第2話「カルチャーサイクル計画」
僕は今、研究室でホワイトボードの前に座った教授の採点を見ながら座っている。
助教授はトイレットペーパーのように長いデータの資料を見ながら何やら計算中。
バッタの実験室を見せられた後の僕はあまりお茶が進まずに二人を交互に見ることばかり進んだ。
「学生君、本当は採点中はここに居てはならないんだからな?教授も何とか言ってやってくださいよ」
「はい。すみません。」
「まあ助教授君良いじゃないか。今日入学してきたばっかりだし、それに今採点は終わったよ」
「では教授、私がデータ入力しときます。」
教授は赤ペンを机に放り、顔を学生に近づけ小さい声で呟いた。
「うるさいよな助教授は。」
「フフ。笑っちゃいますね。」
正解が分からない質問に答えると教授はにやけた顔で椅子に座り直した。
「さあ、君にさっきの続きを話そう。どこまで話したっけ?
どこでも良いや、さて。地球からケプラー186fまでの距離は492光年で、
スペースシャトルで行くとすると37万8462年…約だがな。」
「遠いですね。人間の寿命をとっくに超えてますね。」
「そうなんだ。人の一生を遥かに超えてしまっているが、それでも未来がそれを知りたがっていたらどうするべきか。」
「人工知能を持ったロボットに行かせるとか?」
「それだと人工知能に起こりうる全ての事をデータ入力しても足りないな。
重要な写真しか撮ってこなくて行くまでの想い出やその道中での雰囲気や感じ方などは記録しないと思う。」
「でも人間が行くことは不可能ですよ?」
「人間の寿命が着きてしまうからか?人間は100年後も地球で生きてるし文化を持った生き物なんだ。
宇宙に出てケプラー186fに到達するまでに文化形成をしてもらう。君はもし100人の村だったらという話を知っているか?」
「知ってます。もし100人の村だったら医者が何人でってやつですよね?」
助教授が入力を終えカップにコーヒーを入れ教授と学生の反対側に座る。
「そうそう。私と教授はその100人の村では無く12人の無人島だったらということでケプラー186fまでに文化形成しようと考えている。
我々人間は6つの血を持ち大きく分けて6つの職種いわゆる……」
12人の村では誰しもが役割を持ち誰しもが消費者でという話に僕は興味はあったもののまだ理解には到底及ばなかった。
2つ理解出来たのはその人間が形や遺伝構造の違うクローンだと言うことと初めの搭載者はクローンではないただの人間だと言うことだった。
初めの人間がどのような心持ちでシャトルに搭乗するのかは知らないが
約38万年にも及ぶ文化形成の必要性にはとてもなんとも言い難い遠さや想像力の欠如に襲われた。
「……それで食料問題になるんだが通常シャトルでは宇宙食を常備して出発し、火星の場合シャトルに6人搭乗し、4年で地球に戻ってくるから
それほど多くの食料の必要性は無い。しかしケプラー186fの場合を想定をすると食料を積み込むのはとても厳しい。
そのためにデンプン質の紙を非常食にして何かを2つ栽培する必要がある。それは君に何か分かるかな?」
「イネ科の植物は成長が早いので必要と考えられますが、もう一つは……なんだろう。」
「イネ科は正解であって不正解だな。そもそもイネ科というのは成長は早いが実りが遅い。それに……」
キーンコーンカーンコーン
「はいはい、はい!続きはまた今度だな。それまでに考えとけよ。はい教授もさっさとガイダンスに出る!」
僕はガイダンスに向かいつつそれまでの事を考えた。
初々しい人が人がわんさかいる中、僕は独り一番後ろの席で黙々と考えていた。
初々しい活気は僕にも考える力を与えてくれるような気がした。
ガイダンス中も僕は12人の村の問題と食料確保が気になっていた。
そもそも12人の村で滅亡しないのだろうか。文化が築けるモノなのだろうか?僕は疑問だった。
ノートの最後のページに今まで話したことと疑問に思う事をメモする。
12人の村の役割はなんだろうか?
12人の村の役割は生活する事だと直観的に考えられる。
生活とはシャトルの操縦や今後の軌道予測に燃料維持パロメーターの算出、
そして衣食住の維持。ここまでで遥かに12人を超えてしまう。
世代交代出来る男女比は?
女性が子供を生む事が出来るのは20-40歳で育児期間が遅くて20年。
そこで世代交代が出来るとするなら、シャトル内では4人家族6世帯が世代交代に最低必要な人数になる。
文化形成で考えると、人間は20~40年で人生の世代交代を迎える。
あとの人生はそれまで培った経験の引き継ぎを20年掛けて行うのだろう。
とすると人間は世代交代の平均が30歳だと言えるから50歳を迎えたら文化形成のお役御免である。
地球の生活と何ら変わりない。住んでる場所がシャトルなのか地球なのかの違いなのである。
2世代で24人ということは12人の村からは大きく外れるが文化形成のうちに入るなら36人までは必要である。
謎が謎を呼ぶ。
ガイダンスが一通り終わると僕は家に帰らずに、教授の3段式ペットボトルロケットを見に行っていた。
教授は黙々と3段式ペットボトルロケットを水の量と空気入れの圧を変えて20本作っている。
ただの趣味にここまで費やせるのには驚きだ。
全てに水を入れ終わると1つセットしては空気入れで空気をゆっくり入れている。
教授が学生の存在に気づくと空気入れをしながら遠くに居る学生に話しかけた。
「学生君。ガイダンスはどうだった?初めのうちは義務あるのばっかりだろ?」
「そうですね。選択肢はありませんが後々必要な土台となるのでそれを学べるから僕はワクワクしています。」
「そうか。なら、良かった。このペットボトルロケットが飛ぶ原理は知っているか?」
「それくらい知っています。
水が入ったペットボトルが空気の出口を塞がれて無理やり水が押し出される為に、ペットボトルが浮くんですよね。
作用反作用の関係ですよね。」
「そうだ。このペットボトルロケットはロケットとはまるで関係の無い作用反作用の関係で基礎となる物理の範疇だ。
何の為に3段式にしていると思う?」
「距離を出すためですよね。」
「そうだ。この3段のペットボトルはどんな関係になってる?」
「切り離しの上の段に行くにつれて容量が小さくなってます。」
「分かってるならよろしい。学生君、切り離しの構造はどうなっている?」
「よくわかりません。」
「洗濯機のカプラを使って自転車用の虫チューブの伸縮性を利用して1段目が同じ圧力になった時に、
虫チューブが縮んでキャップに付けているカプラを作動して次の段の水が押し出されるんだ。
3段とは別にブースターとなる350mlを2本付けて2段目に追加することは可能かな?」
「わかりませーん。」
「なに?あ、そろそろ行くぞ。」
ピーシュルルルル……カチャ…カチャ…
よく晴れた空の下で、いい年をした教授がビショビショになる。
何であんなに水に濡れるのが嫌そうになる表情をするのだろう。
しかし、1段目が切り離される頃には、教授は空を眺める表情が少し変わっていた。
ビショビショになった教授は、こちらに歩いて来ながら頭や衣類から水をはたきながら僕の方へ歩く。
「こんなんなっちゃたよハハハハハハー!…
分からないなら、分かるまで前の段階を続けたら良い。それが文化ってもので、私も模索中だ。
今度考えてくれないか?2段目の最後にブーストが掛かる機構を。」
「いい年して、もう3年目ですね。その3段式ペットボトルロケット」
教授の苦笑いの仕草は表面上だけだった。なぜかそれだけが僕には伝わった。
校正:H29.08.23
人工知能を持ったロボットロボットになってしまったので訂正しました。他てにおはの気になる所を訂正しました。