マストカ・タルクス⑩『サリバン族』と『紺碧海を統べる剣』の話
魔族には様々な種族がいる。あまりに多すぎてまだ人間が見つけていない種族もいるという話だ。
代表的なのが龍族、鬼族、精霊族、小人族、魔獣、妖魔だ。
魔獣は知能が動物並みの下級の魔族の総称、下級でも知能が高い奴は妖魔とされる。小人族は妖魔に含む場合もある。オーガ、ドラゴン、精霊は特に人間とのかかわりが深く強大な魔族だ。
『マムール州』の『アラート山』に『サリバン族』の村がある。
「このようなへんぴな村で申し訳ございません、総督のリホール・スナウです」
アラート山の麓にある『ナナハイ村』で馬車から降りると、マムール総督のスナウ候が出迎えた。彼だけでなく部下全員も来ているようだった。
「いや、我々は別にマムールの村に用があるわけではないのです。『サリバン族』と話をつけに来ました」
父上が言うと、スナウ候が両手を挙げて言った。
この両手を挙げるジェスチャーはアラトア式の挨拶だ。
「勿論存じております。鬼どもの村への道案内はマムールの農民が務めましょう。それより長旅でお疲れでしょう、今日は私の屋敷にお泊り頂いては?」
「いえ、悠長にしている時間はありません。早速道案内をお願いします」
スナウ候は目を真ん丸にして驚いた様子だったが、すぐに部下に命じて道案内役を連れて来させた。
道案内役はナナハイ村の農民の男だった。ぼろきれみたいな服で痩せこけて今にも倒れそうな顔をしていたが、目だけギラギラしていて妙に怖い。
「……ういっす」と俺達に挨拶した。
「よし、じゃあ早速案内してくれ。鬼の村は危険だから近くまできたら君は帰ってもらって構わない」と父上。
「……ういっす」
案内人の目はまるでガラス玉みたいだった。
この人大丈夫か? なんか不安になってきた。
とりあえず俺達は荷物を背負って山を登り始めた。するとスナウ候が慌てて、
「貴族が荷物を背負うなんて見苦しいですぞ! 荷物運びの奴隷を用意いたしますのでしばしお待ちを!」
「必要ありません! 戦士は一度戦場に出れば頼れるのは己の肉体のみですぞ! がーはっは!」
アルヘイムが叫んで高笑いし、続いて父上、シュナも上品に笑った。
たぶん、普通の貴族ならスナウ候の言う通りにするんだろうなぁ、うちはちょっと変わった家なのだと俺は今更ながら理解した。
まあそれはともかく、俺達は鬼族の村に向かった。
アラート山中の道なき道を俺達は歩く。皆は平気な顔をしているが俺だけゼェハァゼェハァと息が上がって来た。
「もうお疲れですか若殿?」とシュナ。
「ゼェ、ゼェ、はは! ずぇーんぜん疲れてましぇーん! これは興奮のあまり鼻息があらくな……ウェゲッホォッ!? やべ、つばが変なとこ入った……」
「あはは! そんな汗だくだと鬼達に馬鹿にされますよ? 私の靴履きます? これはどれだけ歩いても疲れない魔法の靴ですよ」
「え!? うそマジで!? 履く履く!」
シュナが立ち止まって魔術師のローブをたくし上げて靴を見せた。
女物の靴だった。
「履きます?」
「……いややっぱいいよ」
「ふふ、意外に似合うかもしれませんよ?」
「似合うかい! ていうかフェリもなんで疲れてないの!?」
フェリが歩きながらけろってした顔で、
「……シュナーヘルさんに『元気になる薬』を貰いました。飲むと体中が熱くなって、全然疲れなくなるんですけど、50人の騎士がさっきからずっと私を追いかけて来てて、逃げたいけど身体が岩になって動けないんです」
よく見るとフェリの目の瞳孔が開きっぱなしになっている。
あきらかやばい薬じゃねーか! なんつーもん飲ませてんだ。
「安心してください死にませんから。若殿も飲みます?」とシュナ。
「いらんわ! ていうかフェリになんかあったら責任とってよ!」
「ご安心ください、もとから逃がすつもりはありませんわ、ふふふ……」
そういう意味じゃねーよ。
獣道を歩いていると、森の中に隠れるように村があった。
モクモクと村のあっちこっちで立ち上る煙、大きな魔族の鳴き声、村の近くに積み上げられている使えない鉱石や食べ残った動物の骨の山。
村の入り口には木で作ったゲートがあり、人骨の飾りがついていた。
ここが『サリバン族』の村だと一目でわかった。
「案内ご苦労、もう帰っていいぞ」
「……ういっす」
案内人はそそくさと帰って行った。
父上が大声で叫んだ。
「我はアラトア帝国の使者! タルクス家の当主オルバースだ! 鬼どもの族長は姿を見せろ!」
するとゲートの奥からのっそりと1匹の鬼が近づいてきた。
片手に斧を持っていて、頭には黄金の兜、身体にも黄金の鎧を装備している。すげー悪趣味。
鬼は鬼族の言葉で何か言ったあと、綺麗なアラトア語で喋りだした。
「アラトア人どもは礼儀も知らねーのか。よーく耳を澄ましやがれ、小鳥たちの美しい歌が聞こえねーか? てめぇがデケェ声だすせいで小鳥たちが逃げちまったぞ」
「はん、小鳥が逃げたから食い損ねたと言いたいのか? 腹が減るならその重そうな金ぴかのダサい鎧を脱いだらいい。少しは疲れにくくなるぞ?」と父上。
「GUAAA!」
鬼がいきなりゲートを破壊した。俺とフェリはビクっと震えたが、父上は眉一つ動かさず、
「やっぱり腹減ってるんじゃないか。イラつき過ぎだな」
「生意気な人間どもめ! 貴様らの骨で新しいゲートを作ってくれるわ!」
鬼の斧が父上に打ち下ろされる。慌てて『星空の剣』を抜こうとしたが間に合わない!
「父上!?」
斧は父上の……足元の地面に食い込んでいた。
「……ふん、鬼族に匹敵する度胸だな。特別に中に入ることを許可してやる」
鬼がそう言って道を開けた。どうやらはったりだったらしい。
父上は鼻で笑って、
「自分より体の小さい相手にしかイキれない奴らに褒められても嬉しくないな」
だが鬼は挑発には乗らなかった。俺達は鬼を通り過ぎてぞろぞろと村の中に入った。
中は声は聞こえるのだが人影、じゃなくて鬼影は見当たらない。
アルヘイムが小声で言った。
「遠くから10匹ほどの鬼が弓でこちらを狙っていますね」
「え!? 弓で!」
俺がキョロキョロ周りを見たが、家や木が見えるだけでデカい鬼の姿なんて全然見当たらない。シュナが言った。
「優秀な弓使いは隠れるのも上手なんですよ。あの大きな体を魔法みたいに隠してしまうんですわ」
「いやいや! ていうかやばいじゃん! 矢がどこから飛んでくるか分からないとか防ぎようがないよ!」
そこでシュナが俺の唇に優しく指を当てた。横目でフェリを見て、
「若殿、怖がるとフェリも怯えますわ」
フェリも青い顔になって俺の腰にすがり付いてキョロキョロしていた。
俺はハッとして、
「……ごめん、もっとしっかりしないと」
「ふふ、素敵ですわ若殿。また1つ大人の階段を登られましたわね?」
なんか、その言い方はいやらしい……違うか。
俺達がサリバン族の村の一番奥にある国王(族長)の家に行く途中、道を曲がると数匹の鬼達が集まって何やらワーワー騒いでいた。
「ニンゲン! コッチコイ! アソボ!」
鬼のうちの1匹がこっちに声をかけてきた。どうやらアラトア語はあまり上手くないらしい。
見ると沢山の鬼達の円の中心で2匹の鬼が格闘していた。
両者の身長は大体同じくらいだ。片方が吠え声をあげて抱きつき、もう片方も抱きつきかえす。
「GUOOOOOO!」
先に抱きついた方が力負けしてバキバキと骨の砕ける音が聞こえる。観衆の鬼達が興奮して何かを叫び始め、勝った方の鬼が相手を殴り始めた。
メキッ! バキッ! グチャッ!
中々死ねない対戦相手を嬉々として撲殺していく鬼。血に酔って興奮した鬼達が金貨を投げ合い始め、怒り狂った数匹の鬼達が負けた方を斧で八つ裂きにし始めた。
「賭け試合ですよ」とアルヘイムが言った。「どちらが勝つか賭けてたんです。鬼族の若者はこの遊びが大好きなんですよ」
俺の身体に隠れているフェリがブルブル震えだす。
俺もドン引きした。
これが魔族なのか。いくらなんでも野蛮過ぎるだろ……。
「ニンゲン! ツギオマエ!」
鬼達がこっちを指して言ってきた。
おいおいまさか俺らに出場しろって言ってんのか?
するとアルヘイムが進み出た。
「アルヘイム!? 俺達はこんなことしに来たんじゃないぞ!?」
俺が言うとアルヘイムは俺の腰の剣を抜き取って不敵に笑って言った。
「連中は見逃してくれませんぞ。なーに、軽く遊んでやりますよ」
『星空の剣』がキラリと光る。クノム人の剣士が鬼達の円の中に立った。
「若殿、実戦でアルヘイムの剣を見るのは初めてですね……よく瞼の裏に刻んでおいてください……」とシュナ。
『紺碧海を統べる剣』、普段の訓練では絶対に見せない彼の奥義がついに見れるのか……!
対戦相手の鬼が早速挑発した。
「ゲハハハ! 俺の相手は人間か!? ぶっ殺したらこいつ食っていいのかぁ!? まずそうだけどなぁ!」
観衆の鬼達も下品に笑う。だがアルヘイムがいきなり自分の手を握りこぶしにして、その中を覗きこみ始めた。
「あぁん? なにやってんだ?」
観衆が眼をパチパチさせ、対戦相手の鬼が困惑しながら近づいた。
するとアルヘイムが自分の手を隠して、
「なんだ見たいのか? 魔族なんぞに見せてやらんぞーだ」
「何言ってんだお前は?? ていうか試合をしろ試合を! ふざけるなら頭を叩き割るぞ!」
凄んだがアルヘイムは無視してまた拳の中を覗き込み始めた。鬼が気になて覗こうとすると巧みに隠してしまう。
「貴様! 我々の賭け試合を何だと思っているのだ!?」
「まあ待て、もう少ししたらやるから。まだこいつが終わってないからな、終わったら試合してやる」
またアルヘイムが拳を覗き始める。鬼はついにしびれを切らした。
「いい加減にしろ! 何を見ている!? 見せろ!」
叫ぶとアルヘイムが嫌そうな顔をしてから、
「なんだぁ? まあ、しゃーないな。見せてやらんでもない。だがとても小さいからよく目を凝らせよ、ほら、この中に……」
「ああん? ……グッ!?」
鬼がアルヘイムの拳を覗き込もうとしたら、魔法剣に喉を貫かれた。
「き、貴様……!」
「見えるか? お前が今から落ちる冥界の景色だ」
そのまま剣を捻ると脊髄を粉砕されて、鬼は即死した。
「うはははは! どうだこの知略は! 戦いとは頭でやるものだ! 分かったか魔族が!」
勝ち誇るアルヘイムに俺は言った。
「アルヘイム……期待した俺が馬鹿だったよ」
「卑怯ですね」とシュナ。
「卑怯だったな」と父上。
「卑怯……」とフェリ。
「卑怯じゃないもん! 使える策はなんでも使うのが戦士だもん! そもそも鬼なんて産まれながらズルしてるような奴らだもん! だからこれくらいいいんだもん!」
中年男が地団駄踏んだ。子供か。
だが観衆の鬼達は俺達とは考え方が違っているようで、金貨が乱れ飛び、鬼の死体を皆で八つ裂きにし始めた。
あ、あれでも勝ちになるんだ……やっぱ魔族だと感じ方が違うんだろう。
「おい、人間ども。何を遊んでいる」
声を掛けられて振り返ると、貴族みたいな服を着た鬼族が居た。
「国王がお前らをお呼びだ。遊んでないでさっさと来い」
「いや俺らそこの連中に呼び止められて……」
無視された。
貴族鬼の案内で俺らはやっとサリバン族の国王(族長)と面会した。
バトルシーンの描写って本当難しいと思います(汗)