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マストカ・タルクス⑨『サリバン族』と『フェリミマ(蘭の花)』の話

 普通『食人鬼』なんて聞いたら人間の敵だと思う。そりゃそーだ人間を食うんだからさ。

 でもこの世界の人達はそうではないらしい。鬼族は人間を食うけど、彼らは人間より遥かに効率よく金や銀を採掘できる。だから食糧として奴隷を鬼族に売って、代わりに人間が金銀を受け取るのだ。つまりwin-winの関係ってやつだ。どの国も鬼族と同盟を結んで商売しているらしい。

 俺の財布にも沢山の金貨や銀貨が入っている。

 ……これ以上考えるのはよそう。



「マストカ、私と母さんがなぜ怒っているか理解しているな?」

 父上の前で俺は地面に膝をついていた。

 場所はタルクス家の大広間。両親だけでなくアルヘイムとシュナーヘルと例の奴隷の少女も居た。

「えっと、その……同盟国の鬼を斬っちゃったから、です……」

「そうだ。正直お前が1人で鬼3匹と戦ったと聞いた時は褒めてやろうと思ったが……」

 母のニニメに足を踏まれて父上が悲鳴を上げた。

「いでぇ!? あー、オホン! つまりだ。お前が斬ったのは『サリバン族』という鬼の部族の商人だったのだ。『サリバン族』は『マムール州』にある大きな金山に住んでいてな。我々が使っている金貨はほとんどが『サリバン族』が発掘した金で作ったものだ」

 続いて母ニニメが言った。釣りあがった瞳がとても気が強い性格であること示している。実際父上より怖い。ていうか俺の知り合いで一番怖い。

「『サリバン族』はアラトアとエリアステールの緩衝地帯に住んでいるのですよ? 彼らは勇猛かつ恐ろしい戦士でもあるのです、その意味が分かりますか?」

「えーと、つまりアラトアを裏切ってエリアステールと同盟を結ぶ、かも?」

「その通り、なのにお前はその鬼を斬ったのです! サリバン族から金が輸入されなくなれば我が国は大打撃を受けるのですよ! お前にその責任がとれるのですか!? えぇ!?」

 目の前で怒鳴られて俺は怯えてしまった。シュナが見かねて、

「奥様、若殿も反省しておりますし……」

「お黙り! 魔術師ぶぜいに発言は許してません!」

 シュナが頭を下げて黙った。俺はちょっとムッとしたが、母に睨まれて同じく頭を下げた。

 アルヘイムが『オホン!』とわざとらしく咳払いして、

「えー、そういわけでして、サリバンの族長から早速皇帝陛下に手紙が来ているそうなのです。『我らの同胞を斬った無法者と奴隷を渡せ、儀式の生贄にする。渡さなければ戦争もやむなし』と」

 父上が俺の肩を叩いて、

「その手紙を見て皇帝陛下から早速命令が下った。『タルクス家の人間が使者としてサリバン族のもとへ向かえ。交渉して許してもらえるならよし、無理なら宣戦布告してこい』とな、ふっふっふ……」

 ここで耐えきれなくなったかのように父上とアルヘイムが笑いだした。

「はーはっはっは! でかしたぞマストカ! お前のおかげで汚らわしいサリバン族と戦争が出来るぞ! 今度こそあの食人鬼どもに恨みを晴らしてくれるわ!」

 俺が眼を点にして、

「え、つ、つまりどういう意味ですか……?」

「我らタルクス家と居候達でサリバン族を攻撃せよということだ! 喜べマストカ! 記念すべき初陣でしかもお前が主役だ! はーはっはっは!」

「で、でも戦争になったら金が輸入出来なく……」

「そんなもんサリバン族を全員奴隷にしてしまえばいいだろうが! むしろ連中を支配できるチャンスだぞ! そもそも同盟などという温情を魔族にかける必要はないのだ! がはははは!」

 俺は想像の斜め上過ぎてドン引きした。

 発想が完全に文明人じゃなくて蛮族じゃん。

 まあ全部俺のせいだからそんなこと言う資格ないけど……。

 高笑いする男達を横で奴隷の少女が怯え、シュナーヘルは神妙な顔で目を閉じて、母上はため息を吐いて呟いた。

「はぁ、どうして男って生き物はいつもこうなの……」

 俺は母の兄弟が全員戦死していることを思い出した。


 俺が自分の部屋で待っていると、シュナが入ってきた。

「若殿、お風呂に入れて綺麗にしてきましたわ」

 シュナと数人の召使に伴われて入ってきたのは先刻の奴隷の少女だった。

 今は垢や黒ずみも無くなって、綺麗な金髪と碧い目が見えた。

「あ、この子クノム人だったのか……」

「はい、名前は『フェリミマ』、クノム語で『蘭の花』の意味です」

 少女、フェリミマはその場で土下座した。

「挨拶ですわ」とシュナ。

「こ、こんにちは、俺はマストカ。見ての通りアラトアの貴族だよ」

「……」

 フェリミマは怯えているようにシュナの後ろに隠れた。

「なんか怯えてるみたいだけど……」と俺。

「そりゃあ全然知らない外国の男ですもの。12才の女の子には怖いですわ」

「え、12歳なの!? てっきり6歳くらいかと……」

 見た目は女の子というより幼女だ。

「奴隷でしたからね。ちゃんと食べてないので成長してないんです」

「そっか……」

 シュナが聞いたことのない言葉でフェリミマに話しかけた。彼女が怯えたような恥ずかしそうな顔をして俺のベッドに座った。

「? なにしてんの?」と俺。

「フェリミマに若殿と寝るように言ったのです」


「はぁ!? ちょ、何言ってんの!?」

 俺の視線に気づいてフェリミマが顔を赤くして背ける。俺はすぐにシュナに抗議した。

「俺はそんなことしたくて助けたんじゃない! 疲れてるだろうから部屋を用意してあげてよ!」

 すると、シュナが今まで見たことない顔をした。驚きの余り目を見開いて、同じく驚いている召使の女性達と顔を見合わせてから、

「え、え? わ、若殿本気で言ってるんですか? 奴隷ですよ? 子供を産ませるつもりだったのでは?」

「何言ってんだ!? 12歳の女の子にそんなことさせられないだろ!」

「?? なぜですか? 12歳ならもう子供を産めますよ?? しかも奴隷ですよ?? ていうかそういえば若殿は召使の娘達にも手を出してませんね? なぜですか?」

「な、なぜって……」

 シュナーヘルの顔が目の前に来て、俺はたじろいでしまった。

 そういえばなんでだろう? 周りに若い娘は山ほど居るし、街にでかければナンパし放題だ。それどころか愛人を何人も囲ったり、平民の妻を強奪したって誰にも怒られない。

 だって俺は貴族だから。しかも超名門の家系だ。

 でも、どんな女の子を見ても全然ぐっと来なかった。『欲しい!』と思ったことがない。

 いや、実はある。1人だけ、1人だけ一緒に居るだけでドキドキする女性がいるんだ。

 シュナーヘルと目があった。彼女はじっと俺を見つめてたけど、小さく微笑んでから、

「あ、わかりました。若殿は私以外の女には興味がないんですね? これは失礼しましたわ」

 俺は思いっきりむせてしまった。

「え、ゲッホ! ちょ、何言って……」

「あははは! 若殿は本当にそういう話が苦手ですね。顔が真っ赤ですわ」

「ゲホ! ちが! これはむせたから……」

「はいはい、そういうことにしておいてあげますね。さ、フェリ、行きましょう? あなたの部屋に案内してあげますわ」

「あ、はい……」

 ちきしょー分かっててやりやがったな……。

 眼を白黒させながらフェリミマと召使達がシュナに連れられて出て行った。

「……ふぅ、さて俺も出かける準備をしないと」

 サリバン族の村に行くための準備を俺は始めた。


 サリバン族が住んでいる『マムール州』の山までは馬車に乗って2日の道のりなのだそうだ。

 同行してきたのは父オルバース、シュナーヘル、アルヘイム、フェリミマ、後は馬車の運転手と護衛が数人。

 馬車は2台で後ろの車に護衛達、前の車に俺達が乗っていた。

「フェリは連れてこなくて良かったんじゃ……?」

 俺が言うと父上が首を振って、

「何を言っている。関係者だから一応連れてかなければならん」

「ふふ、綺麗な髪ね……」

「あ、ありがとうございます」

 シュナはフェリの髪を櫛でといていた。横からアルヘイムが(多分)クノム語でフェリと話している。

「何の話?」と俺がアルヘイムに聞いた。

「いえ……フェリミマの出身地を聞いていたのです。どうやら北の産まれのようですな。私は南部に住んでいたので方言が大分違いますな」

「知らない国? 同じクノムティオから来たんじゃないのか?」

「いいえ、クノム人の国は100以上あるのです。『都市国家ファラーフィ』と言います。『クノムティオ』とはそれらの都市国家群の総称です」

「??」

 アルヘイムの説明が難しくてよく分からなかった。まあいいや。

「フェリミマはどうやらある都市国家の富豪の家の子供だったそうです。ですが近くにあった別の都市国家と戦争で負け、一家全員奴隷として売り飛ばされたそうです。今は家族の行方も分からないと」とシュナ。

「そ、そうなんだ……可哀そうに」と俺。

「我々クノム人は『軍神の子守歌』と言います」とアルヘイム。

「は? 何それ?」

 アルヘイムが遠くを見ながら、

「戦場で聞こえる馬のいななき、断末魔の叫び、人々の悲鳴、全て戦の神にとっては心地よい子守歌でしかないという意味です。つまり悲しむだけ無駄だと、それだけです」

 父上がニコニコになって、

「はっはっは! クノム人はやはり皮肉屋だな! それでは我々も景気づけに歌でも歌うか! なぁアルヘイム!」

「ふ……いいですとも!」

 中年男二人で軍歌を合唱し始めた。

 このテンションにはちょっとついていけない……。

 俺達はこの2日間を無事に超えて帝国北部『マムール州』に到着した。


マストカがアルヘイムの話をよく理解できていないのは、アラトア語の専門用語を交えて説明されているからです。彼は専門用語まではよく分かっていません(補足)

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