ニムル・イル・アルディヤ㉓『呪われたモノたち』の話
死体が立ち上がり、カムサの絶叫を聞いてこちらに向かって襲い掛かってくる。
「うおおおああああああ!」
ニムルは剣を構えて迎撃する。
彼らはファーバスの住民か?
知り合いの死体か?
見知った者達はいるか?
(……考えない。余計なことは考えない……)
この街の時間が、
死体達の時間が、
生き残った少女達の時間があの夜止まったように、
ニムルの心も止まる。
血しぶきが舞い、肉が飛び上がっても死体達は止まらない。攻撃に意思はなく単調なので避けやすいが、いかんせん全く怯まないのでニムルは次第に囲まれ始めた。
「カムサ! ハッシュ! 逃げて!」
叫ぶが、いつの間にか2人の姿はなかった。
「カムサ!? ハッシュ!? どこなの!? どこにいるのか返事してぇ!」
そう、この街の時間は止まっているのだ。
誰も守れなかったあの夜のままで……、
死体の波にもまれてニムルは溺れる思いがした。
「……あれ?」
ニムルが起き上がると、そこは山小屋の中だった。
「え? え? あれ? 僕はファーバスに居たはずじゃ……」
咄嗟に2人の姿を探し始めると、小屋の奥に人影が見えた。
「誰!?」
明らかに影の形がカムサでもハッシュでもなかったのでニムルが剣を抜く。するとその人影も剣抜いて立ち上がり、近づいてきた。
人影の顔を見てニムルが驚く。
「な……!? 僕!?」
その人影はニムルと全く同じ見た目をしていた。
『その通り、僕はニムル・イル・アルディヤ。つまり君だよ』
もう一人の『ニムル』が剣を捨てて見せて、
『君は分かってると思うけど、ここは夢の中さ。今君は自分の心の中の風景を見てるわけだ』
「……心の風景……」
『とりあえず座りなよ。ほら、薔薇水あるけど飲む?』
『ニムル』が座って薔薇水が入った盃を差し出した。
ニムルは茫然とした。
だが遠い記憶の中にある爽やかな薔薇の香りと、山小屋で手に入るはずがない事実を考えて、
「……薔薇水かぁ。アラトア以来だよ」
ニムルが受けとって口をつけた。
『そうだね。こっちだと基本葡萄酒とかジュースとかだったね』
2人が向かい合い、『ニムル』が言った。
『なんで君は生きてるの?』
いきなりの質問にニムルが困って、
「なんでって……そりゃあ死にたくないからね」
彼女はそう答えながらばれないように剣を握りなおす。
(心の風景なんて嘘だ……こいつは僕を化かして殺そうとしている魔族。隙をついて斬る!)
ニムルは内心の警戒を極力表に出さないようにした。
『ニムル』は気づいているのかは謎だった。そのまま続ける。
『なぜ死にたくないの?』
「なぜって、だって死にたくないものは死にたくないもの。それ以外にないよ」
『……ますます分からない。だって君は『転生者』なんだよ?』
ニムルがぎょっとした。
「な……!? なんでそのことを知ってるの……!?」
前世で読んだ『警告』と、『どうせ信じてもらえないだろう』という思いでニムルは誰にも自分が異世界からやってきたことを話していなかった。
『だから僕はニムルだって言ったじゃん? 自分のことなんだから知ってて当然でしょ高橋大輔君?』
「……そういえば人の心を読む魔族もいたね……危うく騙される所だったよ……」
『まだ信じてないの? 酷いなぁ、まいいけどさ。君のような『転生者』はこの世界で死んでも本当に死ぬわけじゃない。また向こうの世界で目を覚まして、そしてもう一度『おまじない』をして寝れば別の人間としてこちらの世界で生まれ変わる。現代風の言い方をすれば『ガチャ』だよ。君はどうしてそのガチャを回そうと思わないんだい? そっちの方がより簡単なのに』
「……どういう意味……?」
『察しが悪いなぁ、今のニムル・イル・アルディヤの人生がクソなんだからもう一回産まれ変ればいいじゃん、ていうことだよ。クソな人生に産まれたら即自殺して、それを恵まれた人生になるまで繰り返す。まあちょっと面倒だけどさ、今の状況を続けるより遥かにマシじゃない? なのになんで君はそんな非効率なことをしてるの? 他の『転生者』は皆やってるよ? なんで君は今の人生にしがみついてるの?』
ニムルは唖然とした。
間抜けな話だが、考えたこともなかったのだ。
(確かに前世の時は分からなかったけど、今なら死んでもまたやり直せることが証明されている。今の人生が酷いものだったら産まれ変ればいいじゃないか……)
だがニムルはすぐに頭を振って、
「……いや、僕はそんなことはしない。精一杯生きる」
『なんでそう思うの? アルディヤ家に思い入れがあるの?』
「もちろん思い入れはあるよ。僕はアルディヤ家の長女なんだから……」
『でも家族は全滅したよね? 君は拘るべき家がないのになぜ生きるの? それに君は前世で家族を捨てて国外逃亡しようとしてたけど、なんで今は真逆のことを言ってるの?』
雄弁な魔族(?)にニムルがたじろぐ。
「う゛、た、確かにそうだけど……、でもそんなダメだったらすぐリセットして~なんて卑怯なことしたくない……」
『もっと意味不明だよ。効率的にやればいいのに、その訳の分からない感情論はなんなの? 君自身全然そんなこと思ってもない癖に』
「う、うぅ……そ、その、えっと……」
ニムルは反論できず、『自殺した方がいいのかな?』と徐々に流されそうになった。
だがもう一度頭を振り、さらに両頬を『パチン!』と叩いて自分を奮い立たせた。
「……僕は『救世主』としてこの世界に呼ばれたんだ。だからできない」
『……説明になってないよ』
「『救世主』たるものが、『ダメそうなら自分だけ逃げる』なんてことしていいはずがないよ。僕がここで死んだらカムサやハッシュはどうなるの? あの子達は『転生者』じゃないでしょ? ここで死んだらそこでおしまいだよ。僕は『救世主』だから見捨てない。あの2人を救うんだ」
『君自身、自分が救世主じゃないのではないかって悩んでたよね?』
「た、確かに悩んでたけど、でも今分かったんだよ! 僕は『救世主』なんだ! 確かにそのために呼ばれたんだ! だから無責任に死に逃げないし、あの2人を何としても守る! それが僕が自殺しない理由だ!」
正直ニムルは今思いついて咄嗟に口走っただけだったのだが、言葉にしてみるなんだか実感がわいてくる気がした。
だが『ニムル』は自分自身とは思えないほど口が上手い。
『あの2人は死にたがってたよね? なのに君はその意思を無視するんだ。とんだ独善の『救世主』様だね』
「う……」
一瞬でへし折られてニムルがまた考え直しそうになる。
(確かにカムサは死にたがってた。そんな所に『生きろ』なんて言っても余計なおせっかいでしかない、結局僕の自己満足でしかない……)
『なぜそこまでして頑張って生きなければならないのだろう?』
ニムルは自分で不思議に思う。
まるで誰からからそう命令されているような気分だった。
あるいは呪いか。
(呪われてる……何もかも……やっぱり自殺したほうが楽かな……?)
だがすぐに頭を振り、頬を叩き、さらに抓ってから自分に言い聞かせた。
(負けるな! 自分に負けるなニムル・イル・アルディヤ!)
それから少し考えて、ふと呟いた。
「……違う、死にたがってないよ。むしろ生きようとしてた」
『それはどういう判断で? 決めつけてるだけじゃないの?』
「決めつけてないよ。正直な話、山でのサバイバルはいつもギリギリだった。野獣に襲われたこともあるし、魔族に襲撃されたことも何度もある。食料だって簡単には見つからない、そんな状況で生きることに消極的だったらとっくの昔に本当に死んでるよ。『死にたいけど死ぬ勇気がない人』が生きられるような生易しい環境じゃなかった。それで誰も死んでないからあの子達は生きたがってる。つまりそういうことだよ」
ニムルがそういって自嘲的に笑った。
正直実際にサバイバルしている身としてはあんまり笑えなかったが。
だが『ニムル』が大笑いした。
『あははははは! 確かにその通りだ! それにしても君は酷く強情なやつだな! さすがに自分の我儘を押し通そうとして死んだだけのことはある! 確かに消極的な奴ならとっくの昔に死んでいる! いいだろう気に入った! 特別にお前に道を指し示してやる。私を捨てずに『家宝』として大事にしてくれていた『アルディヤ家』への恩返しだ、受け取れ』
『ニムル(?)』はニムルに何かを手渡した。
それは妹から押し付けられた呪われた家宝『蝶々の髪飾り』だった。
「こ、これは……!? そういえば家に置きっぱなしにして……」
ニムルが顔を上げると誰もおらず、周りの風景も真っ暗になっていて何も見えなかった。
その暗闇の向こうに光が見えて、何かの声が聞こえる。
ニムルは察して苦笑した。
「……強情かぁ、あの事件の中でも壊れず、絶対に『アルディヤ家』から離れない君には負けるよ」
ニムルは『蝶々の髪飾り』を髪につけてから光に向かって歩き出した。
(呪われてるなら呪えばいい……地獄までつきあってあげるよ)
血まみれの剣が煌めいて眩しかったのだった……。
作者は異世界人生ガチャできるなら躊躇わずやります(真顔)