勝ったはずなのに勝ってないとは……戦争って難しいな。
アルヘイムが言った。
「ですが連中だって持久戦は望んではいません。サリバン族の戦士がこれ以上減れば、他の鬼族の侵略に対抗出来なくなりますからね。金鉱を狙う魔族は多いのですぞ」
シュナも発言した。
「サリバーン王は和平を望むでしょう、ですが確実に吹っかけてきますわ。もしかしたら『神聖試合』を再度要求してくるかもしれません」
『神聖試合』か、だったらまた俺とシュナで出場すればいい。
バルビヌスとのリベンジマッチ、あの時俺とシュナは息がぴったり合っていた。
確実に次戦えば息の根を止められる。
……やっべ、足が震えてきた。
「……ついたよ」
俺達は再びサリバン族の村の門前に立った。
「……」
門の前には2匹の鬼がたむろっていて、無言でこちらを睨んできた。
「ど、どけ」
俺がそう言って『星空の剣』に手を掛けると、ぎょっとした様子で慌てて村の中に走り去った。
もしかして俺のこと怯えてた?
……き、気持ちいい……!
「若殿、変顔してないで早く入ってください」
気持ちよくなっていた俺をシュナが小突いて村に入らせた。
サリバーン王の家の前に戦士階級の鬼達が待っていて、中に案内された。
「ここで立って待っていろ。国王陛下は準備をしてから来る」
「カンシャシロニンゲン!」
戦士達は敵意を隠していない目で睨んできたが、無視して待った。
家の前にはサリバン族の戦士ではない鬼達が集まってきていた。小鬼ややたら細く弱そうな鬼、ハンマーを持って汗だくの鬼など割と個性豊かだ。
しばらくするとサリバーン王とバルビヌスが奥の部屋から姿を現した。
「国王陛下は『わざわざご苦労、それでは和平の協議を行おう』とおっしゃっている」
父上が前に進み出て挨拶した。
「ありがとうございます。単刀直入で助かりますな。それでは我々の要求を簡潔にお伝えしますね。戦争前の関係に戻るべき、これだけです」
「なんだと!? ふざけるな!」
「GUUUUUOOOOO!?」
部屋の中で控えていた複数の戦士達がいきり立った。だがバルビヌスが吠えると大人しくなった。
「ふむ、それがアラトア皇帝の意思か?」とバルビヌス。
「はい、皇帝陛下のご意向です。陛下も再戦は望んでおられません」と父上。
「そうか、なら我々の要求を伝えよう。『小僧と奴隷を引き渡せ、そうすれば戦争前の関係に戻ろう』、それだけだ」
「拒否します」
父上が即答した。
家の外に居る鬼達が威嚇の唸り声をあげ、家の中の戦士達は額に青筋を浮かせて斧を構えていた。
まさに一瞬即発、俺が剣に手をかけようとするとアルヘイムに止められた。
(アルヘイム!? なんで止めるんだ!?)
(乗ってはいけません、乗れば我々の負けですぞ!)
バルビヌスが父上の目の前に来てずいっと迫った。
「お前はどの口でそんな生意気なことが言えるのだ? 今回の戦いで随分と兵士を失ったなアラトア軍は。2回目を戦う余裕があるわけがないなぁ? どうなんだ? あぁん?」
父上はバルビヌスの顔が目の前にあっても眉一つ動かさずに、
「……そうですね。ですがエリアステール軍を味方につければ話は変わってきますな。両軍で挟み撃ちにすればこの村もひとたまりもありますまい」
俺が『え?』と思ってシュナを見ると、悪戯っぽいウィンクが帰って来た。
ハッタリだ。嘘吐いて譲歩を引き出すつもりなんだ。
案の定鬼達は笑い出して、
「は! お前らとテール人が組むだと? 天地がひっくり返ってもありえんわ! 嘘吐くにしてももっとマシな嘘を吐くべきだな!」
「嘘となぜ言えるのですかな? 私はアラトア帝国の中枢の人間ですから、国家機密も知っています。ですがサリバン族はアラトアの関係者ですらない、何を根拠に『嘘だ』といえるのですかな? この山には奴らが欲しくて仕方ない金鉱があるのに? しかも戦士達の数も大分減らした。テール人達もこのことを話すと『そんなうまい話があるか?』とちょっと疑ってましたよ。まあ討ち取った鬼の首を見せたら信じてましたけどね」
バルビヌスが無言になり父上を睨みつけた。
父上も睨み返す。
どれだけ時間が経っただろう。
唐突にサリバーン王が鬼語で何か言った。
慌てて振り返ったバルビヌスが何か言い、少し考える素振りを見せてから周りの鬼達に何か告げた。
「GOOOOOOUUUUUU!?」
「GAAAAAOOOOYYYAA!」
「VVOOOUUUGUUU!」
戦士達が地団駄を踏んで何か抗議しているようだった。だけどバルビヌスの言葉に最終的には納得したらしく、黙ってうなだれた。
「……国王陛下はおっしゃった、『小僧と奴隷は諦める、だが別の条件を飲んでもらおう、それが嫌なら再戦だ』と」
バルビヌスの言葉に父上が答えた。
「いいでしょう。して、その条件とは?」
「我々鬼族の伝統である『肉と血の儀式』に参加することだ。総司令官が主役、副司令官が脇役として、な」
『血と肉の儀式』とやらが俺には分からなかった。父上の顔が一瞬だけ引き攣ったが、
「……分かりました。受けましょう」
「なら今すぐ参加してもらう。さっさと準備をしろ!」
バルビヌスの命令で戦士達があわただしく準備を始めた。
「父上、血と肉のうんたらって一体……」
「マストカ、こっちに来なさい」
父上はそう言っていきなり俺を抱きしめた。
「?? ど、どうしたんですかいきなり!?」
「我が息子よ、貴族は産まれながら責任を負っているのだ。お前は望んでいないかもしれないが、武人の家系であるタルクス家に産まれた以上、今日の事をよく心に刻んでおくんだ、分かったか?」
「え、えっと、話が……」
「分かったか!?」
「は、はい分かりました!」
妙に真剣な顔に気圧されてしまった。
そこに戦士達が純金製の机を持ってきた。サリバーン王と父上が対面に座り、互いの横に俺とバルビヌスが立った。
「それではこれより『血と肉の儀式』を行う!」
ドカッ!
いきなり机に深々と剣が突き刺さった。バルビヌスが掴んでいた剣を手離してから
「よく聞け人間どもよ。我々鬼族の世界では勝者は敗者の肉を食らう権利を得るのだ。これを『勝利の美肉』と呼び、我ら戦士達にとって最高の褒美であり栄誉なのだ。だが戦いが引き分けに終わってしまうと、誰も美肉を食う権利を得られない……だからこうするのだ!」
バルビヌスが机に突き立てた剣を抜いて、自分の左の二の腕の肉を削ぎ落した。
「GUUUUUOOOOOOOOOOOOO!!」
苦痛の叫び。左腕から血が噴き出すが、それを無視してバルビヌスは抉り取られた自分の肉を拾って、サリバーン王に差し出した。
「GGGUUUUU……」
サリバーン王は血の滴るバルビヌスの肉をしげしげと眺め、舌なめずりしてからうまそうに口の中で頬張った。
完全に共食いじゃないか!? 鬼族はそんなことまでする連中なのか?
と思ったら、外で見ていた鬼達が口を手で押さえて吐きそうになっていた。やっぱり鬼達も共食いはNGのようだ。
だけど戦士達は全員涎を垂らしていた。
「はぁ、はぁ、……次は貴様らの番だ」とバルビヌス。
え、は? 俺らの番?
俺がキョトンとしていると、バルビヌスが血濡れの剣を俺の前に突き出した。
「察しの悪い小僧だな。我々鬼族は戦いの勝者が敗者の肉を食う伝統があるのだ。だが引き分けになるとお互いに相手の肉が食えない。だから『勝利の美肉』を味わえない代わりに仲間の肉で足しにするのだ。お前達もそれをやれと我々は言ったのだ」
父上に振り向くと、頷いて言った。
「マストカ、やるんだ」
「ちょ、父上マジで言って……」
「二度も言わせるな」
アルヘイムとシュナも頷いた。
俺はバルビヌスから剣を受け取った。鬼の血がべったり付いた剣だ。
貴族の責任、勇気……そもそも俺が起こした出来事なんだ。ちゃんと責任をとらないといけない。
俺は覚悟を決めた。
「うおおおおおおおおおおお!!」
力いっぱい左の二の腕の肉を削ぎ落した。声にもならない激痛、脂汗が噴き出してくる。
「ぐく……!」
俺はなんとか震える手で肉を拾い上げて父上に差し出した。
父上は険しい顔で俺の肉を見てから、口の中に豪快に放り込んだ。
異様な時間。全員が見守る中ゆっくりと咀嚼し、しっかり噛んでから呑み込んだ。
しばらく父上は目を閉じていたが、開けて言った。
「……これでよろしいですな?」
「良かろう! 和平は成立した! 我らサリバン族とアラトア帝国は戦争前の関係に戻ることを宣言する!」
バルビヌスが叫び、儀式はお開きになった。
かくしてサリバン族に関わる騒動は、やっと終わったのだった。
「皆よく頑張った。特にマストカ、最後の儀式はご苦労だったな……よくぞやりとげた。もうお前は一人前の男だ」
サリバン村の門の前に来て、父上は俺の頭を撫でた。
「父上こそ大丈夫なんですか!? あんなもの食べてしまって……」
「なに気にするな! 戦場に出れば返り血がが口に入ることもある、大したことではないさ」
そこでバルビヌスが追いかけてきたのに気づいた。
「おいマストカとか言ったな! この俺が人間に後れを取ったのは産まれて初めてだ! 気に入ったぞ! 俺と一緒に住まんか!?」
予想外の誘いに俺は硬直した。横目でシュナを見るがいつも通りニコニコしていた。
「い、いや~遠慮しておきます……ていうか『一緒に住む』て結婚するってことですか? 俺ら男同士なんですけど……」と俺。
「男同士? あほか俺は女だぞ!」
は?
え?
……、
「ええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
シュナが後で教えてくれた。
「鬼族は男女でそれほど筋力に差がありません、ですから普通に男女関係なく戦士になれますわ。あと全員牙の生えた豚の顔をしていますし、見た目での性別判断はかなり難しいですわね」
「いや、ていうか戦場で殺し合った食人鬼と仲良く暮らせるかよ!」
勿論お断りした。すると『ゲハハハ! 人間に女に相手されなかったらいつでも来い! 待ってるぞ!』と捨て台詞を残してバルビヌスは戻っていった。
余計なお世話じゃああああい!
思ったより長くなってびっくりです。