高橋大輔①:夢の世界へ行けるおまじない
救世主って具体的に何をすればいいのだろうか?
全ての始まりはクラスメートの石田修一の言葉だった。
「大輔、お前『夢の世界に行けるおまじない』って知ってるか?」
僕の名前は高橋大輔。普通の高校生だ。
学校の休み時間のことだ。石田に話しかけられて僕は答えた。
「知らない……ていうか石田昨日風呂入ってないだろ? なんか汗臭いんだけど」
「そりゃ昨日体育無かったしな。てかそんなことはどうでもいいんだよ、そうか知らないのか、じゃあ俺が特別に教えてやるぜ?」
石田はそう言って僕の机にプリントを置き、裏の白い面に変な模様を描いた。
「なにこれ?」と僕。
「おまじないに使う『悪魔の紋章』だぜ。この紋章を赤いペンで紙に描いて枕の下に入れて寝るんだ。すると夢の世界に行けるらしいぜ?」と石田。
「いや、ていうかそもそもその『夢の世界』てなんだよ?」
「異世界かなんかなんじゃねーの? とにかく俺らで試してみようぜ。明日学校に来たら夢の世界に行けたかどうか教えろよ?」
「え゛なんでそんなことしなくちゃいけないんだよ……」
「もし明日来てやってなかったら罰ゲームだからな、分かったか?」
「なんだよ罰ゲームって……」
「俺のワキガを嗅がせる刑だ」
僕は早速家に帰って『悪魔の紋章』とやらを紙に赤いペンで描いた。
ていうか毎日風呂入れよあの悪臭野郎……分かってて直さないんだから本当タチが悪い。
「なんでこんなことしないといけないんだよ……」
ブツブツ文句を言いながらも枕の下に入れて、寝た。
途端に耳鳴りが『キーン』と聞こえてきてウトウトとし始める。なんだか今日は妙に寝心地がいい。すぐに体の感覚がなくなって意識が暗闇へと落ちていく。
『どうか……さま……さい!』
声が聞こえた。女の人の声だ。
『どうか救世主様! 我らをお助け下さい!』
今度はもっとはっきりと聞こえた。必死な女性の声だ。
『どうかお耳に届いたのでしたらお返事を! 救世主様! どうか『ザーラの民』をお救い下さい!』
は? ザーラ? 一体誰?
『ああ! ついに! ついに我らの声が届いたのですね……! シーユーンからの救世主様が到来される日を我らは心待ちにしておりました! どうか、どうか我らの世界に平和を! 人々の心に安らぎを! 全ての魂に平安を!』
ちょちょ、なんかすごい興奮してるみたいですけど、人違いじゃないんですか? 僕はただの日本の高校生でして……。
『もうあなた様が来て頂けたのですから恐れることはありません。『ザーラ』の聖域でお待ちしております。草も花も虫も獣たちも皆が救世主様のご降臨に涙を流しながら喜んでございますよ! この世界を救う力は貴方様にしかないのです!』
いやだから人の話を聞けよ! 勘違いだって……あわわ!?
世界が突然崩壊した。巨大な穴の中に僕の身体が投げ出される。
穴に落ちる!
僕は思わず絶叫した。
『おぎゃあああああああ!』
なぜか、僕の口から出たのは赤ちゃんみたいな泣き声だった。
いや違う声だけじゃない、僕の身体もどんどん縮んでいる! まるで時間が巻き戻るかのように体が小さくなっていくじゃないか!
それと同時に僕はどこか狭くて暗い場所に閉じ込められた。混乱しているとすごい力で押し出されて不意に目の前が明るくなった。
『おぎゃああああああ!』
『ああ! 奥様やりましたわ! 元気な男の子ですわ!』
赤ん坊の僕を取り上げた中年女性が叫んだ。きっとこの人は助産師だ。
この時、僕は彼女が喋っている言葉が理解できなかった。
だけど今は分かる。
これは貴族が話す訛りの無い綺麗なアラトア語だ。
『悪魔の紋章』とやらを枕に挟んで寝た結果、僕は異世界の貴族の家の長男として転生してしまったのだった。
マストカ・タルクス。それがこの世界での僕……俺の名前だ。
異世界転生は主人公が現実世界で死亡してないとダメらしいので、ジャンルは異世界転移になってます。