ニムル・イル・アルディヤ㉖『馬の通り道』に出没する盗賊達の話
「とりあえず『理想郷』て東のどこを目指すの?」とニムル。
「東だし、東方のさらに向こうじゃね? 知らねーけど」とハッシュ。
「東方のさらに向こうって、世界の果てよ? まあいいわ、行けるところまで行きましょう」とカムサ。
とにかく、東といえば東方だろうと考え3人は『クノムティオ』を南下することにした。
東方の玄関口である『アバーム半島』はクノムティオの南端が一番近いからだった。
「腹減った……」
草原のど真ん中でハッシュが寝転がって呟いた。
ファーバスから離れて半日ほど歩いて、すでに疲労と空腹で限界に達していた。ここが『エリメイス地方』なのか、それとも東隣の『西リュキオス地方』なのかもわからない。
「そもそも食料もろくに持ってないのに冒険は無謀すぎたわ」
カムサも座り込んで言った。ニムルだけが立ち上がって遠くを見ていた。
「う~ん……草原だし羊の群れでもいるかと思ったんだけどなぁ~」
地平線に山が見える以外は見渡す限りの大草原だ。ニムル達が歩いている場所から少し離れた所に土を踏み固められてできた獣道があった。
ここは『馬の通り道』と呼ばれ、人間が歩いたり馬や羊が草を食べたりして自然に出来た道だった。
3人はその道を外れ、背の高い草に隠れるように進んでいるため非常に歩きにくかった。面倒だが『馬の通り道』を歩く方が遥かにリスキーだから仕方ない。
クノム人は基本陸路を好まず他の町へ行くときはもっぱら船を使う。なぜかというと、クノムティオの内陸は開発が行われていない平原や山などが多く、そういう地域は『魔界化』していることも少なくないからだ。各地の『魔王』はわざと人間の交通を妨害し、通行料として生贄を要求するので人間達にとって悩みの種だった。
また陸上交通の要衝になるような場所の都市は魔族の襲撃を頻繁に受けるので住民が逃げ出して『魔王城』になっているなんてこともよくある話だ。
さらには都市国家同士の戦争も陸上交通のリスクだった。あっちこっちで戦争が起こり、敗残兵は野盗化して都市国家やその周辺に広がる農村を略奪して回っていた。城壁の外は無法地帯と考えていいだろう。
また戦争のために魔王軍と組もうとする都市国家も多く、そのために魔族と人間の仲介役として魔術師が活躍しているのだが、裏切りが日常茶飯事なためクノム人社会の魔術師に対する嫌悪と差別意識の原因にもなっていた。
つまり陸路は燃え盛る炎の上を素足で歩くようなものなのだ。
なら海は安全かというと、そういうわけでもない。海にも魔族は多く各国の海軍が討伐しているがそれでも船への襲撃は絶えないし、戦争もあるし、人間の海賊だっている。だが魔族も海より陸の方が数が多いので海の方が相対的に安全ではあった。
「羊の群れとかそんな簡単に出会えるかよ」とハッシュ。
「とにかく何か食べないと不味いわ……こんな所で野垂れ死になんて……ていうかとりあえず東方に行くって言ったけど、どうやって『アバーム』に向かうの? 船に乗るにはお金がかかるのよ?」
ハッシュとニムルが「あっ」と呟いた。
ハッシュが起き上がって、
「仕方ねぇ、泳いで渡るしかねーか……」
「沢山の島々をとおらないといけないのよ、無理にきまってるじやゃない(呆れ)」とカムサ。
ニムルが『やれやれ』と立ち上がって、
「しょうがないなぁ、誰か襲ってちゃちゃっとお金貰っちゃおうか」
「あなた救世主なんじゃないの?」とカムサ。
「大丈夫殺さないからさ。ちょっと剣で脅して、じゃなくて説得するだけだから……えーと獲物、獲物っと……」
ツッコミを無視してニムルが辺りを見回すと、こちらに近づいてくる数人の男達がいることに気づいた。
「兄貴! 見てくだせぇ! ガキが居ますぜ!」
顔面古傷だらけの強面の武装した男達が数人。
明らかに草原を移動する商人や冒険者を襲う盗賊だった。
「おい! そこに居る小娘!? ちょっとこっちこい!」
「やっべ!? 逃げろ逃げろ!」
走り出そうとしたハッシュとカムサをニムルが止めた。
「どうせ向こうの方が足が速いから無理だよ。体力の無駄だね」
「おいおい! まさか全員倒す気かよ!? いくらなんでも無鉄砲すぎんぞ!」とハッシュ。
「大丈夫だよ、兵士を相手にするより楽でしょ?」
「空腹でちょっと過激になってるわねニムル……」とカムサ。
結局ごちゃごちゃ言っている間に男達が到着してしまった。どうやら子供が居たから親子連れの冒険者だと思っていたのだろう、草の蔭にいたのが少女3人だったことに驚いた。
「ああ? お前らこんな所で何してんだ? 女の子は外に出てはいけませんってお母ちゃんに習わなかった……」
捕まえようと伸ばした手の指をニムルに折られた。
「いぎぇあ!? 痛ぇ! ちきしょう痛ぇ!」
「てめぇやりやがったな!?」
男達が激高して襲い掛かって来たが、ニムルの剣が閃いて一瞬で2人が戦闘不能になった。
「ぎやああああああ!? 足があああああ!?」
「うぎゃあああ! なんだこのガキ!?」
足の筋を斬られて男達が驚愕する。残った男達も剣や手斧や棍棒を構えたが、じりじりと距離を詰めてくるニムルに思わず後退った。
(な、なんだこの威圧感は……!? くそ! ガキが舐めやがって!)
男達も戦闘経験が豊富なのだろう、途端にニムルを包囲して全方位から攻撃をかける!
「ふん!」
だがニムルは動じない。小柄な体を生かして男達の武器と手を避け、足元の土を掴んで1人を目潰しした!
「うぎゃあああ!? 眼がああああ!?」
「その程度!? 僕の師匠の方が強いよ!」
1人倒したので簡単に囲いが崩れる。そこからはドミノのように次々とニムルの剣の餌食になった。
『馬の通り道』にたむろっていた男達、もとい『ガシュミス盗賊団』の頭領ガシュミスはイライラしながら言った。
「あの馬鹿ども、『向こうの方に人の声がした』とか言って見に行ってから全然帰ってこねぇじゃねぇか……」
丸々と太った凶悪そうな顔をした男だった。傍にいたヒョロヒョロの部下、ドーラスがヘラヘラしながら、
「いや~遅いですね親分~、懐の深い親分でもこんなに待たされたらそりゃイライラしちゃいますよね~」
「ふ、へへ、そうかドーラス? 俺は懐が深いか?」
「へぇ! もちろんですぜ親分! 『中つ海』より深く、南方の砂漠より広く、天空より高い志をもつ人ですぜ、はい!」
「へっへっへ、やっぱお前のゴマすりを聞くと気分が良くなるぜ。おら褒美だ」
ガシュミスが銀貨を一枚持ってドーラスを頬をビンタした。悲鳴を上げてドーラスが転がり、自分の傍に落ちた銀貨を見て大喜びで懐に入れた。
ガシュミスは見ての通り小物の盗賊だった。
彼らはクノムティオの『馬の通り道』をうろうろして傷つき弱った冒険者を襲ったり、魔族に襲われて逃げ惑う商人を強盗したり、戦争で焼け出された難民を捕まえて奴隷として売り払ったりする、『弱い者いじめ』で稼ぐ小悪党だった。
ガサ、ガサ、
背の高い草をかきわけて近づいてくる音が聞こえた。ガシュミスが振り返ると部下の一人が顔を出した。
「お、やっと来たか。おせぇぞタコ! さっさと済ませてこいって言ったのになにやって……」
部下は白目を剥いていた。そのままゆっくりと地面に倒れ、その後ろから少女が現れた。
「はぁ、はぁ……おじさん、死にたくなかったら食糧を分けてよ……」
汗だくで疲れ切ったニムルだった。その後ろには筋を斬られて動けない盗賊達が転がっている。全員殺さず戦闘不能にしたのだ。
彼女が構える血濡れの剣がきらりと輝いた。
繰り返すが、ガシュミスはちんけな小悪党である。故に彼は見ただけで相手の強さを瞬時に判別できる目を持っていた。だからこそ小物の癖に盗賊団のヘッドを張ることができるのだ。
(あ、このガキ強ぇ……)
ガシュミスはすぐさま跪いた。
「でへへ、いや~もしかして俺の部下を全部倒しちゃったんですか? すごいっすね~! 食べ物ならいっぱい持ってますよ~! 何を食べたいですかぁ? 干し肉? チーズ? 干し魚にパンに酒もありますよ~」
揉み手で媚びを売った後、言われるままに食糧を提供する。
腰巾着のドーラスも瞬時に親分に続いた。
この男もおべっかで生き残ってきたので、親分と同じく優れた観察眼を持っていたのだった。